婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜   作:大岡 ひじき

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影慶先輩の脚を掴んで引きずり込んだ時のフビライカーンさんの手、すごく際どいトコ触ってるんですけど、あれセクハラじゃないでしょうか(違


17・とてもよく似た痛みを知ってるよ

 自陣の方から俺の名を呼ぶ声に頷き、丸い水槽から降りようと半歩踏み出した時、上げかけた脚を掴まれて、一度は上がった水中に再び引き込まれた。

 咄嗟の事に水を飲みかけて、慌てて止めながら、脚に絡みつくそれを見下ろす。

 

「影慶とかぬかしおったな……!!

 こ、この水中の王者フビライカーンを、そうたやすく倒せると思ったか。」

 …どうやら毒手を受けた傷口を、そこから毒が回る前に先ほどの剣で抉り取ったらしい。

 凄まじい執念だ。

 敵ながら見事と言わざるを得まい。

 

「本当の勝負はこれからだ──っ!!」

 先程はたどり着かなかった底の方まで引き込まれた脚がようやく離されたと同時に、底に置かれていた例の剣で、フビライカーンは斬りかかってきた。

 が、その動きに先程までのスピードはない。

 やはりダメージは相当なようで、今ならば容易く躱す事ができる。

 間合いを離して体勢を整え、改めて戦闘態勢に入る。

 

「だが、既に勝負はついている!!

 その出血では、貴様の水中闘法ももはや使えまい!」

「フフッ…はたしてそうかな。

 俺には、この最後の切り札がある!!

 いでい!!水中の悪魔どもよ!」

 見れば水槽の底に、それまで気付かなかった箱のようなものが置かれている。

 その重そうな蓋をフビライカーンが開くと、中から何か無数の生き物が飛び出してきた。

 

「こ、これは………!!」

 独特の丸いフォルム。金と銀の鱗。

 突き出た下顎と鋭い牙。

 

「ピ、ピラニアだ───っ!!」

 そう。後輩たちが叫んだ言葉通り、主にアマゾン川などに生息する獰猛な肉食魚として有名なピラニアの群が、俺を取り囲んでいた。

 

 

 モングール・ピラニア…

 一般にピラニアの獰猛性は知られているが、中でも蒙古(モンゴル)・オリノル川に生息するモングール・ピラニアは、体長も大きく特に凶暴で、土地の人々には『水中の悪魔』として恐れられている。

 その牙は百匹も集まれば、水浴びに来た水牛をものの十数秒で白骨だけにしてしまうという。

 ちなみにその肉は大変な美味とされ、燕の巣・熊の手と並ぶ満漢全席三大珍味のひとつとされている。

民明書房刊『喰うか喰われるか!!世界食通事情』より

 

 

 …馬鹿な。こういった肉食魚は、血の匂いで興奮状態になるという。

 今、俺もそうだが奴もまた負傷しており、この状況は普通に考えれば自殺行為でしかない。

 だが。

 

「殺れい──っ!!」

 フビライカーンが腕を振ると同時に、ピラニアの群が一斉に俺に向かってくるではないか。

 俺の身体など、食った途端に魚は死ぬだろうが、その時には勿論俺の命もない。

 襲いかかってくるそれを片っ端から手刀で払い落とすが、数が多過ぎる。

 

「ワッハハハ!どうだ思い知ったか──っ!!

 いくらあがこうがこれだけの数、全てたたき殺せるわけはなかろうが───っ!!」

 そう言う奴の周囲にピラニアは一匹も近寄ることはなく、魚群は全て俺に向かって来ている。

 何故だ…何故、奴にこいつらは襲いかからん!!

 俺も奴も、流血している事に変わりはない。

 そして魚に、己が主人である事を教え込むなど不可能。

 何か、タネがあるのだ。

 相変わらず追いすがってくるピラニアの牙から身を躱しつつ、こちらを笑いながらただ見ているフビライカーンを、逆に観察する。

 

 あれは…もしや……!!

 ならば、打つ手はただひとつ……!!

 

 状況に反して随分と慣れてきた水中での動きを駆使して、動く方向を奴の方へと定め、手刀を振りかざす。

 

「逃げ回るのを諦め、最後の勝負にうって出たか!!

 だが、無駄だ!!

 満身創痍の貴様に、この俺が倒せるか──っ!」

 言って、奴は手にしたままの刃を横に薙ぐ。

 その鋭い刃先が俺の腿を擦り、ピラニア達を刺激する赤い液体が、煙のように漂って周囲に広がっていく。

 だが、もうそれを気にする必要もない。

 

「さあ、存分に喰らうがいい!!」

 勝利を確信したフビライカーンがそう言うも、それまでは一斉に俺に向かっていたピラニアが、徐々に俺を遠巻きにして泳ぎ始めた。

 事態にようやく気付いたらしいフビライカーンが、ハッとして胸元に何かを探すように手をやる。

 

「な、ない!!」

「貴様が探しているのはこれか!?」

 慌てるフビライカーンに、手の中のものを示してやる。

 それは先ほどの一撃の際に俺が奴から奪い取った、奴の防具に付けられていた飾りだが、この場合単なる装飾品以上の意味があった。

 

「貴様のこの首環は結晶岩塩で出来ている。

 淡水魚であるピラニアが、これが水に溶け出し発する塩分を、嫌うのは当然のこと……!!

 だから貴様には、ピラニアどもが近づかなかったのだ。

 これで、立場は逆転した!!」

 それが、最初に目にした時よりもいくらか小さくなっている事に、気がついたのは幸運だったといえよう。

 

「…恐るべき男よ、影慶……!

 どうやらこうなっては、観念するしかないようだ。」

 一転して、ピラニアの群に襲いかかられるフビライカーンの悲鳴を背中に聞きながら、俺は空気孔に向かって浮上した。

 

「…自業自得とはその事だ。」

 呟いた言葉が、まるで言い訳のように自分自身の耳に響いた。

 

 ……………。

 

『…優しいのですね、影慶は。』

 富樫と一緒に落ちてきた宝竜黒蓮珠(ぽーろんこくれんじゅ)の副頭のひとりをついでに助けてやろうとしたら、決していい意味で言ってはいない表情でそう言われ、正直あの時の俺はムッとした。

 だが、無抵抗の状態で手にかけることの是非はともかく、結果として完全に不意を突かれその男に殺されかけた俺は、光に助けられる事になった。

 そしてその時、俺の甘さが、彼女の心の柔らかい部分に、傷をつけてしまった事を悟った。

 

 …なのに。

 

『私ひとりなら見捨てていくところですが、そうするとあなたが気に病むのでしょう?』

 羅刹の兜指愧破(とうしきは)に腹部を貫かれ、自身の血を分けた兄に谷底へと蹴り落とされて、奇跡的にまだ息があった、梁山泊三首領のひとり山艶という男の傷を、その、数多の者の命を奪ってきた筈の手で癒して。

 

『…影慶は、怖くはないのですか?

 大切な人を、ひとつ誤れば死なせてしまうかもしれない自分が?』

 この天挑五輪大武會が始まる前、天動宮で顔を合わせた時の彼女の言葉が、不意に思い起こされる。

 今思えばやはりあいつは、自身の殺す手と俺の得た毒手を、重ね合わせて見ていたのだと思える。

 判ってしまえば、俺たちは似た者同士だった。

 

 そんな事を、わけもなく思い返して、水槽から身体を引き揚げた俺は。

 

 ………まだ手の中にあったそれを、水の中に投げ入れた。

 結晶岩塩でできた、例の首飾り。

 急所に食いつかれでもしていなければ、これがあれば命だけは助かるだろう。

 

「フッ……確かに、俺は甘いな……!!」

 だが光は最終的に、俺のそんな甘さを受け入れてくれたのだ。

 ならば、おまえの手がひとを癒せるように。

 俺の毒手とて、おまえを守ることくらいできよう。

 おまえの心が壊れぬよう。

 おまえが無表情の仮面の下で泣かないよう。

 

 そう思えば気分は先ほどよりも晴れ晴れとして、俺は今度こそ水槽の上から、闘場の地面に向かって飛び降りた。

 

 ☆☆☆

 

「久しぶりだな……!!」

 縄ばしごを渡って自陣に戻ってきた(というか本当にどうやって、俺たちに気付かれないうちにあちらに渡っていたのだろう…?)影慶先輩は、滴る水滴を手で拭いながら、俺たちに声をかけた。

 正確には一昨日、準決勝の会場で顔を合わせているが、あの時は『第二の助っ人・翔霍』としての彼だ。

 

「影慶先輩…どうやら、やっと話してもらえる時が来たようですね。

 何故今まで貴方が、その素顔を隠さねばならなかったかを……!!」

 俺が、皆を代表してそう促すと、影慶先輩は右手の毒手を元通り包帯で覆いながら頷く。

 だがその後の言葉は、意外な声に遮られた。

 

「いや、それは、拙者の口から御説明致し申す。」

 ……その、聞き覚えのある声と、特徴的な言葉遣いに、まさかと思いながら振り返ると。

 

「御心配おかけ申した。」

「ら…雷電っ……!!」

 そう、そこにいたのは確かに、梁山泊三首領のひとり、梁皇との闘いで、卑劣な手にかかって死んだはずの雷電。

 己が見ているものがすぐには信じられず、思わずふらふらと歩み寄る。

 夢を見ているのか、と呟いて倒れそうになる富樫や虎丸の後ろで、『あ、忘れてた』と飛燕が小さく呟いていたその言葉の、真意を質す余裕も俺にはなかった。

 

「夢でも、化けて出たのでもござらん。

 この通り、足もついてござる。」

 冗談めかしてそう言う彼の足を、まとわりつく3匹の猿たちが『ほら、これ』とでもいうように指差す。

 猿たちとの意思の疎通が完璧にできているのも凄いが、恐らくは日本人ではないだろう雷電が、日本に特有の『足のない幽霊』の概念を知っており、それにまつわる冗談を言ってのけるのも、実は密かに驚くべき事態だ。

 この博識、彼は本物の雷電に間違いない。

 

「拙者も富樫や飛燕、ディーノ殿同様、命を救われたのでござる。

 そこにおられる影慶殿と……光殿に。」

 目が覚めたとき、光とディーノは既に出発した後で、目が覚めるのを待っていてくれた素顔の影慶先輩と共にここまで来て、先に着いた簡易休憩所で、休ませていた男爵ディーノの話を聞いてから雷電はこちらに来たのだという。

 光が『翔霍』と行動を共にしており、負傷者を陰で助けていた事は、昨晩生きて現れた男爵ディーノから聞いて知っている。

 もっとも彼は詳細を話す前に、出血多量で気を失ってしまったから、それ以上の事は判らなかったが、少なくとも大将首を取りに行って捕まった事は判っている。

 ……だとすれば、雷電はこうして現れたが、昨日のマハール戦で谷底に落とされた月光はやはり無理だろうと、判っていた事なのにひどく落ち込む自分に驚いた。

 光が近くで見守っていてくれたという事実は、思っていた以上に俺の中では、安心材料になっていたようだ。

 

「これは全て、塾長のお考えになった事……!!

 俺と光は、塾長の密命を受け行動していたのだ!!」

 雷電が言うのに続き、包帯を巻き終えた影慶先輩が口を開く。

 この天挑五輪大武會の出場が決まった後日、ひとり塾長室に呼ばれた影慶先輩が、最初に命じられたのは『死ね』だったそうだ。

 それは勿論本当に死ねというものではなく、一旦予選リーグで姿を消し、後方支援にまわれという事で、その目的のひとつは、赤石先輩を参加させる事にあった。

 もっともその予選リーグで、自分以外に2人も戦線離脱者が出るのは予想外だったそうだが、実はあの予選会場には(ワン)大人(ターレン)とその医療チームが既に送り込まれており、あの場で戦線離脱した独眼鉄と蝙翔鬼は、生きて日本に送り返されているらしい。

 ともあれ、その2人の抜けた穴は埋めなければならず、結局は闘士としても戦闘に加わる必要が出てきて、また自身も後方支援だけでは気持ちが収まらなかった事もあり、光がオーケーを出した事であの『翔霍』に繋がったのだそうだ。

 ちなみにあの変装の案を出したのは男爵ディーノだったそうだが、例の蓬傑との闘いの後、毒手で闘った事について、2人からは若干の文句を言われたらしい。

 ……う、うむ。そうだろうな。

 

「ところで光に言われたのだが、『天然』とはどういう意味だ?」

 ……答えにくい質問やめてください先輩。

 光も、難しい宿題を置いていくんじゃない。

 

 …俺たちと一通り話をした後、影慶先輩の視線が俺たちの後方に向けられ、その目が何か眩しいものを見るように細められた。

 その視線の先にある存在を皆が見て取るや、その間の人垣が割れる。

 

「全員、気をつけ──っ!!」

 羅刹の号令が響き、皆が姿勢を正す中、影慶先輩はそこを通って5歩ほど足を進めると、跪いてこうべを垂れ、はっきりと言葉を紡いだ。

 

「邪鬼様。

 影慶、ただ今戻りましてございます。」

「御苦労だった。」

 男塾の帝王・三号生筆頭大豪院邪鬼は、ただ一言、そう言葉をかけた。

 影慶先輩の肩が、一瞬小さく震えた。

 だがその足元に雫が数滴落ちたのは、直前まで彼が水中戦を行なっていた為だと思う事にした。

 

 ☆☆☆

 

「ぎゃあああ───っ!!」

 と、闘場の方から魂消るような絶叫が聞こえ、例の藤堂の像の上から、炎に包まれたフビライカーンが落下していくのが見えた。

 あの男、負傷をおしてわざわざあの像の上まで登ったのか…という事はさておき、見ていた限りでは像の上に立っていた男の手をフビライカーンが掴んだと同時に、その身体が炎に包まれたように見えた。

 

「男塾……貴様等、誰一人として生かしてはおかん!!」

 そしてそれを為したであろう、像の上の隻眼の男は、そう言って俺たちの陣を睨みつけた。




モングールピラニアの記述は原作通りなんですけど、『大型』って書いてある割には体長18センチとかいうイラストがあって、それだとピラニアのサイズとしては小さい方になってしまうので、その辺だけは書かずにぼかしてます。
ピラニアにも種類があり、大型のものになると50センチくらいになるそうなんで。
ここでのモングールピラニアさんたちは、ふわっと平均30センチ前後くらいに設定してます。
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