やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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同じく違って落ち着かない

いつか彼女に言われたことがある。

 

『ねー、比企谷、なんで名前呼ばないわけ?』

『……は? いや、お前もだろ』

『だって比企谷が呼ばないし。一応さ、うちら、恋人なわけじゃん?』

『あー……まぁ、な』

 

その時の俺はたしか、下らん理由でそれを突っ撥ねた。

 

『いや、なんつうか、恥ずかしいだろ』

『ヘタレてるし、ウケる』

『なんでだよ。ウケねーから』

『私は別に良いんだけどなー?』

 

ちらちらと視線を向けながらそう言う彼女に俺は苦笑して、恥ずかしさを誤魔化すために顔を背けながらぼそりと呟く。

 

『……まぁ、なんだ。気が向いたらな』

『ん、期待してる』

 

にやっと笑ってそう返されると、余計恥ずかしくてがりがりと頭をかいた。こんなことをしていたなと、なんとなく思い返す。

 

『あ、昼休み終わった』

『……教室、戻るか』

『それあるー』

『適当だな……』

 

結局、最後まで彼女の名前は呼ばなかったけれど、結果的にそれで良かったのだろう。その事だけは、過去の自分を褒めてやりたかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

往々にして、気まずい人間関係というものは発生するものだ。例えば昔にちょっとやらかしていたり、変な関係を築いていたり、繋いだ関係を壊していたりと種類は様々である。つまり何が言いたいかといえば、俺と折本かおりの関係はそれらに当てはまっていた。

 

「ひ、久しぶり、だね。あはは……こんなとこで、何してんの?」

「お前の方こそ何してんだ。こんな夜遅く」

「えっと、なんていうか、小腹が空いて、買い物的な? うん、そんな感じ」

「……あぁ、そう」

 

いやほんと気まず過ぎて思わずダッシュで家に帰りそうになるレベル。てかなんでこの子はこんな時間帯に一人でコンビニまで歩いて来てるの? 危機感とかそういうものが皆無なの? 最近の女子高生って大体こんな感じなの? だったら怖いわ。

 

「……家、確かあっちだったか」

「え、あ、うん」

 

くっと顎で方向をさしながら問えば、途切れ途切れに肯定が返ってくる。実に彼女らしくない態度だが、まぁ十中八九俺のせいなので何も言えない。言うべきではないだろう。というか、会うこと自体が避けるべきなんだがな。疲れ過ぎてそこら辺の警戒心まで抜け落ちていたのか、反省だ。

 

「買い物」

「へ?」

「いや、帰り道とか、一人だと物騒だろ。終わるまで、待ってる、けど」

「……えっ、と。うん、じゃあ、その……お願い」

「……お、おう」

 

正直断られる前提で言ってみただけなんだが、驚くことに折本は頷いた。そんな俺の様子に何を思ったのか、不意に彼女がじっとこちらを見てくる。じとっと変な汗が吹き出る懐かしくも少し違った感覚に嫌悪感を覚えながら、少し目を細めて口を開く。

 

「……なんだ」

「あ、いや、ごめん。あ、あはは……す、直ぐ戻ってくるから」

「あぁ、いや、別に……」

 

そこまで急がなくても、と言い切る前に折本はコンビニへ入っていった。女性の買い物は長いということはよく聞くし、実際にそうなのも知っているが、今回の場合はどうなのだろう。スタスタと落ち着かないように歩いている姿を横目に、ふと空を見上げた。

 

「……何がしたいんだろうな、俺は」

 

ぽつぽつと輝く星が、今は少しだけ羨ましかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

時折通る車の音だけが、響いては遠ざかっていく。完全に日の落ちた公園には不良が溜まっているなどのこともなく、不気味なくらいの静けさが漂っていた。俺と折本はそこのベンチへと、間にお互いのレジ袋を挟んで座っている。帰る途中にふと見かけて、少し話さないかと切り出したのは折本だった。

 

「……」

「……」

 

そうして現状、一言も発さない沈黙が続いている。普段はこういう空気に耐えられずあれこれ色々と考え込んでしまうのだが、どうやら考え込むことが大きすぎると逆に頭が働かないらしい。何分か、それとも何時間か、なんて表現は些か陳腐かもしれないが、実際そんな風に感じていた。

 

「……ひ、比企谷は、さ」

 

口火を切ったのは、折本だった。

 

「たしか、総武……だっけ」

「……あぁ、まぁ、な。折本は、海浜か」

「うん。まぁ、ね。……そっち、どう?」

「どうって……どうもなにも、俺は基本ぼっちだからな。よく分からん」

「何それ、ちょっと、ウケる」

 

言いながらくすりと笑って、若干空気が軽くなる。半ば彼女の口癖みたいなものであるそれを聞いて、やはり彼女は折本かおりなのだと今更ながら実感した。似合わない空気というのは、人の印象を酷く変えるものだ。

 

「……彼女とか、できた?」

「――いや、いない。つーか、作る気がねぇな」

「……そっ、か」

 

小さく零した声に、とても複雑な感情が込められていたように思う。まるで安堵するような、けれどもどこか寂しそうなようでもあった。そんなもの、本人である折本以外には分かる訳がないというのに。馬鹿か、俺は。……いいや、馬鹿だったな、俺は。

 

「折本の方は、どうなんだ」

「……それ、比企谷が聞くんだ」

「……だな。悪い、忘れてくれ」

 

今日はよく口が滑る。油物はそんなに食ってない筈なんだが、明らかな不具合なので早く修正して欲しい。と、思考へと意識が向きかけたところで、ぽつりと。

 

「そんなの、いないに決まってるじゃん」

「――」

 

彼女の言葉に、俺はどんな反応を返せば良いのだろう。

 

「……あ、あぁ、そう、なのか」

「そう。……意外、とか?」

「まぁ、意外っつーか、なんつーか、な」

「……ねぇ、比企谷」

 

雰囲気が、変わった。直感的にそれを把握して、ポケットに突っ込んでいた手がじんわりと汗ばむ。無意識のうちにぎゅっと固く拳が握られ、喉がカラカラと乾いていく。嫌な予感がした。駄目だと、脳内で必死に警鐘がかき鳴らされる。

 

「私、まだ、変わってないから」

「……っ」

「まだ、比企谷のこと――」

 

と、そこまで言っていた折本の言葉を、軽快な電子音が遮った。みれば偶然持ち歩いていた俺の携帯が珍しくも鳴っている。画面に表示されているのは、当然というか何というか小町だ。

 

「わ、悪い、折本」

「……それ、妹ちゃん?」

「あ、あぁ」

「……早く出てあげなよ」

 

無駄だと知っておきながらもう一度悪いと呟いて、通話ボタンを押しながら耳に携帯を当てる。

 

「おう、小町、どうし――」

『遅いよ、なにしてるのお兄ちゃん、もう十時半になるんだけど』

「……は? いや、マジか」

『マジだよ。早く帰らないと補導されちゃうから。お兄ちゃんただでさえ怪しいのに』

「いやその一言余計だから――って、切りやがった」

 

俺が家を出るまでしんみりしていた妹はどこへ行ったのやら。ころころと表情が変わる奴なので、そこら辺はもう慣れているんだが。女心と秋の空とはよく言ったもので、むしろ秋の空どころか迷走してるアイドルのプロフィールくらい変わる。迷うのって怖いなぁ。

 

「……ここからどのくらいだっけ、お前の家」

「ううん。もう少しだから良いって、別に」

「それなら、いいんだが……」

「それにもう、ちょっと、そんな感じじゃないかな」

 

あはは、と力なく笑いながら折本は立ち上がる。そっと自分の袋を持ちながら、少しだけ顔をこちらに傾けて。

 

「おやすみ、比企谷」

 

それだけ言うと、ゆっくりと歩き出した。それに俺は。

 

「あぁ。……じゃあな、折本」

 

『またねー、比企谷』

『おう、また』

 

あの時とは違って、別れの言葉だけを紡いだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

――ねぇ、比企谷。

 

「っ……」

 

――私、まだ、変わってないから。

 

「……いや、ほんと」

 

――まだ、比企谷のこと――。

 

「ウケないよ、比企谷」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好きだよ。


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