婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
1・鋼鉄の巨人
「光。飯が済んだら、この書状を持って、天動宮に行って欲しい。貴様一人でな。」
今日もお弁当を持って塾長室を訪ねたら、突然塾長にこう命じられた。
「天動宮…?」
「うむ。
三号生の居棟にして経営事務所ともなっておる。
場所は、校舎裏の東側だ。」
「経営事務所って…。」
「ヤツらは用心棒などを派遣する一企業として、主に政界に多くの顧客を持っておるでな。
現在の三号生筆頭は大豪院邪鬼。
ヤツの体制となって10年余、三号生地区は完全自治となっており、3年に一度の、大威震八連制覇以外には、ほぼ互いに干渉しあわぬという暗黙の了解ができておる。」
なんかもう、つっこむところが多すぎてどこからつっこんでいいかも判らないのだが、とりあえず。
「いや、あなたが塾長ですよね?
なんでそれ放置してるんですか?」
「うむ。ヤツらからは年に一度、敷地使用料として、三号生全員分の授業料に相当する金額が振り込まれてくるのでな。
財政難の折、追い出すわけにもいかぬ。」
「あー……はい、理解しました。」
「フフフ、わしが男塾塾長江田島平八である。」
「言っときますけど、理解はしましたが納得はしてませんからね。
…それはそれとして、色々質問で話が逸れて申し訳ありません。
それで、私はその書状を、どなたにお渡しすれば良いのでしょう?」
「無論、筆頭の大豪院邪鬼に。
必ず返事を貰って来るように。良いな?」
…気のせいだろうか。
塾長がまた、何か企んでるように思えるのは。
☆☆☆
「赤石。お疲れ様です。」
「あっ……!?」
「…どうかしました?」
例の書状を持って三号棟へ向かう途中、赤石の姿を見かけて声をかけた。
が、どうも反応がおかしい。
私の顔を見て驚いたようにその場に立ち尽くし、バツが悪そうに目を逸らす。
そもそも最初の「あっ」から始まりその後一連の行動の、どれひとつとしていつもの赤石らしくない。
そこに気がつくくらい普段から、彼の行動を見せられてると思うと、若干自分に腹が立つけれど。
「赤石?」
「あ、あぁ。
……なんだ、いつもと変わりねえみてえだな。」
「?なに言ってるんですか。」
「……てめえ、剣の野郎と寝たって話になってんぞ。」
「ブフォッ!ゴホッゲホッゴホッ!!」
多分だが先日のあの件の、噂に尾ひれ現象に違いない。
桃との組手からのJとのスパーリングの後、何故か桃に強引に寝かしつけられて二人で夕方近くまで昼寝してしまい、下校時間ギリギリに田沢たちに起こされた。
寝ぼけたままの桃の代わりに状況は説明したものの、そういえばあれ以来、他の一号生たちが妙に余所余所しい気がする。
けど!ほんとに昼寝してただけだし!
対外的には男同士だから!
いやこの場合、男同士ってのが逆にまずいのか?
いやだがしかし!
「まあ、てめえの顔見た瞬間に嘘だと判ったがな。
だが気をつけろ。
おかしな噂が立つとあとあと面倒だぞ。」
「ゲホッ…いえ、本当といえば本当ですね。」
「なに!?」
「寝た、と言ってもあくまで、言葉通りの意味ですが。」
そう言うと、赤石は少し考えてから、ゆっくり頷いた。
「…ああ、そういう事か。
言葉通り、な。それで納得いったぜ。」
ため息混じりに言いながら、指先で頭を掻く。
「…赤石は、信じるんですね。この説明で。」
「あぁ?」
「というか、あなたの行動パターンを考えると、その話が耳に入った場合、まず桃のところに詰め寄りそうなんですけど。」
私が言うと、赤石はまた、バツが悪そうに視線を逸らした。
「…ヤツのところに行く前に、てめえに会った。」
行く途中だったんかい。
「…そういう事でしたか。
だったら、お会いできて良かったです。
桃が相手なら、同じ説明をして、今ほどあっさりあなたが納得してくれるとも思えない上、あの子、人をからかって遊ぶ悪い癖があるから。
あなたがどうして私の事を、そこまで信じてくれるのかはともかくとして。」
「言ったろう、俺は目はいいってな。
てめえがオボコのまんまだって事くらい、見りゃ判る。」
「なっ…!!」
「違うってのか?」
さっきまでのバツが悪そうな表情は何処へやら、赤石が厚い唇に、ただの悪そうな笑みを浮かべる。
「……失礼します。
よく考えたら、あなたと雑談している暇はないんでした。」
なんかムカついたのでノーコメント。
私はおつかいに戻る事にする。
まあ、先に声かけたのは私なんだけど。
私が背を向けて歩き出そうとすると、赤石が何故か慌てたように、私の肩を掴んできた。
「おい待て。どこ行く気だ?そっちは…」
「三号棟のある方角でしょう?
これから、塾長からの書状を、三号生筆頭に届けに行くので。」
その私の言葉に、赤石が明らかに動揺する。
「何だと!?一人でか?…待て、それは駄目だ。
俺が一緒に行ってやる。」
過保護か。
「塾長からは一人でと念を押されています。」
若干鬱陶しいので、そこを強調する。
嘘は言っていない。
だが赤石は引き下がらなかった。
私の両肩を掴んで自分の正面に引き寄せ、私の目を見据えて、言い聞かせるように言う。
「ならば、しばらくここで待ってろ。
塾長に直談判して、同行の許可を取り付けてくる。」
だから過保護かって。
「塾長の事ですから、その許可を出すくらいなら、最初から一人でとは言っていないと思いますよ?
それに塾長は所用で出かけていて、今日はもう塾には戻られない筈です。
…単なるおつかいですよ、赤石。
子供じゃないんですから、そんなに心配していただかなくても大丈夫ですってば。」
正直、赤石のあまりの真剣な表情に、私は少し気圧されていた。
それをなるべく気取られぬよう、軽い言葉で返す。
しばらくそのまま二人で固まっていたが、やがて赤石の手から力が抜けた。
「…判った。
ならせめて三号棟の門の前までは俺に案内させろ。
それから、中に入ったらまず、羅刹って人を訪ねて、仲介を頼め。
俺の紹介だと言えば、あの人なら、悪いようにはしねぇ筈だ。」
たかだか手紙を届けるだけなのに、仲介を頼んだりするのは失礼ではなかろうか。そうは思ったが、
「羅刹、ですね。了解しました。
…あなたがそこまで信頼を寄せる相手とは、少し興味がありますね。」
そう言われると、ちょっと会ってみたくなった。
「信用し過ぎんのもどうかとは思うが、少なくとも俺には、あの人に対して示せる実績がある。
それだけの話だが、この状況ならそれで充分だろうぜ。
…この塀の向こうが三号棟、天動宮だ。」
赤石が立ち止まって見上げたそれは、高いコンクリート塀に挟まれた大きな鉄の門。まるで刑務所だ。
思わず、心の声が口からだだ漏れる。
「趣味悪っ…。」
「なに?」
「いえ何でも。それでは行ってまいります。」
赤石に一礼して、一歩踏み出す。
その背中に声がかけられた。
「戻ったら一度、俺んトコに顔出せ。」
「心配しすぎですってば!」
できるだけ笑って、手をひらひら振ってみせる。
たくバカ兄貴。つられてこっちまで怖くなってくるじゃないか。
「心配しすぎじゃねえから言ってんだ、あのじゃじゃ馬…!」
☆☆☆
「江田島光と申します。
二号生筆頭赤石剛次からの紹介で、羅刹という方にお会いしたいのですが。」
門番に中に通されて、外門より更に趣味の悪い建物の中に入ると、尖った金属製の杭が一面に並んだ広間に出た。
「貴様…一号生か?」
奥の方に座っている、大きな身体をした男が、こちらに向かって声をかけてくる。
「いいえ、制服は身につけておりますが職員です。
塾長秘書をやらせていただいております。」
「塾長秘書が、羅刹様に何用だ?」
「それは、御本人にお会いしてからお伝えしたく思います。」
私の答えに、男が面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「ふむ、では問おう。男とは、何ぞや?」
「…唐突ですね。
生き様よりも死に様に、より高い価値を求める生き物、かと思いますが。」
「では、命とは?」
「その価値を高める為、燃やす燃料…と言ったところですかね。」
「なかなか面白い答えよ。
フフ、正解にしておいてやろう。」
男はニヤリと笑うと、背後にある紐を引いた。
杭の上に板が渡される。
この上を歩いてこいという事だろう。すごく面倒臭い。
「正解よりも、早く羅刹という方にお取り次ぎいただきたいのですが。」
板を渡って男の前に降りながら、私は無表情で男に向かって言った。
「……………こっちだ。ついてくるがいい。」
「ありがとうございます。」
ちょっとかわいそうだっただろうか。
もう少し相手してやるべきだったか。
・・・
「赤石の紹介だと?俺に何の用だ。」
案内された部屋にいたのは、顔だけは妙にダンディな長身の男だった。
恐らくは30を少し越えたくらい…え?ここって三号生の居棟だよね?
このオッサン何者ですか?
…ああでも、三号生の筆頭は10年余務めてるって言ってたから、彼がその同期であればそのくらいの年齢でもおかしくはないのか。
いや状況的には充分おかしいけど。
まあ、とにかくこの男がどうやら、赤石が言っていた羅刹という男であるらしい。
「塾長より、三号生筆頭宛の書状を預かっております。
それを赤石に言ったところ、まずあなたにお会いして仲介をお願いしろと。
申し遅れました。
塾長秘書の、江田島光と申します。」
挨拶とともに告げた名に、羅刹が反応する。
「江田島?塾長の子か!?」
「そういうことのようです。
育てられてはおりませんが。」
後半は嘘じゃない。
だがそう言うと羅刹は、何か申し訳なさそうな表情を浮かべた。
よくはわからないが、なにか深読みして解釈してくれたようだ。
「む…そうか。
…そうそう、邪鬼様への書状、だったな。
それは俺を介さずとも、入口でそう告げて渡せば良かったのではないか?」
「その、大豪院邪鬼という方にお渡しして、返事をいただいて来るようにと言われております。」
そう言って、羅刹の目を見返す。
羅刹が小さく溜息をついた。
「そうか。
帰れと言いたいところだが、赤石が俺を指名したとあれば、無下にするわけにもいかんな。
…暫しここで待て。」
「お手数をおかけします。」
・・・
「邪鬼様がお会いになるそうだ。ついてこい。」
邪鬼様、ね。
大豪院さんでも、邪鬼でもなく、邪鬼『様』。
同じ筆頭でも、赤石や桃とは扱いが随分違うようだ。
まあ、それは赤石の時にも思った事だけど。
桃も二号生に上がったら剣さんとか呼ばれるようになるんだろうか?
…いや無いな。職員の私にすら桃呼びを強要するくらいなんだから。
そんな事を考えていたら、羅刹が歩きながら私に話しかけてきた。
「赤石が停学処分を解かれたという話は聞いていたが、息災のようだな。」
「血の気が多いので、いつも見ていてハラハラさせられますが、幸い周りの人間には恵まれているようで。」
少なくとも江戸川のサポートなしには彼に二号生筆頭は務まらない。
孤高の存在のように見えて、彼は1人では生きられない、否、1人で生きさせてはいけない人種だと思う。
1人で置いといたら結構明後日の方向に暴走して、命や立場を危険に晒す。
まあ要するに脳筋なんだけど。
復帰早々、桃と戦う事になったのは、彼にとっては良かったのだと今は思う。
「見るに、貴様もその1人なのではないか?
少なくとも、奴がその身を案じて俺に頼るほど、目をかけているという事は。」
「私は、彼が目の前で失った友に似ているそうです。」
嘘は言っていない。
意図的に伏せた部分があるだけで。
「友…か。
三年前のあの時に、奴にそんな存在があったなら、或いはあのような事にはなっていなかったのかもしれぬ。」
三年前、というのは例の、赤石が起こした大量傷害事件の事だろう。
だがそれがなければ赤石は兄とは出会う事なく、兄はもっと孤独なまま死んだ上に、きっと私は未だに兄の事を、思い出しもしていないだろう。
羅刹は私を連れて大きな扉の前に立つと張りのある声を扉に向けて上げた。
「死天王・羅刹、参りました。」
仰々しい扉が開かれる。
中は、薄暗い広間となっており、
中心に…10メートルの巨人が座していた。
え?これ、仏像とかじゃないよね?
序盤の戦いで傍観決め込んでる分、赤石先輩の使いやすさが半端ない件www
だからバランスを取る為に、最後は桃にいいトコあげなきゃならなくなるのよと言い訳してみるwww