やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。 作:四季妄
悪夢みたいに最低な一日も過ぎ、既に時間は翌日のホームルームが終わるまでに差し掛かっていた。がっつりと机に突っ伏して寝たふりをしながら、しかしいつでも動けるよう力を入れておく。ぼっちは素早い行動に関して他の(主にリア充)追随を許さない。そしてそれが一番発揮される時こそがこれから待ち受けるもの――そう、帰宅である。つまり何が言いたいかというと、俺は早く家に帰ってゴロゴロしたかった。……いや、他の理由とかそんなのさっぱり無いからね? 本当にね?
「――」
来た。チャイムが鳴る。だらだらと立ち上がり礼をするクラスメイトに合わせながら、ぎろりとただ出口だけを睨む。最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。この帰りたいという想いを成就させるために。いざ行かん
「でさー、あいつったらさー」
「マジ? 超やばくない?」
「マジマジ。いやーほんとないわー」
「かーっ、つれーわー部活」
「それな、ほんとそれ」
わいわいがやがやと騒ぐ人達の間を決してバレないように掻い潜り、気付かれないように素通りし、見えないように避けていく。これぞステルスヒッキーの独壇場っすよ! がっしと教室の扉に手をかければ、最早勝ったも同然だ。がらりと開けて一歩足を踏み出し、全身を包み込む開放的な気分が――。
「あら、意外と早かったわね」
「は?」
開放的な、気分が。
「あなたの事だから、もう少し掛かると思っていたのだけれど」
「あ、いや、そんなの……じゃなくて、お前。なんでここに……」
「部長として部員を導くのは当たり前でしょう?」
「部長って……あぁ、いや、だがな……」
全然開放的な気分に包まれなかった。廊下の壁に背を預けていた雪ノ下はふわりと長い髪をたなびかせながらこちらを向き、さも当然のように俺と話し出した。というか君クラス違うよね? なんでこんなに早く来てるの? なんなの、俺のこと好きなの? いやまぁそれについては万が一どころか億が一にも無いだろうが。
『まだ、比企谷のこと――』
そうだ、そんなこと、無いに決まっている。
「? なにを固まっているのかしら」
「……いや、なんでもない。それよりも、だ」
何はどうあれ、こういうのは普通に不味い。雪ノ下はそんなことも忘れてしまったのか、一切危機感を持たずに自然体でいる。長引けば長引く程確率は上がり、ついには偶然見かけた誰かが言い出すのだ。そう、正にこのように。
「あれ? 雪ノ下さんじゃね?」
「ほんとだ。珍しー。てか近くに誰かいんじゃん」
「ん? あいつヒキタニじゃね?」
「いや誰それ。え? 同じクラス?」
「もしかしてあいつが雪ノ下さんと話してんの?」
ざわざわと、嫌な雰囲気が広がり始める。何度味わっても慣れないと思いながら、次第に慣れていった空気を肌で浴びる。これ以上は駄目だ。本当に、
「……はぁ。本当に、変わらないわね……」
うるさい。聞こえてんぞ、あんまり言うと嫌になって直ぐに帰るからな。てかもう今から帰りたい。なんなんだ、普通は
「少しは待ちなさい、猫背谷くん」
いやほんとうるさいから。待たないから。ていうかあなたと並んで歩いたらさっきの俺の行動全否定だから。そこら辺気付かない奴じゃないだろうに、どうしてそんな事が言えるのか。
「そっちは玄関とは違うのだけれど?」
「……帰っていいんならそうするんだが」
「特別な用事でも無い限り駄目よ」
「……あぁ、そう」
自然と足を特別棟へ向けていた俺は、やはり人生の選択肢という選択肢を全て間違っているような気がする。ぶれぶれな気持ちと脆い信念、支えているのはボロ過ぎて崩れかけの心だ。風が吹けば傾き、指で突けば壊れ、上から踏めば木っ端微塵。きっと、違う道筋を辿った比企谷八幡ならば、もっと強くあれたであろう。それこそ、理性の化け物だなんだと言われるくらいに。
◇◆◇
「……で、結局、ここはなんの部活なんだよ」
「あなたまさか、知らなかったの?」
「ろくな説明も無しに連れて来られたからな」
どこぞの独身国語教師に。いかん、今凄い背筋がゾクってした。ゾクって。ははは要らんことを言うな殺すぞげふんげふん怒るぞ的な何かを感じる。めちゃくちゃ具体的なんですけど。
「……そう。では、ゲームをしましょう。ここが何の部活か当てるゲーム。さて、ここは何部でしょう?」
「そんな唐突に言われても、な……」
しかしながら、ゲームか。あの雪ノ下がゲームとは、なんとなく似合わない。そう感じながらも、ぽつぽつと思考を巡らしていく。教室の中を見渡して、何か手掛かりになるものは無いかと探してみる。
「他に部員は……」
「いないわ」
それって部として大丈夫なのだろうか。かなり疑問だが、そこら辺は今気にしないことにした。はっきり言ってしまえばヒントが無さすぎて推理の余地もない。とりあえず適当にぽんと出た答えを口にする。
「文芸部か……?」
「へぇ、その心は?」
なんだか特に興味無い感じなのが気になるが、そっとスルーして頭の中でまとめた考えを出していく。
「この部屋、特に何も無いだろ。あとはお前が本を読んでることからだな」
「比企谷くんにしては上出来ね」
ふふんと鼻を鳴らしながらそんな事を言ってくる雪ノ下。にしては、は余計だろ、にしては。がりがりと頭をかきながら、ぶっきらぼうに問い掛ける。
「で、どうなんだ」
「おめでとう、はずれよ」
はずれなのかよ、じゃあなんでおめでとうとか言ったんだよ。
「じゃあ何部なんだよ」
「では、最大のヒント。私がここでこうしていることが活動内容」
ついに出てきたヒントも全く持ってヒントの役割を果たしていない。むしろそれによってもっと分からなくなった感じだ。答えが遠ざかったようにすら思える。いや待て俺、落ち着いて考えろ。……いや分からねぇよ普通に考えて。
「降参だ、さっぱり分からん」
息を吐きながら白旗を上げる。
「比企谷くん。誰かとこうして下らない話をしたのはいつ以来かしら?」
それ振ってきたお前が言うのな、なんて思いながら過去の記憶を探る。正直、一切無い訳でない。ないのだが、どれも一つ手を掛けてしまえば芋づる式に黒歴史も付いて来てしまうので精神的に辛いものがある。
『……この人形、良い感じね』
『は? いやお前、どこが?』
『ほら、この、あなたによく似た世界を呪っているような目とか』
『俺の目はそんな酷くねえよ、多分、うん多分』
『自分ですら自信が無いのね……。心配しなくても、そんなに悪くはないわ』
『……え、それどういう――』
『さっさと次の所へ行きましょう比企谷くん』
……あー、なんだ。これって、下らない話、か?
「持つものが持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶわ。途上国にはODAを、ホームレスには炊き出しを、性根の曲がった男子には普通にするような軽い会話を」
最後だけ妙に例えが細かいんですけど。どうりでいきなりゲームだのなんだのと言い出した訳だ。初対面ならまだしも、俺と彼女の間でまともな状態ならあんな会話が成立する訳もない。ぶっちゃけ黙ったままの方が適当なんですがね。
「ようこそ奉仕部へ、歓迎するわ」
次いで雪ノ下は、何か決意か覚悟の籠った瞳をこちらに向けながら、堂々と真正面から宣言した。
「比企谷くん、卒業までにあなたを更生させる。覚えておきなさい」
そんなことをしてお前になんの利益があるんだよ、と言ってみるべきだろうか。
◇◆◇
「そんでさー……って、ユイ? 聞いてる?」
「……」
「ユイ」
「――っと、あ、うん。な、なに?」
「なんかあったん? そんなぼーっとして」
「いや、なんでもないん、だけど」
「そう? ならいーんだけど」
――なんで、雪ノ下さんとヒッキーが?
おまけ
進路指導アンケート
総武高等学校 2年 F組
出席番号29 男
あなたの信条を教えてください
如何なる時も常に一人で何事も対処する
卒業アルバム、将来の夢なんて書いた?
俺だけ書くスペースなかった
将来のために今努力していることは?
一人で出来る事を多くすること。
過去のトラウマを忘れること。
先生からのコメント
実に君の人間性が出ている内容で安心しました。
けれども人間一人ではできることが限られてくるので、他人と協力することを覚えましょう。
トラウマに関しては忘れようとして結局忘れられないのが君だと思うので、適度に頑張るか諦めましょう。