婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
「…貴様の最期だ、藤堂兵衛!!」
真っ直ぐに睨みつける御前の視線から私を庇うように、桃が折れた刀を構える。だが。
「フフッ、若造が。なにをたわけたことを!!
貴様等ごときに討てるこのわしだと思っているのか!」
…そう。マシンガン装備の護衛達を引き剥がしたところまではいいが、御前には例の
もっとも先ほどから観察する限りこの
よし、そうしよう。
そう思って一歩踏み出す足の前に、障害物が立ち塞がる。
いつの間にか私の周りは今、何故か死天王がしっかりと囲んでいた。いや退けお前ら。
口には出さなかったがそう考えた瞬間、まるで心の声が聞こえたかのようなタイミングで、鋼胴防の上のモヒカン頭が、振り返って私を見下ろした。
「…何考えてるか大体判るが、邪鬼様の御命令だ。
そして死天王の総意でもある。
おまえをこの先へ行かせるわけにはいかん。」
…そういえば卍丸は相手の心理を読む事に長けていると、男爵ディーノが言っていたっけ。
考えてみればこのひとは腕利きのボディーガードで、私は暗殺者だ。
その私の考える事などお見通しというわけか。けど。
あくまで御前の耳には届かないであろう声量で、私は彼らに説得を試る。
「…
この場面は明らかに、あなた方ではなく私の領分です。
素人の出る幕ではありません。」
そう、同じ命のやり取りであっても、これまでの彼らが積み重ねてきた【闘い】とは違う。
形の上でこれは歴とした【暗殺】なのだ。
なのに。
いつの間にか右側に立っていた影慶の言葉が、いつになく熱がこもって耳に響く。
「……俺はあの時言った筈だぞ。
これ以上おまえの手を汚させんと。
その手はこの先、癒す為だけに使うものだと。
他の誰でもない、おまえ自身の為にだ。」
「俺の腕を繋げたのは、飛燕ではなくおまえだったのだな?」
そして影慶の居る反対、左側から伸びてきた手が、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ならば、この手はおまえを守る為に使おう。
この俺の腕が広がる範囲にいるうちは、この羅刹、誰であろうとおまえには指一本触れさせん!!」
言いながら羅刹が一度は切り落とした左手を、私の目の前に持ってきてグーパーして見せた。
更に後ろから、センクウの声もかかる。
「俺の温室で、影慶とデートする約束したんだろ?
ここに来る道中のトラックの中で、一緒に行動してた間の事を色々聞き出したぞ!」
「なっ!俺はただ、おまえのバラの温室を光が見たがったと言っただけで…!!」
「案内してやると言ったのだろう?
手近な場所で済ますのはどうかと思うが、堅物にしてはよくやった方だ。
…そういうわけで、光。
影慶の精一杯の努力を無駄にしない為にも、おまえには生きてもらわねばな。」
…話の入り方は相変わらずデリカシー皆無だが、これがセンクウなりの優しさであると、今は私にも判っている。
こいつらは私に、親殺しをさせまいとしているのだと、嫌でも判ってしまう。
…だが、これでは現実問題として、誰も御前に手を下せないではないか。
睨み合い、膠着状態となっている私たちの頭上から、モーター音が近づいてくる気がする。これは…!
「ここは一時退かねばなるまいて。
今度会う時まで、その首を洗って待っているがよい!!」
恐らくは同じ音を耳にしたのであろう、御前が無防備に私達に背を向ける。
「ふざけるな!
この期に及んで見逃すと思うか──っ!!」
桃がその背に向けて駆け出…そうとした瞬間、それは起きた。
「うっ!!」
瞬間、上空から放たれた無数の銃弾の嵐を、桃は本当に奇跡的に避けた。
「な、なに──っ!!ヘリだ───っ!」
虎丸の叫ぶ声の通り、上空に現れたのはヘリコプター。
私や彼らがこの島に来た時のような大きなものではない、割と一般的な形のそれの側面の扉が開いており、そこにマシンガンを手にした者が立っている。
どうやら銃弾はそこから放たれたらしい。
一度地面に身を倒して、立ち上がった桃の行く手を、再び銃弾の嵐が遮る。
「くうっ!!」
「さあ御前様、早くこれに!!」
マシンガンの男の横から、ばらりと縄ばしごが下げられた。
その端が完全に地面に落ちるのを確認してから、御前の手がそこに伸びる。
…やはり、自分から近づくぶんには、
「と、藤堂のじじいめ!
あのヘリで逃げる気だ〜〜〜っ!!」
「フフッ、では、またな。」
明らかに勝ち誇った顔で、御前は一瞬、こちらを振り返る。
実際、この場で御前を取り逃したならば、男塾にはこの先二度と、彼を討つ機会は訪れまい。
むしろこの場を逃れた御前は、己が権力と人脈の全てを使って世論を動かし、男塾を反社会的組織として潰す行動に出るに違いない。
男塾は反社会的組織ではない!と、胸張って言い切れないところが辛いところだがそれはさておき。
「ま、待て──っ!!」
そもそもここで逃げられては、ここに至るまでの苦労が水の泡。
桃が必死に追いすがるも、その動きはまたも上空から、マシンガンの乱射によって阻まれた。
しかも、致命傷にはならないまでも今度は少し掠ったらしく、先ほど私が治療した桃の身体から血が
マシンガンの男も、恐らく桃を殺そうとまではしておらず、御前に攻撃を加えようとするその動きを、牽制する目的で撃ってきているのだろうが、割とその狙いは正確で、桃がその場から動けずにいる間に、縄ばしごに掴まった御前の身体は、ヘリが動くとともに少しずつ地面から離れていった。
「だ、だめだ、逃げられちまう───っ!!」
だから、私が行くと言ったのに。
この期に及んで未だに私の周囲を固めている4人を睨みつつ、私は歯噛みする。
…だからか、その時ヘリのモーター音とは違う、大きなものが風を切って飛んでくる音に、私は最初、気がつかなかった。
それは小型の飛行機…私はそれほど詳しくないので、機体の種類までは判らないが、恐らくはジェット戦闘機というやつだと思う。
物凄いスピードで向かってきたそれは、姿を確認できたその時には、御前を吊り下げて上昇しようとしていたヘリに突っ込んでおり、諸共にその機体を大破させていた。
「な、なに──っ!!」
縄ばしごに掴まったまま、引き上げられるのを待っていた御前の身体が、重力に従って地面へと引き戻される。
「あ、あれは……まさか──っ!!」
…その時、御前に目を向けていたのは、どうやら私だけであったらしい。
桃の声にはっと我に返り、上空へと向けられたその視線の先に、反射的に自分も目を向ける。
バラバラになって落ちたヘリと戦闘機の残骸が未だに上げる黒煙の中、ゆっくりとなにかが降ってくるのが見えた。
徐々に近づいてくるそれは、パラシュートで降りてくる人の姿だった。
その人物が、地面に足をつけ、膨らんだ布が、倒れるように地に落ちる。
降り立つと同時に素早くパラシュートを外したその
「塾長───っ!!」
・・・
「……光。塾を発つ前に貴様がわしに何をしてくれたか、わしは忘れてはおらぬぞ?」
全員が茫然と立ちすくむ中、こちらを振り返った塾長が、ギロリと私を睨みつける。
え……私、何かしたっけ?
一瞬、ほんとにそんな事を思ってから、はたと思い出した。
このひとと最後に話をしたのが、例の
いや、あの後教官達に泣きながら説教されたし、無駄に命を賭けずに済んだんだから別にいいじゃん…とは、さすがに言えない。
ていうか、なんかこの場の全員の視線が私に、『おまえ一体何したんだ』と問いかけている気さえして、なんだかとてもいたたまれない。
赤石にだけは、行きのヘリの中で説明していたから、忘れてなければ彼は状況を知っていると思うが。
「うっ……そ、その件は、大変申し訳なく…」
「…わしの事をちゃんと呼べたなら、特別に許してやらんでもないが?」
「は?………あの、塾ちょ」
「もう忘れたか?わしが、貴様にだけ許す呼び名が他にあるであろうが?」
言って塾長は、何故か自分の首筋を、指でとんとん叩いてみせる。
そうだった。確か、あの時は……
「申し訳ございませんでした……………父上。」
……御前の目の前でその呼び名を口にする事に、胸の深いところがちくりと痛んだが、私がそう呼びかけると同時に、塾長は満足気にニヤリと笑った。
☆☆☆
「……久しぶりだな、藤堂。
いや、元サマン島副司令、伊佐武光。」
そんなやりとりが無かったかのように、塾長はすぐに表情を引き締めたかと思うと、強い視線を御前に向ける。
「…フフッ、江田島よ。
よもや貴様が、この小童どもの親玉だったとはな。」
塾長が現れた事に、完全に度肝を抜かれていた御前は、どうやら今の私たちの会話の間に平静を取り戻していたようで、ニヤリと厭な笑みを浮かべた。
「終戦後、時の合衆国大統領に『EDAJIMAがあと10人いたら、アメリカは日本に負けていただろう』とまで言わしめ、一度は内閣総理大臣の地位すら手にした貴様が今、なぜ名も知れぬ私塾の塾長などを。
……聞いたところで、詮無きことか。
貴様の行動原理など、わしには一切理解できぬ。
まあ、
恥ずかしながらそやつは、男を誑かすのが得意でな。」
恐らくはこっちを動揺させる為だったのだろうが、その言い分に、思わずカッと顔に血が上る。
間違っちゃいないけど!
その手管は全部あなたに教わった事じゃないですか!!
「くだらん。
女に誑かされるのも、男の甲斐性であろうが。
…この辺の機微は、所詮貴様には判らぬ事よな。」
だが塾長は軽く肩を竦めたのみで、御前のその言葉を一蹴した。そして。
「退がっておれ、光。
貴様等も、一切の手出しはまかりならん!!
観念するがいい藤堂!!
貴様の体、肉片ひとつ残さず地獄へ
言って身につけていた単を羽織とともに、引きちぎらんばかりに脱ぎ捨てた塾長の、銃創痕が浮き出た上半身から迸る闘氣が一瞬、私の肺を圧迫した。
「おもしろい。
このわしと、サシで決着をつけるというのか。」
その瞬間、本当に面白そうに御前は笑った。
孤戮闘を出て藤堂家に引き取られて以来、恐らくは息子達以上に身近に彼の側に置かれていた私ですら、そんな表情を見たのは初めてだったかもしれない。
「世間の奴等は誤解していよう。
わしのことを、金と権力だけを笠に着る、ヨボヨボのひ弱な年寄りだと。
だが、それは大きな間違いだ!」
言いながら御前が、塾長に倣うように袷と羽織を脱ぎ捨てる。
更に
…年齢の割に柔軟な筋肉としっかりとした体幹を持つ御前でなければ、先ほどヘリの縄ばしごが切れて上空から落下した際、咄嗟に身体にかかった落下速度と衝撃に耐えて、二本の足で地面に降り立つ事など、恐らくはできなかっただろうと思う。
只人ならば降り立てたとしても、最低でも足首の骨折は免れなかった筈だ。
先天的な身体能力自体が相当なものであり、またそれを鍛え上げて更に能力を高めている御前の肉体は、いつも身につける質素だが上質な和服の上からでは解りにくいが、実は相当な年齢詐欺なのだ。
「わしの最大の武器は、この肉体だ!!
返り討ちとなるのは貴様よ、江田島!!
さあ、どこからでも来るがいい!!」
その年齢詐欺の肉体を見せびらかすように構えをとった御前は、塾長を睨みつけながらも、その目には余裕と興奮が同時に現れており、この闘いを楽しむ気である事が、はっきりと見てとれた。
……なんとなく、邪鬼様と戦う事になった時に覚えた自身の感情…やけに気分が高揚したわけが、今になってようやく判った気がした。
なんだかんだで私の身体にも、このひとと同じ血が流れているのだ、という事実が。