婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜 作:大岡 ひじき
「ごめんなさい…卒業したら、返してあげる約束だったのに…。」
一番大きな桜の木の下で、今作ったばかりの土饅頭を見下ろしながら、私は頭を下げる。
だが、すぐにむにむにした肉厚な手が私の肩に置かれ、いま下げた頭を上げさせられた。
見上げた丸い顔が横に振られる。
「……この子ね、俺の6歳の誕生日に、親が買ってきてくれたんです。
雛の頃から俺が育てて、大きくしたんですけど、そろそろ寿命だったんですよ。」
…昨日の晩はまだ綺麗な声で鳴いていたピーコちゃんが、鳥籠の底で止まり木の下に落ちて横たわっているのを発見したのは今朝早くの事だった。
慌てて籠を開けて中から掴み出したその身体は、体温の高い小鳥にはあり得ないほど冷たくなっており、既に息がないのは明らかだった。
恐らくは男根寮の朝食が終わっただろう時間まで待って寮に電話をし、椿山を呼び出してもらって事情を説明して、今日は少し早めに登校して授業の前に私の執務室に来てもらえるよう頼んだところ、息を切らしてその10分後にはもう来ていて、私の身支度が整わないくらいだった。
執務室で合流した椿山にピーコちゃんの最後の顔を見せ、白いハンカチに包んでこの桜の下に葬ったのがつい先ほどのこと。
お線香などは用意できなかったので、せめて二人で土饅頭に手を合わせ、ほぼ同時に手を下ろした椿山と顔を見合わせた瞬間、つい謝ってしまったのが、冒頭からの流れである。
「俺もピーコちゃんも、光さんにはむしろ感謝してるんですから、謝らないでください。
だって光さんに助けてもらわなかったら、ピーコちゃんはあの時に死んでたんですよ?
それがこうして寿命を全うできたんですから、万々歳なくらいです。
ありがとうございます、光さん。」
傍に置かれた空の鳥籠を持ち上げた椿山は、そう言って太い首をすくめ、唇に笑みを浮かべた。
「…泣いても、いいんですよ?」
やけに穏やかな表情を浮かべる椿山に、私はついそんな事を言ってしまう。
確かに以前に比べれば泣かなくなった椿山だが、それでもピーコちゃんはずっと彼の心の支えだった筈だ。
あの竹林剣相撲の後、豪快キャラを一時的に演じていた彼だったが、虚勢をはらなければ悲しみに潰されそうだったからだと、後になってから聞いた。
だとしたら、今回もそれが必要なんじゃないかと思うんだが、今を見る限りそうなっていない分、逆に彼の繊細な心が心配になった。
「光さんが我慢してるのに、その目の前で男の俺が、泣くわけにいかないでしょ?」
…だが、返ってきたのは意外な言葉だった。
少し低めの落ち着いた声音に、思わずドキリとする。
なんというか、すごく痛いところを突かれた気がして、思わず顔を背けた。
「そんな、事」
「目、腫れぼったいですよ。少し泣いたんでしょ?」
だが、椿山のぷっくりした掌が、頬に当てられたかと思うと、背けた顔をまた真正面に向けられた。
……これ以上隠すことはできそうにない。
「…出来れば、気付いて欲しくはなかったのですが、ね。」
ここに来る以前の私であれば、小動物が死んで泣くなんて考えられなかった事だ。
ちょうどあのくらいの大きさのスズメの丸焼きだって、ターゲットとのデートで連れて行かれた焼き鳥屋で食べたことがある。
スパイスや油たっぷりのフライドチキンなんぞより、こちらの方が好みなくらいだ。
もっとも、平気な顔で頭から丸かじりしたらターゲットに、自分で勧めたくせにドン引きされた。
一般的な女の子はこれに一旦は躊躇しなければいけないのだとその時初めて知った。
…それはさておき、多分私と寮長の、あの時点での『小鳥』に対する意識に、大した違いはなかったと思う。
ただ、私には椿山に対して何も含むところはなかった上に、あの時私に縋り付いて助けを求めてきた塾生の、あまりにも哀れな様子に絆されただけで。
その私が、毎日餌や水を与え籠の掃除をして、自室を長く空ける時は幸さんに預けたりもしたが、基本この1年足らずの期間世話をした事で、自分が手をかけなければ生きられない存在というものに、いつの間にか情を移していた。
そして、なんの前触れもなくその死に直面した時、先の天挑五輪の中で死というものに嫌悪感を覚えてしまった事もあり、気がついたら涙が溢れてしまっていた。
…私からの呼び出しに対し、思ったより早く来てしまった椿山に焦った私は、白目の充血だけはツボ押しと目薬で引かせたものの、腫れたまぶたを誤魔化すメイクをするだけで精一杯だった。
もう少し時間があれば冷やすなり強制的にリンパを流すなりなんなりもできたのに、その時間がまったくなかったのだ。
「あなたには及ぶべくもありませんが、私も1年近く、この子と一緒にいましたからね。
少しだけ、情が移ってきていたようです。」
しなくてもいい言い訳をしてしまう私に、椿山はフッと笑いかけた。
しかし次の瞬間、妙に真剣な表情になって、つぶらな目が私をじっと見つめる。
「……俺も1年近く、光さんを見てきたんですよ?
気付かないわけがないでしょう。
…改めて言います、光さん。俺は、あなたのこt」
ブォン!
ブォンブォンブオォン!
ブオォンブォンブォンブォン!!
ブォ──ンブォンブオォ──────ン!!!
…何か言いかけた椿山の言葉を遮ったのは、唐突に轟いたバイクの空ぶかしの爆音だった。
「だ────っ!やっかましいわ────っ!!」
その公害とも言える騒音に一瞬にしてブチ切れた私は、椿山を突き飛ばすようにしてその場を離れると、その騒音の発生源に向かって駆け出した。
……まあ、和服姿なので早足程度だ。
「ひ、光さん〜〜!!」
後ろの方から椿山の、泣くような叫びが聞こえてきたが、気のせいだと思うことにした。
今や最愛のピーコちゃんが死んでも泣かなかった男が、私に突き飛ばされたくらいで泣くわけがない。
☆☆☆
音を頼りにたどり着いた広い校庭の中ほどに停まった大きな一台のバイクは、それにまたがった学帽の男によって、騒音と共に排気ガスを撒き散らしていた。
学帽の襟足から長い髪が垂れており、後ろ姿から一瞬富樫かと思ったが、よく見ると学帽はまだ新しいし、身につけている上衣はうちの制服ではなくレトロな学生マントだった。
履いているのも靴ではなく下駄のようで、所謂蛮カラと呼ばれるファッションに近い。
…こんなのを着てバイクに乗って、裾が巻き込まれないのかとつい余計な心配をしてしまったが、今は他に言わねばならない事がある。
「ちょっと!そこのひとり暴走族!!
どっから入ってきたんですか!」
「…誰がひとり暴走族だ。」
ビシッと指差してその背中に声をかけると、男はアイドリングを止めて、ゆっくりと振り返った。
目深に被っている帽子の庇を上げて、一瞬目を瞠いたその顔は、精悍だがどこか幼さも残した、レトロファッションに似合わぬ今風のイケメンだった。
…ううむ。髪を切ってもっとすっきりとした服装をすれば相当モテるだろうに、実に勿体無い。
うちの豪毅の圧倒的な清潔感を見習うといいと思う。
(注:あくまで光の基準と好みと姉の欲目です)
それはさておき、
「ここは男塾の敷地内で、関係者以外立ち入り禁止です!
直ちに出て行きなさい!!あと近所迷惑です!!」
「俺は男塾の塾生だ。といっても春からだが。」
私の告げた要求に対して、青年がめんどくさそうに返してきた言葉に、私は一瞬固まり、意味を理解するのに数瞬の間を要した。
そういえば先日、入塾試験を行なっており、合格者に対して、改めて入塾に関する要項をまとめた書類を、昨日各自の自宅宛に郵送したばかりだ。
「……なるほど。新学期からの一号生でしたか。
入塾試験、お疲れ様でした。
私はここの職員で、塾長秘書兼事務員の、江田島光と申します。」
…あとから聞けば、試験は阿鼻叫喚を極めたものであったという。
内容は、リボルバー式の拳銃に1発だけ弾丸をこめて、自分の頭に向けて引鉄を引く、所謂ロシアンルーレットだった。
ちなみにロシアンルーレットの正式ルールでは、弾丸が出そうな予感がした時のみ、誰にも当たらない宙に向けて撃ってもいいことになっている。
その場合、予想通り弾丸が発射されたなら、判断が正しかったとしてその者の勝ちとなるが、発射されずにシリンダーが回ったら、単に怖気づいただけであるとして負けという判断になるのだ。
大体の子は引鉄すら引けずに逃げ、または宙に向けて撃って弾丸が出ずに不合格となったそうで、死者はひとりも出なかったらしいが、1人だけ宙に向けて撃ったそれから弾丸が発射され、そのまま立っておれば合格だったものを、驚いて逃げ出してしまい不合格となった者がいたらしい。
気持ちはわかるが勿体無い事だ。
勿論、合格者はまともに頭に当てて引鉄を引き、無事生き残った者のみで、結局受験者のうち1/3程度しか残らなかったそうだが、どうやらその中にひとり、とんでもない奴がいたらしい…、
「なんで男塾に女がいるのかと思ってたら事務員だったのかよ。
けど試験の時にゃ見なかったな。」
と、塾長や教官に聞いた話をそんなところまで思い返していたら、青年が訝しげな視線を私に向けて言ったのが耳に入ってきた。
慌ててその目を見返し、答えを返す。
「その日は、あなた方新入生の入る寮の清掃をしておりました。
そういった雑用も時折受け負っておりますので。
…ついでに言えば、先ほどのような近所迷惑が生じた際に、近隣住民のお宅に謝罪行脚を行なうのも、大体私の仕事です。」
「…そりゃ悪かった。」
私の嫌味に対して、青年は意外にもそう言うと、跨っていたバイクから降りて軽く頭を下げた。
思ったより素直なその態度に、少し笑いそうになって慌てて表情を引き締める。
「…ところで、今日は何をしにここへ?
まだ授業開始前ですが、下見でしたら後日に願います。
昨日、入塾及び入寮に関する案内状を御自宅宛てに郵送させていただいてますので、早ければ今日にでも届く筈です。
その中に寮の事前見学可能な日程も記載されておりますので、希望するのであれば内容に従って、電話または郵送で希望日程の申し込みを行なってください。
尚、FAXでの申し込みは受付けておりません。
というかうちFAX無いんで。
ちなみに一、二号生の入る男根寮は、ここの2丁向こうの建物で、近くまで行けばすぐに判ると…」
「寮の見学なんざどうでもいい。
俺は、総代に会いに来たんだ。
この男塾の
だが、春からピカピカの新一号生になる青年は、次にはなかなかに大それた事を言い出した。
「総代に、挑戦するということですか?」
思わず問うと、見上げた顔が微かに頷く。
「……ならば、新学期が始まってからの方が。」
なので、現実を教えるべく私はそれを告げた。
青年が再び目を瞠く。
「…何故だ?」
「桃……総代は先の天挑五輪の流れからの休養期間中で、ここで待っていても登校してきませんから。」
「……………!」
私の言葉に、青年は背後に『ガーン』という書き文字が見えるような表情を浮かべた。
やっぱり、待っているつもりだったらしい。
わかりやすいというか、ちょっと可愛いなコイツ。
「それに、これは本人に確認しなければ判らないことですが、現時点では入塾前、『合格内定』でしかないあなたの立場では、挑戦を申し出ても断られる可能性があります。
正式に『塾生』となってからであれば、総代がそれを拒むことは許されなくなりますので、逃げ道を塞げる分面倒がな……いえ、確実かと。」
「今、面倒がないとか言おうとしたよな!
……まあいい、判った。」
青年は一旦はつっこんだものの、次には明らかにがっかりして肩を落とした。
多分、すごく気合入れて臨んでいたに違いない。
なんだか可哀想になってきた。
「失礼ですが、あなた、名前は?」
「……東郷、総司。」
とうごうそうじ。
なんか最近聞いた響きであるような気がする。
けどちょっとうちの弟の名前、『とうどうごうき』と音の響きが被る事もあり、私の中に生じたのがどっちの感覚であるのか、瞬時には判断できなかった。
…ので、私はそのどちらをも、頭から締め出す事にした。
「覚えておきます、東郷。
……ところであなた、今日この後に、なにか予定はありますか?」
男塾総代に決闘を申し込むつもりでいたのであれば、その後に用事を入れる事はないだろうが、念の為確認しておく。
「……は?」
「もしただ帰るだけならば、商店街の近くまで乗せてってもらえないかと思って。
帰りまで送れとは言いません。
置いていっていただければ充分ですから。」
今の時間なら、ここから乗せてもらう事ができれば、開店時間ぴったりくらいに着けると思う。
そこから買い物して歩いて帰っても、私の勤務開始時間を、そうそう過ぎる事はない筈だ。
「…ここいらの商店街ってのは、確か駅の方に向かう途中にあるやつだな。」
「はい。仏具屋さんで、お線香と蝋燭を買いたいのです。」
「線香と蝋燭?墓参りにでも行くのか?」
「似たようなものですね。駄目でしょうか。
無理なようでしたら諦めますが。」
「……別に構わねえが、その格好でバイクに乗れるか?」
「すぐ着替えてきます!よろしくお願いします!!」
…かくして、久しぶりに男塾の制服に身を包んだ私は、彼のバイクの後ろに乗せてもらって買い物へ向かう事になったのだが。
……この後にまさかあんな事になるなんて、無関係の人を巻き込んでしまう事になるなんて、私は知らなかったのだ。
というわけで、原作よりひと足先に東郷くん登場です。
正規の手順を踏んで入塾した新入生であるという事で、この作品の彼は、原作よりも若さを強調した年下キャラになってます。
ご了承ください。