やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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雲間から差し込んで

『あっれー? 雪乃ちゃんだ! こんなところで会うなんて奇遇だねぇ』

 

果たして、初対面の印象はどうだったか。一番初めに思ったのは、よく表情を変える人だということ。次々と様変わりしながら話す彼女は、それだけでコミュニケーション能力の高さが伺えた。正しくリア充の権化と言ってもいい。

 

『……姉さん』

『はぁ。え、お前、姉妹(きょうだい)いたの?』

『……聞かれなかったから、答えなかっただけよ』

 

そう言う雪乃の顔はそれだけではないと伝えているようなもので、ちらりとその姉の方へ視線を向けた。流石は姉妹である。全体的な雰囲気や印象は真逆だというのに、所々のパーツは酷似している。俺と小町はそこまで似てないというのに。

 

『で、なにしてるの? ――まさかデート? デートだな、このこのっ』

『…………』

 

うりうりと肘でつつく姉を前に、雪乃は隠す様子もなく鬱陶しそうにじろりと睨む。そこだけ切り取っても大分仲が悪いであろうことは察せた。あちらからずんずんと迫っているのを、雪乃が一方的に突っ撥ねているという風にだ。実際は、さて、どうなのだろう。

 

『で、そこの彼、まさか雪乃ちゃんの彼氏?』

『違うわ。ただの……同級生よ』

『またまたぁ! 別に照れなくてもいいよっ?』

 

睨む。超睨む。普通の人間なら震え上がるほどの圧をかけられながら、その人は軽く受け流していた。

 

『雪乃ちゃんの姉の陽乃です。雪乃ちゃんと仲良くしてあげてね』

『はぁ、比企谷です』

 

ニコニコと笑いながら自己紹介されて、慣れない名乗りを返した時だ。

 

『比企谷……へぇ……』

 

一瞬だけ考え込むような間を置いて、その目が頭の天辺から爪先までをざっと見た。ぞっと、背筋に得体の知れない寒気が這い上がってくる。今すぐ飛び退いて離れたいのに、体が言うことを聞かない。金縛りにあったみたいに動かない。

 

『うん、覚えた。比企谷くんね、よろしく♪』

 

そうして、彼女の微笑みと同時に解ける。この時点から何かがおかしいと感付いていた。長年の中で培った危機察知能力と親父からの対女性英才教育により鍛え上げられた直感が、けたたましく警鐘をかき鳴らす。雪乃と雪ノ下さんのふざけた会話がしばらく続いて、雪乃の方が決定的な拒絶を示したところで、そっと俺に近寄って来た雪ノ下さんは耳元で呟いた。

 

『ごめんね? 雪乃ちゃん、ちょっと繊細な性格の子だから。……だから、比企谷くんがちゃんと気を付けてあげて、ね?』

 

理解、想像、拒絶、嫌悪、退避。ぐるぐると回り回った思考回路が最終的に出した結論は離れること。その時やっと気付いて、確信へと至る。猫や皮なんて安っぽいものではない。――雪ノ下陽乃は、強固な人間(・・)を被っていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「あー……」

 

意味もなく声を漏らして、だらりと座り込んだベンチへ体重を預ける。雪ノ下さんとの遭遇から三十分ほど。俺も雪乃も精神的に疲れており、両者一致で一休みすることに決めた。情けないことに、彼女よりも俺の方がこうして参っている。

 

「はい」

「ん? あぁ、サンキュ」

 

と、そこに戻ってきた雪乃から飲み物を渡される。女子をパシるとか普通に見ると最低だ。ちょっとした罪悪感を感じながら、缶であるそれのプルタブを開けてぐいっと煽った。瞬間、口の中一杯に広がる愛おしい甘さに、ばっと缶の表示を確認せずにはいられない。

 

「MAXコーヒー……だと……」

「それ、好きでしょう。ちょうど売ってあったから」

「……なんだ、マジで、悪い」

「いいわ、それくらい」

 

こくこくと自分の分である方を飲みながら、雪乃はなんでもないように言った。彼女にここまで気遣われるとは、今の俺はどれだけ分かり易いのだろう。昔は「比企谷って何考えてるのか分かんないよねー」とか散々言われたもんだ。小町には「お兄ちゃんほど分かり易い人も居ないよ?」とか言われてたが。

 

「……」

「……」

 

周りは喧騒に包まれている。俺達のいる場所だけが切り離されたような静寂を伴っていた。ざわざわと騒がしい音が絶え間なく耳に入るというのに、うるさいとも思わない。ただ静かに、それぞれが飲み物を嚥下する音だけが響く。

 

「……やっぱり」

 

口火を切ったのは、案の定雪乃だった。

 

「あの人から、何か言われていたのね」

「や、別に、そんなことは……」

「あれだけ揺さぶられておきながら、尚そんな事が通じると思っているの?」

「…………そう、だな」

 

たしかにあれほどの醜態を見せておきながら、何も無かったとは言えない。ぐっとMAXコーヒーを持つ手に力が入る。胸の辺りにモヤがかかったようでスッキリとしない気分だ。一瞬の邂逅をここまで引き摺れるのは一種の才能かもしれないな。下らない考えを振り切って、ふぅっと一つ息を吐き、意識して全身から適度に力を抜く。

 

「別に大した事じゃない」

「なら、言っても問題ないのよね」

「……あぁ、まぁ、要するにだ」

 

関係の無い所に居るくせに、こいつよりも俺を見抜いていた。心の根本なんて浅い(・・)部分すら見透かして、人としての本質すら暴かれている。どんな時でもどうなろうとも、侮れない人だ。

 

「お前と、その、……ああなった時に、な」

「……続けて」

「こうなることを、予言されたっつーか」

「予言?」

 

こてんと雪乃が首を傾げる。不思議に思うのは仕方ないが、本当に予言紛いの事だった。

 

「……無理だ、俺は一人でいられるような人間じゃないって、断言されたんだよ」

「――」

「そん時は時期が時期だったし突き放せた。まぁ、結局、あの人の言った通りになったってことだろ」

 

今更になって後悔が押し寄せてきた。あぁ、もっと葉山の忠告をきちんと聞いていれば、警戒心を高めていれば、もしかするとどうにかなったかもしれない。例えば無理矢理こいつを連れて逃げていれば、会うのだけは遅らせることが出来た筈だ。

 

「だから、本当に大した事じゃねぇんだ。ただ、なんか、こう、あれだ」

「……、」

「いや、やっぱりあの人、苦手だしな……」

「そう…………気に入らないわね」

 

冷たさの増した、低い声。大量に怒りを孕んだその一声に、思わず肩が跳ねる。現在進行形で雪ノ下雪乃は間違いなくキレていた。怖っ、寒っ、いやマジで怖い。なんだお前ちょっと髪の毛とかふわふわ漂ってきてんだけどおいどういうことだよ。

 

「あ、あの、雪乃さん?」

「精々数回程度話して知ったつもりなのかしら。全くもって気に入らない」

「ちょっと、おい、お前何を……」

「――いいかしら比企谷くん(・・・・・)

 

雪ノ下(・・・)がすっと詰め寄って、おもむろに胸ぐらを掴んでくる。ぐいっと引っ張られた体は弱々しい勢いのまま彼女の方へ近付き、鼻先が触れそうなほど迫っていた。そんな状態で、こつんと額に何かが当たる感触。見れば雪ノ下が、そっと瞼を閉じたまま目の前(・・・)に居る。

 

「たしかにあなたは馬鹿で、捻くれ者で、愚かで、どうしようもないくせに頭の回転だけは早い、そんな人間だけれど」

「おい……」

「最後まで聞きなさい。……けれど」

 

ふっと、柔らかく微笑みながら。

 

 

「――あなたは強いわ」

 

 

揺らぎは微塵もない。偽りの様相は欠片も見えなかった。ただそうであることをそう述べたと、雪ノ下の表情がうるさい程に語っている。

 

「な……んだよ、それ……」

「あの人の言ってるような、弱い人間じゃないということよ。それくらい分かりなさい、本当に馬鹿ね」

「お前な、俺が強いって……そんなの」

 

信じられる訳が無い、と。

 

「少なくとも私の知っているあなたはそう。……苦しみも、悲しみも、憎しみも、その辛さを全部背負って、潰れないくらいには強いのだし」

「……いや、実際は潰れそうだったぞ」

「いいえ、恐らくあなたはやり遂げた。それがこうしているのは、あなたの問題ではないのよ。……誰かさんが、こじ開けてくれたのでしょう」

 

そう、ちょうど、今日買ったプレゼントを渡すような奴に、気持ちを叩き付けられて再起した。

 

「……そういや、そうだったな」

「ええ、だから、安心して信じなさい」

 

ふわりと、揺れる黒髪を押さえながら、雪ノ下がそっと告げてくる。

 

「私、これでもあなたのこと理解してる(知ってる)つもりよ?」


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