婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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原作だとJが闘場に立ったのが日が沈んだ直後で、ゴバルスキー戦が終わってすぐ日が昇って来てたけど、それだとするといくらなんでも、この闘いが始まってから終わるまでの時間が長すぎると思うの♪


12・Midnight runner, Hold on baby

「…来るがいい。

 貴様にあるのは、死への一本道だ……!!」

 ボクサーの習性のように、立ち上がると同時にファイティングポーズを取ったJは、先程の攻撃によるダメージが大きい筈だが、それでも立ち姿に危うげがない。

 一旦は逃げたものの、改めて横に並んで構えようとする3匹に、ゴバルスキーが言い放つ。

 

「このバカタレどもが!!

 貴様等なんぞにもう用はないんじゃ!!

 役立たずは隅っこで尻尾巻いて震えておれ!」

 どこか哀しげにきゃうんきゃうん鳴いて、彼に縋り付こうとする狼達を、足で蹴って乱暴に追い払う。

 

「兄弟達ではなかったのか……?」

「し、所詮はケモノよ。

 わしにとっては武器のひとつ。

 弱いやつは切り捨てるのが野生の掟よ!!」

 …非情な台詞の割には何か言い澱むように、歯切れ悪くそう言いながら、ゴバルスキーは纏っている毛皮のベスト様のものの下から、角の生えた兜のようなものを引き出す。

 …うん、どうやって収納してたとか、この辺はつっこんじゃ駄目な気がする。

 それまで着けていた耳の頭飾りを外して、それを装着したゴバルスキーは、両手を地につけて身を低く構えた。

 

狼蒼拳(ろうそうけん)奥義・双角(そうかく)藐攻(びょうこう)!!

 我が狼蒼拳(ろうそうけん)の真髄はただ狼どもを操るだけのことではなく、狼の素早い動きを、その凶暴な攻撃性を模して体術とした形象拳であることを、その身をもって教えてやろう!!」

 言うやゴバルスキーは、四つ足でJに向かって突進した。

 兜のその大きな角を、明らかにJの胸板に向けて。

 先程までの枷がなくなったJは、フットワークで難なくそれを躱し、反撃に左のパンチを撃ち込む。

 だが、当たれば重いそのパンチをあっさりと躱したゴバルスキーの動きは、人間が四つ足で動いているとは思えないほどに、俊敏性の高いものだった。

 その、まるで分身したかのような素早い動きに、さすがのJもついていけずに棒立ちになる。

 

「ワッハハ、どうだ!目にも留まらぬこの動き!!

 これが狼蒼拳(ろうそうけん)の真髄よ!!」

 …そう。このオッサン、本気出すとあのデカい図体で、信じられないほどの俊足を叩き出す。

 野生に研かれた身体能力は通常の人間を遥かに凌駕するものであり、本人1人でも充分に強いのだ。

 まあ、そうでなければ狼の群れのリーダーを、長く続ける事は出来ないだろうが。

 

「くりゃ──っ!!」

「ぐっ!!」

 そうこうしているうちに背後を取られたJが角の一撃をくらい、反撃する間もなく射程外に離れるゴバルスキーを、目で追うのがやっとの状態。

 ヒットアンドアウェイ。

 奇しくもこれは、主にボクシングで使われる戦術だ。

 これに翻弄されるのは、Jとしては屈辱の極みの筈。

 

 ……ゴバルスキーは欲を出したのだと思う。

 そのままヒットアンドアウェイの攻撃を続けて体力を削っていけば、Jはいずれは躱しきれなくなり、致命的な一撃に倒れていただろう。

 だが、その時のゴバルスキーの攻撃はそれまでとは違う、明らかにとどめを刺しに狙ってきた一撃だった。

 だからこそ、Jはそれを捉えきれたのだ。

 突き出してきた角の前に、躊躇いなく左腕を晒す。

 貫かれた左腕はゴバルスキーの突進を一瞬だけ止め、Jはすかさず右の拳から…恐らくは数発のパンチをくりだした。

 

「おっと!!」

 だが、ゴバルスキーはすぐに、Jの腕から角を引き抜き、素早く体勢を整えて、間合いを離す。

 

「考えたな!

 左腕一本犠牲にして角の動きを一瞬止め、右のパンチを放つとは!!

 だがそれも最後の悪あがきよ!!

 わしの身体にはカスリもしなかったわ──っ!」

 そう、Jのパンチはゴバルスキーの()()にはまったく触れてはいない。

 

 …いつかスパーリングの際にJは言っていた。

 異種格闘技戦に於いては、あらゆる状況や攻撃に対する心構えが必要になってくると。

 敵の攻撃を予測すると共に、闘う状況を瞬時に見極め対策を決める。

 それに対応する引き出しを常に用意して備え、ありとあらゆる状況に対応する。

 Jがニュー・ブロウの開発に余念がないのは、その引き出しをひとつでも多く用意する為だ。

 

「今度こそもらった〜〜っ!!

 狼蒼拳(ろうそうけん)奥義・双角(そうかく)放宙殺(ほうちゅうさつ)!!」

 ゴバルスキーはJの身体を角で引っ掛け、それを空中高くぶん投げる。

 そうしてから自由落下してくるJの身体を、兜の角で待ち受ける。

 あとは、落ちてきたJの身体が、その2本の角で串刺しにされるのを待つばかりだ。

 

 …Jは驚邏大四凶殺での桃と伊達の闘いを、直接は目にしていない。

 だが、研究熱心な彼のこと、あの後いくらでも、当事者に訊ねる機会はあったろう。

 そして、『角のついた兜』で攻撃してくるゴバルスキーに、その時の伊達の戦法を、連想しなかった筈がないのだ。

 つまりそれは、Jの予想し得る範囲の中に、ゴバルスキーのその攻撃は、既にあったという事に他ならない。

 

「そいつはどうかな!!

 俺が左腕を犠牲にして、右のパンチで狙ったものは、貴様自身ではなかった!!」

 そう言ったJが空中で体勢を整える間に、彼の施した仕掛けの結果が出た。

 Jの身体を刺し貫くべく待ち構えていたゴバルスキーの2本の角が、粉々に砕け散る。

 だがゴバルスキーには、それを驚いている時間すら与えられなかった。

 

「貴様の負けだ!F(フライング)C(クラッシュ)M(メガトン)P(パンチ)!!」

 落下速度を加えたJの必殺の右拳が、真上からゴバルスキーの脳天に直撃した。

 

 ・・・

 

「たいした石頭だな。」

 頭だけ出した状態で地面にめり込んだゴバルスキーを見下ろして、Jが呟く。

 …このパンチ、確か宝竜黒蓮珠(ぽーろんこくれんじゅ)の主頭と戦った時にも、その決着となった技であり、あの時は闘場自体を崩落させたほどの威力を持つスーパー・ブロウだった筈だ。

 この場合、闘場を壊すわけにはいかず多少は破壊力を加減したかもしれないが、それでもあれを直接脳天に撃ち込まれたゴバルスキーが、生きているのは奇跡に近い。

 

「ぬううっ!!な、なめたマネを……!?」

 呻くように言ったゴバルスキーの言葉が途中で止まったのは、先程足蹴にした3匹の狼が、彼を取り囲んでいたからだ。

 3匹は身を低くして唸りながらJを見上げているが、その四肢は震え、尻尾が後肢の間に入ってしまっている。

 

「な!おまえ達──っ!!ば、ばかな!!

 おまえ達を切り捨てようとしたわしを庇おうと……!?

 や、やめろ!おまえらの敵う相手ではない──っ!!」

 ゴバルスキーは半泣きになりながら狼達を追い払おうとするが、地面に埋まって文字通り手も足も出せない彼には、その手段すらない。

 雲の切れ間から姿を現した大きな月を背負うように、Jが3匹とゴバルスキーに歩み寄る。

 

「や、やめてくれ、頼む!

 わしはどうなってもいいから、こいつらの命だけは……!!」

 ゴバルスキーの懇願を聞いているのかいないのか、Jは右の拳を構え……、

 

「ばん。」

 

 こてん。

 とすん。

 ぱたん。

 

 3匹の狼はゴバルスキーの周りで、一斉にその身を倒した。

 その姿に、地面に埋まったままのゴバルスキーが、呆然とJを見上げる。

 

「…優しい兄弟達だ。大事にするんだな。」

 その視線を受けながら微笑むと、Jはそこから背を向けて、悠々とした足取りで自陣へと戻っていった。

 

 まるで遠吠えのようなゴバルスキーの号泣が、闘場に響き渡った。

 

 ☆☆☆

 

 時刻は真夜中になり、やはり照明施設がない事にそろそろ不都合が生じてきたのか、対戦は朝まで一旦中断の運びとなった。

 男塾側の闘士達は、係員に簡易休憩所まで案内され、そこで食事と睡眠を取るようだ。

 

 私はというと、やってきた係員に、ここに来た時と同じように抱き上げられて別の部屋に運搬され、そこに既に用意されていた食事を清子さんにあーんで食べさせられた。

 その食器が片付けられたところで、ずっと様子を見ていた係員が、初めて口を開く。

 

「外から鍵はかけさせていただきますが、この部屋の中ならば、自由にしていただいて構いません。

 森田は一旦下がらせますが、何かご用があればそちらのボタンでお呼びください。」

 係員の説明の後、清子さんが一礼する。

 ちなみに森田というのは清子さんの姓だ。

 その後係員は一旦退出し、清子さんが渡された鍵で、私の枷を外してくれた。

 

「おやすみなさいませ、姫様。

 明日の朝、また参りますわ。…あ、それと。」

「……?」

「…姫様。

 私、大型犬への恐怖を克服しようと思います。」

「え、それって……」

「……内緒ですわよ。」

 頬を薄っすらと染めながら退出した清子さんは、部屋を出たところに待機していたらしい係員に枷と鍵を渡してから、もう一度一礼して部屋の扉を閉めた。

 外から施錠される音がしたが、直前に聞かされた言葉に呆然としていた私は、その事に気を悪くする余裕などなかった。

 

 清子さんはゴバルスキーにプロポーズされていた。

 大型犬が苦手な清子さんは、自分には無理だと思っていた。

 けど、それを克服する事を決意した。

 清子さんはゴバルスキー本人は嫌いではない。

 つまり………!

 

「な、なんだって───っ!!」

 ひとり残された部屋で、私は今更絶叫した。

 

 ……まあ、ゴバルスキーは顔は恐いがとてもいいひとなので、それをわかってくれる女性がいるのはとても嬉しい事だと思う。

 ただ……清子さんあんた、男見る目に自信ないとか言ってたよね!?

 あのひとで本当にいいの!!?

 確かにいいひとだけどいい男ではないというか、基本的には獣臭くておとなげないオッサンだよ彼!!

 

 まあでも、長年染み付いた恐怖心とかなかなかすぐに消えてくれるものではないし、時間がかかるとは思うけど。

 清子さんが努力するその間にゴバルスキーもどれだけ男を磨けるか…頑張って欲しいものである。

 

 しばらく我を忘れて取り乱していたが、とりあえず自由にしていいと言われたので、お言葉に甘える事にした。

 どうやらここは観客を泊める客室のひとつであるようで、まあ武器になりそうなものは徹底的に排除されてしまっているけど、ホテルの部屋のようにある程度必要なものが揃っている。

 端的にはトイレや浴室、ベッドといった設備。

 しかもベッドは天蓋付きで、サイドテーブルの上には替えの下着と、なんかメッチャ乙女ちっくなデザインの夜着が畳んで置かれている。

 誰が用意してくれたんだろう…いや、考えまい。

 とりあえず着替えがある事に安心して、まずはお風呂に入らせてもらう事にする。

 この島には天然の温泉があちこちにあって、お湯に浸かることはできても、石けんが使えないのを若干不満に思っていたから、ちょっと嬉しい。

 

 …この夜がとても長いものになる事を、この時の私はまだ、知らない。

 

 ☆☆☆

 

「J、やっぱりおめえは、俺達が思ってた通りの男じゃ──っ!!」

「おお、ただ強いだけじゃなく優しさも兼ね備えた、まさに真のチャンピオンじゃ──っ!」

 簡易休憩所に既に人数分用意されていた食事をとりつつ、虎丸や富樫が口々に言うのは、先程の戦いで、ゴバルスキーや狼達の命を奪わなかった事だろう。

 甘い事だと思わんでもないが、それも強者の嗜みって奴だ。

 ……俺は一度、奴に負けている。

 折られたのがうち損ねの刀とはいえ、負けは負けだ。

 そのJは、先ほどまでの闘いで見せた表情とは別人のように、穏やかに微笑んで答えた。

 

「…光が手をかけた狼達だと思ったら、殺したくなくなっただけだ。」

「光?」

 唐突に意外な名前が出てきた事に、思わずその名を復唱した富樫だけではなく、その場の全員が、奴の言葉の先を待つ。

 

「ああ。

 ゴバルスキーが、狼に芸を教え込んだと言っていたのは、まず間違いなく光の事だ。

 …俺は光の兄が、あれと同じ芸を野良犬に教えているのを見たことがあった。

 思い出したのは偶然だが、あれに助けられたようなものだ。」

 橘、か。

 俺もそうだがこいつもまた、あの男に絆されたひとりだということを、改めて思い出す。

 …この闘いは、あいつの仇をとる為でもある。

 俺がそんな事を考えていると、

 

「な、なあ。

 ほんと、自分でもバカな事言うと思うから、笑ってくれてもいいんだけどよ…!」

 と、富樫の奴が挙手しながら、妙に歯切れ悪く言葉を発して、皆がそれに注目した。

 

「…俺と闘った黒薔薇のミッシェルは、俺たちと半年以上、『姫』が行動を共にしたと言ってたんだ。

 さっきのゴバルスキーも、狼に合図を教えたのは『嬢ちゃん』だと言ってたよな。

 …その、まあ、なんだ……つまり。

 ……実は、光の奴、女なんじゃねえのかな?」

 ………一瞬の沈黙。そして。

 

「……………………富樫。

 おめえ、まさか、今の今まで気付いてなかったのかよ?」

 呆れたように最初に言葉を発したのは、その富樫の相棒であると皆が認識する虎丸だった。

 

「へっ!?」

「まあ、今、塾に残ってる他の一号生は、全員知らねえみてえだったし、あいつも隠してるつもりらしかったから、俺もそのつもりで扱ってたけどよ。

 少なくともここにいる闘士は全員、知ってるもんだと思ってたぜ?なあ、桃!?」

 唐突に話を振られ、剣の野郎がほんの僅かに動揺する。

 だがすぐにいつもの余裕のある笑みを浮かべ、答えを返す。

 

「…俺も、誰がそれを知っていて誰が知らないのか、正確には把握してなかった。

 あいつが困る事はしないと約束したから、下手に確認してボロを出すことも避けたかったんだ。

 黙ってた事は悪かった、富樫。」

 こいつに頭を下げられたら、富樫もそれ以上は何も言えないだろう。

 ちょっと呻くような声出してんのが面白くて、俺も口を挟む。

 

「光から聞いたところによれば、三号生は全員承知のようだぜ。

 二号生は俺と、江戸川も塾長がうっかり口を滑らせて知って、後から俺が口止めした。

 一号生で知ってるのは光も俺も、元豪学連勢を除けば剣とJだけだと思っていたがな。」

 虎丸が気付いていたとは思わなかったと、言外に告げる。

 これまでその素振りすら見せなかったことに、実は密かに驚いた。

 しかしまあ、虎丸(こいつ)は半年近く、(アイツ)に餌付けされてきたんだ。

 こいつにとってみれば、光が男か女かなんて、気付いたところで関係なかったのかもしれん。

 そういや光の執務室に入り浸るようになって最初の頃、夕方近くになるといつも、『トラマルにご飯をあげなきゃいけないから出てってください』と追い出されていて、ある日、『猫でも飼ってんのか』と聞いたら、少しの間ぽかんとした後でいきなり吹き出し、『カナリアの世話してるのに猫なんか飼えるわけないでしょう。そもそも、動物はあまり好きではありません。けど確かに言われてみれば、トラマルって猫っぽい名前ですね!?本人は、どっちかというと犬っぽい子ですけど』と、物凄く笑われたんだった。

 

「…なんだよ、俺メッチャ悩んでたのに。」

「何をだよ。」

「それは、その……。」

「男の光が可愛く見えるとか、大方そんなところだろう?

 良かったな富樫、おまえは正常だぞ?」

「センクウ先輩、デリカシーなさ過ぎ!!」

「デリケートってよりもバリケードみてえなツラしてるくせによく言うぜ。」

「何だと!?」

 …結局、虎丸の軽口に富樫が突っかかって、いつもの騒がしい流れに戻る。

 飯を食い終わり、眠るにはまだ中途半端に気持ちが昂りすぎていて、俺は夜風にあたろうと、その場から立ち上がった。

 

 光……あいつはまた、どこかで俺たちを見てやがるのか。

 昨日の晩に夢でみたあいつの、どこか泣きそうな表情を、やけにリアルに思い返して、俺は首を横に振る。

 

 ……不意に夜風に、鉄の匂いが混じった気がした。

 違和感と、本能に突き動かされるまま、風上に向かって、気がつけば俺は走っていた。

 

 ☆☆☆

 

「見つけたぞ、侵入者……!!」

 後もう少しで、決勝会場であるという中央の塔にたどり着くだろうというその場所で、わたしは最悪の場面を迎えていた。

 目の前に立ちはだかるのは、二頭引きの騎馬戦車の上に立つ男。

 派手な兜を被っているが、間違いなく昨晩、潜入には成功したあの闘技場(コロシアム)で、わたしと彼女を追い詰めた鞭の男だ。

 

「冥凰島奥義・赤鞭斬(レッド・ウィップ・ジェノサイド)!!」

棘殺(きょくさつ)怒流鞭(どるべん)っ!!」

 男が繰り出した鞭の攻撃を、わたしも自分の鞭を取り出して受ける。

 2本の鞭が絡まり、互いに引き合う。

 だが…次の瞬間、わたしの怒流鞭(どるべん)はバラバラに切断され、地に落ちた。

 

「なっ!!」

「無駄な抵抗を。

 赤鞭斬(レッド・ウィップ・ジェノサイド)の威力は、昨晩その身で味わった筈。」

 

 

 赤鞭斬(レッド・ウィップ・ジェノサイド)

 帝政ローマ時代、奴隷達を処罰する為に用いられた武器。

 この鞭の特徴は、鋭利な刃物が間隔を置いて仕込まれており、その為ひねりやしなりが自由自在という点にある。

 赤鞭(レッド・ウィップ)の名は、常にその皮部分が、人の血の色に染まっていた事に由来する。

民明書房刊『世界拷問史』より

 

 

 …そう。変装して闘技場(コロシアム)の内部を探り、主催者である藤堂兵衛の居場所に当たりをつけたものの、そこにたどり着く前にこの男に発見されて、わたしはこの鞭の一撃を脇腹に受けたのだ。

 

「…今度はその程度では済まさん。

 貴様の身も、今の鞭のようになる運命だ。」

 恐ろしい武器だ。

 そしてそれを自在に操るこの男の力量も。

 だがわたしも、むざむざこの男の手にかかるわけにはいかない。

 彼女が、光があちらに捕らえられてまでわたしを助けようとしたならば、わたしは生きて仲間の元へたどり着かねばならないのだ。

 そのあとでならば死んでもいい。

 …お姫様を助けに行くのは、彼女の騎士と相場が決まっている。

 

 油断しているその喉元に向けて、カードを投げ打つ。

 せめてこの敵だけは討取らなければ。

 だが次の瞬間見た光景は、既に充分弱り切ったわたしの身を、戦慄させるに足るものだった。

 戦車を引く2頭の馬の間から、何やら突起が突き出てきたかと思うと、一瞬にして傘のように展開したそれが、わたしの投げたゾリンゲン・カードを、一枚残らず弾き落したのだから。

 

「……くっ!!」

「そんな小細工など何の役にも立たん。

 本来この盾は、弓矢の嵐から身を守る為のもの。

 この独特の形状は、飛んでくるありとあらゆるものの力を緩衝し、角度を変えて弾き飛ばすよう計算され、作られている!!

 この騎馬戦車スコルピオンの上にあり、赤鞭(レッド・ウィップ)を手にした俺に敵はない!!」

 そう言って振るわれた鞭が、再びわたしの身に襲いかかる。

 だが先程よりも速度が遅いそれの先端が、球状になっていると気付いた次の瞬間、奴の手からもう一本の鞭が放たれて、そちらは鏃状の先端が、先に放たれた球に追いついて、それに当たる。

 その砕かれた球から何かが広がったと、思った時には既に遅かった。

 

「かかったな!

 これぞ冥凰島奥義・赤鞭縛網(レッド・ウィップ・メッシュ)!!」

 …それは金属でできた目の細かい網だった。

 それがわたしの身体を覆い、自由を奪う。

 

「き、貴様!!」

()っ!!」

 更に息つく間もなく、先程の鞭の突起のついた方が、身体の中心部に向かってくるのを、わたしはどこか冷めた目で見つめていた。

 

 だが。

 

「なっ………!」

 襲い来る筈の衝撃も痛みもないまま、鞭の先端が千切れて、明後日の方向へ飛ぶ。

 

「…男爵ディーノ。あんたが生きてたとはな。

 あんたも飛燕が言ってた通り、光とあの翔霍とかいう男に助けられたクチか?」

 そう言って、わたしと騎馬戦車の間に立ったのは、銀色の頭髪をもった長身の男だった。

 

「あ、赤石君!!」

 わたしがその名を呼ぶと同時に、わたしを捕らえていた金属の網が、バラバラと細切れになって、地面に落ちる。

 

「…まあ話は後だ。傷を負ってるな?

 簡易休憩所は、こっから目と鼻の先だぜ。

 他の奴らもそこに居る。」

 太く長い脚でしっかりと地面を踏みしめ、やはり太く長い逞しい腕が、背に負った身の丈ほどもある剛刀をすらりと抜く。

 

「かなりの腕だな……!!

 俺は、貴様のような男に会うと血が騒ぐ。」

「おもしれえ。退屈してたところだ。

 ちっとばかり付き合ってもらうぜ。」

 二号生筆頭・赤石剛次は、彼の代名詞とも言える剛刀を構え、月明かりの中で、不敵に笑った。




かつて光に狼を取られそうになっていたゴバルスキーは、狼との精神的な距離を縮めることにより、その事態を回避しています。
これにより狼とゴバルスキーの間に通う情が原作より濃くなっており、結果ゴバルスキー戦のラストが変化しました。
…てゆーか、ここでの発言と七牙での狼との仲良しっぷりに統合性を与えたかっただけですが。

そしてやはり光とディーノという、この場面で原作にいない筈コンビが余計なことやらかした結果、原作には起こらなかった対戦がひとつ実現します。

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