婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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赤石先輩…い、いや、なんでもないです。


2・Purple Haze

「江田島光と申します。

 塾長江田島平八よりの書状を、三号生筆頭大豪院邪鬼どのにお渡しし、必ず返事をいただいて来るようにと、申しつけられて参りました。

 どうぞお受け取りください。」

 口上とともに差し出した手紙を羅刹が私から受け取り、中央に座す仏像もとい大豪院邪鬼に差し出す。

 その巨体はなぜか濃い紫の影というか霧を帯びており、これだけ大きいのにその顔が全く見えない。

 そしてその周りに3人の男たちがおり、全員がこちらを凝視していた。

 …面倒臭い。ものすごく面倒臭い。

 けど一連の儀式だと思って我慢する。だが。

 

「………帰れ。」

 開いた手紙に一瞬だけ目を通しただけで、大豪院邪鬼はそう言い放った。

 

「は?」

「このような書状に返事など出せん。

 とっとと帰れ。」

 いやいや待て。仮にも塾長からの書状に対してそれはなかろう。

 それにこのまま帰ったら、この程度の使いも果たせない無能者の烙印を押される事必至だ。

 

「そうは参りません。

 必ず返事をいただくようにと、念を押されておりま…………ッ!?」

 一瞬、身体の周りを旋風が走った。

 そして次の瞬間、制服の上着の留め具が全て弾け飛んだ。

 サラシを巻いただけの胸元が、男たちの目に晒される。

 

「…お、女!?」

「女だと!?」

「何故女がここに!?」

 慌てて胸元をかき合わせるが既に遅く、その場の男たち、大豪院邪鬼以外が騒つく。

 私の隣の羅刹も、声は出さなかったものの、やはり驚いた表情を浮かべていた。

 

「…それ以上の辱めを受けたくなければ、大人しく帰るのだな。」

 

 ………ぶちっ。

 大豪院邪鬼が抑揚のない口調で言うのを聞き、私の中で何かがキレた。

 …うん、沸点が低いと赤石を笑えない。

 そしてキレてからの行動の方向性が明後日に向かうのも。

 やはり一緒にいる事が多いと若干影響を受けてしまうものなのか。

 

「…こんなものでご満足いただけるのでしたら、御存分に。」

 どうせこんな格好で外になど出られやしない。

 私は前側が全開になった学ランを脱ぎ捨て、勢いでサラシにも手をかけた。と、

 

「…!?ま、待て待て待て!

 それ以上の事をさせたら、俺が赤石に殺される!!」

 がっ。次の瞬間、羅刹の大きな手が、私の両手を掴んでいた。

 それから、男たちの視線から私を遮るように、その大きな身体で私の前に歩み出る。

 

「邪鬼様、この者は俺が、二号生筆頭赤石剛次より預かった身。

 御存知の通り、俺以下、あの雪の行軍に加わった全員、赤石には命の借りがあります。

 返事が出せないというのであれば、せめてこの者が納得する理由を…!」

 雪の行軍?命の借り?

 一体なんのことだろう。

 そう言えば赤石は羅刹に対し、示せる実績があると言っていた。

 その事なのだろうか。

 

「…邪鬼様、お戯れが過ぎます。」

 大豪院邪鬼の一番近くに侍っていた男が、落ち着いた声音で進言する。

 と、その瞬間、大豪院邪鬼の巨体が揺らぎ、その身体の周りから、紫の煙が消失した。ように見えた。

 

「フッ…仕方あるまいな。

 だが羅刹。貴様も動揺し過ぎだ。

 この女のほうが、よほど根性が据わっている。」

「は、面目次第もございません。」

(あれ…?)

 ごしごし。思わず目をこすってもう一度『大豪院邪鬼』を見る。

 つい今まで10メートル台の巨体に見えていた男は、それでも確かに大きいが、せいぜい2メートル強くらい、大柄な男レベルにサイズが縮んでいる。

 疑問を感じると同時に、悟る。

 私が見ていたのは、恐らくは彼が内包する『氣』。

 それは先ほどまで見えていた巨体の方が納得できるというくらいの総量ゆえに、それが肉体に収まりきれていないのであろう。

 これは…恐ろしい男だ。

 思わず身体の芯がぞくりと震えた。

 

「だが、普通に考えて、これに返事が出せると思うか?」

「……ええっ!!」

 広げられたそれは、白紙だった。

 つい今まで感じていた恐怖など一瞬で吹き飛び、私は大豪院邪鬼の側まで駆け寄ってしまった。

 間違いなく、何度見ても、どんなに目を凝らしても、それは白紙以外の何物でもない。

 

「さて…江田島光。貴様はこれをどう解釈する?

 塾長は何ゆえ、貴様にこれを、わざわざ俺のところに届けさせたか。」

 驚きのあまりその白紙に見入っていた顔を上げ、私は大豪院邪鬼を見上げた。

 強大な氣に邪魔されてよく見えなかった顔が、今ははっきりと見えている。

 年齢的には30そこそこ、恐らくはそれを越えてはいまい。

 思っていたより整った顔立ちは、豪快さと繊細さを同時に感じさせる。

 何故かはわからないが、私はそのアンバランスさを、美しいと感じた。

 彼が微かに浮かべた微笑みに、思わず見惚れる。

 俗な表現をすれば、小娘が大人の色気にあてられたとでも言うのだろう。

 だが、その男の微笑みには、魂の深いところを揺さぶると同時に、本能的に他者をひれ伏させる不思議な魅力があった。

 それは、生まれついてのカリスマ。帝王の資質。

 …生まれる場所と時代を、この男は完全に間違えた。

 そう考えると、少しだけ私は落ち着くことができ、ようやく言葉を口から紡ぎ出す。

 

「…殺せという指令や、単なる嫌がらせでなければ、顔を売ってこいとかいう意味でしょうか。

 塾長のお考えですから、全てを推し量る事、私などには不可能ですが。」

「なるほどな。

 貴様がそう解釈するのならば、俺もそう思う事にしよう。」

 大豪院邪鬼はそう言うと、片手で軽々と私を抱き上げた。

 驚いて固まる私を、ひょいと肩に乗せる。

 

「うひゃ!?」

 私はいきなり大豪院邪鬼の肩の上に座らされる格好になり、その高さに思わず、彼の頭にしがみついてしまう。

 いやいやいや、いくら私が小さくてこの男が大きいからって、この体勢はないでしょうが。

 私は幼児か、くそ。

 

「江田島光。貴様は2、3日、この天動宮に留まれ。

 逗留する部屋を用意させるから、それまで俺の部屋で休んでいるがいい。」

「えっ!?」

 ちょっと待て。

 ちょっとしたおつかい認識で来たから、泊まりの用意はしてきていない。

 

「邪鬼様!」

「羅刹よ、心配せずとも貴様の大事な預かり物に、手荒な真似はせぬ。

 だが俺は、この者を見極めねばならん。」

 …どうやら、私は解答をミスったようだ。

 正解ではなかったという意味ではなく、予期せぬ展開を招いてしまったという意味で。

 

「こ、困ります!

 せめて赤石のところにだけでも、報告に行かせてください!

 私が戻らなければあのバカ兄貴、ここに抜刀して殴り込みかねません!」

 今、ここにいるのは恐らく三号生の主力だろう。

 私が見る限り一人一人がそれぞれ、赤石に匹敵する力量を備えている筈で、そして今私を肩に担いでいるこの筆頭に関しては、どこまで強いのかまったく見えてこない。

 …無策で突っ込んだら最悪殺される。

 

「奴が心配か?」

「…はい。それに、日々の仕事も。」

 少し考えたが素直に肯定する。

 それに虎丸のご飯の手配もしなきゃいけないし、事前にわかっていないと不都合な事が多すぎだ。

 

「そちらは代理を手配してやろう。

 羅刹。貴様は二号棟に出向いて、二号生筆頭赤石剛次に、事の次第を説明…」

「ああ〜〜!それますます不安です!

 せめて白紙の書状の件だけは伏せてください!

 それ言ったら今度は、塾長室に殴り込む可能性が出てきます!

 というより、彼には私から説明させてください!

 余人に任せたら嫌な予感しかしません!

 お願いします!」

 もう半泣きで訴える。うん、認めてやる。

 赤石は既に私の兄のようなものだ。

 私は兄を、ふたりも失いたくはない。

 

「…連れて行ってやれ。」

 呆れたように言いながら、大豪院邪鬼はようやく、私の身体を降ろしてくれた。

 

「…なあ、赤石ってそんな性格だったか?」

「まあ、血の気が多いトコは変わってないようだがな…。」

 なんか後ろの方で、ちょっと目立つ髪型の二人がなんか言ってる気がするが、聞かなかったことにしてそのそばを通り過ぎようとしたら、黒くて重たい布が、バサリと頭からかけられた。

 

「着ていけ。そのまんまじゃ目のやり場に困る。」

 見上げると目立つ髪型の一人、モヒカン頭に妙な…マスクを着けた男が背中を向けるところだった。

 頭から被せられたものが、男塾の学ランであると気付き、慌てて袖を通す。

 そうだ、今上半身に身につけているのはサラシだけだったんだ。

 …ただ、袖を通したそれは、私にはあまりにも大きかった。

 袖をまくり、ベルトで裾の位置を調整したものの、子供が大人の服を無理矢理着ている感は拭い去れない。

 しかもその姿で歩き出そうとしたら、後ろで誰か吹いた。滅べ。

 

 ☆☆☆

 

 羅刹を伴って趣味の悪い天動宮を出ると、二号棟へ向かう。

 筆頭室の扉をノックすると、返事よりも前に勢いよく扉が開いた。

 

「光か!?」

 その勢いですっ飛ばされた私の背中を、羅刹が支える。

 

「…フッ、久しいな、赤石。」

「羅刹先輩?……光!」

 赤石が強引に羅刹の腕の中の私の腕を引く。

 そのまま私の身体を自分の後方にやって、自分は私と羅刹の間に、私を庇うように立った。

 いや、言っとくけど、今私をすっ飛ばしたの、お前だからね?

 その赤石の服の裾を軽く引いて、私は今ここに来た用件を告げる。

 

「赤石、報告の為に戻りましたが、私はこの後3日ほど、天動宮に留まる事になりました。」

 赤石が睨むような目をしながら私を振り返る。

 

「何だと?」

 それから、同じ目を、今度は羅刹の方に向けて言った。

 

「…どういう事だ、羅刹先輩?

 俺はあんたを信用してコイツを預けた。」

「赤石、羅刹は私を守ろうとしてくれました。

 彼を責めるのはやめてください。」

 だが、赤石は私の着ている学ランの肩を掴んだ。

 身体に添わずに余った布が、赤石の手の中でしわになる。

 

「だが、これは何だ?どう見ても借りモンだろう。

 貴様の制服はどうした?」

「あ…それは」

「服が替えられてるって事は、一旦脱がされたって事じゃねえのか?」

 そうか。赤石の反応が過剰に見えたのは、どうやらこれが原因のようだ。

 

「それについては本当に申し訳ない。

 邪鬼様の悪ふざけで、止める間もなかった。」

 羅刹が真摯に頭を下げる。

 …うん、なんだか気の毒になってきた。

 赤石は羅刹から視線を外すと、私の顔をじっと見つめる。

 

「………どうやら手は出されてねえようだな。」

「もう驚きませんが、顔見ただけでわかるのやめてください。」

「判っちまうんだから仕方ねえだろうが。」

 私の言葉に、赤石の表情が僅かに緩む。

 

「そこだけは安心してくれていい。

 邪鬼様はそういった無体はなさらないお方だ。」

 だが羅刹が言うのを聞き、赤石は再び表情を引き締めた。

 

「…万が一、コイツの身に何かあったら、例えあんたでも許さねえ。」

 視線がまた、強く、鋭くなる。

 唐突に、豪毅と対峙していた、あの日の事を思い出した。

 あの時はそうなる事を全力で阻止したが、私の『あに』と『おとうと』は、本気で戦ったらどっちが勝つのだろう。

 そんなものを見る日は一生来なくていいけど。

 羅刹は暫しそのまま、赤石の視線を受け止めていたが、やがて少しだけ表情を崩して言った。

 

「判っている。

 貴様の女に手を出す真似は誰にもさせん。」

「なっ…!!」

 赤石が動揺したように言葉に詰まる。

 

「誰が誰の女ですか。失礼な。」

 仕方なく私が冷静に言い返してやると、赤石は何故か私を睨んできた。

 

「てめえ、失礼は言い過ぎだろうが。」

「あなたの為に言ってあげたんじゃないですか。

 ガキに手を出す男と思われたくないでしょう?

 普段から桃に向かって私のことを、チビだのガキだの貧相だのと散々言ってるの、私が知らないとでも思ってるんですか?」

 私が言うのを聞いて、赤石が大きくため息をつく。

 

「…もういい。

 戻ったらまた、俺んトコに顔出せ。いいな?」

 どうやら勝った。

 結果に満足して私は、頷いて赤石に笑いかけた。

 

「はい、赤石。必ず。」

 

 ・・・

 

「…貴様、本当に、赤石とは何もないのか?」

「その何かの意味が、恋愛感情とか肉体関係とか、そういった意味でしたら、何もないと言い切れますね。」

 何故だかさっきから呆れたような顔をしている羅刹が、また何かおかしな事を聞いてきたのを、バッサリ斬り捨てる。

 

「もっとも彼は私を妹のように思ってくれていますし、私も今は彼を兄と思っています。

 そういう意味での関係は、他の誰より深いかもしれませんね。」

 正直、手のかかる兄だとは思うけれど。

 

「あれはどう見ても、自分の女を奪われまいとする男の顔だったがな…恐らくは無自覚なんだろうが。」

「は?」

「まあいい。

 後で貴様の部屋を用意させるから、まずは邪鬼様のところに行くがいい。」

 気がつけば天動宮の門の前に着いていた。

 またあの建物に入らねばならないのか。

 

 ☆☆☆

 

「変わった『氣』の使い方をする。

 使う瞬間に、必要最小限だけを練り上げるというわけか。

 だが普段からも息をするように練っていかねば『氣』の総量は増えぬぞ。

 貴様の身体の大きさを考えれば尚の事、少しでも増やさねば足りぬだろう。」

「確かに最近では、この使い方をしていても足りぬと感じる事があります。」

「普段から練って溜めておけば、尽きかけた場合の回復も早まろう。

 限度というものは、確かにあるがな。」

 天動宮滞在2日目。

 私は今、三号生筆頭大豪院邪鬼から、改めて氣のレクチャーを受けている。

 

「邪鬼様の氣は、どのようにして溜めているのですか?

 少なくとも、器の10倍以上もの総量の氣を、身の内に貯められる人を、私は初めて見ました。」

 そう、気付けば私は、他の三号生と同じように、彼の事を『邪鬼様』と呼んでいた。

 何故かはわからないが、どうしても「大豪院」と呼び捨てにはできなかった。

 それはやはり、あの巨大な氣に当てられたのが大きいのだろう。

 そして彼の強烈なカリスマ性に。

 

「…フッ。俺のは、少しばかり反則でな。」

 私の問いに邪鬼様は、薄い唇に笑みを浮かべる。

 

「え?」

「所謂特異体質というやつだ。

 常人には真似できん。」

「はあ…。」

「まあ、結局は、身体が大きいから可能なのだと思っていればいい。

 いいか、最初から全て精製しようと思うな。

 少しずつ練り上げて密度を上げるのだ。

 続けていけば、そのうち身体の方が慣れる。」

「はい!」

 …そうして3時間ほどレクチャーを受けて判った事は、氣をメインの攻撃手段とするにはチビの私はまったく向いていないという、純然たる事実だった。

 いいもん。私の本分は治療だから。あと暗殺と。

 

 ☆☆☆

 

「邪鬼様。

 関東豪学連についての調査結果はこちらです。」

「御苦労。…やはりそうか。

 現在の総長は伊達臣人。

 ヤツに対してなら、少しつついてやれば、男塾にちょっかいをかけてくるよう、仕向ける事は可能だな。」

「御意に。」

「後は、いかに殺さぬよう手配するかだ。

 我々の行動はあくまで秘密裏に、当事者に気取られる訳にはいかん。」

「その事ですが、邪鬼様…。

 ……あの女、使えるのでは?」

「…光のことか?」

「先程、鍛錬の折に負傷した者がおり、その傷を不思議な技を使って治療するのを見ました。

 あの女がいれば、死者を出さずに死闘を終える事は可能では?」

「馬鹿な。戦場に女を連れて行くだと…?」

「ですが、彼女の能力は我々の目的の達成に、一番欲しいと思っていたピースです。

 問題は、彼女が江田島塾長の手駒という事ですが、敢えて頭を下げてでも、借り受ける価値はあるかと。」

「……計画を実行しろ。」

「御意に。」




光は豪毅の最終奥義である暹氣龍魂の存在をまだ知らない為、この時点では赤石との比較で「桃=赤石≧豪毅」くらいだと思ってます。
アタシ的には、豪毅原作登場時の時点なら、手数の多さで「赤石≦豪毅<桃」だと思ってますがね。
この時点で赤石が「念朧剣」を使えたならわかりませんが、基本的には斬岩剣を封じられた後のパフォーマンスが一気に下がるの、赤石の仕様だと思ってるんで。
…まあ、手数の多さを基準で考えると、桃以外なら伊達が最強って事になっちゃうんだけどね。
槍の名手なのは勿論だけど、刀でも拳でも戦える男ですし。

邪鬼様の氣の総量は、巨大化した際のものをそのまま、常人枠に縮んでも維持してるという設定です。
光は「極」の時代にはもう生きていないので、真相を知る事はないですが。

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