婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
1・真夏の夢の蜃気楼
橘の死から、4ヶ月が経った。
俺はあれ以来、奴の周辺を調べまわり、まずは奴の日本での身元引受人だという弁護士が、あの日以来行方不明だという情報を掴んだ。
そうだ。奴は死の間際、確かに『うちのセンセイ』と言ったのだ。
恐らく俺が腕をぶった斬った男は、その弁護士だ。だが何故?
本人が見つからない以上、理由はわからない。
今度はその弁護士について、色々と嗅ぎまわったが、大した情報は得られなかった。
というより、こいつはやたらと手広く大物の顧客ばかりを持っており、その中のどれが手を引いたものか絞り込めなかったのだ。
というかこんな奴が何故、橘の親の顧問なんか引き受けてたんだ?
調べたところ、あいつの父親は生前、地元では評判の鍼灸師だったそうだが、一家の生活ぶりはごく一般庶民のそれであり、金持ちでも名士でもなんでもない。
むしろ稼ぎは病を抱えた長男の治療費にほぼ持っていかれ、困窮していた筈だ。
『オレの妹は、どこかの金持ちに売られたんですよ。
オレの手術費用を捻出する為に。』
その手術費用がどれほどのものだったかはわからないが、少なく見積もっても一億はくだらねえ筈だ。
そもそも奴の妹、しかも当時11歳半の小娘の何に、その金持ちはそれだけの価値を見出したのか。
ただ女として飼うだけの存在に、そこまでの金を出すとも思えない。
必ず、何かあった筈だ。
そして何より、奴は妹の手がかりを掴んだ途端、命を狙われたのだ。
手がかり…橘を人違いして『姉さん』と呼んだ奴と、弁護士の間に、何らかの繋がりがあった事に、疑いの余地はない。
そして、その男が『姉さん』を探していたという事は、『姉さん』は奴らの前からも行方をくらましている事になる。
何らかの重大な秘密を知って、それ故に命を狙われ、逃げ隠れしているのではないだろうか。
その『姉さん』が橘の妹で間違いないなら、俺は奴らより先にそいつを見つけ出して、保護しなければならん。
だが…俺の調査はそこで行き詰っていた。
警察は、橘を襲った男について、特に身を入れて探すような事はしなかった。
型通りに地域のパトロールを幾らか強化したくらいだ。
何せ襲われた事が原因にはなったものの、橘の直接の死因は心臓発作だ。殺人事件ではない。
しかも俺たちとの交流が仇になったというか、その襲われた事件についても、不良少年同士の諍いという形となって、4ヶ月経った今となっては、地元での噂話にものぼらなくなっていた。
そんな時だ。
男塾から、俺の無期停学を解くという連絡が来たのは。
☆☆☆
「伊達は貴様らを守る為にあんな真似をしたんだろうが!
その辺をよく考えろ!」
「よく考えたから直訴するんです!」
「馬鹿か貴様ら!直訴は重罪だ!
それで貴様らが死罪にでもなったら、それこそ伊達のした事が無駄になる!!
元はと言えば貴様らが不甲斐無いせいで、新任教官にデカいツラさせて増長させ、その結果伊達が全部引っ被る事になっちまったんだろうが!
その貴様ら如きが、今更徒党組んで出張ったところで何になる!?
腑抜けなら腑抜けらしく、大人しく伊達に守られた命、大事にしてろ!!」
「…そういうアンタの方が腑抜けなんじゃないんですか、赤石先輩?
結局アンタは塾長が怖いんだろう!?」
「……なんだと?」
・・・・・
☆☆☆
3年前のあの日。
完全に頭に血が上っていた。
気付けば雪の校庭が、一号どもの血で真っ赤に染まっていた。
死者が出なかったのが奇跡だと言われた。
俺は、俺が認めた後輩が、守ろうとした奴らを、結局は傷つけて男塾を去った。
去った…つもりだった。
確かに無期停学とは言われたが、まさか復帰の要請が来るとは思っていなかった。
聞けば俺の立場は二号生筆頭のまま、その籍を残してあるという。
くだらねえ、と心底思った。
俺は今、ガキどものお守りをしている暇はねえんだ。
だが、無視する訳にもいかねえ理由があった。
教官を殺して逃げた伊達と違い、俺は一号生どもをギリギリ死なせはしなかった。
だが俺の場合人数が人数な上、むしろ被害者が生きているからこそ、面倒な問題もあった。
塾長はそれらの面倒を一手に引き受けてくれた上、俺を無期停学にする事で、その問題から逃がしてくれたと言っていい。
「最後に己を助けるのは過去の己という事よ。
かつての貴様の功績がものを言った結果だ。」
と笑っていたのが、一番最後に会った時の事。
つまり俺は塾長に恩がある。
それに「来る者は拒まず、逃げる者は地獄の果てまで追っていく』のが男塾だ。
復帰の要請があったからには、それを拒む訳にはいかない。
だから、俺は決めていた。
男塾が俺を、今度こそ見放す方向に持っていこうと。
あの時ほどの事はしなくていいだろうが、2、3人の腕でも脚でもぶった斬ってやれば、今度こそ復帰要請は来るまい。
俺は、橘の無念を晴らさねばならんのだ。
橘の妹が、今この瞬間にも、奴らの手に落ちているかもしれない以上、こんな事に時間を取られる訳にはいかん。
・・・
「なんだ貴様は!?
ドスなんぞぶら下げて、こいつの使い方を教えて欲しいのか。」
「一号生筆頭、剣桃太郎。お願いします。」
あの年の一号生どもより更に腑抜けに見えるガキどもの、筆頭を名乗ったのはハチマキを締めたヤサ男だった。
俺とそのふざけた野郎は、塾長の提案により、一週間後に衆人環視の中で、改めて雌雄を決する事となった。
☆☆☆
再入寮の手続きやら何やらが必要とかで、塾長室に呼ばれた。
入塾の際にも見せられたのと同じ書類、『塾生となったからには、たとえ死んでも文句は言わない』という内容のそれに、改めて血判を押す。
もっともここに長く留まるつもりはない。
その筈だった。
コンコン。
塾長室のドアの外から、ノックの音がする。
「入るが良い。」「失礼いたします。」
短いやり取りの後、ドアが開かれる。
そこに現れた小柄な男を見て、俺は目を見張った。
「……橘っ!?」
確かに4ヶ月前、俺の腕の中で無念の涙を流して死んだ、橘の顔がそこにあった。
この章全部、赤石フラグwww
そして、実はついでに、もう一人。