婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜 作:大岡 ひじき
まだまだ復活したとは言い難いですが、少しずつ上向いております。
多分(ヲイ
「……つまり、私を人質にして藤堂財閥に、孤戮闘の資金を加増するよう訴えるつもりであったと。
それは、随分と杜撰な計画ですね。
それで豪毅を動かせると思ったのだとすれば、随分と馬鹿にした話ですが。」
捕らえた男を目覚めさせて、どういうつもりでこんな事をしたのかを吐かせてみたところ、なんともいえず微妙な答えが返ってきて、私は半目になりながらも状況を整理した。
ちなみに今いるこの場所だが、商店街から程近くに倉庫が並ぶ一角があり、その中のひとつであるらしい。
「人質だなどと!
一応は交渉材料として使わせてもらうつもりでいたが、こちらには貴女を傷つけるつもりはまったくなかった!!」
私が聞いた情報を端的に纏めた言葉に、なんだかわからんけどムキになって返してくるのは、例の孤戮闘の男。
まあ用意されていた手錠(今はこの男に対して使用している)に巻かれていたフェイクファーの布の存在も、万一にも私を傷つけない配慮だったと思えば、百歩譲って納得はいく。
けど交渉に使うつもりでって…世間一般ではそれを人質って言うんですけどねえ。
…それはさておき状況はこうだ。
孤戮闘を運営しているのは藤堂兵衛直轄の裏組織だが、実際に管理しているのはそれを委託された別組織らしく、男はそこの幹部であるという。
そんな彼らが例年通り、今年も候補となる子供の人数が集まって、開始できる運びになったところで、今回の突然の総帥交代。
開始の連絡を入れたものの、それからはや一ヶ月、資金の振込どころか了承の連絡すら来ず、このままでは孤戮闘だけでなくそこに関連する全ての事業から全面撤退せざるを得ない状況なのだそうだ。
どんだけ自転車操業なのよ…と思ったが、そもそも孤戮闘には候補を集めるところから修了者を闘士として育てるまでに莫大な資金がかかっており、毎年開始時期に数億を超える金額が振り込まれるものの、その資金総額を考えれば、彼らのもとに利益として残るのはその3割にも満たないらしい。
それすら今回は期日を過ぎても一向に入ってくる気配がなく、仕方なく催促の連絡をしてみれば、現当主に会わせてもらうどころか門前払いされ、そもそも現当主である豪毅まで話が行っているかすら疑わしい状況だという。
こうなればせめて当主に会ってもらう状況を作らねばと焦っていたところに、たまたま見知っていた藤堂家に勤務する男性の、子供を誘拐しそれを人質に、藤堂家の情報を吐かせて存在を知った、私の拉致を命じたという事らしい。
世間的には、御前の死亡はまだ公表されてはいない。
なのであわよくばこの件によって豪毅を退任に追い込み、藤堂兵衛を再び総帥に戻せれば、それがベストだと考えてもいたのだろう。
「…まさか『藤堂の姫様』と呼ばれて、奥にしまい込まれた深窓の令嬢が、我々が送り出したひとりであったとは、まるで思いもしなかったが。
随分と『出世』していたようで、何よりだ。」
恐らくは仲間意識に訴えようとして無理矢理浮かべたのだろう、気安げな表情が男に浮かぶ。
この様子では、私が孤戮闘修了闘士であった事には気がついたものの、その時私に何をしたかは覚えてもいないらしい。
全身がぞわりとする感覚を覚えながらも、それに耐えて私は男を睨みつけた。
「私は藤堂家からの『持込み』だった筈です。
あなた方は、言ってしまえば私に箔をつける舞台を用意しただけ。
そして勝ち残った後も、私は特別に御前自らの手で修行の仕上げを施されて、あなた方の薫陶など何ひとつ受けてはおりません。
まるで私を、自分たちの手で作り上げたような言い方はやめていただけますか。」
この期に及んで、自らを藤堂家の者とする発言もどうかとは思ったが、こいつらにとって私は未だ『藤堂の姫様』なのだ。
余計なことを言えば話がややこしくなるだろう。
私のひと睨みが効いた訳ではなかろうが、彼がその軽い口を閉ざすと、もう一人の方が顔を青ざめさせたまま、私に向かって言葉を発してきた。
「わ、私は協力しなければ、息子を孤戮闘に放り込むと言われて、仕方なく…!」
どうやら言い訳をしたかったようだが、勿論私がそれに納得する筈もなく。
「どうしてその時点で、豪毅にそれを訴えなかったんですか?
彼を侮ったという点では、あなたもそこの男と同じです!」
「うっ……!」
…つまりはこれら一連、新当主としての豪毅の足元の地盤が、未だ固まっていないという典型的な事例なのだろう。
彼の
「…まあ、今はそこは置いておきましょう。
貴方、お名前は?」
「は……わ、私は
「では藻部さん。
今から手紙を書きますので、貴方はそれを藤堂家の、森田清子さんに届けてください。」
清子さんがコロシアムから藤堂邸の勤務に戻されたという話は、先日豪毅から届いた手紙で伝えられて知っている。
「くれぐれも誰かに託す事なく、本人に直接お渡しして、用件が済んだら速やかにこちらに戻って来るように。
私はここでお待ちしています。
…まさかそんな事は考えないでしょうけれど、このまま逃げようなどとは思わないでくださいね。」
言いながら、制服の内ポケットから懐紙とボールペンを引き出す。
「も、勿論です!
私も、息子の命がかかってますので。」
藻部と名乗った男は、私の言葉にこくこくと肯いた。
その反応を視界の端に捉えながら、私は紙の上にペンを走らせる。
その途中で、一度だけ孤戮闘の男の方に視線をやり、呟くように告げた。
「そちらの貴方は、彼が戻るまでの間、ここで私と待機です。
戻った彼の報告を伺い次第、貴方の組織の…恐らくはこの計画の結果を待っている人たちのところまで、私達を案内してもらいます。
彼はともかく、私に対しては元々そのおつもりだったのでしょうから、問題はありませんよね?」
そんな私の言葉に、男は驚いたように目を瞠く。
脅されていた藻部を送り出して、孤戮闘の男と2人きりになった私は、彼が抵抗を試みた場合すぐに対処できる距離をキープしつつ、待機の体勢を整えた。
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「…貴女はどうやら我々の組織に乗り込むつもりらしい。
ですが、それをしてどうされるおつもりですか?
我々を敵に回して無事でいられるとでも?」
そうやって過ごして1時間半ほどが経過した頃。
それまで黙っていた孤戮闘の男は私に問いかけてきた。
「…あなたは組織の、少なくとも幹部のひとりでしょう。
あなたを人質に乗り込んでいけば、ある程度まではどうにかなると踏んでいますが、違うでしょうか?
……答えなくて結構。
この状況であなたが口にする言葉が、どこまで信用できるかなんてわかりませんものね。」
私がそれを決めたのは、現時点で候補が集められているという情報が気にかかったからだ。
それは下手すれば既に孤戮闘開始の前段階、子供たちを飢えさせる過程に入っている可能性があるという事であり、つまりはこのまま彼らが孤戮闘事業の撤退を決めてしまうと、その状態のまま子供たちが、見捨てられる状況になりかねない。
一時でも豪毅を裏切ろうとした藻部の息子の事とか正直どうでもいいし、積極的に助けなければならない義理はないが、聞いてしまったからには無視もできまい。
何より、こんな非人道的な事業と、これから豪毅が背負って立つ藤堂財閥を、この先も関連させておくわけにはいかない。
あの子は明るい世界を、堂々と渡っていくべきなのだ。私と違って。
…半分は私自身の恨みの感情も入っているが、とにかくこいつらは私の手で、何がなんでも潰しておかなければならない。
「…ただ、これだけはお忘れなく。
私はいつでもあなたを殺す事ができる。
下手な事はなさらないのが身の為です。」
目を合わせるのも嫌だったが、敢えて男を真っ直ぐに見返しながら、私は言葉を返す。
私の能力を身をもって体験した筈の男は、なぜかそれに対して厭な笑みを浮かべた。
「そもそも、乗り込む事ができるとお考えでしたら、いささか甘いと申し上げていますが?」
「……なんですって?」
「貴女の仰る通り、私は幹部のひとりです。
その私の動向を、組織の上部が把握していないとでも?」
「それは、どういう意味ですか?」
私が問うと、男は馬鹿にしたように喉の奥で笑う。
「私の位置情報は、我が組織が古来より守り続けてきた秘技により、常に組織に把握されているのですよ。
そして一定時間以上連絡も無く、同じ場所に留まっていれば、その状況は不自然なものと判断され、その時点で私の現在位置へ、人員が派遣される手筈になっています。」
「それは…まさか!!」
古代中国の軍隊で密かに開発された、互いの氣を同調させる事で、離れた相手の居場所を確認できるという秘技。
これによりはぐれた仲間を見つけ出す事や、裏切りの証拠を押さえる事などが可能となる為、時の将軍はこの技を全兵士に修得させる事を推奨したが、軍全体の兵士の氣を全て同調させる事が事実上不可能であった為、その有用性も次第に廃れていったという。
現代において衛星を使った位置情報システムをGPSと呼ぶが、その発想がこの技からのものであることは言うまでもない。
「…そして、その一定時間はとうに過ぎている。
先ほどからうちの兵隊の氣がこの近くまで来ている事を考えれば、ここに辿り着くのも時間の問題。」
そう言って笑みを深くする男を、私は睨みつける。
「……へえ。で、それが何か?
私は今この瞬間にはあなたを殺す事ができます。
それこそあなたのお仲間が、私たちを見つけるよりも早く。」
「御気丈な事だ。
だが私を殺したところで状況は変わらず、多勢に無勢で、結局は貴女は捕らえられる事になる。
孤戮闘修了闘士である藤堂の姫君とて、一人でこの局面を打破できるとは思いますまい?
…先ほども申し上げた通り、私は貴女を傷つけるつもりはない。
大人しく捕まってくだされば当初の予定通り、藤堂財閥の総帥への、交渉材料として使わせていただく為、穏便に本部へお連れいたしましょう。
貴女自身、そのおつもりだったのでしょうから、問題はありませんよね?」
先ほど私が言った言葉をそのまま真似して、孤戮闘の男は勝ち誇ったように笑った。そして。
バンッ!!
閉じられていた扉が開かれ、申し訳程度の灯りしかなかった倉庫内に、一気に入ってきた外の光に、目が眩む。
辛うじて見えた数人の人影が、真っ直ぐこちらに向かってきて……次の瞬間起きた事を、私はすぐには把握できなかった。
「…ただいま戻りました、姫。」
「へ?……あ、お疲れ様です。」
目を眩ませる光をさり気なく遮るように立ち、私の顔を覗き込んで声をかける男の顔は、先ほど送り出した藻部と名乗った中年男の顔だ。
「…あの、藻部さんには、文使をした後ここに戻るよう言ってあった筈ですが。」
「ええ。その通りに戻って参りました。」
「では、本物の藻部さんはどこに?」
私の問いかけに、戻ってきた男は一瞬固まった。
それからわざとらしく肩をすくめて、息をひとつ吐く。
「……一目で見破ったか。
おまえ、実は結構、俺のこと好きだろ。」
くだらないことを言いながら、男は自分の頭に手を持っていくと、頭頂部の髪を無造作に掴んだ。
躊躇いなく根本からむしり取った鬘の下から、プラチナブロンドの長髪が現れる。
更に懐から取り出したハンカチで顔を拭い、瞳を覆っていたカラーコンタクトレンズも外す。
艶のない肌が若くハリのある、更に日本人にはあり得ない透き通るような白肌に、黒かった瞳も本来のブルー・グレーに戻り。
最後にぐっと関節を伸ばすと、先ほどまでのしょぼくれた中年男性の姿はなく、そこに居るのはすらりと細身で背の高い北欧系の、私にとっては顔馴染みの美青年だった。
「あなたもそういう気色悪い冗談を言うんですね、紫蘭。」
「気色悪いは余計だ。」
私の軽口に、紫蘭はいつも通り嫌そうに言葉を返してくる。
ようやく落ち着いて周囲を見れば、先ほどまで孤戮闘の男を置いていた場所に、3人ほどの人影が立っており、そちらは光が届いておらず顔は見えない。
だがその足元には意識を奪われたらしい孤戮闘の男と、外から引きずってきたらしいその仲間たちが、まとめて拘束されて横たわっていた。
「おまえが寄越したあの文使は、森田がおまえの頼んだものを取りに行っている間に、俺が捕縛して
今頃は改めて事情を、豪毅総帥の前で吐かされている頃だろうな。
どちらにしろおまえをそいつに引き渡せば、あとは用済みで始末されるだけの男だろうが。
いや、そうなりかかったのをおまえが助けた、くらいのところか、今は?
所詮その程度の男、おまえと一緒に行動しても足を引っ張るだけだ。
…俺たちの方が、頼りになるのではないか?」
「俺『たち』……?」
問い返しながら、見るともなしに先ほどの人影の方に目を移す。
その人影が、こちらに歩み寄ってきて、先頭の人物が頭を下げた。
「光どの。無沙汰を致しております。」
「……え?」
「こんにちは。御無事で何よりです、光。」
「フン…どうやら、また妙なことに巻き込まれてやがるみたいだな。」
「またってどういう意味ですか人聞きの悪い!
……それよりもあなた方、どうしてここに?」
最初に言葉を発したのは三面拳・雷電。
更に同じく三面拳・飛燕。
最後に何か失礼なことを口にしたのが彼らを束ねる、伊達臣人。
天挑五輪大武會後の休養期間、外泊許可を取って塾を留守にしていた筈の、