婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜   作:大岡 ひじき

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13・揺らめく影は蘇る悪夢

「我が名はスパルタカス!

 藤堂兵衛様の敵を闇に葬る、3人の死刑執行人の1人よ!!」

「男塾二号生筆頭、赤石剛次!」

 闘場でもない場所で出会ったにもかかわらず、大仰な名乗りをあげるそいつに、敢えて合わせて俺も名乗る。

 

「貴様にはこの騎馬戦車スコルピオンで相手になろう。

 帝政ローマ時代、その一台が千人の兵に匹敵するとも言われた、この無敵戦車でな!!」

 スパルタカスと名乗った男が、俺のいるところからは見えなかったが恐らくなんらかの操作をしたのであろう、奴の乗る騎馬戦車の車軸から、歯車のような刃が出る。

 あれをどこに収納…いや、それは考えずとも良い事だ。

 

「行くぞ───っ!!」

 そして握った手綱から馬に指示を出し、こちらに向かってくるのと同時に、車軸の刃が、凄い勢いで回転しだした。

 移動速度は当然としても、思っていたよりも小回りの効く動きで、俺の躱す方向についてくる。

 

「ぬうっ!!」

 いくら広めに作られているとはいえ、切り立った崖の上にある道、大きく動けばその道の端から足を踏み外しそうなものだが、さすがにそんなヘマはしてくれんらしい。

 人馬一体の、息をもつかせぬ攻撃。

 たく、よく躾けられてやがる。

 そしてあの車軸の刃は、足なんぞ引っ掛けようものなら腱の1本や2本、簡単に引き裂かれるだろう。

 

 

 騎馬戦車スコルピオン…

 古代ローマの英雄カエサルが考案し使用した伝説の兵器。

 その威力は絶大で、ラビオーリの戦いでは、敵国メルビアの兵一万を、このスコルピオンと名付けた騎馬戦車僅か十両で壊滅させたという。

 その秘密は驚異的な装備・仕掛けにあり、まさに当時の超近代兵器だったわけである。

 ちなみに二十世紀の戦車設計にも、そのアイディアは数多く取り入れられている。

民明書房刊『世界史にみる現代兵器の源泉』より

 

 

 ……ある程度の間合いが必要だな。

 このスピードで迫ってくる相手から間合いを離すのはかなりハードルが高いが。

 油断すれば容赦なく身を削ってくるであろう車軸の刃から、スレスレで身を躱しながら、俺は状況を見極める。

 昨日、梁山泊の副将に断ち切られた膝の腱は、もうすっかり元の通りらしい。

 飛燕が処置の方法を光から教わっていたそうだが、まるで光本人が治療したかってくらいの回復ぶりだ。

 もっとも、俺があいつの治療を受けたのは殺シアムで剣の野郎に負けた時だけの話だから、そう詳しくは知らないが。

 そういや羅刹先輩に至っては腕一本斬り落としたにもかかわらず、直後の処置だけで朝になったら動かせるほどまで回復していて、その処置を行なった飛燕を大絶賛していたのだが、それに対してヤツの微笑んだ顔が妙に引きつっていたのは何故なんだろう。

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 当たり前に動く脚で地面を蹴り、高く跳躍する。

 空中で体勢を整えて、ようやく僅かにだが掴めるようになった感覚を、俺は研ぎ澄ました。

 

「むっ!!」

「一文字流奥義・烈風剣!!」

『闘氣』を意識せずに放っていた時には、剣圧で斬る技だったそれは、今は可視するほど確かな質量をもって、対象へと襲いかかる『氣』の刃と化し、その破壊力と斬れ味を倍以上に増している。だが、

 

「無駄なことを!!」

 次の瞬間大きな傘が開いて、奴の姿を覆い隠す。

 これはさっき、男爵ディーノのカードを弾き落とした盾で、あらゆる攻撃の角度を変えて弾き飛ばすというものだった。

 

「一文字流・斬岩剣…この世に斬れぬものはなし。

 その駄馬どもに別れを言うんだな!」

「なんだと…!?」

 初見であったならば驚き、次の一手に惑っていただろうが、こう来る事は計算のうちだ。

 続いて来たであろう激しい振動に、俺に向いていた視線が進行方向へ移行する。

 

「な、なに〜〜〜っ!!」

 奴が傘のようなその盾で散らした俺の剣撃は、きっかり斜め45度に奴らの進行方向の地面へ流れて、崖の上の平らな道だったそこを、すぱりと斬り落としていた。

 その落ちた先は……奈落。

 

「と、止まれ──っ!!

 止まるんだ、おまえ達──っ!!」

 などと言ったところで、それまで猛スピードで走っていた馬たちが、ここまでの角度のついた下り坂の途中で止まれるものではない。

 このままでは戦車や馬たちと共に自身も崖下に落下してお陀仏と、ようやく判断したスパルタカスが、落ちかかる戦車の上から跳躍して、平らな地面に降り立ったと同時に、俺も奴と対峙する位置に着地した。

 

「かつて戦場においてこの俺を、騎馬戦車(スコルピオン)から地に下ろした者はおらん…!

 貴様が初めてだ………!!」

「そうかい。ケツに痕がつかねえうちに立ち上がれたようで、何よりだ。」

「この屈辱の代償は高くつくことになる!!」

 そうだろう、この程度で終わられちゃあ、がっかりもいいところだ。

 

 もっと、もっと楽しませてもらうぜ。

 

 ☆☆☆

 

 ……かつて藤堂邸で夜這いを撃退したあの夜から、私は眠る時も部屋の灯りをすべて消すことはしない。

 闇は自身の行動を隠してくれるが、敵にとってもまた同様だからだ。

 まして睡眠中という無防備になる時間に、なにも見えない状態になるなど、考えるだけでも恐ろしい。

 もっとも、『氣』を使い果たして気絶した場合は別だが、そもそも私は熟睡はほぼしない質だ。

 記憶にある中で無防備に熟睡したのは、桃の腕の中で寝かしつけられたあの2回だけ…考えると若干赤面ものだが。

 

 …だから、まったくの無音で眠っている部屋のドアが開けられた事も、それを成した者が真っ直ぐ、私のいるベッドに近づいて来ている事も、殊更に気配を消しながら天蓋の薄いカーテンに手をかけた事も、私が気づかぬ筈がなかった。

 だからその瞬間、掛け布団を跳ね除けて相手の視界を一瞬塞ぎ、それが落ちた時には、その喉に、私の指先が突きつけられていた。

 頭頂部は禿げ上がっているがその下の白髪を長く伸ばして垂らし、質素だが質のいい和服に身を包んだ老人が、そこに刻まれた皺を更に深くして、嗄れた声で囁く。

 

「よくぞ帰ってきた、光。わしの可愛い娘よ。」

 …その言葉に何ら動く事をせず、むしろ返答次第では『氣』を撃ち込む事も辞さない意志を視線で示しながら、私は相手に向かって呼びかけた。

 

「…一体これはなんの茶番ですか、紫蘭。」

 目の前の『御前そっくりの男』が、私の言葉に眉間に皺を寄せる。

 それから、腕で軽く顔を擦ると同時に被っていた特殊素材の鬘も剥ぎ取って、こちらを睨みながら、先ほどとは違う地声で呟いた。

 

「……何故俺だと判った。」

 たった今老人だった、今は北欧顔の美青年が、いかにも心外だという表情を浮かべている。

 

「見た目の印象をそっくり真似ても、纏う『氣』が若過ぎますから。それに、身体も。

 …確かに御前は脱いだら凄いタイプの年齢詐欺ですけど十代の若い男のピッチピチの肌とはやはり質感が違いますしあの方の『氣』には枯れていながらも妙に生臭いリアルな色気が…」

「それ以上言わなくていい、売女が!!」

 コイツ、ひとをビッチ呼ばわりする割には、昔からこの手の返しに弱かった。

 

「それで?

 どうして私の寝込みを襲うような真似を?」

「寝込っ……!!」

 この程度で、薄闇の中でも薄っすら頬が赤いところを見ると、しばらく会わずにいた間にもそれは変わらなかったらしい。

 フン、童貞が。…まあ、私も処女だけどな。

 などとどうでもいい事を考えていたら、予期しない方向から、先ほど聞いたのと同じ嗄れた声が、私たちの間に割って入った。

 

「それはわしから説明しよう。

 紫蘭、下がれ。わしの勝ちだ。」

 …今度こそ、気配を感じ取れなかった。

 間違いなく本物の、彼が、藤堂兵衛その人だった。

 紫蘭が、渋々といった様子でドアの外に出る。

 

「御前……!」

 まさか向こうからやって来るとは。

 ベッドの上で体勢を整えながら、距離を測る。

 …やはり無理だ。

 私の能力を熟知してそれを己が手足として使ってきた男は、一拍で仕留めきれない微妙な距離を保って、私に向かって微笑んでいる。

 …こんなに厭な笑い方をするひとだっただろうか。

 いや、表情の作り方は以前と変わらない。

 それを受け止める、私の心境が変わってしまったのだ。

 その厭な笑みを浮かべながら、御前が面白そうに言葉を発する。

 

「よくぞ帰ってきた、光。わしの可愛い娘よ。」

「なんであなたまで紫蘭のおふざけに付き合って、心にもない事を仰ってるんですか。」

 …そもそも以前の私ならば、ここで御前につっこむなんて、考えもしない事だったのだから。

 案の定、初めて私につっこまれた御前が、なんとも言えない表情で私を見返す。

 

「…おふざけと貴様は言うが、あれとて貴様だから見分けられたのだぞ。

 常人ならば完全にわしだと思い込んでおるわ。」

 それはそうだろう。紫蘭の擬態は完璧だ。

 ただ、生物には超えられない壁があり、私にそれを見分ける目があったというだけの話。

 

「……それで、この茶番の意味は?

 あと、勝ち、とか仰っておられましたね?」

「フフッ。なに、わしが貴様に会おうと言ったらやけに止めようとするので、ならば奴がわしに化けて貴様が気付かなければ、そのまま好きにしていいと賭けをしたまで。

 まあ、負けるはずのない勝負ではあったがな。」

 …好きに、ね。

 これが他の者であれば貞操の危機を乗り越えたと思うところだろうが、紫蘭相手にそのイメージはどうしたって湧かない。

 アイツは私を、蛇蝎の如く嫌っているのだ。

 好きにしていいと言われたら、迷わず殺しにかかるに違いない。

 

「…そうでしたか。」

 表情から全ての感情を消して、頷く。

 つまり紫蘭は、いわば最後の刺客だったという事だろう。

 

「怒らぬのか?」

 私の無表情をどのような意味に取ったものか御前はそんな事を問うてくる。

 そもそも私があなたに対して、怒ったことなどなかったでしょうに。

 

「…私は、あなたに命じられた仕事に失敗して逃亡した身ですので、こうして捕らえられた今、どう扱おうが貴方の自由です。

 むしろこの瞬間まで、あまりにも丁重にもてなされ過ぎて、どう反応していいか困っておりました。

 どうぞ、ドアの外で聞き耳を立てている奴にお命じください。裏切り者を、殺せと。

 もっとも私も最大限の抵抗はさせていただきますが。」

 紫蘭の気配は、ずっとドアのすぐ外から動いていない。

 御前が命じさえすれば、或いは私が御前に何らかの攻撃を仕掛ければ、すぐに飛び込んでくるだろう。

 むしろ敵意をもって襲いかかってきてくれた方が、攻撃がしやすいというものだ。

 

「フフフ、何をバカな。

 わしが、手塩にかけた可愛いお前に、そのような事をする筈が無かろう?

 金と時間、そして使える手を惜しみなく使って手に入れたその力、たかだか一度の失敗で捨てるなど、ある筈もないではないか?ん?」

 …………………は?

 

「…では、私に差し向けた刺客は。」

「わしの意を汲み違え、勝手に動いた馬鹿も居たのだろうが、わしは貴様を殺せとは誰にも、一言も命じたことはないぞ。

 信じる、信じないは勝手だがな。」

 その馬鹿はあなたの息子のひとりですが、とも言えずに私は黙り込んだ。

 それを見て御前は、喉の奥で謎に笑い声をあげる。

 

「ちょうどいい。

 久しぶりに顔を合わせたのだ。

 少し昔話でも聞かせてやろうか。」

 そして、何やら唐突にそんな事を言い出して、私は思わず首を傾げた。

 

「昔話……?」

「そうよ。ある女の話だ。

 そやつはさる富豪が、使用人の女に手をつけて、生ませた娘だった。

 母親が出産と同時に死んだので、父親はその娘を引き取り、正妻の子と同様にとはいかぬまでも、家の力となるよう、いずれは有力政治家か資産家の元に嫁がせるべく、淑女としての教育を受けさせた。

 だが嫁ぎ先を決める前に父親は死に、父親の持つ権力と資産は、娘にとっては歳の離れた腹違いの兄である、正妻の息子が受け継いだ。

 そして兄が決めたその嫁ぎ先は、政治家でも資産家でもない、市井の鍼灸師だった。

 女はその事に不満は抱いたものの、兄の意向に逆らうことは出来ず、言われるままその男に近づいたのだ。」

 

 …とある富豪の、妾腹の娘。

 後を継いだ兄が見込んだ、市井の鍼灸師。

 

「……それ、まさか。」

「兄は、既に金も権力も持っていた。

 それより欲しいものが、物理的な力だった。

 兄が目をつけた鍼灸師の男は、生と死を司る力を、代々伝える一族の末裔だったのだ。

 女は兄から、男を籠絡する手管を習い、それを使って見事、鍼灸師の妻におさまった。

 そして…男女の双子を生んだ。

 ……フフフ。もう、なんの話をしているのかが判ったという顔だな。」

 …ここまで聞いて、わからない方がどうかしている。

 御前の言うその女は、間違いなく私を生んだ母の事だ。

 そして、その女を父に近づけた、彼女の腹違いの兄とは…!

 

「フフフ、そうだ。

 その女とは、貴様の母親である伊佐(いさ)香子(きょうこ)

 …いや、()して(のち)の姓は橘だったな。

 光、貴様と兄である薫、2人の母親は、わしの腹違いの妹よ。」

 ……つまり、御前は私たちの、血の繋がった伯父だったという事だ。

 かつて私に、赤い車の模型を買い与えてくれた時、『親戚のおじさん』だと名乗ったのは、まったくの嘘ではなかったという事か。

 

「わしは香子が嫁す時、こう命令していた。

 必ず男児を産み、その子が橘の一族に伝わる秘術を継承して(のち)に、それを連れてわしの元に戻れと。

 わしは橘の血とその秘術が、喉から手が出るほど欲しかったのだ。

 香子は命令に従い、間違いなく男児は生まれた。

 …その男児が生まれつき、秘術の継承に耐えられぬほどの病を抱えてさえいなければ、全てが上手く運んだ筈だった。

 或いは、同じ時にその男児に、双子の妹さえ生まれていなければ、その子が無理でも、次の子に賭ける事も出来た筈だった。

 だが、生まれた双子の兄が病弱、妹が健康体であると判った時、香子の夫である(たちばな)照彦(あきひこ)は、妹の方に秘術を継承させる事を決めたのだ。

 これは香子にも、わしにも予想外だった。

 …そして、更に予想外だった事は、継承者となった妹…つまり貴様に、一族の中でも類い稀なほどの天賦の才があり、(よわい)十にも満たぬうちに、その秘術の全てをものにした事と、それが故にか香子が病弱な息子に、過剰に思い入れた事だ。

 その力を用いて兄を何度も死の淵から呼び戻した貴様を、香子は兄とひとときも引き離せないと、貴様と共に戻る事を拒んだ。

 だがいよいよ貴様の力でも及ばぬほど、兄の病状が進んだ頃、香子はわしに懇願してきた。

『娘は渡すから、息子の手術費用を出してほしい』とな。」

 …確か赤石が言っていた。

『妹は、手術費用の為に金持ちに売られた』兄が、そう言っていたのだと。

 だが私と兄が生まれたのさえ、言ってしまえば御前の掌の上での事だったのだ。

 御前にしてみれば預けてあるだけの自分のものを、莫大な金で買い取れと言われたも同然だ。

 さぞ業腹に感じた事だろう。

 それが普通に理解できるくらい、私は御前の近くにいて、このひとの性格を把握している。

 

「…そして、わしは貴様ら兄妹と接触した。

 発作に苦しむ兄を、何度も死の淵から救い出していた貴様を見て、わしはそれまで以上に、貴様が欲しくなった。

 だから、腹の立つ事なれども、香子の要求を呑んだのだ。

 …だが、夫の橘照彦がここに来てようやく、わしと香子の思惑に気がついた。

 というよりも、香子がわしのもとに貴様を連れてきた後で、その罪の意識に耐えきれなくなり、夫にそれを告白したのだという。

 そして、自分は娘を売ったつもりはないと、貴様を返すよう、わしのもとを何度も訪ねてきた。

 ……兄の薫の手術が終わってしまった後になって、だ。」

 人道的な事を抜きにすれば、確かにそれは筋の通らない話だ。

 だが多分、その頃私は孤戮闘の真っ最中だ。

 母がその事を知っていたとして、それを父に話したとすれば、一刻も早く取り戻さなければ私の命が危ないと、そう思ったとしても不思議ではない。

 

「わしの作り上げた、無垢なる刺客。

 高い金を払ってまで取り戻したものを、またわしから奪い返そうなどと、許しておける筈もない。

 まして香子は、わしを裏切ったのだ。

 ……そして後日、2人は車で峠を走っていた際、追い越しをかけてきたトラックに追突され、ガードレールを突き破って車ごと崖下に転落した。

 トラックはそのまま逃走。

 目撃者も居なかった為、そのまま事故として処理されて、今に至る。

 ……昔話は、これで終わりよ。」

 御前はそこまで話し終え、また厭な笑みを浮かべる。

 …そうだ、男爵ディーノが言っていたではないか。

 私の両親の死に、不審な点があると。

 

「……目撃者がいなかったのに、トラックが追突して、それが逃げた事を、何故あなたが知っているのですか?」

 声に感情を込めずに、言葉を絞り出す。

 御前は、喉の奥で笑った。

 

 それが、答えだった。

 

 ・・・

 

「……それで?何故私にその話を?」

 正直意外でも何でもなかったとはいえ、やはり実際に本人の口から聞くのはショックが大きい。

 

「妙な事を聞くものだ。

 やっと手元に戻ってきた可愛い娘と、今度こそ隠し事なく、共に暮らしたいと思うておるのに?」

「いや、今のお話をうかがって、まだ私があなたのところへ、元通り帰って来るとお思いですか?

 それが本当ならあなたは、私の本当の両親の仇でもある筈です。

 ついでに言えば兄が死んだのも、あなたの意図したところではないにせよ、あなたの部下の不始末ですよね?

 それらは、私があなたを憎む理由になっても、改めて忠誠を誓う材料には間違ってもならないということがわかりませんか!?」

 そう、私にもう一度戻って欲しいというのならば、むしろその事実は伏せるべきではなかったのか。

 

「……これほどまでして、わしが貴様を欲しかったのだと、そう言いたかったのだが、判っては貰えなかったようだな。」

「いいえ、感謝いたします。

 ……これで心置きなく、あなたに牙を剥くことができる。」

 ここまできて、私は未だに迷っていたらしい。

 だが、その迷いも晴れた。

 目の前にいるのは、塾長にとっては勿論、私にとっても、家族の仇だった。

 

「……ほほう。

 義父(ちち)であり実の伯父でもあるわしに、あくまで逆らうつもりだと?

 ……これを見ても、まだそう言えるか?」

「え………?」

 唐突に、先ほどまで清子さんと眺めていたのと同型のモニターの電源が入る。

 闘場ではない、何か病院の手術室のような場所で、手術台に横たわる男を、数人の白衣が囲んでいた。

 その横たわる男の顔が、大映しになり……、

 

「……月光!!?」

 そう。それは間違いなく先ほどのマハール戦で敗北を喫し、死んで闘場の外に投げ落とされた筈の、月光だった。

 

「先の戦いで崖下に落とされたのを、わしの手の者が救出した。

 …だが、負傷と失血が見た目以上で、今は辛うじて生きておるが、このままでは遠からずのうちに死ぬであろうな。」

「……!

 お願いです!彼の治療をさせてください!!

 まだ息があるなら、私なら……!」

「可愛い我が娘の頼みだ。

 聞いてやらんこともない。だが……」

「………御前…!!」

「…光よ、よくぞ帰った。」

 …暗殺に成功して戻ってきた時には、ついぞ聞いたことのなかった台詞を、御前は私に向けて口にした。そして。

 

「…………………はい。

 ただ今戻りました、御前。」

 私は………そう言って、その足元に跪いた。

 

 ☆☆☆

 

 …胸が、痛む。

 同時に何か、温かな感触がある。

 そこから、冷たくなった手足に、指先に、熱が満ちる。

 息を吸い、そして吐く。

 そうして、見えない目を開いた時、息を呑むような声が俺の名を、呼んだ。

 

「月光!?」

「……その声は…光、か?」

 声の聞こえた方へ、思わず手を伸ばす。

 その手を、小さな両手が包む感触があった。

 

「もう大丈夫です、月光……ごめんなさい。」

 いつもはつっけんどんな敬語で話す声が、僅かに震えているのがわかった。

 

「……なぜ、謝罪など?」

「もしかすると私はあなたに、死ぬよりも辛い生を、与えてしまったかもしれない。

 ……でも、私はあなたに、生きていて欲しい。」

 頬に、生温い雫が落ちて、流れ落ちる。

 これは…涙?まさか、泣いているのか?

 

「………光?」

「…生きて。お願い。」

「光っ………!!」

 …次の瞬間、額に触れた柔らかな感触が、彼女の唇であると気がついたと同時に……俺の意識は再び、闇に落ちた。




冒頭になりますがスパルタカスさんの言う「3人の死刑執行人」とは、スパルタカス本人と紫蘭、そして光の事です。
ですが本人もよく判っていない事ですが、藤堂の側近中の側近(対外的には娘)で、通常の暗殺業務のほかに裏切り者や失敗して逃亡した暗殺者の抹殺も請け負っていた光は、一部の者にしか暗殺者としての側面を知られてはおらず、大部分の者には『3人目』の存在は半ば伝説と化しています。
藤堂に直接雇用されて訓練施設を使うことがなかったスパルタカスさんは基本闘技場(コロシアム)の方に常駐しており、訓練施設に滞在した光に会うこともなければ『藤堂の姫様』と顔を合わせる機会もなかった為、どちらの顔も知りませんでした。
ましてや『藤堂の姫様』=『存在しか知らない子飼いの暗殺者』=『3人目』とは夢にも思っていません。
(紫蘭はたまたま同じ時期に訓練施設に居たから知ってたわけですが、スパルタカスに対し特に説明はしてませんでした)
自分の捕らえた男装の少女が『姫様』だと後から聞かされ、深窓のお嬢さんが男に誑かされたんだな的な解釈をしており割と同情的です。
男爵ディーノを執拗に追ったのはつまりそういうわけだったりします。
作中でもちょっとだけ触れましたが、この世界のスパルタカスさんは敵に対しては冷酷ですが女子供には比較的紳士です。

…けど、本質がバトルジャンキーである為、目の前に立ちはだかった赤石を見た瞬間、戦いの血が騒いで細かいことは全て忘れました(笑
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