婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜   作:大岡 ひじき

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ただでさえ思い入れのない蒙古(モンゴル)凶撰(きょうせん)戦の、一番思い入れのないキルギスカーン戦。
これを2話続けるのは耐えられそうにないので、出来るだけ短くまとめて1話にしました。
ごめんな、虎丸。


15・Show must go on

 夜が明けた。

 眠っている間にいつの間にか運び込まれていた食事をとり、身支度を整えた後、係員の誘導に従い、再び闘場を臨む自陣へと戻る。

 Jの闘いで闘場に散らばった瓦礫はまだ片付けられていないが、埋まったゴバルスキーは掘り出されたようで、さすがにもうそこには居なかった。

 

「なんだ、奴らまだ寝てんのか?

 次の対戦相手が出て来ねえじゃねえか。」

「いや、奴等は既に来ている!!」

 欠伸をしながら富樫が言うのに、伊達が闘場よりも目線を上に向けて答えた。

 その目線を追った先には、昨夜Jに下半分を破壊された藤堂の像の頭の上に、3人の男が立っているのが見える。

 そのうちの、身長はさほどでもないが横幅が他の2人の倍はあろう男が、立っていた像から脚を蹴り出すと、その巨体からは信じられないくらいふわりと、音もなく下の闘場へ着地した。

 

「わしの名はキルギスカーン!!

 冥凰島蒙古(モンゴル)凶撰(きょうせん)のひとり……!!

 この勝負のために、面白い趣向を用意してある!!」

 キルギスカーンと名乗ったその男は、そう言って片手をあげる。

 それが合図だったようで、ガガッという若干耳障りな音とともに、闘場の淵から何やら円形の…縁を俵で囲んだ相撲の土俵のような(ただし、徳俵にあたる部分はない)、小さなもうひとつの闘場が現れた。

 

「ま、まさかあのキルギスカーンとかいう野郎、あそこで闘おうってのか──っ!!」

「フフッ、なにも驚く事はあるまい。

 貴様等の国の国技にも、相撲というものがあるではないか。

 もっともその源流が我が故郷の、モンゴル相撲にあることは知らぬだろうがな。」

 …やはり相撲なのか。

 だが日本の相撲と違い、これでは土俵の外に出されれば谷底に落ちて一巻の終わり。

 

「さあ、どうした!!

 一歩足を踏み外せば奈落の底へ真っ逆さまのこの地獄相撲(チャガ・ボルテ)、受けてたつ者はおらんのかーっ!!」

 その土俵の真ん中に進み出て四股を踏みながら、キルギスカーンはこちらを睨みつけてきた。

 

 

 地獄相撲(チャガ・ボルテ)

 世界各地に日本の相撲に類似した格闘技が点在するが、特に有名なのはモンゴル相撲である。

 その歴史は古く、ジンギスカーンの時代まで遡るという。

 勇猛果敢な騎馬民族である彼等は、戦闘訓練の一環として、好んでこれを行なった。

 中でも17世紀に時の暴君・ジミヘカーンによって発案された地獄相撲(チャガ・ボルテ)は、地上15メートルの高さに土俵を作り、そこで生死を賭けて戦うという、凄まじいものだった。

 ちなみに現代の日本の相撲で使う『どすこい』という掛け声は、この地獄相撲(チャガ・ボルテ)最強の戦士として知られた『ドスコイカーン』の名に由来するという説もある。

民明書房刊『相撲人生待ったなし』より

 

 

 先ほどの像の上から飛び降りた時の身のこなしから見て、奴は見た目通りの怪力だけの男ではあるまい。

 あの地獄相撲(チャガ・ボルテ)という闘いに関して、並々ならぬ自信があるのだろう。

 男塾の授業の中にも、かなりの割合で相撲の実技の時間があるが、少なくとも今回のような、命をかけて戦うような内容のものでは勿論ない。

 そもそも日本の相撲は、元々は格闘技ではなく五穀豊穣を願う神事だ。

 

「…誰が行く?

 あの狭い土俵の上では、使う技は限られてしまうだろう。」

 昨晩、予定外の闘いに身を投じて負った傷がまだ新しい赤石先輩が、その土俵を睨みながら全員に声をかける。

 ちなみに赤石先輩が倒した奴が追ってきた男爵ディーノは、飛燕の針による応急治療を受けた後、今は簡易休憩所で休ませている。

 

「…クックック。

 どうやら、やっと俺の出番が回って来たらしいな。」

 と、内心の歓喜を抑えるような呟きが背後から聞こえ、反射的にそちらを振り返る、と。

 

「と、虎丸〜〜っ!!」

 富樫が指差した先に、いつの間にか締め込みを着用し、蹲踞の姿勢から雲龍型土俵入りの構えをとる虎丸の姿。しかし……

 

「相撲と聞いちゃあ黙っちゃおられんぜ!!

 ここは男塾一の力自慢、この虎丸龍次様に任せてもらおうか!!」

「いやそのマワシ、豭門跳體砲(かもんちょうたいほう)で使ったゴムじゃねえか!!」

 …そうなのだ。

 ぱっと見には問題ないように見えるのだが、布で作られた本物の締め込みと違い一本の幅が細いので、動くたびに下の肌の色が隙間から覗いており……その、詳しくは言わんが、若干危うい気がしてならない。

 

「そんなこと構うもんかよ!任せておけって!!」

 いやそこは構え。

 まあしかし、あの小細工の通用しない武舞台は、確かに虎丸の純粋な『力』が生きる、格好の場になるだろう。

 …そう気を取り直して、縄ばしごを転がるように駆け出していく虎丸の背を俺は見送ったが、隣で富樫が、どこか不安げにそれを見つめているのに気がついた。

 

「…心配するな、富樫。

 最良の相棒であるおまえが、あいつを信用できないのか?」

「…そうじゃねえ。最良の相棒だから判るんだ。

 奴は無理して空元気出しているが、決死の覚悟で出ていきやがった………!!」

 富樫の呻くような呟きに全員が息を呑む中、転がる『ように』駆け出していった筈の虎丸は、途中から本当に転がって闘場へたどり着いた。

 それでもすぐに体勢を立て直して身を起こす虎丸に、キルギスカーンが声をかける。

 

「早く渡って来るがいい。

 もっとも、考え直すなら今のうちだがな。」

「な、なんだと──っ!!」

 …それが挑発だと、気付かなかったのは虎丸本人だけなのだろうか。

 

「か、覚悟はいいかこの野郎!!」

 太い二本のポールで支えられた狭い土俵の上で、双方が立合う。

 日本の相撲なら、ここで行司が開始を告げて取組が始まるのだが、ここには行司にあたる存在はなく、自分たちでタイミングを計るしかないらしい。

 

「行くぜ───っ!!」

 そして、虎丸が気合声と共にキルギスカーンに組みつき、勝負が始まった。

 

「よっしゃあ!見事な立合いじゃ──っ!!

 気張ったれや虎丸───っ!

 村相撲で横綱をはっていたという実力を、そのブタ野郎に思い知らせてやるんじゃ──っ!!」

 ……村相撲?

 それ、やっぱり神事なんじゃないのか……?

 

 ・・・

 

「うおお〜〜っ!!」

 

 ……

 

「ぬりゃ──っ!!」

 

 ……………

 

「ぐお〜〜っ!!けえ──っ!!どすこ──い!!」

 

 ………………………

 

「そりゃ〜〜〜〜っ!!」

 

 …土俵上で、自分より一回り大きなキルギスカーンに組みついた虎丸は、掛け声は大きかったものの、それ以上まったく動くことはなかった。

 否、動けないのだ。

 まるで、足に根が生えているようだと、虎丸が押しながら呟く。

 そんな虎丸を嘲笑うように、キルギスカーンは虎丸のゴムの締込みを掴んでヒョイと持ち上げながら、この闘いのルール説明の補足を始めた。

 

「この地獄相撲(チャガ・ボルテ)、何度地に倒されようが関係ない。

 この土俵から、奈落の底へ放り出されぬ限りはな。

 そして、どんな相撲の禁じ手を使う事も自由だ。」

 そう言って、その太い脚が虎丸に入れた蹴りは、易々と彼の身体を、土俵際まで弾き飛ばす。

 更に、バランスを崩して落ちかかる虎丸に、とどめとばかりに食らわした張り手は、寸でのところで躱された。

 一度見極めがついてしまえば、虎丸は基本、身体能力が高い。

 以前鎮守直廊で男爵ディーノの仕掛けに立ち向かった時には、オリンピック級の俊足を披露したほどだ。

 その素早さを駆使して、狭い土俵の上、次々に襲いかかる嵐のような張り手を躱し続ける。

 追いかけるキルギスカーンは、ここから見ていても判るほどに、滝のような汗をかき始めた。

 その異常な発汗は土俵一面に溜まり、虎丸が滑って尻餅をついた。

 そこから立ち上がったと同時に繰り出された張り手を躱し、再び滑る。

 そこに来て初めて虎丸は…そして俺たちも、事態の異常さに気がついた。

 

「ううっ……こりゃあ一体……!?」

「これぞ蒙古(モンゴル)凶撰(きょうせん)奥義・浹滑(しょうかつ)溜汗(りゅうかん)!!

 土俵一面を覆い尽くしたわしの汗は、多量の脂分を含んだ特殊なオイルのようなもの。

 これで貴様は身動き取れなくなったということよ!!」

 そして、自分は大丈夫だと足の裏を見せる。

 ここからではよくわからないが、どうやら吸盤のように地面に張り付くような形状になっているらしい。

 これが生まれつきのものならば、まさに相撲の為に生まれたような男だ。

 …身体から脂はともかくとして。

 

「…おめえはてっきりブタだと思っていたが、どうやらガマガエルだったらしいな。」

「ぬかせ──っ!!」

 虎丸の挑発に怒りの形相を浮かべて、キルギスカーンの張り手が飛ぶ。

 虎丸はまたもそれを躱したものの、みたび足元の油に足を滑らせて、宙に浮いたその足首が、キルギスカーンの手に掴まれた。

 そしてそのまま、力任せに土俵に叩きつけられる。

 

「ブタだガマガエルだと言いたい放題、人の一番気にしてることをぬかしおって!!

 わしゃ、至って傷つきやすい性格でのう!!」

 …あ、気にしていたのか。

 まあそうだろうな。なんか、すまん。

 それはともかくキルギスカーンは、気絶しかけている虎丸を足で地面に転がした。

 そうして、あの大きな身体を信じられないほど高く跳躍させ、その重さと落下速度を充分に乗せて、虎丸の腹に、肘を叩き込む。

 息も絶え絶えになり、抵抗もままならない虎丸の身体は、再びキルギスカーンの手に足首だけを掴まれて、土俵の外に吊り下げられた。

 

「…わしは蒙古(モンゴル)凶撰(きょうせん)の中でも、仏のキルギスカーンと言われるくらい慈悲深い男だ。

 さっきの暴言を取り消せば、命まで取ろうとは言わん。」

 どうする?と睨みつけられ、虎丸は苦しい息の中で声を発した。

 

「あ、ああわかったぜ……ブタでもガマガエルでもねえ……よく見りゃ、てめえのツラはイボイノシシそっくりだぜ!」

「地獄の果てまで飛んでいくがいい──っ!!」

 途中まで聞いて浮かべた笑顔が一瞬で鬼の形相に変わり、キルギスカーンは虎丸の身体を、力一杯土俵の外にぶん投げた。

 

「と、虎丸──っ!!」

 その光景に、富樫が力を落として膝をつく。

 だが………!

 

「どうした、その涙は。富樫!?

 男塾一号生、虎丸龍次…やはり奴は只者じゃなかったぜ!!」

 一番近くでその身に触れていたキルギスカーンが何故気付かなかったかは謎だが、虎丸はその腕に吊り下げられてる間も、決して諦めてはいなかった。

 足元が自分の動き以外の振動で揺れている事にようやく気付いて、キルギスカーンが土俵の下を覗き込む。

 土俵を支える太いポールに、黒い紐のようなものが結び付けられており、それが何もない土俵の外に張りつめられている事に、気付いた時には遅かった。

 

「馬鹿たれが──っ!!

 崖っぷちで吊るされてた間、このゴムのフンドシを結びつけてたのに気づかなかったか───っ!!

 地獄へ堕ちるのてめえだぜ〜〜っ!!」

 キルギスカーンが投げた力の勢いを、そのまま受けたゴムの伸縮力で、飛んで戻ってきた虎丸の蹴りが、仕返しとばかりにキルギスカーンの、重い身体を土俵の外に蹴りだした。

 

「うおおお───っ!!」

 

 ・・・

 

 だが。

 キルギスカーンはさっきの虎丸同様、隠し持っていた鉤のついた鎖を、落ちる前に土俵の端に引っ掛けていた。

 負けを認めると言われて、引っ張り上げた直後にやはり攻撃されかけたが、それは一個の石礫により阻まれる。

 その一瞬の隙をついて、虎丸は今度こそ、キルギスカーンの巨体を奈落の底に蹴り落とした。

 

 まったく、ハラハラさせる奴だ。

 そう思いながら、見ていただけで荒くなった息を整えながら、ふと本来の闘場に目を向けると、例の塔の階段のすぐそばで、壁に寄りかかっている覆面の男の姿が目に入った。

 

「男塾第二の助っ人・翔霍───っ!!」

 あの男、いつのまに闘場へ……!?

 だが、虎丸を助けてくれた事は間違いない。

 

 藤堂の像の上に立ち、ずっと闘いを見ていた男たちの一人が、その翔霍を睨みつける。

 

「どうやら、おまえが次の対戦相手らしいな……!!」

「そうだ……この翔霍が相手になる!!」

 

 ショーは続く。第二幕の始まりだ。

 

 ☆☆☆

 

 …………身体が熱い。

 肌を伝う感触が、くすぐったいような、むず痒いような、おかしな感覚を呼び起こして、意味もなく手足をばたつかせたくなる。

 身体の奥が熱をもち、それが出ていかない状態がもどかしい。

 

「ふうっ…はあっ……くあっ………!!」

 たまらず吐いた息に、悲鳴のような小声が混じる。

 駄目……我慢出来ない………!!

 

「お願いです……脱がせてください…!」

 そう訴えると同時に、周囲が明るくなった。

 

 ・・・

 

「……そんなに不快だったか?」

 簡易トレーニングルームの片隅に臨時に置かれた間仕切りカーテンから顔を出した私を、御前がため息をつきながら見下ろした。

 側近の方々に割と体格のいいひとが多いのであまり目立たないが、御前はこの年齢にしては長身だ。

 

「…これでしたら、最初のものの方がまだ楽でした。

 肌に当たる感触はこれの方が柔らかいですが、通気性と吸湿性がまったくないので暑く、動いて汗をかくとそれが肌を伝って、とにかく気持ち悪いのです。

 あと、背中ファスナーというのも地味にマイナスポイントかと。

 これでは一人で脱ぎ着できませんから。」

 タオル地の長いバスローブを包まるように身につけて、清子さんの手を借りて今脱いだばかりのスーツを御前に返しながら、私はその使用感を訴える。

 あれから5時間ほどの睡眠の後、清子さんに起こされて寝ぼけ眼の状態で、気がつけば歯磨きや入浴の世話をされていた。

 それから結構しっかりした朝食を与えられて(豪毅と一緒に暮らしていた頃はしっかりと食べさせる為に、バランスの取れた和朝食を私が作って一緒に食べていたが、彼が修業に出てしまってからは、お粥とかお雑炊とかの軽めのものを作ってもらって食べる習慣にシフトしていた。男塾で生活するようになってからは自分で作ってはいるが、やはり朝はそういった軽いものだったので、朝からしっかり食べたのは久しぶりだ)、その後やってきた係員にすごく謝られながら両手にまた枷をつけられて、抱っこで運ばれた部屋に、また御前の姿があった。

 そこで枷は外されて、仮面の方は免除されたが昨夜のアレとはまた違うスーツを渡され、結構ハードなトレーニングを強要されて、今の状態になっているわけだ。

 どうやら、昨日の結果に企業の開発部が納得いかず、別の試作品を持ち込んだらしい。

 熱源を少しでも排除する目的で部屋が薄暗くされていたせいで気がつかなかったが、いつの間にか御前以外にも複数の男性がおり、不躾に私を見つめている。

 恐らくはその開発研究員達であろうが、なんでもいいが取り囲まないで欲しい。恐い。

 

「失礼いたします。

 女性視点から申し上げますと、やはり『擦れない』素材に拘るよりも……その、部分を保護する対策を取る方がいいように思えます。

 どちらにしろ、生地自体が薄手のようですし、見た目としても。

 …姫様のお嫁入り前の身体が、お身内以外の男性の無遠慮な視線に晒されるというのは、ずっとお世話をしてきました私としましては、やはり問題に思えてならないのですわ。」

 そして私の前に進み出て挙手した清子さんが、男性たちの視線から私を庇い、その目をそれぞれ見返して言った。

 私を見つめていた男性たちが、それにより一斉に明後日の方向を向く。

 

「ふむ……光。貴様自身の意見は?」

 一人だけ清子さんの強い視線から逃れていた御前が(清子さんから見れば、義理であっても私の父親なので)、顎を摩りながら私に発言を促す。

 

「…こういったことは、男性に言ってもわかってもらえない気がしたので、口にはしませんでしたが、正直、乳首の形がはっきり見えるのは恥ずかしいと思っていたので、清子さんに言ってもらえてホッとしています。

 闘着の性能としては、昨日のものの方が格段に優れていますから、私としてはあれで、胸だけは絆創膏的なもので保護すれば問題はないように思うのですが。」

 私がそう言うと、どうやらスーツの開発担当と思われるひと達が、こちらから離れて話し合いをはじめた。

 それに合わせたかのように、別の数人が代わりに前に出てきて、代表者であるらしい一人が、私に直接、一礼してから話し始める。

 

「…絆創膏では、粘着剤で肌が荒れたり、汗で剥がれたりといった問題が生じるでしょう。

 そこでですね、実は当社からも、ひとつ、お嬢様に試していただきたいものが…」

「……これは?」

 そう言って手渡されたそれは、卵形をした深皿状の、何やらぷるんとした感触のものだった。

 それが2枚。どうやら一対のもののようだ。

 

「特殊なシリコン素材で作られた下着です。

 我々は仮称として『脱浮舞楽(ぬうぶら)』と呼んでおります。

 肌に張り付けて使うものですので、通常の動きであればずれ落ちる心配はなく、お嬢様のお胸を保護する役も果たせるかと思います。」

 ということは、これは胸あてなのか。

 確かに言われてみれば、端にブラジャーのフロントホックのようなパーツが付いている。

 ただ本体は厚みのあるカップのみで、ベルトやストラップに相当するものがない。

 肌に張り付けると言っていたが、落ちてしまわないものなのだろうか?

 

「ただ、こちらもまだ試験段階ですので、どの程度の動きに耐えられるかは未知数です。

 ですのでこちらも、是非テストをお願いしたいのですが…。」

 その言葉で、今度はそれを装着した上に昨日のやつを身につけて、再びキツいトレーニングを開始する流れとなった。地獄だ。

 

 ・・・

 

 数十分後。

 

「……これ、凄いです!」

 …勿論先端のでっぱりはおろか下着のラインが出ないことも、激しい動きでも汗でもずり落ちない密着感も、それでいて肌になんら不快を与えない感触も、全てが理想的だったわけだけども。

 

「この私の胸がひとまわり大きく見えます!!

 発売されたら、絶対に数本まとめ買いします!」

 厚手のシリコンパッドに覆われたその上から服を着てしまえば、下着のラインが出ない事も相まって、見たことのない豊かなラインが、自然にスーツの胸元を押し上げている。

 その初めての感動にうち顫える私の耳に、開発研究員が思わず呟いた『そこじゃねえよ』という声は、残念ながら届かなかった。

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