婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜   作:大岡 ひじき

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>大豪院邪鬼の偉大な伝説
美少女を公衆の面前で剥いた。
尚、観客は大喜びした模様。


6・激しく揺れる振り子のように、時間が情熱に変わるとき

「剣よ……!!受け取るがよい。」

 ひとしきりツボに入ってたのがようやく落ち着いて、簡易ベッドから半身を起こした邪鬼先輩が、闘場に向かおうとした俺を呼び止めて、何か細長い包みを突き出した。

 

「これは……!?」

 反射的に受け取りながら問うと、邪鬼先輩は、何か吹っ切れたような笑みを浮かべる。

 

「…その中には、男塾に代々伝わる総代継承者の証が入っている。

 ……わかるな、この意味が。」

「な…なんですって……!!」

 今この時、それを手放すということは、自身は総代を降りるという意思表示に他ならない。

 そして、それを俺に渡すという事は……!

 

「そうだ。今より名実ともに大将として、この闘いに挑んでいくがよい。

 ……俺は、弟子と相討ちした男だからな。

 この辺が潮時ということであろう。」

 そう言って、邪鬼先輩はニヤリと笑って……その後、ブフォと何故か吹き出して、顔を背けて咳き込んだ。

 どうやらまだツボから抜けていなかったらしい。

 

 ……だが、彼がたとえ男塾を去っても、俺たちはその伝説を忘れない。

 男塾の帝王と呼ばれた、大豪院邪鬼という、偉大な男がいたことを……!!

 

『さあ、天挑五輪大武會、決勝戦もいよいよ大詰め!!

 大将戦を残すのみとなりました!!

 出場選手は速やかに闘場へとお進みください!!』

 アナウンスの声が出番を告げて、俺は自分の刀を手に取った。

 

「き、気をつけろ桃──っ!!

 相手は藤堂のヒヒじじいのひとり息子だ!

 何をするかわからねえ──っ!」

「くれぐれも用心してな──っ!!」

 虎丸と富樫が俺の肩を掴みながら、そんな言葉を口にする。

 …勘でしかないが、あの藤堂豪毅という男、芯は真っ直ぐな気がするのだが。

 まあ、闘ってみればわかることだ。

 

「ああ、俺は勝つ……!

 必ず勝って、この大武會を優勝し、藤堂兵衛を討つ!!」

 仲間たちにそう言って、俺は刀の下緒を締め、闘場へと歩みを進めた。

 

 泣いても笑っても、これが天挑五輪大武會、最後の一戦だ。

 負けるわけにはいかない。

 俺たちの勝利は、優勝の更に先にあるのだから。

 

 ☆☆☆

 

「…なんだ、この(なり)は。

 これではまるで、少年(こども)ではないか。

 誰が、髪を切っていいと言った。」

 …そういえば前に会った時は、和服姿で(かもじ)を付けていたし、先程も付け毛を編み込んでいたから、彼が短髪の私を見るのは初めてだ。

 てゆーか、たかだか髪を切るのに豪毅の許可が要るとか初めて知ったんだが。

 自分の学ランを着せた私を、控室の奥に一旦座らせ、豪毅はこちらに手を伸ばすと、指先を私の髪に、くしけずるように触れた。

 剣だこはできているが意外に綺麗なその指は私の耳の後ろを通り、襟足の短い毛先に触れた。

 

「んっ…!」

 その感触が少しくすぐったくて、思わず声をあげてしまう。

 私の反応に、豪毅の指がそこで止まった。

 

「…どこか痛むのか?」

 子供の頃とは全然違うのに、何故かその声に懐かしさを覚えて、私は彼を見上げ、微笑んで首を横に振る。

 

「いいえ…少しくすぐったかっただけです。

 心配してくれてありがとう、豪くん。」

 私の視線を受けて一瞬だけ豪毅の瞳が、何かの感情に揺れた気がした。

 だが、あまりに一瞬の事だった為、それがなんであるか、私には読み取ることはできなかった。

 次の瞬間には、私が綺薇(キラ)であった先程までと同じ、氷のように冷たく鋭い輝きがその瞳に戻る。

 

「…迂闊だった。

 まさか親父に先に確保されていたとはな。

 身を隠すために、奴らのもとに居たのだろう。

 何故戻ってきた。」

 先ほどまで見えていた彼の優しさの片鱗が、その瞳の奥に完全に隠されてしまったことを残念に思いながらも、それでも私はその目を、まっすぐに見て答えた。

 

「…自分自身の罪に、決着をつけたくて。

 己の、血塗られた宿命を終わらせる為に。」

 男塾は殺人マシーンだった私を、人間に戻してくれた。

 彼らの熱い魂と接することで、凍っていた私の世界に血が通った。

 だから、この人たちの為に死ねるならば、それが幸せだと思ったのだ。

 塾長の復讐計画は、ある意味私に一歩を踏み出させる契機だった。

 

 …けど、彼らの闘いを陰で見守り、時には手を差し伸べていくうちに、この人たちと生きたいと、いつのまにか思うようになっていた。

 

「…知らなければ、それで幸せだったのかもしれない。

 でも、知ってしまったんです。

 私にも、翼がある事を。

 その翼で羽ばたく為、まずは己を縛る鎖から、己を解き放たなければ。

 …今が、その時なんです。」

 だから、私の手で終わらせようと思った。

 彼らと並んで歩く為には、私には背負ったものが多すぎる。

 まずはそれを下ろさねばならなかった。

 

 …まさか、その彼らと闘わされる事になるなんて、思いもよらなかったけれど!

 そして思いのほか私は、その状況を楽しんでしまったのだけれど。

 うん、もう何がしたかったのか、自分でもわからない。

 というか多分、私の望みはひとつじゃなかったんだろう。

 彼らのために死ぬこと。

 彼らと一緒に生きること。

 共に戦うこと。その為に強くなること。

 強くなった自分を認めてもらうこと。

 それら全部が、私の望んだことだった。

 私という人間は、なんと欲張りなのだろう。

 

「殺されるとは、思わなかったのか。」

 硬い声で、豪毅が問う。

 

「思いましたが、そうなればそれも決着のひとつでしょう。

 無念ではありますが、籠の中に戻って生きるくらいなら、大空を夢見て死ぬ方がいい。

 殺されても、ここに来なければ何も変わらない。

 そう、思いました。」

 ……瞬間、豪毅の冷たい目に、怒りのような感情が、唐突に現れた。

 

「……許さない、と言ったら?」

「え?」

 髪に触れていた指が離れ、その掌が、私の後頭部を掴む。

 次には鼻先が触れるほど、顔が近づいた。

 

「光…おまえは俺のものだ。

 もう二度と離しはしない。

 この髪、瞳、唇…その身体の、頭から爪先までも、命すら全て、俺だけのものだ。」

 豪毅はそう言って、私に着せていた学ランに手をかけた。

 むき出しの胸元が晒され、ひんやりとした空気が肌に直接触れる。

 豪毅は私の肩を掴むと、鎖骨の上の首筋に、噛みつくように唇を当てた。

 一瞬、チクッとした痛みが、くすぐったさと同時に肌の上を走る。

 頭を掴んでいたもう片方の手が離れ、その掌が、私のささやかな胸に触れた…ってやかましいわ。

 身体の大きさとの対比で考えたらそんなに小さくないわ。

 …いや、そんな事は今はどうでもいい!

 

「豪……くん?」

 痛みとくすぐったさと恥ずかしさで思わず身を捩ったが、勿論そんな事で、私を押さえる豪毅の腕は弛まない。

 それは時間にして10秒もなかっただろうが、私にはひどく長く感じられた。

 やがて豪毅はゆっくりと、私の首筋から顔を上げると、今唇を当てていた部分に指を触れた。

 

「…俺の、ものだ。」

 もう一度呟くように言って、指を離す。

 …ここに鏡はないし、あってもこの状態で見られるわけもないから確認のしようがないが、恐らく今その部分、鬱血して跡が付いている気がする。

 所謂キスマークというやつ、本来なら情を交わした男女の間の所有印となる行為だ。

 子供だった頃、私の後をついて回った、泣き虫だった少年。

 私の可愛い『おとうと』。

 

 それが……どこでこんな事覚えてきた!?

 突然の事に顔に血が上り、頭がくらくらした。

 動揺して、口をぱくぱくさせるしかできずにいる私に、豪毅が吐き捨てるように言う。

 

「俺のそばで生きるのが、おまえの変えられない宿命だ。

 どうあってもそれに逆らって飛び立とうというなら、そんな翼など俺がもぎ取ってやる。

 おまえが奴らのもとで生きたいと言うのなら…俺がこの手で奴らを、皆殺しにしてくれる!」

「……豪くん!!?」

「いい機会だ。

 そのままここで、奴ら全員の死を見届けろ。

 俺を裏切ったおまえへの、そして俺からおまえを奪った奴らへの、それが罰だ。

 そして全てが終わった後、奴らの血に染まった寝台の上で、俺に全てを捧げるがいい。」

 言いながらニヤリと笑う豪毅の、その表情は憎しみと狂気に彩られていた。

 

 

 違う。

 この子は私の『豪くん』じゃない。

 

 

 呆然として見送った大きな背中が、下りてきた鉄柵の向こうに消えた。

 

「豪毅……!!」

 歓声にかき消されて、呼びかけた声はもう届かない。

 彼を狂わせたのは…きっと、私だ。

 

 ・・・

 

 駆けつけてきた清子さんが制服と新しい下着を持ってきてくれて、ようやくいつもの『江田島 光』に戻ったタイミングでアナウンスの声が響き渡り、観客が再び歓声を上げた。

 

『冥凰島十六士大将・藤堂豪毅対男塾大将・剣桃太郎!

 これより天挑五輪大武會、最終決闘戦を開始致します!!』

 

 ・・・

 

「貴様等の奇跡もここまでだ!!」

 豪毅が冷たい表情のまま刀の鯉口を切り、そう言い放つのに、

 

「待っていたぞ、この時を……!!」

 何故か、妙に嬉しそうな顔で、桃が答えた。

 

 ☆☆☆

 

 桃と豪毅。

 闘場の真ん中で対峙した2人は、互いを見据えたまま、ピクリとも動かなくなった。

 …否、2人の間には、触れれば切れるほどに凄まじい闘気がほとばしっており、彼らは身体こそ動かしていないが、その闘いは既に始まっているのだ。

 

「いつまで睨めっこを続けるつもりだーっ!!」

 だが、それがわからない観客がヤジを飛ばすのみならず、呑んでいた酒の空瓶を闘場に投げ入れた。

 ここにいるのは世界各国の上流層の人間だと思っていたのだが、こんなマナーの悪い客がこの会場に招待されているとは。

 …だが、その瞬間、状況が動いた。

 その瓶が間に落ちた瞬間、対峙していたふたつの身体が、交差する。

 互いの姿を一瞬隠したその瓶を、綺麗に上下真っ二つに斬ったのは、どちらの抜いた刃だったのか。

 交差した身体は同時に振り返り、先に振りかぶったのは豪毅。

 その鋭い斬撃を、しかし桃はその脇をすり抜けて躱しており、空の空間を切りつけた体勢でがら空きになった背中に、桃の一刀が振り下ろされる。

 だが、早くも決まったと思われたその一撃を、豪毅は素早く背中に回した自身の刀で受け止めており、体勢を整えながら薙いだ剣先が桃の肩を切り裂いて、その傷口から血が飛沫(しぶ)いた。

 

「も、桃〜〜っ!!」

 相手側から聞こえてきた叫びは虎丸の声だろうか。

 だが次の瞬間、豪毅の二の腕からも血が飛沫(しぶ)き、そこに刻まれた一条の刀傷が顕になる。

 恐らくは豪毅の上からの攻撃と同時に、桃も下段から一撃を放っていたのだろう。

 ここまではどうやら相討ちのようだ。

 

「おもしろい……!!

 貴様は、俺と闘うに相応しい男のようだ!!」

「フッ……そのセリフはそのまま返すぜ!!」

 豪毅が言うのに、桃はやはり謎の嬉しそうな笑顔で答えた。

 

 ・・・

 

「強い……!」

 私は、思わず呟いていた。

 いや、男塾で過ごしたこの半年以上で、桃の強さはよく判っている。

 けどその桃と、互角に斬り結んでいるこの男は、一体誰だろうか。

 お互いに様子見である筈のこの一連の刀のやり取りで、一瞬でも気を抜けば命取りになるのを、桃は本能的に感じているだろう。

 顔だけは笑みを浮かべているけど、それが示そうとしている余裕が、あまり感じられない。

 本当にこれが、豪毅なのか。

 180越えの長身、太い猪首、分厚い胸板、太く逞しく長い手足。

 引き締まった(おもて)は男らしく精悍で、かつての虚弱で愛らしかった頃の面影は、そこにはない。

 私が手をかけ、体質を変える為に食事を作って食べさせ、乾燥に弱い手指のケアを教え、熱を出した時は手を握って一緒に眠り、時には一緒に勉強もして、5年前に別れた時にはうっすら涙など浮かべたあの線の細い義弟(おとうと)は……きっと、もう、居ないのだ。

 あの闘場で闘っているのは、若き藤堂財閥次期総帥・藤堂豪毅という男。

 

「豪毅様は、姫様の為に強くなったのです。

 姫様がどなたを選ぶにしろ、どうか目を逸らさずに、ご覧になってあげてください。

 今のあの方は、姫様が作られたのですから。」

 そう言って清子さんが、私の肩を優しく抱いてくれ、その時初めて私は、自分が震えていることに気がついた。

 …同時に、先ほど豪毅に付けられた、服の下に隠れた唇の痕が、ちくりと痛んだような気がした。




光を藤堂の義娘に設定した瞬間に、今回の豪毅とのシーンが浮かんでました。
初恋とシスコンこじらせた脳内妄想、長かったです。
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