やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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流れ流れて夏休み

待ちに待った夏休み。だらだらと過ごす毎日。今日もここに生きていることを、真夏の暑さに実感する。しかしながら本当に暑い。暑すぎて思わず歩くことが億劫になるレベル。地球温暖化だのなんだのと言われているが、これ以上暑くなったら人類死んだな。適当にそんなことを考えながらぱたぱたと団扇で扇ぐ。

 

「あ、いたいた、お兄ちゃん」

「小町か……お兄ちゃん今溶けそうだから後にしてくれ」

「やだなーもう、お兄ちゃんは溶けるんじゃなくて腐るでしょっ」

 

物凄くナチュラルに罵倒された。まぁたしかに、俺としては暑さで溶けるというよりも暑さで腐るといった方が説得力がある。特にこの目とか。そうか、夏に生まれたから俺の目は腐ったのか……と新たな事実に驚愕していると、小町はたたっと目の前まで歩いてきてこちらを覗き込んでくる。

 

「ほら、この目とか」

「やめろ、考える事が一緒でお前との兄妹を越えた深い繋がりを感じちゃうだろ……」

「うわぁ、やめてよ恥ずかしい。このシスコンっ」

 

言い方に悪意しか感じない。全くもってこいつという妹は可愛げがねぇな。もっとお兄ちゃん好き好き愛してる絶対ダレニモワタサナイんだからねくらい言ってみろ。大体千葉の兄妹は愛し合うって相場は決まっている。例えが愛し合うどころかヤンデレていた。

 

「で、なんだよ」

「やー、小町さぁ、夏休みの宿題で読書感想文書かなきゃいけなくって。お兄ちゃんが書いたの写させてー」

「あぁ、それなら……」

 

と、一旦自分の部屋に戻って去年に書いたそれを引っ張り出す。著者比企谷八幡、監修雪ノ下雪乃である。捻り捻って捻くれた感想文をなんとか読めるというものにまで落とし込んだ最高傑作だ。今年は一人で書いたのだが、色々と文を書くのに慣れてしまった今よりも出来が上という事実に驚いた。あいつ本当高スペック過ぎるだろ……。

 

「ほら、これ」

「ありがとー。……ん? んん?」

 

ぽいっと渡すと同時に目を通し始めた小町が、一分も待たずに変な声を上げる。なんだろうか、別に変なところなど無いと思うのだが。何せあの雪乃直々に叩き直された代物だ。その粗を探すなんて頭の出来が天と地の小町には無理な話だろう。なんとなく気になって聞いてみることにした。

 

「なんか駄目な部分でもあったか」

「いやー……小町的には殆ど駄目っていうか参考にならないんだけど……」

「マジか」

 

どんだけ酷いんだよ俺の作文。いやまぁほぼ毎回平塚先生に呼び出しくらっている時点でお察しだが、それでもそこそこの文章力があるとは思いたい。

 

「でも、なんか、お兄ちゃんじゃないくらいソフティーだよこれ」

「……あぁ、そう」

 

どうでも良いが、ソフティーは柔らかいって意味じゃないからな。仕方が無いのでその読書感想文の題材とした本を小町に渡す。そうして読み始めてから寝落ちするまで、一時間はかからなかった。頑張れ、受験生。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「あら」

「あ?」

 

既に七月も終わり、しかしうだるような暑さはより酷くなっていた。同じくして妹の勉強に対する姿勢にも熱が入る。お兄ちゃんと一緒の高校に行きたい、という進路理由はとても心に響いたが、それが一人にするとやらかして自爆しそうという実に心にクルものだったのがショックだ。事実だから何も言えねぇ。

 

「久しぶりね、八幡」

「……おう、久しぶりだな、雪乃」

 

そんな妹のためにと本屋まで足を運んで自由研究やら感想文やらに役立ちそうな冊子を選ぼうとしたところで、珍しい奴と遭遇した。目の前の彼女こそがそれである。夏だというのに涼しそうな表情は、雪ノ下雪乃という名前に関係があるのかないのか。多分ない。

 

「珍しいわね、買い物?」

「妹の宿題の手助けだ。ほら、あるだろ、自由研究とか感想文とかポスターとか」

「そう。……感想文、といえば」

 

ぽつりと雪乃が呟く。思い起こすのは俺だけかと思っていたが、どうやら向こうもしっかりと記憶していたらしい。あぁと返して、がりがりと頭をかいた。

 

「去年のアレ見せたら、役に立たねぇって言われたんだが」

「当たり前よ。アレ、とても酷いもの」

「文が問題か」

「内容がよ」

 

そりゃそうだ。正しくできないほど性根を捻じ曲げた内容は最早修正しても曲がっている。雪乃の力は強大だったが、俺の捻くれ力の辛勝だ。ヒッキー大勝利ぃ! 自分でヒッキーとか言うとマジでヤバいな、主にキモイ。

 

「……そういえば、今年もあるわよね?」

「あぁ、まぁ、今回は自力で書いた」

「ちょっと見せなさい」

 

そこではっと察した。これは非常に面倒臭い。生憎ともう二度と夏休みの読書感想文程度でほぼ一日を使い切るなど御免だ。こいつ何かと厳しいんだよ……高校生の作文なんだから誤字脱字誤用は少しくらい見逃してほしい。ここは一も二もなく断っておこう。

 

「いや、なに? 今回は真面目だからな。本当、お前に読んでもらうまでもないくらいまともなんだよ。だからほら、心配すんな」

「なら見せても大丈夫ではないの?」

「あー、なんつーの? この程度でお前の貴重な時間を奪うのは気が引けるというか、なんというか」

「ちょうどいいわ、私暇だったから」

 

ばっさりと切ることが出来ない優柔不断系ぼっちのどうも俺です。これはもう諦める以外に選択肢は残されてなさそうだ。どんな理由を見付けてもこいつから逃げない限りは叩き潰されて終わる。はぁと一つ溜め息を吐いてから、がっくしと肩を落とす。ついでに腰も曲げておいた。やる気の無さは全開。

 

「……分かった。あー、つうことは、あれか。うち来るのか……?」

「…………え、えぇ、そういうことになるわね」

 

はて、人を家に呼ぶのはもしかして人生初ではないだろうか。過去の記憶を探ってみても誰かを誘った覚えはあるが、誰かがその誘いに乗ってくれた覚えがない。なんだろう、気温高くて暑いしな、目から汗が出てきた。こんな所でダメージを負うとは思わなかったが、ともあれこれは一大事である。

 

「あ、あぁ、なら、ちょっと本買ったら行くか?」

「えぇ、そ、そうね」

 

お互い納得の気まずさにそっと目を逸らした。俺は勿論こうして誰かを招いたことがない。恐らく雪乃は誰かに招かれたことが無い。両者筋金入りのぼっち体質だ。理由や本質は違うとはいえ、その共通する一点においては同じ。

 

「……選ぶの、手伝うわ」

「……おう」

 

結局二人で適当な本を見繕い、道中若干ぎこちなくなりながらも、無事に俺達は家へと辿り着いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「書き直し」

「冗談言うな、雪乃。……冗談だよね?」

「いやーこれは小町的にもないって言うかー」

「てかお前自分の宿題は……」

 

ふいっと小町が目を逸らす。雪乃を家に連れ込んでから何かとちょっかいをかけてくる辺りもう本当こいつ可愛くねぇ。……いや待て、連れ込むという言葉は些か語弊がある。そう、ただ友達を遊びに誘っただけと解釈しよう。ガールフレンドを家に誘っただけなのだ。駄目だ、なにかイケナイ雰囲気が紛れない。実際は色気のいの字すらないが。

 

「とにかく内容が最低ね。学校に提出するものとして恥ずかしくないの?」

「あぁ、平塚先生ならどんな小さなネタでも拾ってくれるから安心だ」

「あなたのコレにネタ要素は恐らくないでしょう……」

 

当然、俺が一番得意とするやり方で書き上げたものだ。皮肉った言い回し、悪い方から見た印象、捻じ曲がった解釈の仕方、およそ嘗めているとしか言えない結論。これぞ比企谷八幡の真骨頂。

 

「小町さん、少し遅くまでこの人を借りるけれど」

「ええっ、どうぞどうぞ! もうそりゃ随分と遅くまで借りてっちゃって下さい! むしろ引き取ってくれても良いんですよ?」

「…………考えておくわ」

「おい……」

 

考えちゃ駄目だろ……てか引き取るってなに、俺養子かなにかに出されるの? 雪ノ下八幡になっちゃうの? 語呂悪いだろ比企谷でいい。もっと言えば比企谷が良い。

 

「さぁ、やりましょう?」

「…………はい」

 

その日、俺は腱鞘炎一歩手前だったと思う。


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