婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
しかしデザインはふざけているが中身は至って真面目なキャラだ。
彼を見たときに悟った。
豪毅のマユゲやモミアゲなんて大した問題じゃなかったんだな、と。
…だから何だってわけじゃないけど
「そういえば、姫様は菊乃さんの話、お聞きになられました?」
ひとつの花瓶に収まらず部屋のあちこちに飾られた芳しいバラの香りの中、女性と会話をするとよくある唐突な流れで聞かされた話に出た例の女中頭は、私が藤堂の家に来た当時で35は越えていた筈だ。
この時の私には兄の記憶はなかったが、ないなりに体に染み付いていただろう病人への補助経験が、明らかに他の子よりも手をかけなくてはいけないのにその手が足りていない豪毅を、放っておく事を許容しなかったのだろうと、今ならば思う。
素質だけは充分なのに身体が訓練に耐えられない彼の体質改善は、まずは充分に栄養を摂取させる事から入った。
『少食な上に好き嫌いが多い』と彼女は零していたが、私なりに観察した上での判断は、彼女の料理が豪毅の口に合わないという事だった。
いや、そりゃ大人だったら『まあ、野菜の色が鮮やかに残って綺麗な煮物ですね!』てなるかもしれないけど、子供がソレ見て『うわあ美味しそう』とはならないよ多分。
あ、私は例外ね。
飢えて渇いて死にそうになった経験がまだ記憶に新しいあの頃、味なんかよほど極端じゃなければ、食べ物は食べ物として有り難くいただき、残すなんて罰当たりな事はできませんでした。
とはいえその上品そうな煮物、そんな私の口にすらあまり美味しくはなかったけど。
完璧な暗殺者として御前に『誰もが欲しがる女性』を求められた私は、その訓練としての最低限の家事をすることがもとより許されていたから、その訓練がてら、という理由で豪毅の口にするものを私が作る許可を得るのは簡単だった。
この時期に私の料理の腕が急激に上がったのは、ほぼ間違いなく彼の為だ。
そもそも豪毅が初対面から私に懐いていた事もあって、彼は私が作ったものであれば、多少苦手な食材であっても躊躇いなく箸をつけるようになった。
茶碗蒸しが好きだと聞いて、作ってしまった後で『鶏肉とシイタケが苦手』と聞かされ途方にくれた私に、『姉さんが作ってくれたものだから』と言って涙目になりながら完食してくれた思い出は未だ忘れられない。
結局、鶏肉は煮たものがあまり好きではないだけで揚げたり焼いたりするのは問題なく食べていたし、シイタケは『美味しくはないけど食べられなくもない』あたりまで持ってくることができた。
そもそも彼の好き嫌いは調理法を変えれば克服できるものがほとんどだった。
どんだけ煮物しか作ってなかったんだあの人。
そして食べる量が増えると同時に筋肉量も増えて、御前がつける稽古に耐えられるようになってくると、その素質の素晴らしさに誰もが瞠目した。
…上の兄達が15、6で出された修業に、11歳の時点で出されてしまうほどに。
その辺は御前の豪毅への期待もさることながら、私と豪毅の仲が良すぎると、菊乃女史が事あるごとに、御前に苦言を呈していたのもあったのだろうが。
それでも豪毅が修業に出てからはあまり顔も合わせなくなっていたので、正直今の今まで、存在すら忘れていた。
「あの方、三男の
まあ、その…つまりは、御前のお相手を務めた事がおありという事ですわね。」
そうだったのか。
女中頭なんて中途半端な立場にしては、いやに態度が大きいとは思っていたのだが、事実上の愛人だったのか。
まあ塾長にだって女の人複数いるらしいし、そこら辺は私がどうこう言うことじゃない。
てゆーかあの当時はまったく関心を抱かなかったが、あの家には奥方の存在はなかった。
恐らく、豪毅を含め他の兄弟たちの母親も、それぞれ違う女性の子なのだろう。
だとすると、他から連れてきて養子縁組もされずに邸に置かれた私のことを、彼女はひょっとして新しい妾の候補だとでも思っていたのかもしれない。
実際には息子の嫁にするつもりだったわけだが。
「あの方、御兄弟のなかでただひとり遺された豪毅様を、人殺し呼ばわりして掴みかかったんですのよ。
御兄弟を一度に亡くされた豪毅様だって、お辛い事に変わりはないでしょうに。」
「……は?
それ、豪毅の上のお兄様、4人とも亡くなったって事ですか?一度に?」
「あ、それもご存知なかったのですね。
そうなのです。
私どももどういう事情かは詳しく聞かされてはおりませんが、豪毅様以外の4人が、全員修業先の事故で亡くなられたのですよ。
姫様がお邸を空けられて間もなく、一度皆様全員が留学先から帰国なされたのですけど、4ヶ月ほどこちらに滞在された後、また戻られたのです。
…皆様の訃報が届いたのはそのすぐ後くらいの事でしたわ。」
…確か、私が塾長に捕まったのが3月の終わりで、私が豪毅と会ったあの日は7月のはじめだった。
つまり豪毅はあれからすぐに修業先へ戻ったのだと考えて間違いない。
という事は、豪毅は御前の後継者として、5人の中から選ばれたのではなく、上の4人が亡くなった事で、唯一生き残ったから決定したというだけなのだろうか。けど…。
「どうも御前もその時、そちらにおられたようで、御葬儀は修業先のお寺で済ませたらしく、全て終えてお二人で帰国なされた時に、菊乃さんが豪毅様に…。
御自分の子が亡くなられてお気が触れられたのだと、後で説明を受けましたが、取り押さえられて引き剥がされるまで、確かに正気とは思えないようなことを叫んでいました。
私は、その後すぐにこちらに配置換えされて、その後の事はわからないのですが、聞いたところによれば、今は藤堂財閥の関連の病院にいらっしゃるそうです。
私はあの方が好きではありませんでしたが、そう思えばお気の毒な事ですわね…。」
「豪毅を『人殺し』と呼んだのですよね?
…他にはどんな事を?」
「他に…ですか?
私も全部を覚えているわけではないのですが、そうですね…『正当な血筋でもないくせに』とか、『あの時、本当に殺しておけばよかった』とか、『あの娘さえいなければ』とか、そんな事だったように思いますわ。
…正式な奥方の子供でないというなら、ご自分のお子だって同じでしょうにねぇ。」
…なんとなくだが、わかってしまった気がする。
気が触れて豪毅に掴みかかって、藤堂家ゆかりの病院に入れられたという菊乃女史、怒りと悲しみで冷静さを失い暴挙に至ったが、決して気が触れたわけではなく、彼女の言った事はほぼ事実だという事が。
多分孤戮闘で私に起きたのと同じ事が、この藤堂兄弟の身の上に起きたのだろう。
いちどきに亡くなったという4人の兄達を手にかけたのは…恐らくは、豪毅だ。
彼女より短い期間ながらずっと御前の傍にいた私の視点では、それはどう考えても御前の発想だった。
…正当な血筋発言だけはよくわからないが。
そして、私はその燦夜という人を知らないが、恐らくは豪毅がいなければ後継者となり得た素質の持ち主だったのだろう。
彼の母親としてそれを狙っていた菊乃女史は、素質はありながら、体質の弱さがネックになっていた豪毅を、直接手は下さないまでも、死んでもおかしくない状況に故意に置いていた。
そうであれば彼女にとって、私の存在は邪魔でしかなかっただろう。
まだ完全に体が出来ていない豪毅を、私から引き離して修業に放り込めた時、彼女は『これできっと死んでくれる』と思ったに違いない。
けど結果的に、最後に残ったのは豪毅だった。
全て推測でしかない。けど。
それが真実だと、私は確信していた。
☆☆☆
…なんて会話を交わしていたのも、ミッシェルの遺体を運び出してバラを片付けた闘場に、次の闘士が出てくるまで時間がかかっていたからだ。
だがやがてモニターを通じて、塔の方から巨大なものの足音のような音が聞こえ、私たちはそちらに目を向けた。
ていうかこの音から私はてっきり、あの塔が変形してとうとう巨大ロボットか何かになったのかと本気で思った。
しかも私の頭の中の映像では、塔の御前の顔の部分が何故か胸部にあり、頭部に搭載された操縦席から豪毅が『最初に言っておく!胸の顔は飾りだ!!』とか言っていたが、我ながら意味がわからないので忘れることにする。
それはさておき、塔の壁と完全に同化してカモフラージュされていた階段横の大扉が姿を現し、それが開く。
そこから姿を現したのは一匹の象と…その背に跨る褐色の肌の男だった。
この男は見たことがないので、恐らくは私がここを去った後から入ってきた者だろう。
「我が名は冥凰島十六士、ラジャ・マハール。
いでい!!男塾次なる戦士よ!」
…ラジャ、というのは王という意味ではなかっただろうか。
マハールは宮殿を意味する言葉だったような。
まあきっと本名がメッチャ長いとかで、比較的日本人の耳にわかりやすい部分のみ残してあと全部取っ払ったくらいのとこなんだろうが。
(例の狼使いの男が、本名が長いからと姓以外省略させられたって言ってたから)
あとやたらと露出度の高い格好で頭にターバンを巻いているのが、布を使う部分を間違っているんじゃないかという気がしなくもない。
「マハール様は最近になってから、
ミッシェル様の人気が出た事で、闘技会で人気になるのがパフォーマンス性の高い試合であるという運営側の意向を受けての事らしいです。
なんでも、インドには象を使った戦闘術があるのだそうで、彼はその使い手なのだとか。」
ああ、なるほど。
要は二匹目のドジョウ、インパクトの強い試合のバリエーションを増やそうという意図ね。
ここに出せるくらいだから、実力は間違いなくあるという事だろうけれど。
というか、一応は説明してくれてるけど、実のところあんまり興味ないですね清子さん…。
まあ私も動物はあまり好きではないが。
象なんて食えないし。
☆☆☆
「冗談じゃねえぜ。だ、誰があんなのと…ライオンでもかなわねえっていう、史上最強の動物の象を相手にするなんて……!!」
闘場に現れた相手を見てそう言葉を漏らす虎丸に、答えて一歩踏み出したのは、我ら三面拳がひとり、月光だった。
「それは許されぬ。
いかなる勝負であろうと、敵に背を見せれば、それは敗北を認めたこと……!!」
既に愛用の棍を手にして、縄ばしごの前まで進み出た彼の足が、一旦止まってこちらを…わたしの方を振り返る。
「飛燕よ…貴様にこれを託す。」
こちらに差し出された手から下げられていたのは、細い二本の鎖…その先に付いた、勾玉のような形の金属片が、小さく揺れている。
これは……!
「ひとつは私のもの。
もうひとつは死んだ雷電が闘いの前に、私に託していったもの。
…わかるな、この意味が。」
問いではなく確認の言葉に、自分より随分上にある、兄とも慕う年長の同士の瞳を見上げる。
そこに表われていたのは、紛れもない覚悟。
…たまに小言がうるさいと感じはしても、わたしとて本気で彼を疎んじた事などない。
動揺してしまったわたしの態度をどう解釈したものか、月光はわたしの手にそれを握らせると、再び背を向けて縄ばしごを渡っていった。
いつだって落ち着いて、わたしの背を押して、送り出してくれた月光を、今度はわたしが送り出すことになるのか。
思えば彼はわたしや雷電の背中を、いつもどんな気持ちで見送っていたのだろう。
「な、なんだよ飛燕。
その、月光が渡したペンダントのようなものは…!?
それにおまえ、えらく顔色が悪いぞ!!」
…気がつけば隣に来ていた富樫が、心配そうにわたしの顔を覗き込んでいる。
彼はひとの心の機微に、割と敏感だ。
手の中のそれと並べるようにして、自身の懐から、同じものを取り出して、その場の全員に見せる。
伊達と知り合う前に互いに贈り合ったものだから、彼も知らない話だ。
「…これこそは、わたし達三面拳の生死を誓い合った、契りの証……!!
これを託したという事は、たとえ死んでもわたし達は、いつも共にあるという事……!!」
それが彼なりの決死の覚悟であると、わたしにはわかっていた。
☆☆☆
「男塾三面拳・月光!!」
闘場に立ち、臆する事なく棍一本構える月光と比べると、その象が標準的なインド象と比較してもかなり巨大である事がわかる。
何せ、デカブツ揃いのあの連中の中でも月光はかなりの長身なのだ。
その月光の姿を見て、ラジャ・マハールと名乗った男は、『無謀なる勇気』と評する。
その表情には、呆れたような色があった。
「闘いの前に、ひとつ教えてやろう。
見るがいい!
この象、パンジャブの額に刻み込まれている印を!!
これこそはパンジャブの、すさまじい戦歴を物語る勲章というべきもの。」
言われて見てみれば、確かに象の額に、何やら点のような印が無数に刻まれているのがわかる。
「現在、印の数は百七個……!!
つまり、これまで百七人の敵を葬ってきたことを示す。
そして新たにもうひとつ、百八個目の印を刻み込むことが出来る…貴様のお陰でな!」
百八って仏教でいう煩悩の数だけど、おそらく関係ないんだろうな…などと私が考えている間に、
「能書きはそれくらいにして来るがよい!!」
と月光が一刀両断にぶった斬る。
その言葉に従ったわけではないのだろうが、マハールは象に指示を出し、その巨体が月光に向かっていった。
「いけいパンジャブよ!
密林の悪魔と呼ばれたお前の力を見せてやるのだ!!」
その声が終わるか終わらないうちに、象の手とも言える筋肉の塊のその長い鼻が、月光に向けて振るわれる。
月光の卓越した体術はそれを難なく躱したが、一旦間合いを離した彼が再び闘場の床を踏んだ時には、象の巨体は月光の背後を取っていた。
再び、象の鼻が振るわれるのを間一髪で避ける。
「驚いたか!!
この巨体だからといって、動きが鈍いと思うのは間違いだ!!」
そこから更に間合いを離した月光に、突進するひとりと一匹。
月光はそれに向かって構えるが、真っ直ぐに向かって来ると思われた象の頭が一瞬下を向き、その鼻が地面に伸びた。
それと同時に象の四肢が地面を叩き、その巨体が軽々と宙へ飛ぶ。
「な、なに──っ!!」
はるか上まで飛び上がった巨体を見上げる(…このひと、絶対に目が見えてないなんて嘘だよな)月光の上で、象は空中で体勢を整えた。
後肢が先に地に着くように落下し、そのまま己が体重と落下速度で、月光を押し潰す腹らしい。
咄嗟に身を躱して月光はプレスを免れたが、彼がそれまでいた場所の地面は抉れ、整備された床が粉々に砕けていた。
…これは、相当に修練を積ませた獣であるらしい。
しかも操る側との呼吸が完璧だ。
一般に象は温和な生き物と思われているが、知能が高いだけに、珍しく戯れに他の生き物を殺す事のある動物だ。
本当に予想もつかない時にその気まぐれを起こすので、世話をして慣らしたはずの象に人間が殺されるといった事故も後を絶たない。
恐らくは普段大人しく従っているものの、ある瞬間に突然気がつくのだと思う。
自分の方が強いはずなのに、なぜこんな小さくひ弱な生き物に従っているのかと。
この主従はある程度、世話をしたりなんだりを経て日々の絆を培ってきてはいるだろうが、それ以上に人間の方が、その強さを示していかないとこうはいかないように思う。
「ま、間違いない。
あれこそは古代インド幻の秘闘法と言われた、
その間にも男塾側の陣の声を集音マイクが拾っており、呻くような声で羅刹が呟くのが聞こえた。
陸上最大の生物・象は、最大の破壊力をもつことで有名である。
象の欠点として鈍重な動きがあるが、それを特殊な訓練法により、恐るべき敏捷性を身につけさせ、これを数々の秘技を持つ戦闘法として確立させたのが古代インド人である。
古代インドでは戦争の時、象の多寡で勝敗が決するとまで言われた。
ちなみに英語で象をエレファントというが、これは当時象の訓練を、インド洋上のエレファン島で行なっていたことが語源と言われる。
…それにしても、男塾側には集音マイクが置かれているのに、あちらは塔を使っているため、向こうの声が拾えないのはちょっとズルイと思う。
それはさておき。
「よくぞ躱した、今の一撃。
だが、次はそうはいかん!!」
主人の言葉に呼応するように象は再び飛び上がる。
同時にその鼻から、ホースのように水を吹き出して、月光に浴びせかけた。
予期しない行動に一瞬、月光の回避行動が遅れる。そして。
ドカアッ!!
象の大きな前脚の下から轟音と床が砕けた砂煙、そして血飛沫が同時に上がった。
「殺られた──っ!!月光が踏み潰された──っ!」
更に悲鳴のような声が自陣から上がる。
そう、誰もがそう見てもおかしくない状況だったろう。
「フッ、他愛もない。
だがこれでおまえの額に、百八個目の印を刻みこめるというもの……!!」
だが砂煙が少しずつ晴れる中、踏み込んだ象の足がわずかに揺れたのに、上に乗ったマハールが気づかぬはずもなかった。
「……どうした、パンジャブ!?」
怪訝に思い下を覗き込む。
砂煙が去った後の象の足の下で、そこと地面の間に棍を突き立てて、自身の身体の間に、渾身の力で隙間を作っている、月光の姿がそこにあった。
「確かにこの象の額の印はひとつ増える事になる!!
だがそれはわたしではなく、貴様の分だ、マハール!!」
象の足裏は見た目と違い敏感であるという。
そこに傷を負わされた巨象は、痛みとそれを与えた者への怒りに、激しく咆哮した。
改めて、アタシはマハール戦に思い入れがなかったんだなと思い知らされる。
むしろ以前読んだ裏夢にあった、自分に負けた女闘士をその体質駆使して嬲り倒すみたいなイメージの方が強烈に残ってる。
ごちそうさまでした(違