婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜 作:大岡 ひじき
というか、アタシにその知識がまるでないもので。
「し、知らなかったぜ。
伊達にあんな過去があったなんて…そ、それに光にも……!?」
自陣に引き上げてくる伊達の姿から目が離せず、虎丸が呟くのをただ耳で聞く。
どうやら伊達も、光が同じ文様を背負っていることを知っていたようだ。
彼女が、自分で教えたのだろうか。
だとしたら2人の間には、言葉にしなくてもわかりあえる絆が……
「くだらねえ事考えてねえだろうな、桃。」
そこまで思考が進んだあたりで、いつのまにか近くに来ていた伊達に、すれ違いざまに言葉をかけられた。
「…俺たちは確かに、想像を絶する地獄をくぐり抜けてきた。
俺たち同士にしかわかりあえない事も、確かにあるだろう。
だが、さっきの、紫蘭のやつを見たろ?
『わかる』と言ってくれる奴が一人いて、それだけで、奴は救われた。
……俺も、同じだ。
生き残る為、自らの手で一人にならざるを得なかった俺たちにとっては、この世に一人でないと理解できたら、それで充分なのだ。
………俺も、そして恐らくは、光もな。」
俺は伊達のその言葉を、実のところ半分も理解できてはいないだろう。
だが、本来なら口にしたくもない筈の、その心情の一片だけでも俺に告げてくれた事に、伊達という男の思いやりを、感じずにはいられない。
だから、それ以上何も聞かず、俺は黙って頷いた。
振り返れば闘いの前に脱ぎ置いていった学ランを飛燕の手から受け取り、バサリと音を立てて袖を通す、広い背中が目に入る。
そうしてから振り返ったその目が、俺のそれと交差して……奴はいつも通り、人の悪そうな顔で、笑った。
…こいつとは一生友として付き合っていくのだろうな、という確信めいた思いが、何故かその瞬間、心を
☆☆☆
「…お待たせいたしました。」
「遅い。
奴等は既に、次の闘士が出てきている。」
「…申し訳ありません。
紫蘭は、やはり助かりませんでした。」
紫蘭を寝かせた部屋に、しばらく誰も入らぬよう手配をしてから戻った控え室で、腕組みをした豪毅に仏頂面で迎えられ、少し気分を害しつつも、闘場に目を向けた。
やけに綺麗に整えられ、先ほどの紫蘭や伊達の血の跡すら拭き取られたらしい闘場の中心に、観客席からの野次や歓声に臆する事なく立っているのは、思った通り男塾の帝王、大豪院邪鬼。
「判っていると思うが、あの紫蘭という男が敗れた以上、これ以上の敗北は許さん。」
「……承知しております。
私は、紫蘭とは違いますので。」
「……そう願いたいものだ。」
まったく期待していなさそうな義弟の冷たい視線を背に感じて、私は闘場へと足を進める。
背中で鉄柵の下りる音がして、歓声が高まった。
・・・
無口な女闘士である
『昨夜行われたミッドナイトショーにおいて、鮮烈なるデビューを果たした
試合の前に、そのデビュー戦の一部を御覧くださいませ!』
唐突なアナウンスと共に、巨大モニターに映し出されたその映像を見て、『やめろ!!』と大声で叫ばなかった私を誰か褒めて欲しい。
遠目の映像では乳首や下着の線はそれほど目立っていないものの、身体の線はばっちりと現れており、こうして見ると私、それほど貧乳じゃないけど、スタイルがいいと称するにはウエストのくびれが明らかに足りない。
…けど、観客が盛り上がったのは勿論そこではなく、かつて闘牛用に育てられこれまでに15人殺してきたという突進してくる猛牛と、相対した
それと同時に
それを真正面に迎えた
次に、その猛牛の頭が下を向き、一瞬躓いた体勢になった牛は、まるで前転をするようにくるりと回って、今度はその背が、地面に打ちつけられた。
自らの体重と慣性、そして遠心力で、強かに打ち据えられた猛牛は、ひっくり返ったままピクピクと痙攣している。
……我ながら、鮮やかな手並みだと思う。
歓声が再び上がったところで映像が終わり、
『続きは、実際の闘いで御覧ください。』
というアナウンスによって、観客の視線が闘場に戻った。
「…牛は、ほかにはおらんのか?」
と、私の映像を黙って見ていた邪鬼様が、表情も変えずに私に問う。
昨日ショーに出した2頭は殺してはいない筈だが、今映像に出てきた方は、後で聞いたところによれば、あの後怯えて使い物にならなくなってしまったらしい。
出すとしたらもう1頭の方だが…別に、あなたまでこんな前座ショーに付き合わなくてもいいですよ!
どんだけノリいいんですかよく判りました!
…けど、係員がオッケーの合図をしてきたので、仕方なく頷く。
ややあって、昨夜と同じ扉から、案の定映像のよりも、ひとまわり大きな闘牛が進み出てきた。
アナウンスによればこっちは、同じような経歴で55人殺してきている牛だという。
それが、私の姿をその目に捉えたと同時に咆哮を上げ、明らかに私に向かって突進してくる。
どうやら私はコイツに敵認定されたらしい。
昨日のショーではさっきのと同じようにして倒したが、コイツは自重が災いして、時間にすればさっきのアレより遥かに短い時間で気絶したので、恐怖を刻みつけるには時間が足りなかったようだ。
と、邪鬼様は私の前に進み出ると、突進する猛牛と真正面から向き合った。
そうして、軽く腰を落として構えを取る。
「大豪院流奥義・
瞬間、その掌から放たれた圧倒的な氣の奔流に、牛はそれでも動きを止める事はなかった。
邪鬼様は、猛牛の角があわやその身に到達するかというところで高く跳躍して、猛牛の背を飛び越えて着地する。
……飛び越えた巨体は、頭部以外肉を纏っていなかった。
一瞬で皮も肉も剥がされた猛牛は、骨だけになりながら少しの間走り続け、最後は闘場の壁に激突して、バラバラの骨になって落ちた。
「女といっても、容赦はせんぞ。
貴様の身も、こうなる運命にある!!」
邪鬼様がそう言って、『
その『
…結局、彼らのことを笑えない。
私も結構なバトルジャンキーだ。
というか、私をこんな女にしたのはこの男たちなのだから。
あまりの事に呆気にとられ、
さあ、始めましょうか…私たちの『死合い』を。
☆☆☆
俗にカマイタチと呼ばれる、大気の歪みによって起こる、超真空現象。
氣の操作によりそれを意のままに操ることが出来る邪鬼先輩のあの拳は、かつて
ただでさえ巨漢の邪鬼先輩にあの拳の凄まじい威力、対する小柄な少女にはどう見ても勝ち目がないように見える。
だが、彼女は目の前で繰り広げられたその光景に全く動じる事なく立っていた。
『男塾・大豪院邪鬼。
冥凰島十六士・
両副将の勝負、これより開始であります!!』
アナウンスが勝負の開始を告げ、邪鬼先輩が自身の間合いで構えをとった。
一拍あって、邪鬼先輩が訝しげに問う。
「……何故、構えぬ?」
邪鬼先輩の言葉通り、
ほんの数瞬の間があり、ひょっとしてこの少女は声が出せぬのだろうかと思った頃、ようやく答えが返ってくる。
「…別段、必要ありませぬ故。」
ここに来て初めて発せられた
光同様、見た目よりもいくらか年上なのかもしれない。
それにしても、邪鬼先輩を相手に、この余裕の態度は。
さっきの映像を見る限り、闘うというより、相手の自滅を誘う戦法のようだが、邪鬼先輩に同じような手は通用しないと思うのだが。
「上等!ならば、こちらからゆくぞ!!」
挑発されたと受け取ったものか、邪鬼先輩は
邪鬼先輩としては様子見程度の一撃だが、あの少女がそれをまともに喰らえばどうなるかは想像に難くない。だが。
「なにっ………!?」
瞬間、なにが起きたのかわからなかった。
であるのに、邪鬼先輩の脚は明後日の方向の空間を蹴っており、目標物を見失った邪鬼先輩の身体が一瞬バランスを崩しかけ、危うく着地してなんとか向き直る。
「貴様……!今、何を…!?」
状況が判らずに邪鬼先輩が問うのに、
俺たちの目には、邪鬼先輩の蹴りは確かに真正面に
「ま、まさか…あれは!」
と、斜め後ろから呻くように呟く声がして、その方向を振り返る。
「…知っているのか、雷電!?」
「うむ…あれはまさしく、
一般に合氣とは『万物との和合』を基本理念とし、相手の力や氣と争わない事により、その力をも利用しての受けや返しに特化した武術として知られる。
その合氣を突き詰めて、相手の『氣』を己のものとする事で、自然に相手の動きを操るのが、
その修業法には様々なものがあるが、代表的なものは向かい合って互いに指差しあいながら、その指の向く方向に相手の顔を向かせるというもので、祇園の芸者遊びから発祥したとされる『あっち向いてホイ』というゲームは、この修業風景を模したものという説が支配的である。
「し、しかしあのような若い
言って雷電が息を呑み、皆の意識が再び闘場の方へと向かった。
「ぬううううっ!!」
次々と繰り出される邪鬼先輩の拳が、
よく見れば
「小賢しい…!ならば、これはどうだ!!」
さすがの邪鬼先輩も焦れたようで、嵐のような連続攻撃を一旦止めると、間合いを大きく離した。
それから腰を浅く落として、深く呼吸をする。
そして。
「
まともに当たれば、それはこの少女の肉どころか、骨までも粉々に砕いてしまう一撃だった。
その光景を見ていられず、目を逸らした者もいたようだ。
だが、現実にはそれは
……否、その拳の衝撃は確かに、闘場の地面を削り、また向かい側の壁に穴を穿ち、その破片が客席にまで飛び散っている。
にもかかわらず、
まるで、そよ風にでも吹かれたように。
「…万物に、氣あり。
氣を合わせ、氣と争わぬ限り、どのような『氣』も、私の身を傷つける事は叶いませぬ。」
落ち着いた声音が、歌うようにそう告げた時、俺は我知らず呟いていた。
「……最悪の…相手だ。」
それは、邪鬼先輩にとっての、だ。
☆☆☆
…最初に見た時から、何か引っかかっていた。
だがあの
それはこの天挑五輪大武會の、予選が行われていた間。
俺が男塾を発つ前日に、あの桜の樹の下でのこと。
『面白くねえ。
また、妙な特技を身につけやがって。』
『私を殺す気ですか。
今の烈風剣、めっちゃ殺気篭ってましたよね?』
『気のせいだ。
隙があるのを見つけたらいつでもやれと言ったのはてめえだろうが。』
俺の技を検証したいからいつでも仕掛けてこいと、最初に言われた時は、舐められてるのかと思った。
だが俺の烈風剣を、今と同じように涼風みたいにいなされたのを見て、一瞬全身に鳥肌が立った。
……そう、今と同じように、だ。
「邪鬼先輩!」
気がつけば、俺は闘場に向かって叫んでいた。
「止めろ…そいつを殺すな!!
そいつは…その女は、俺たちの……!!」
「そいつは…その女は、俺たちの……!!」
実はこの台詞を書きたかっただけ。