婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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…展開と理屈に無理があるのはわかってるので、「これは男塾理論」と思って読んでください。


3・心に刷り込まれた哀しい習性が昨日を連れ戻そうとするけど

 天動宮訪問から4日め。

 邪鬼様が書いてくれた手紙の返事を携えて、私はようやく自室のある中央校舎に戻ってくる事ができた。

 途中赤石のところに顔を出してから、塾長室に向かう。

 

「どうやら三号生もきっちり手懐けて帰ってきたようだな。上々、上々。」

「…それが目的なら最初から仰ってください。

 白紙の手紙を持たせるなどと、まどろっこしい事などせずに。」

「フフフ、わしが男塾塾長江田島平八である。」

 …塾長室を辞し、虎丸の食事を用意して持っていくと、「もう会えねえかと思った。」とかしんみり言い出すので何かと思ったら、彼の懲罰期間があと一週間ほどで終了なのだという。

 おめでとうと言ってやると、

 

「この半年、ほんとしんどかったけどよ、あんたのメシが美味かったから頑張れたんだ。

 ありがとな。」

 と、何故かちょっと寂しそうな顔で言われた。

 ここから出られるんだから、もっと喜んだっていいのに、この半年の間に完全に懐かれたようだ。

 残りの一週間はできるだけ代理を立てずに通う事にしようと思う。

 そして最後の日は、彼の好きな唐揚げを作ろう。

 まあ、彼の懲罰期間終了とともに、食事係だった謎の女は消えるが、江田島光とはいずれ会う事になるわけで、私は全然寂しくないんだけど。

 謎の女が和服姿であったのもより印象を強くする為であり、私のメイク技術の完璧さと合わせて、江田島光と謎の女のイメージが重なる事はまずないと思う。

 不安があるとすれば、あの鎖が切れた時にうっかり術を使ってしまった事と、その際にしとやかでか弱い女性の仮面が外れてしまった事だけだが、その辺はなんとか誤魔化すつもりだ。

 校庭では、どうやら私が天動宮に滞在している間に量産されたらしい、薄い板で組み立てられた安っぽい小屋が点在しており、『愕怨祭』というイベントが明日の朝から行なわれるらしい。

「男塾と一般市民との、年に一度の交流」という建前だが、要するにこれも塾経営の中での赤字対策である。

 教官たちは利益が自分たちの懐に入ると思っているようだが、そこは施設使用料としてきっちり上納させると、塾長が仰っていた。

 まいどあり。平和だ。とても平和だ。

 …そこに嵐が迫っている事、知ってはいたけれど。

 

 ☆☆☆

 

 時間は少し戻って天動宮滞在3日目の夜。

 その晩、充てがわれている部屋に、訪問者があった。

 邪鬼様の常に側近くに控えていた男、名前は影慶といった筈だ。

 

「女人の部屋を訪ねる時間としてはいささか非常識ながら、余人には聞かれたくない話だ。

 扉を閉める無礼をお許し願いたい。」

「いえ、お気になさらず。

 そもそも対外的に私は男ですから、むしろ二人きりだからと扉を開けて話すのも不自然でしょう。」

「うむ。それもそうか。

 …まず用件の前に、我々が、簡単に言えば用心棒を派遣する企業を、ここを拠点にして経営している事は知っているな?」

「はい、聞き及んでおりますが…。」

「顧客は命の危険がある故に、それを守るべく我々に、仕事を依頼してくる。この10年で政界、経済界より多くの顧客を獲得し、信用を得てきた。

 その我々が、護衛を失敗した例が、実は一件だけある。

 2年ほど前の話だ。

 もっとも、護衛に失敗したと言うよりも、護衛中に対象者が心不全で死亡したという事で、我々には何ら落ち度はないとされた。

 実際我々もそう信じていたのだ。

 ……つい最近までは。」

 …何故だろう。ものすごく嫌な予感がする。

 

「別件で過去の事例を調べていた際に、我々が守れなかった対象者の時と、よく似た事例が数件ある事に気付いた。

 要人とそれに連なる人物の、それまで健康診断などでも認識されていなかった筈の、何らかの内臓疾患による、急死。

 我々の対象者を含めて調べてみたら、いずれの死亡者も、死の直前まで、交際している女性の存在を匂わせていたという共通点があった。

 だが死後に連絡をしようにも、それが誰であるか遺族にも判らず、連絡が取れなかったという。」

 影慶はそう言うと、数枚の写真を出して、ローテーブルの上に置いた。

 それは、20代後半から40代前半くらいまでの、数人の男性の写真だった。

 

 その男性たちの、最大の共通点を、私は知っていた。

 全員、御前の指令を受けて、私が殺した男たちだ。

 

 …見たくない。

 けど、目を逸らしたら怪しまれる。

 

 影慶は私の反応を確かめるように、暫し私を見つめていたが、やがて並べた中から一枚の写真を指し示した。

 

「我々の警護対象だったのはこの男だ。

 名前は久我真一郎、当時32歳。

 今は引退している政治家の妻の甥で、当時はその秘書を務めており、いずれは後継にと言われていた。

 彼の死後、その政治家は、後継も指名せずに引退した筈だ。」

 知っている。表向きは清廉なイメージの真面目な政治家秘書であったこの男は、裏に回ればそこそこねじ曲がっており、常に人を見下してかかる悪い癖があって、特に女性関係でのトラブルが多かった。

 家柄も収入も更に見た目も良かったから、近寄ってくる女性には不自由しておらず、故に女という生き物を、あからさまに馬鹿にしていたからだ。

 だが、そんな男のほうが、私にとっては近づきやすかった。

 とあるパーティーで、『水内麻耶21歳。引退して久しい政治家の孫娘』という設定で出会った私が、彼に全く興味を示さなかった事に、最初は単にプライドが傷つけられただけだったろう。

 だが何度か(意図的に)顔を合わせるたび、私を落とそうと躍起になるうち、彼は私に本気になっていった。

 人の心理とはそういうものだ。

 苦労して手に入れるものの方が、容易く手に入るものよりも価値があると思ってしまう。

 そして不思議な事に、私に夢中になって以降の彼は、何か憑き物が落ちたように、誰に対しても誠実に接するようになった。

 

『義叔父の御子息は、所謂『武術バカ』でね。

 今は海外留学の体で、武者修行に出てる。

 義叔父は彼の事は、口ではなるようになると諦めているけど、本当は期待してると思うよ。

 しかもその武術バカ、実は幼少の頃から結構な天才肌で、やらせれば何でもできてしまう。

 自分の興味のある事にしか動かないだけでな。

 今はまだ子供だからいいけど、彼がある程度の年齢になったら、俺なんてすぐに追い落とされる気がするよ。

 俺は、義叔父の秘書になった時から、ずっと彼の存在を、脅威だと思ってきた。

 笑っちゃうだろ?

 30過ぎた大の男が、20近くも年下の従弟の、見えない影にビクビクしてるんだからな。

 でも、本当だ。』

 ある時、酔って私に甘えかかりながら、そんな話をしてきたのを覚えている。

 

 だが、その後はお定まりのコースだ。

 ある時、誕生日(設定上のもので、勿論実際の誕生日じゃない)を祝ってくれるという彼に、「一度、あなたの手料理を食べてみたい」とねだって彼の部屋に招待してもらい、その夜に彼のベッドの上で、暗殺は実行された。

 正直、付き合っていくうちに見せた彼の変化があまりにも劇的であったせいか、この仕事は、当時既にプロの暗殺者であった私にすら、後味のよくないものとなった。

 彼が何故死ななければならなかったか、理由など知らない。

 だが、私ではない誰かがもっと早く、彼の孤独やコンプレックス、その抱える心の闇をありのまま受け止めていたら、或いは殺されずに済んだのではと思わずにはいられなかった。

 

「…何故、そのお話を、私に?」

 恐らくはバレているのだろう、私が彼の「交際していた女性」である事。

 痕跡は絶対に残していない筈だから、どこから発覚したのかはわからないので、ハッタリである事も考慮しなければいけないけど。

 だから、まずはすっ惚けてみる。

 

「…先日、総理の側近から総理の護衛の依頼を受けた。」

 あの人か!確かに、塾長言うところの『中ちゃん』は、私の顔を見て未だ生きている!

 もっともあの時の『仕事』モードの私と、どスッピンのチビガキの私を見比べて、同一人物であるとは決して思わないだろうが、比べてみれば少しは似ている、くらいには思うかもしれない。

 

「総理御本人は自身が狙われている事、半信半疑だった上、襲われた時の刺客の顔も、小柄で色っぽい女性だったという印象しか覚えていなかった。

 だが、その時助けてくれた知り合いが、彼女の顔を自分より覚えている筈だと言っていて、その名を聞いて驚いた。

 それが江田島平八…この男塾の塾長だ。

 彼はその刺客を気絶させて、どこかへ連れて行ったという。

 その、暗殺未遂事件のあってすぐに、江田島塾長は自分の息子とする者を秘書としてこの塾に入れていて…その正体が女とくれば、そしてその能力を考え合わせれば、ほぼ全ての線が繋がる。

 貴様は……少なくとも、江田島塾長のもとに来るまでは、要人暗殺を生業とする者だった。そうだな?」

「…申し開きもございません。」

 もう、素直に認める事にしよう。

 それにしてもあの時期に、久我真一郎に護衛が付いていたなんて知らなかった。

 偶然うまく出し抜いた形になったが、下手すればあの仕事が私の命取りになっていた可能性もあったわけだ。

 私は自分で思っているほど有能な暗殺者ではなかったのかもしれない。

 

「大方、塾長に捕らえられた後は、身の安全と引き換えに、その配下となったというところなのだろう?」

「その件だけは訂正させてください。

 塾長は私に、自身の配下になれとは、一言も仰ってはおりません。

 あの方はただ、『死よりも生を間近に、嫌という程見続けて、新しい世界を生きてみよ』と仰ったのみです。」

 無論、その言葉の裏に、打算がなかったと証明はできない。

 けど、あの人は私の頭を撫でてくれた。

 その手は確かに、私が欲しかった手ではなかったけれど、私はあの温もりを信じたいと思った。

 

「…よくわかった。

 だが、それは言うほど容易い道ではないぞ。

 貴様の過去はいずれ、貴様の今と未来を阻もうとするだろう。

 それは覚悟しておくが良い。」

 影慶はまだ私を、厳しい目で見つめながら言う。

 それを見返しながら私は答えた。

 

「…わかっております。」

「いや、わかっていない。

 …この久我と縁のある者が、今この男塾に居る事を、貴様は知るまい?」

「え?」

 だがそこで、なにやら予想もしなかった事を告げられ、私はたじろぐ。

 その後に告げられた名前に、私は確かに絶望的なものを感じた。

 

「一号生筆頭の剣桃太郎は、久我が秘書をやっていた国会議員、剣情太郎の一人息子だ。

 久我は剣情太郎の妻の、兄の息子だから、剣桃太郎とは従兄弟同士の関係となる。」

 桃の…従兄。

 2人とも確かに端正な顔だちをしてはいるが、似たところはまったくない。

 そもそも年齢が離れているし、真一郎はどちらかといえば女性的な面ざしで、背は高い方だが細身の、全体的に神経質な印象を与えるタイプの男だった。

 

 …そうか。真一郎があの時話していた従弟というのが、桃の事だったんだ。

 

「過去が未来を阻むとは、そういう事だ。

 貴様はこの先、同じような業と、幾つも戦ってゆかねばならん。」

 私は、桃の血縁者を手にかけている。

 もし彼に復讐の意志があれば、殺されても文句は言えないという事だ。

 そしてそれは、桃に限ったことではない。

 他の、私の手にかかった男たちの、全てに家族や友がいて。私はその全ての人たちから、恨みを買う立場にいる。

 

「光。邪鬼様に仕える気はないか?」

 と、唐突に影慶が、私の目を見据えたまま言った。

 

「あの方は貴様の業を受け止め、守り、そして生きる場所と意味を、貴様に与えるだろう。

 何故なら、貴様はこちら側の人間だからだ。

 邪鬼様は自分に属する者を決して見捨てはせん。」

 …なるほど。今日の本題はこれだったか。

 だが、その提案は確かに魅力的ではあった。

 邪鬼様の圧倒的なカリスマは、確かに私を惹きつけていたから。けれど。

 

「…それでも、私は、自分の罪と向き合います。

 塾長は、その為に私を、生かしてくれたと思うので。」

 塾長は私に、新しい世界を知れと言った。

 それは決して、自分の罪を忘れろという意味ではない。

 むしろそれを背負った上で、それでも前を向いて生きろという意味であると、私は思ってる。

 影慶の言う通り、それは容易い事ではない。

 だけど少なくとも塾長は、私にそれができると信じてくれた。

 

「ですが、少なくともあなたは、私の運命を案じてくれました。

 それが邪鬼様の意志でもあるというのでしたら、もし私の力が必要である時には、塾長の意に反しない範囲で、お貸しいたしましょう。」

 私が言うと、影慶は深く息をつき、微かに微笑んだ。

 

「…そうか。強いな、貴様は。

 では遠慮なく頼む事にしよう。

 早ければ明日にでも男塾に、関東豪学連が攻め込んでくる。

 詳しい事はまだ言えぬが、この戦いで誰一人として死なせない為に、貴様の力が欲しい。」

 

 ☆☆☆

 

 いずれ時が来たら、桃には真実を打ち明けよう。

 そして、彼の手で裁いてもらおう。私の罪を。

 だけど、それは今じゃない。

 今はまだ、私は死ねない。

 

 私が死んだら、誰も助けられない。

 絶対に誰も死なせない。

 

 私の命も、力も、全部あなたたちに、あげる。


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