婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜   作:大岡 ひじき

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令和元年、最初の投稿がこれとか…いや、言うまい。


11・月に吠える夜

「き、貴様…よくも……よくもわしの、愛しい兄弟たちを皆殺しに……!!

 うぬぬぬっ!!ゆ、許さんぞ──っ!」

 涙を浮かべながら抱え上げた巨大な岩塊を、力任せにJに向かってぶん投げるゴバルスキーに、私は確かに『無事でよかった』という感想を抱いていた。

 一番大きいのは受け止めたとはいえ、あれほどの岩の崩落を受けて、少し頭から出血した程度で済んでいるあたり、むしろ驚異的な頑丈さだと思うけど。

 

 だが勿論、戦いが終わったわけではない。

 それを示すように、Jの右拳が投げられた巨大な岩を粉々に砕き、石飛礫が周囲へ降り注ぐ。

 

「無駄だ。貴様にこの俺を倒すことは出来ん!!」

「フフ…このわしも舐められたものよ……!

 だが、それは大きな間違いだということを今、教えてやろう!!」

 ゴバルスキーはその場で腰を屈め、何かを拾うような仕草をする。

 それまでは気がつかなかったが、どうやら地面に落ちている鎖のようだった。

 否…それは落ちているというより、端の1、2メートルほどが表に出て、後は地面に埋め込まれているらしい。

 

「見ろ…この鎖がどういう意味をもつか判るか!?

 こんなこともあろうかと用意しておいたのだ!!」

 …って、なんの仕掛けなのかはわからないが、いつそんなもの用意したのだろう。

 それを言うなら、未だにJの脚を捕らえているトラバサミもそうだが、少なくともマハールが戦ってた時点では無かった筈だ。

 間違って象が踏んだりしたら、せっかくの仕掛けがパァだろうし。

 …ああうんわかってる。つっこんだら負けね。

 

「ふんっ!!」

 …私が若干悟りに近いところを彷徨っていた間に事態は動いた。

 ゴバルスキーが力任せにその鎖を地面から引っ張ると、埋まっていた部分がその動きに従って浮き上がって…その一番端の部分が、Jの脚を挟んだトラバサミと繋がっていたのだ。

 

「うっ!!」

 捕らえられたままの脚を鎖に引かれ、当然Jがバランスを崩す。

 だがそれだけではおさまらず、ゴバルスキーの剛腕は、引いた鎖をそのまま、Jの身体ごと振り回していた。

 

「これぞ狼蒼拳(ろうそうけん)奥義・罠鎖(びんさ)回驤砕(かいしょうさい)!!」

 そうか。さっきJに大岩を、なんの策もなく、ただぶん投げたのは、別にあれで攻撃をするつもりだったわけじゃない。

 ダメージを受けてくれれば儲け物だったろうが、一番の目的は、あの時トラバサミを外そうとしていたその動きを、止めるためのものだったんだ。

 てゆーか、これもつっこんだら負けなんだろうけど、敢えて言わせてほしい。

 

「いや、もう狼蒼拳(ろうそうけん)関係なくない!?

 奥義とか絶対嘘だよね!!」

「姫様!?」

 我慢できずにつっこんだ私の隣で清子さんが驚いてるけど、どうしても納得いかない。

 …まあ、私がどう思おうが現実に、Jは鎖に繋がれたままぶん回されており、そろそろ遠心力で血が頭に集まってる頃だ。

 

「そりゃあ──っ!!」

「ぐはっ!!」

 そして、ゴバルスキーが気合声を上げたと同時に、Jの身体が塔の壁に叩きつけられる。

 更に体勢を立て直す間も与えられず、何度も何度も。

 

「ぬがっ!!」

「ウワッハハ、どうだ思い知ったか──っ!!

 これでわしの気持ちも、少しは晴れてきたというものよ!!」

 このまま繰り返されればいくら頑丈なボクサーの肉体でも、全身の骨が粉々に砕かれてしまう。

 

「うおおっ!!めった打ちだ──っ!

 Jが殺られる───っ!!」

 まるで自身がそうされているかのような痛みを表情に浮かべた虎丸の叫び声が響いた。

 

 ・・・

 

 何度目かの壁への激突の後、もはや呻き声すら発する事なく地面に落ちたJを見て、ゴバルスキーは含み笑いを漏らした。

 

「フッ。これで決まったな。

 もはや意識もあるまい。」

 そして、何をどうやったかはわからないが、鎖を軽く引いたような動きだけでJの脚からトラバサミを外して、鎖とともに手元に回収する。

 受け身も取れずに地面に倒れたJは、ゴバルスキーの言う通り意識を失っているようで、起き上がる気配は見られない。

 と、瓦礫の陰の方で何かが動いた。

 そこから3つの影が、真っ直ぐにゴバルスキーのもとへ駆けていく。

 

「お、おう、おまえ達は生き延びおったか──っ!!

 よかった、よかった──っ!!」

 それは、瓦礫の下に埋まらずに済んだ、生き残りの狼たちだった。

 

『獣の群れのリーダーとなったからには、こ奴らと対等であってはいかんのじゃ。

 時には非情に徹して、数頭の仲間を切り捨てても、己は生き延びにゃあならん。

 それがひいては、群れ全体を生き残らせる結果に繋がるんじゃからのう。

 強いリーダーとはそういうもんじゃ。

 それが頂点に立った者の責任ちゅうやつでな。』

 彼は確かにかつて、私にそう言った。

 だから、群れ全体に対しての責任感はあっても、それぞれの個体に対する愛着は、なるべく抱かぬようにしているのだと。

 その彼だが、特に可愛がって名前をつけている狼が2頭だけいる。

 彼が赤子の頃に放り込まれた群れ(パック)の当時のボスの直系子孫である、ロムルスという雄とレムスという雌で、まだ生きているならこの2頭が群れの中で最年長となる。

 私があそこにいた頃には、ゴバルスキーはこの2頭は繁殖が主な仕事だと、今は戦いには参加させていないような事を言っていた筈だ。

 だからこの闘場に、あの2頭はいない筈だし、ましてやあの3頭のうちのどれかがそうだというわけもない。

 

 ところで狼の群れにはきっかりとした序列が存在し、雄雌一頭ずつの最上位のペアはアルファと呼ばれる。

 彼の統率する群れ(パック)に於いては、本来はこの2頭がアルファペアとなるのだが、この場合雄のアルファの地位にゴバルスキーがいる為、必然的に雄のロムルスは次点のベータという事になる。

 そして繁殖に携わるのは基本アルファのペアのみであり、下位の狼たちは子育てに協力するという形でのみ関わることが許されるわけだが、勿論ゴバルスキーでは狼の雌を孕ませる事は出来ないので、それだけは本物の狼、つまり下位の雄に頼らざるを得ないのである。

 だが狼は犬とは違い近親交配を可能な限り避ける習性があり、ロムルスとレムスは同じ親から生まれた兄妹である為、次点のロムルスもまたレムスの相手にはならない。

 故にレムスは更に下位の雄を繁殖相手に選び、それは大体仲間に引き入れた他の群れ(パック)から離れた雄で、またロムルスも本来ならトップに立っている筈の雄である故、やはり下位の雌と交配する事になる。

 こうして繁殖期には2つのペアが同時に子育てを行う為、ゴバルスキーの群れ(パック)は他に比べて頭数が多くなるというわけだ。

 これは狼蒼拳(ろうそうけん)の性質上、戦力にする為に必要な事であり、またその為には一頭一頭思い入れていては、群れ全体を守る事はできない為、ある程度の切り捨てはどうしたって必要になるわけで。

 …何が言いたいかというと、どうもこの反応を見る限り、ゴバルスキーと狼たちの距離感が近過ぎな気がするのだ。

 これだといざ切り捨てる時に互いに軋轢が生じるのではないか…そんな事を思ってしまうのは、私がまだJの勝利を諦めていないからなのだろうか。

 

 …ひとしきり再会を喜びあったゴバルスキーと狼たちは、ある程度の盛り上がりから少し冷めたところで、倒れているJにようやく目を向けた。

 …まさかとは思うが、一瞬忘れてたとかじゃないよな。

 

「見ろ、憎っくき我等兄弟の(かたき)はあのザマだ。

 行って、奴の肉を喰らうがいい。

 殺された兄弟達の分まで、存分にな……!!」

 ゴバルスキーに指示を出され、狼はゆっくりと、Jに向かって歩き出す。

 戦闘に駆り出される狼たちは飢えさせられている。

 このままでは本当に、Jは狼のご飯になってしまうだろう。

 赤ずきんちゃんじゃないのだから、丸呑みされて腹を割かれて出てくるとかは、現実としてあり得ない。

 

「目を覚ますんだ、J〜〜〜っ!!」

 必死に訴えかけるような桃の叫び声が、闘場に響いた。

 

 ☆☆☆

 

 夢を、見ていた。

 

 …………………

 

「やあ、ジャック。今日は遅かったんだね。

 いつもはこのくらいには来ているのに、今日に限って居ないから、体調でも崩したのかと心配したよ。」

 いつも俺がトレーニングに使っている木の側に立って、俺に向かって笑いかけた日本人の少年は、何故か今日は1人ではなかった。

 ……否、『人数』を数えたら確かに1人なのだが、屈んだ彼の手に腹を撫でられるに任せて転がっているいかにも雑種の大型犬と、彼の両脇に座っている、それの血縁であろうやはり大きな犬が2匹、計3匹の大型犬に囲まれている。

 その、座っていた方の1匹が、俺が近づくと立ち上がって、身を低くして唸り声を上げた。

 

「こら。

 彼はオレの友達なんだから、唸っちゃダメ。」

 だが彼が決して厳しくはない、むしろ優しげに一声かけただけで、犬は唸るのをやめて彼の傍に伏せ、その顔を見上げて、媚びるような鼻声を上げる。

 彼の手がその頭を撫でると、そいつは嬉しそうにその手に鼻をこすりつけた。

 

「カール……こいつらは」

「最近、この公園の周囲を活動範囲にしてる野良犬だよね。

 頭のいい子たちで統制が取れてて、捕獲の罠とか引っかからなくて、困ってるって管理人が言ってた。」

 事も無げにそう言った彼の言葉に、俺は頷く。

 この公園は、休日には家族連れが憩いにやってくる場所だが、最近はこいつらがうろついている事で、そういった人出が途絶えている。

 被害は今のところ出ていないが、大人の男に退く事なく威嚇する様子に、子供が襲われたりしたら大ごとだと、一応捕獲する為の策が講じられているのだが、今のところ全て失敗に終わっているのが現状だった。

 …そいつらにこの小柄な少年が、何故こんなに懐かれているのだ。

 

「…多分虐待の末に捨てられた子たちだね。

 大人の男性だけに威嚇行動するところを見ると、前の飼い主は割と身体の大きな男性だと思う。

 オレの事は警戒しなかったから、恐らく家に子供もいて、その子には可愛がられてたんじゃないかな。

 切れかけてたけど、古い首輪が首を圧迫してたから、さっきそれは外してやったトコ。

 手がかりになるか解らないけど、虐待の証拠品として後で管理人に預けて、警察に届けてもらうつもりだよ。

 こうして見る限り、人間の事は恐がってるけど、根本的には嫌いじゃなさそうだから、適切に保護して愛情を受ける事に慣れさせれば、子供のいる家でも、いい子で暮らしていけると思うよ。

 ただ、見た通り身体が大きいからね。

 引取先を探すのに難航するとは思うけど。

 それに、どうしても無理なら仕方ないけど、離れ離れにするのも可哀想だし」

 …いやそういう事じゃなく。

 普通、子供ならば威嚇しないと判断する前に、普通の子供は大人に唸ってる大きな犬に、近寄ることすらできないと思うぞ。

 おまえは猛獣使いか。

 色々混乱しつつ、『犬が好きなのか』とだけ俺が問うと、カールはうーんと少し考えてから、ややあって答えを返した。

 

「…好きとか嫌いよりも、病気だった頃、動物と接してる時は割と発作が治まってたから、未だにその感覚で安心するんだと思う。

 妹は『私が看病するより効果が高いとか腹立つ』とか言って、面白くなさそうにしてたけど。

 でも動物を懐かせるのは妹の方が得意だったよ。

 彼女が言うには『猫は自分に無関心な人間の方が好きだから勝手に寄ってくるし、犬は体力的なことを考えたら服従訓練は絶対必要だけど、基本褒められるの大好きな生き物だから、優しくしてやれば大概懐く』って。

 …あの子の真似しただけだけど、意外とうまくいくものだね。」

 いや、それは多分おまえと妹だけだ。

 他の奴が真似しようとしたら絶対に怪我をする。

 Don't try this at home(良い子は絶対真似しないでね).

 

 ……結局、3匹は公園の管理人が預かる形になり、彼に世話をされているうちに大人の男に威嚇する事もなくなった犬たちは、俺の海軍兵学校(アナポリス)への入学が決まった頃には、公園のマスコットとして、皆に可愛がられる存在になっていた筈だ。

 そしてカールはその犬たちに、日本語で指示を出して、簡単な芸を仕込んでいた。

 当時はわからなかったが、今の俺なら、その単語の意味がちゃんとわかる。

 

『お座り』『お手』『おかわり』あと、確か……もうひとつ。

 

 …後になって考えると、なぜこの時にこんな事を思い出していたのかわからない。

 だが俺は気がつけば、それを口に出して言っていた。

 

 

「ばん。」

 

 

 とすん。

 …身体の横で何かが倒れた気配がして、ふと目を開ける。

 何故か狼が3頭、俺のすぐ近くに横たわっていた。

 傷ついている様子ではない。

 大体俺は何もしていない。

 そして狼は、次の指示を待つように、その状態で俺を見つめている。

 ………なんだと?

 この狼たち、まさかカールが躾けた犬と、同じ芸を仕込まれている!?

 

「…おすわり。」

 試しに日本語でそう言ってみる。

 発音が違うと指示が判らないらしいので正確に。

 狼たちは揃った動きでくるりと一度立ち上がると、前足は立てて腰だけを落とした、三角の形に座ってみせる。

 

「お手。」

 3匹はやはり綺麗に揃った動きで左前足を上げる。

 

「おかわり。」

 今度はその上げた左前足を下ろし、右前足を上げた。そして。

 

「ばん。」

 指差してそう言うと、奴らはさっきと同じように転がった。

 もう間違いない……だが、何故だ!?

 

「き、貴様…それは嬢ちゃんが教えた合図の筈…何故それを貴様が知っとるんじゃ!!?」

 嬢ちゃん…?そうか、光だ。

 光は、元々はあちら側の人間だった。

 そして動物を懐かせるのは光の方が得意で、カールはそれを真似したんだと言っていたではないか。

 

 ☆☆☆

 

 いやほんとに。

 なんで私が仕込んだ芸のキーワードを、Jが知ってるんだろうか。

 しかも『おすわり』『お手』『おかわり』まではゴバルスキーの指示でも従ったが、『ばん』は最後まで実行させられなかったというのに。

 というのも、私は単なるキーワードとして言葉を発していたから、すごくシンプルに発音していたのに、私が最初にこれは銃声の擬音だと説明したのが悪かったのか、ゴバルスキーが発音すると必ず芝居掛かった『ばあ〜ん!』になってしまっていた為だ。

 今Jが発音した『ばん』は、私と同様単なる指示としてのシンプルな発音だった。

 だから狼たちは、何を言われているか理解できたのだろう。

 アメリカ人のJこそ、表現がオーバーになりそうなものなのに。

 

「頼りにならんバカ狼どもが!」

 褒められると思って期待していたのに叱られた狼たちが、建物の陰へと走って逃げていく。

 

「そもそも貴様、一体どうなっているのだ……!?

 わしの回驤砕(かいしょうさい)の攻撃をあれほどくらい、立ち上がってくるとは…!!」

「俺に10カウントは聞こえない……!!

 死へのカウントを始めるのは貴様だ!!」

 そしてゴバルスキーは、改めてJと対峙して、明らかに戦慄していた。

 それこそ、獣が自身より強い相手と出会ってしまった時のように。




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