やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。 作:四季妄
週末の夜、MAXコーヒー片手に参考書を読んでいると、ヴヴッと机の上に置いていた携帯が震え始めた。メールかと思っていればどうやら違うようで、これがなかなかやまない。しつこい。誰だこんな時間に、俺は主に勉強で忙しいというのに。尚、こうして勉強している理由が暇だからなのだが。画面を見れば、雪ノ下雪乃の文字。やれやれ、僕はペンを回しながらタップした。唐突な村上春樹テイストを考えるくらいには余裕だ。
「……もしもし」
『十七秒。少し長くないかしら?』
「気のせいだ。つーかなに、お前コールの時間数えてんの?」
なんだよそれ……ちょっと怖えじゃねえか。ぶるっとして感じた寒気を冷たいMAXコーヒーで誤魔化す。誤魔化す気が感じられなかった。ごぐっと気持ち悪い音をたてながら嚥下して、ふぅと一息つく。正直な話、もうそろそろ止めようと思っていたからちょうどいい。手に持ったシャーペンをぽいっと投げ捨てて、椅子から立ち上がってベッドへ腰掛けた。
『今日はたまたまよ。いつもはそうね……開口一番あなたにどんな事を言うのか考えているわ』
「あぁ、皮肉ってんのか。皮肉ってんだな」
『自意識過剰ね。ただの悪口よ』
「より酷いじゃねえかおい」
くすくすと笑う声が電話越しに聞こえた。全くもって面倒臭い奴である。一々人に嫌味を言わないと気が済まない姑か。尤も、面倒臭いという部分においては俺も言えた義理ではない。というか俺の周りって面倒臭い奴多すぎじゃね? あれか、類は友を呼ぶってことか。
「……で、何のようだよ。まさか、そんな事のためだけに電話してきたんじゃないんだろ」
『そのまさか、と言ったら?』
「は? 何? もしかして俺のこと好きなの?」
『…………嫌いではないわね』
「あの、ネタにマジ
やめてくれ、俺が優柔不断な鈍感糞ラノベ主人公みたいだろうが。強ち間違ってないのが怖い。優柔不断なところとか、糞的な部分とか。
『まぁ、その事は後でしっかり議論しましょう』
「流してくれねぇのかよ」
しかもしっかりとか、それはもう精神へ負荷がかかること請け合いだ。ああ、鬱だ、死のう。そんな簡単に死ねたら人間苦労しない。若干気分を下げながらも、雪乃の話に耳を傾ける。
『それで……その、八幡』
「あ?」
んっという咳払いと、小さく聞こえる身動ぎの音。いつもとは違ったそれらに眉を顰めながら、感覚を研ぎ澄ませて傾聴する。違和感というのはおかしなことに、重大な何かに直結するものだ。いや、だからこその明確な違和感として表れるのだろうか。
『もともとあなたに拒否権は無いし、聞くまでもないのだけれど』
「なんだ、そりゃ」
『……つ、付き合ってもらえないかしら』
――ヒッキーってゆきのんの事好きなの?
「……突然だな」
『えぇ、でも、
軽いように雪乃が言ってくる。意図的に隠していた俺が全面的に悪いとは言え、こうもクルとは思わなかった。良くない、未練があり過ぎて拗らせて、一つも割り切れていない。単純な己の弱さから、過ぎたことを何時までも引っ張る滑稽さ。笑いたければ笑えばいい。俺でさえ笑えて来る。
「別にって、お前は……良いのか」
『考えてもみなさい。あなた以外に誰が居ると言うの?』
「――」
かっと、耳まで赤く染まるのを自覚した。熱が首から上に集まってくる。あぁ、くそ、熱い。まだ六月になったばかりだぞ、夏休み前の修羅場(過言)である中間考査を乗り切ったとは言え、まだまだその楽園への道のりは遠い。この時期は蒸し暑い筈なんだが。
「……そう、か」
『ええ、だから、良いでしょう?』
今ここで決めるべきなのだろうか。思っていた以上に早い決着だ。まさかこうも早く、こうも簡単に、こうも意外な方法で済むとは予想もできないだろう。未だ内心の葛藤は治まっていない。けれど、答えは今出すべきだと、出さないといけないと、俺は――。
『買い物くらい、別に』
「…………」
ぽかんと、間抜けに口を開けて呆けた。一拍、二拍、三拍。たっぷりと間を取ってから、息と共にゆっくりと体を倒す。ベッドが優しく体を受け止めてくれた。
「……あ、あぁ、そう。買い物ね、うん、それならまぁ、別に、良いぞ」
『そう? なら明日、時間はおって伝えるわ』
「お、おう」
『……あなた、何か動揺してない?』
「
それはもう思いっきり、言い訳の余地もないほど綺麗に噛んだ。
『噛んだわね』
「……
この後電話を切ってからめちゃくちゃ布団に包まってごろごろした。うわぁぁあーあーああーああああー!! 恥ずかしい死にたい恥ずかしい死にたい恥ずかしいぃぃぃいい!! こういう勘違いって普通はヒロインとかがするもんだろうがよぉ!! 俺はキレた。
◇◆◇
「ここは左かしら?」
「いいや右だ」
翌日、つまるところ盛大な自爆をした次の日の昼前。俺は雪乃と一緒にららぽーとへと来ていた。理由は至って単純で買い物の付き添い謙手助けである。なにしろあと一週間もないうちに由比ヶ浜の誕生日なのだ。言われて思い出して、すっかり忘れていたのは気にしない。ぶっちゃけ「え? マジ? あー、そう言えばそうだったような気がしなくも無いような気もしなくも無いような(以下ループ」とかそんな感じ。
「方向音痴、治ってないんだな」
「……仕方ないじゃない。昔からなのよ」
意外なことに、雪乃は初めて来た場所でよく迷う。それはもう迷う。安心して任せていたらいつの間にか見当違いの場所に着いているなんてざらだ。真逆は当然、過ぎるのもあり、遠ざかるのはしょっちゅうのこと。数少ない弱点の一つに数えられる。
「と、ここね」
「服か……」
なんというか、こいつならもっと実用性に溢れたものを選ぶと思ったのだが。と雪乃の方をちらり見てみれば、偶然にも視線がぶつかった。それだけで俺の言いたい事を察したそうで、ふっと微笑みながらさらり髪を撫でる。
「由比ヶ浜さんに万年筆や工具セットを渡しても喜ばれないでしょう?」
「お前そのチョイスは……いやまぁ、確かにそうだろうけど」
「私なりに考えた結果よ。……どうせなら、喜んで貰いたいでしょう」
ぼそっと、付け足すように雪乃が言った。なんだかんだ言って、こいつも由比ヶ浜のことが嫌いではないのだ。恐らくは初めて純粋な好意を向けてきた同性に違いない。俺は未だ同性からそんなもの向けられた事がありませけどね!
「これとかどうかしら」
「はぁ、まぁ、どうだろうな」
「ならこれは?」
「てか俺に聞くのか。役に立たねぇぞ」
「あなたの方が私より由比ヶ浜さんのことを知っているのだから、聞くのは当然よ」
……まぁ、そう言われるとそうなのだ。なんせ目の前のこいつとほぼ同じくらいの期間接していた。色々と分かってくるし、態々教えてきたし、なんとなく掴めるものもある。それらを踏まえて、少し頭を捻ってみれば。
「……あー、駄目だ。さっぱり分からん」
「使えない……」
「馬鹿お前、なに、由比ヶ浜とか、あれだ。ほわほわぽわぽわしてアホっぽい事くらいは分かってるぞ」
「酷い言い草のくせして、妙に的を射ているのよねこの男……」
同意するあたりが実にこいつらしい。そうして居ない場所でナチュラルにディスられる由比ヶ浜は悲しい。ポロロンと弦を弾きたくなる気持ちになりながら、自分なりに考えを巡らせてみる。
「……下手に相手の分野に踏み込むより、逆を突いた方が良いかもな」
「逆?」
「半端な情報で知ったかぶられても腹が立つ。素人は黙っとれ、にわか乙的な感じだ」
「意味が分からないのだけど……」
ネットスラングはTPOを弁えて使いましょう、というアナウンスが聞こえた気がした。通じないってのは案外辛いものだ。こう、残念って気持ちとなんだ知らねぇのかって落胆が凄い。幸いこいつに通じるとは思っていなかったため、ダメージは少ない。
「わかりやすく言うと、ソムリエに半端な知識でワイン送るみたいなもんだ」
「なるほど、一理あるわね」
ふんふむと雪乃は顎に手を添えて考え込む。二人揃って誕生日プレゼント一つにこうも迷っているあたりから、かなりのぼっち力が窺える。そういや、何だかんだで誕生日を祝うのは初めてか。あいつも、こいつも、そいつも、どいつも、全員そんなことすらせずに関係を断っていた。
「そうね、そういうことなら……」
と、何かを思い付いたのか次なる店へ向けてそそくさと歩き出す。服屋を出て斜向かい横、ランジェリーショップの横にあるキッチン雑貨のお店へと入っていった。たしかに由比ヶ浜の弱点ではある。……余談だが、女子と買い物に来た経験が少ないからよく分からないが、
「八幡、こっち」
ふと呼ばれて、自然と顔をそちらに向ける。振り向いた先に、エプロンを着けた雪乃が居た。薄手の黒い生地で、胸元に猫の足跡のようなマークがあしらわれている。腰で結ばれ紐はリボン状にきゅっと結ばれ、それが余計に彼女の引き締まったくびれを強調していた。予想以上の破壊力に、意識せずおぉと声が出る。
「どうかしら?」
「いや……すげぇ似合ってるよ、本当」
「……、」
と、俺にしては珍しく素直に褒めた訳なのだが、雪乃は鏡の方を見てしきりに袖口や紐を触っていた。どんな表情をしているのかは見えない。
「……そう、ありがとう。けれど、私ではなくて、由比ヶ浜さんにどうか、という話よ」
「それなら……合わないだろ。由比ヶ浜とは、ちょっと違う気がする」
「となると……この辺のものかしら」
それから数分後、最終的に雪乃が選んだのは薄いピンクを基調とした割とシンプルなエプロンだった。レジへ向かう手元に黒のそれも紛れていたのは、特に気にしないことにした。
◇◆◇
そんな日常が、終わりまで続くと思っていた。
「ん?」
俺の分のプレゼントも買い終え、暇潰しに回った中でパンダのパンさんのクレーンゲームに雪乃が夢中になり、どうにか上手く回る頭と舌を使って代わりに取って渡してやって、なんて。
「あれー? 雪乃ちゃん?」
何気無い彼女との時間が、ずっと続くものだと信じて疑わなかった。
「やっぱり雪乃ちゃんだ!」
「……姉さん」
まさかこんな場所で遭遇するとは、警戒心を怠っていた俺の落ち度か。いいや、そもそも、こうして雪乃と居るだけで避けられない事態だった。
「それと――」
強化外骨格に包まれて、隙間から覗く本性。
「久しぶりだね、比企谷くん」
雪ノ下陽乃は、にぃっと微笑んだ。