婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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Jの本名は「天より高く」の方を採用してます。
キング・バトラーって、連載時にリアルタイムで読んでた時点で、リングネームくさいと思ってたんで。パパの本名は捏造。


2・孤独のHERO

 キング・バトラー。

 ボクシング世界ヘビー級チャンピオン。

 本名:バート・レディング。

 俺の……父親。

 

 俺は13歳の時、父を喪った。

 宿泊したホテルで火災に巻き込まれ、父は俺を助ける為に…逝った。

 母を早くに亡くし、父ひとり子ひとりだった。

 その後は親戚の間をたらい回しにされ、その期間俺は、少し荒れた。

 何故俺を残して死んだと、父を恨む気持ちもあった。

 そして父の死に様を思い出しては、そんな気持ちを抱く自分を責めた。

 最後に母の従兄弟だというボストンの親戚のところに連れて行かれ、そこで生活を始めた頃に、そいつに出会った。

 俺より3歳年下のその日本人の少年は、こっちに来て覚えたというボストン訛りの英語で「カール」と名乗った。

 日本式の発音では「ka-o-ru」らしいが、今の家族からはそう呼ばれているからと。

 今の家族、というからには、日本人である事からも明確であるが、一緒に暮らしている一家とは血縁関係ではなかった。

 何でも心臓の手術の為にこっちに来て、入院中に実の両親が亡くなったとかで、今の家族は実の母親の友人夫婦と、その幼い娘だという。

 彼に声をかけられたのは、ボストン市内の小さな公園。

 拳で、舞い散る木の葉を打つトレーニングをしていた(半分は動きによる風圧で俺の拳をすり抜けていったが)時。

 

「You will be very strong.

 I look and understand it!

(すっごく強いでしょ?見てわかるよ!)」

 

「Sure thing.

  I am a son of King Butler.

(当然だ。俺はキング・バトラーの息子だからな)

 

「Really?I’m Curl.

 Nice to meet you,King Butler,Jr.

(マジ?オレはカール。よろしくね、キング・バトラーJr.」

 

「…My name is Jack Redding.

(俺の名はジャック・レディングだ)」

 

 そんなふうにして始まった友誼。

 カールは、人の心にすんなり入り込むような、不思議な魅力を持った少年だった。

 気付けば俺はこの少年に、誰にも言えなかった心の中の葛藤を、すんなり話してしまっていた。

 

「…そうだよね。死ぬ側はいいよ。

 後のことなんか考えなくて済むんだから。

 残された側は、思うよね。

 守るって言うなら生きて守れよって。

 一人きりで放り出すなら、一緒に死なせてくれれば良かったのにって。

 でもさ、オレ、死ぬ側の気持ちも判るんだよ。

 オレが死んでも、生きてて欲しいって、理屈じゃないんだよね。

 感情だけが、突っ走るの。

 突き詰めれば結局は『おまえのことが大好きだ』っていう感情だけが、さ。」

 これが、13歳そこそこの少年が言う台詞だろうか。

 だが、俺はこの言葉で救われた気になったものだ。

 父は俺を愛してくれた。

 気付いてみれば当たり前の事だ。

 だから、考える前に身体が、そう動いてしまった。

 俺を助けたい、ただそれだけの為に。

 そう、素直に思う事ができると、父が守ってくれたこの命、精一杯に生きようと思えた。

 

「カール、俺は、おまえが最初に呼んだ、『キング・バトラーJr』を名乗ろうと思う。」

 俺がそう言うと、カールは笑いながら、少し考えるように、言葉を返してきた。

 

「それもいいと思うけど、いきなりだと、誰も呼んでくれなくない?

 まずは『J』とでも名乗ってみれば?

 ジャックのイニシアルだけど、実際にはJrの『J』だよって感じで。」

「J、か。悪くないな。」

「うん、カッコいいと思うよ、ジャック。」

「おまえは呼ばねえのかよ!」

 そんな俺たちの交誼も、それほど長くは続かなかった。

 俺は17歳になってすぐに、アナポリスの海軍兵学校に入学する事になっていたから。

 いつか再会できる日を楽しみに、と俺たちは別れの挨拶をした。

 その時にふと気になって、守って死んだ側と守られて生き残った側、どちらの気持ちも判るという考えに、どういう経緯で至ったのか、訊ねてみた。

 カールは少し考えてから、淋しげに笑ってこう答えた。

 

「日本を離れるちょっと前に、妹…血の繋がった、双子の妹の方ね。

 それが泣きながら、オレの寝てる部屋に飛び込んできたんだよ。

『わたしの心臓をお兄ちゃんにあげる』って。

 その時、妹を養子に出す条件で、オレの手術費用を出してくれるって人がいて、でも妹はオレと離れたくないって言って、あの子なりに考えて出した答えだったんだろうね。

『わたしの心臓をお兄ちゃんにあげれば、わたしが死んじゃっても絶対に離れなくて済むでしょう』ってさ。

 その時、オレ言ったんだ。

『オレは、オレが死んでも、おまえが生きてる方がいい』って。

 …あの時の、妹の顔は、今でも忘れられないな。

 安心したような、それでいて絶望したような、どっちともつかない顔。

 結局、あれが最後に見た妹の顔だったし。」

「おい、まさか…」

「ご心配なく。妹は生きてるよ。

 オレが手術を受けられたのが、何よりの証拠だろ?

 妹は結局、どっちも生き残れる方を選択して、オレを助けてくれた。

 でも半身と別れて、オレたちはお互いに半分ずつ死んだ。

 だからだと思ってるよ。

 死んだ側生き残った側、どっちの気持ちも判るってのは、さ。」

 

 ☆☆☆

 

 赤石の言葉に、さっき会った男「J」が急に気になり出した私は、二号棟へ行くのを中止し、講堂の方に向かう事にした。

 桃にはひょっとしたら怒られるかもしれないけど、なんとなくだが直感的に、あの男が今いる留学生のリーダーである気がしたし、ならばあの男は、他の留学生がもし私にちょっかいをかけようとしても、それは止めてくれるような気がした。

 

「ひ、光──っ!」

 私が講堂に入ると、一号生のみんなが私に駆け寄ってきて、一斉に富樫と田沢と松尾が負傷していると報告してきて、そうなった状況も詳しく説明してくれた。

 リングに立っている桃が、こっちを見て軽く眉を顰めた気がするけど気にしない事にする。

 

 ・・・

 

「ま、待ってくれJ……!!

 あ、あれはちょっと甘く見て油断しただけなんだ。」

「栄光と名誉ある米国海軍兵学校(アナポリス)の名を汚した罪は重い。

 いいわけは聞かん。体で償え。」

 そう言ってJは、丸く整列させた他の留学生たちの、先頭に一撃食らわせる。

 その最初の男が倒れた、頭のその先に次の男の頭があり、次々と倒れていく留学生たち。

 つまりはひどく暴力的な人間ドミノ倒しの様相を呈していたわけだ。

 …ある程度身長が揃っていないとできない芸当だと思うけどな、これ。

 

「ばかどもが………!!」

 その倒れた仲間たちを睨む目で見下ろして、吐き捨てるようにJが呟く。

 さっき、『カール』に話しかけていた時は、あんなに穏やかに微笑んでいたのに。

 赤石といいこのJといい、私の兄は、獰猛な獣をおとなしくさせるフェロモンでも出してたんだろうか?

 まあ、私も似たような事を言われた事があるが。

 豪毅が修業に出されてすぐの頃に私が護身術を習いに行っていた師範が、御前に依頼されて世界中から集めてきた闘士たちの中にいた、狼使いの男に。

 

『嬢ちゃんは狼を怖がらんのじゃな。

 狼も何故か嬢ちゃんには懐くしのう。』

 などと言われたが、私は正直狼よりも、この男の顔の方がよっぽど怖いと思っていた。

 もっとも怖いのは顔だけで、本質的には気のいい男だったのだけれど。

 まあそんな事は今はどうでもいい。

 

 リング上ではJのパフォーマンスの後、桃とJの試合が始まった。

 先ほど赤石の刀を折った拳(とはいえ、あれは基本的にはボクシングの『カウンター』ではないかと思う。相手の攻撃の力をも利用して瞬間的に大きな破壊力を得る、ボクシングの高等テクニック。つまりは赤石自身の強さがなければ、本人はうち損ねと言ってはいたが赤石の刀が、ああも容易く砕かれるなんて事にはなっていない筈だ!…って何を力説しているんだ私は。いずれにせよ、あの瞬間に初見である筈の赤石の攻撃が、見切られていた事実には変わりないわけだけど)が、リングを少しずつ破壊しながら桃と打ち合い、桃のグラブをも破壊する。

 そして、やっと体が温まってきた、とか言ったかと思えば、遂に桃が一撃をくらう事になった。

 こちらから見ていても、何というスピードと、パワーの乗ったパンチ。

 

「俺のパンチは、音速突き破る『マッハパンチ』。

 目で見切ろうっても見切れるもんじゃねえ。」

「フフフ、おまえの言う通りだ。

 すげえパンチだぜ。どうせ見えねえなら……。」

 桃が額のハチマキを目の上までずらし、目隠しをする。

 心眼を開く事でJの攻撃を見切ろうとする考えらしい。

 だが所詮は付け焼き刃。

 Jのフットワークに翻弄され、攻撃をくらい、桃のダメージが蓄積していく。

 とうとうJのパンチがまともに入り、桃がリング外に吹き飛ばされた時、赤石が現れた。

 桃の目隠しを真っ二つに切り裂いた後、返す刀を横に凪ぐ。

 次の瞬間、桃の両目から血が流れ出した。

 

「心眼とは目に見えぬものを心で見る事…目があると思うから、いくら目隠ししたって目で見ようとしてしまう。

 それなら目ん玉なんてねえ方がいい。」

「押忍!ごっつぁんです、先輩!」

 赤石に食ってかかろうとする松尾たちを制して、桃が微笑む。

 うん、私の見る限り、あれは瞼の皮を切っただけだ。

 今は出血で視界は塞がれていようが、それがおさまれば普通に見える筈。

 と、私のそばに立った赤石が、そのデカイ手を私の頭の上にぽんと置いた。

 あーはいはい。終わったら治療してやれって事ですね。わかりました。

 

「ここの塾は狂気の集団か…?」

「そうだ。その狂気を極めるのが俺たちの本分さ。」

 Jは一撃で勝負をつけると言ってグラブを外し、例のナックルを拳に装着すると、桃に向かって躍り掛かった。

 先ほどよりもパワーもスピードも完璧に乗ったパンチ。

 だがそれを桃はいとも容易く、最低限の身体の動きで躱すと、渾身の力で右手を振り抜いた。

 Jの身体がリング外に吹き飛ぶ。

 講堂は一号生たちの歓喜の声に包まれた。

 

 ☆☆☆

 

 校庭の樹の下で、舞い散る落ち葉を打つ。

 昔からよくやっていた、スピードを高めるトレーニングだ。

 なにせ落ち葉というのは、風の抵抗を受けやすい。

 生半可なスピードでは、拳の孕んだ風圧で、落ち葉は触れる前に拳をすり抜けてゆく。

 とはいえ今の俺ならば、ほぼ100%打ち抜く事は可能だが。

 と、後ろからパチパチと手を叩く音が聞こえて、俺はそちらを振り返った。

 

「お疲れ様です、J。

 あれだけの試合をした後でもうトレーニングなんて、随分熱心なんですね。」

 そこにいたのは、さっきの試合の前に会った、カールそっくりの男。

 塾生たちは「ヒカル」と呼んでいた筈だ。

 てっきり塾生の1人かと思っていたが職員だという。

 

「ボクシングの正式なルールでなかったとはいえ、シロウトに負けたんだ。

 俺もまだまだという事だろう。」

 いささか自嘲気味に、言葉を返す。

 そんな俺を見上げながら、少し探るような目をして、「ヒカル」が訊ねた。

 

「このトレーニングは、アメリカでは、ずっと?」

「ああ。」

「…桜の花びらを打ってみた事はありますか?」

「なに?」

「こっちに来てください。

 あなたがどうするのか、興味があります。」

 何だか判らぬままに手を引かれて、移動した先には、大きな木が、部分的に花をつけていた。

 淡いピンク色の小さな花弁が、はらはらと舞い散っている。

 アメリカではあまり見ない花だが、俺の記憶違いでなければ、これは春に咲く花ではなかっただろうか。

 

「さっきの、落ち葉と同じように打ってみてください。」

「…なかなか、難しそうだな。

 落ち葉よりも小さく軽いから、更に風の影響を受ける。」

 試しに打ってみれば、やはり落ち葉よりも多くの枚数が、俺の拳を避けるようにふわりと舞い、落ちる。

 

「…なるほど。これもいいトレーニングになりそうだ。」

「やっぱり、あなたでも全部、当てる事は難しいんですね。

 参考になりました。」

 ふわりと微笑んで、「ヒカル」が言う。

 カールとそっくりな顔だが、彼の笑い方とはやはり違う。

 

「…では、私はこれで。お邪魔しました。」

 確か日本式の礼だったろうか。

「ヒカル」は俺に向かって軽く頭を下げてから、踵を返してその場から去ろうとした。

 何故か名残惜しくて、思わず呼び止める。

 

「待て。何故、俺にこれを?」

「言ったでしょう、興味があっただけです。

 あ…ちょっと失礼。」

「ん?」

 驚くほど小さな手が、俺の頬に向かって伸びてきて、何故か指先を触れてくる。

 と、さっきの桃とかいう奴に負わされた傷が、一瞬チクリと痛んだ。

「ヒカル」はすぐに指を離すと、もう一度微かに微笑んで、今度こそ去った。

 

 

 夜になってから、頬の絆創膏を替えようと剥がしたら、不思議な事に傷がなくなっていた。

 どういう事だ?




クッ…無理だ。
どう頑張っても、Jでフラグを立てられる気がしねえ。なんという難攻不落。

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