婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
茶番だ。正直、そう思う。
こんな茶番に命を賭ける男たちに、心底同情した。
それなのに今、私はこの茶番を仕組んだ男たちと、行動を共にしている。
それは、私を仲間と思ってくれているあの子たちへの裏切りかもしれない。
けれど、彼らを死なせない為に、私の力が必要だというなら、今はこうするしかないだろう。
少なくとも、私一人では、それは到底成し得ない事なのだから。
☆☆☆
影慶の言っていた通り、関東豪学連という連中が、男塾に殴り込みをかけてきたのは、愕怨祭が開催されている最中の事だった。
どうも少し前から三号生の何人かが工作員として送り込まれていたようで、その者たちが何らかの働きをした結果、今日のこの襲撃に至ったものであるらしい。
とりあえずその件は伏せたうえで、『関東豪学連が男塾を狙っている』という情報のみを、私は独断で事前に赤石にリークしておいた。
もっとも赤石は外に結構な情報網を持っているらしく、少し前から奴らがおかしな動きをし始めた事は、私に言われる前に知っていたようだ。
三号生の暗躍についてまでは、さすがに気付いてはいなかったが。
「気ィ抜くわけにはいかねえだろうが、この程度の件なら、一号ボウズどもで充分対処できんだろうぜ。
剣のヤロウと、Jも居る事だしな。」
と言ってたところを見ると、二号生を動かすつもりはないようだが、一号生にというか桃に警告はしてくれるつもりのようだった。
赤石が大丈夫だって言うんなら大丈夫だろう。
大丈夫…だといいなぁ。
関東豪学連から斥候として送り込まれてきた者たちは、最初は単に催し物にちょっかいをかけてきて、富樫と松尾が負傷させられた後、JにKOされて催し物のひとつになっただけだった。
その直後に彼らの一部隊が乗り込んできて乱闘になりかけたところを鬼ヒゲ教官が制し、男塾名物「羅惧美偉」での勝負となった。
双方15人ずつの選手が毒薬を服んで、ボールの中にある鍵を奪い合い、相手方のゴールにある解毒剤を飲めば勝利、負ければ全員死亡。
…という事なのだがどうも胡散臭い。
つか塩酸バリトニウムや鉱素ミナトリウムって何ぞ。
私は一応薬学の知識も叩き込まれているが、そんなの聞いたこともないぞ。
でも、こぼれた液体を舐めた猫が倒れて痙攣してるし、嘘でないとしたら単に鬼ヒゲ教官の覚え間違いかもしれない。
それに他の塾生はともかく桃がその辺をつっこまないなら、ひょっとしたら私が知らないだけで本当はある物質なのかもしれないし。
とりあえずこの猫は私が解毒しておこう。
…あれ?この皮膚の感触、死にかけてる生き物のそれじゃないな。
落ちてる一升瓶の中に僅かに残っていた液体を掌に取り、舌先で舐めてからすぐに吐き出す。
多分だがこれ、神経に作用する麻酔薬の類だ。
飲んでも死ぬ事はないだろうが、効いてきたらしばらくは、身体の自由が効かなくなるだろう。
これ、飲んで気付かなかったって事は、ひょっとして桃は、薬学の知識はあまりないのかもしれない。
彼のスペックの高さで、知らない事があるって事実が逆に信じられないけど。
…とりあえず猫の身体の大きさを考えたら、その効果が人間より強く作用する可能性もあるので、解毒はきっちりしてやる事にする。
ちなみにこの羅惧美偉の観戦も、入場料とは別料金。
もはや完全にぼったくりである。
塾の運営にご協力いただきましてありがとうございます近隣住民の皆様。
これからも多大な迷惑をおかけする事になるとは思いますが、この子たちは明日の日本を背負って立つ若者です。
どうぞ生温かい目で見守ってください。
よろしくお願いいたします。
そんな事を考えていたら足元に小さな気配を感じ、目をやるとさっきの猫が、私の足に身体を擦り付けてきた。
それはいいがその足元に、今獲ってきたのだろう、小さなネズミの新鮮な死体が転がっている。
うん、ゴメン私それ要らない。
申し訳程度に頭を撫でてやると、猫は身体を立ち上げて私の手に頭を擦り付け、私の指をペロペロ舐めてきた。
…それ、ネズミ齧った口だよね。泣きたい。
それはさておき、羅惧美偉の試合は、Jと富樫が倒された後、桃と豪学連側のキャプテンとの一騎打ちに突入した。
徐々に薬が効いて選手たちが動けなくなっていく中、どうやらひとり薬を飲まなかったらしい豪学連キャプテンが、モーニングスターのついた斧を自在に振り回し桃に迫る。
やがて選手たちが薬によって意識を失うと、桃の目に絶望と怒りが灯った。
ふらつく身体を無理矢理動かし、自らの脚に刀を突き立てる。
「これで目が覚めたぜ。まだ死ねねえ。
おまえをぶっ殺すまではな…!!」
そう言うと桃は相手の急襲を受け止め、その武器を両断した後、返す刀で豪学連キャプテンの身体を貫いた。
実況する鬼ヒゲ教官が桃の、そして男塾の勝利を告げる。
直後、そろそろ薬の効き目が弱まり意識を取り戻した富樫たちが、ぽかんとした表情で身を起こした。
鬼ヒゲ教官が、飲ませた薬が痺れ薬だとネタばらしをして、「その薬の後遺症で意志とは無関係に動き出す手足」によって、教官たち全員が一号生に袋叩きにあう。
そんな中、外に控えていた大群の気配が動き出すのを、私は肌で感じ取った。
そろそろ動き出さなければならない。
もう、いい加減私の膝から退け、猫。
・・・
「久しぶりだな、伊達臣人。
まだ生きておったのか。」
「フフフ、塾長にもお変わりなく。」
塾の正門から堂々と、大軍を率いて乗り込んできた鎧カブトの男に、突然出てきた塾長が呼びかけ、男が挨拶を返す。
どうやらこの男が、関東豪学連の大将で間違いないようだ。
しかし、その『伊達臣人』という名に聞き覚えがある。
確か塾史に書かれていた、赤石の事件の前に起きたもうひとつの事件の、関係者がそんな名前ではなかったろうか。
つまりは一度はこの塾に在籍していたという事だ。
…時間があったら後で塾史をもう一度読み返してみよう。
一度目を通しただけだからかなり内容を忘れている。
強い印象が残ってるのは赤石の事件くらいだ。
塾長は「伊達臣人」に『
…ここまでがほぼ、三号生の目論見通りの展開。
時は7日後の深夜、場所は富士山にて、双方4人の戦士を選び、戦うことになる。
☆☆☆
だが、ここで三号生にとっても私にとっても、一つだけ計算外の事が起きていた。
「この、虎丸龍次という男は誰だ!?
剣桃太郎とJ、富樫源次までは予想通りの選抜だが、何故最後の一人が赤石じゃない!?」
「入塾してより半年間、懲罰房にて200キロの吊り天井を支え続けた男です。
私が体調管理をしておりましたから、健康状態には全く問題はありませんが、その実力は…未知数です。」
「なんにせよ、赤石に比べるとずいぶん見劣りする。
我々はてっきり赤石を想定していたから、一部計画を練り直さねばならんぞ。」
羅刹が唸るような声で言う。
そこまで言わなくてもいいだろう。
とりあえず私が半年世話をした男を、桃が覚えていて抜擢した事、私はちょっと誇らしかったのに。
・・・
時間は遡りその日、いつものように食事を持って行った懲罰房に、もう虎丸の姿はなかった。
ご飯を食べさせてから送り出そうとしていたのに、なんという勝手な事をするのかと憤慨して、着替えるのも忘れて鬼ヒゲ教官を問いただすと、一号生筆頭、つまり桃が、彼を驚邏大四凶殺のメンバーに抜擢し、連れていったのだと説明してくれた。
まずその事に驚くよりも、彼の為に揚げた大量の唐揚げが無駄になった事に心を痛めていたら、うっかり女の姿で執務室に戻ってしまい、ドアの前で何の用でか待っていた桃と鉢合わせた。
焦ったがとりあえず奴が消えるまで塾長のところにでも避難しようと思い、仕事用の顔で会釈して執務室を通り過ぎようとしたら、「…光だろ?」って声をかけられて終わったと思った。
なんでバレたし。
観念して、周囲に誰もいないのを確認して執務室に引っ張り込み、念の為これ以上他者が入ってこないよう鍵をかけてから、状況を説明するとともに、一応どうしてこの姿で私とわかったか聞いてみた。
桃が言うには私には、驚いた時に出る癖があるのだとの事。
確かに印象がまったく違うから一見して判らなかったけど、その癖を見てピンときたと言う。
後学のためにそれがどんな癖なのか訊ねたが、笑って誤魔化された。
「それより、今の話だと虎丸の分の食事、まだそのまま残ってるんだな?
申し訳ないがそれ、寮の食堂まで持ってきてくれないか?
腹が減ったと言われて、飯だけは用意したんだが、それも足りなくなりそうなんだ。」
と言われ、ならば着替えてから持っていくと言って、桃を部屋から追い出した。
…着替えて化粧を落とすのは勿論だが、シャワーを浴びる時間はなさそうだ。
それでも大急ぎで「謎の女」から「江田島光」に戻り、校舎から少し離れた寮へと向かう。
…私が寮の食堂に着くと、何故か富樫が他の一号生に取り押さえられていた。
「あ、光!」
私に気付いた田沢が声をかけてくるが、いやこの状況で私に注目を集めるな。
案の定、その場の視線が私に集まり、明るい場所では初めて見る虎丸と目が合った。
…気付かれる筈がない。私は「江田島光」だ。
「虎丸龍次ですね?食事係から伝言があります。
『最後にお会いできず残念です。せめてお食事は召し上がってください。』との事です。」
早口で言いながら彼の前に皿を並べる。
できる限り今は、早くこの場を離れたい。
「あ、あの人に会ったのか?」
「冷めますよ?
彼女の気持ちを無にしないであげてください。」
そそくさと言ってその場を去る。
つもりだったが、何故か行く手を富樫に阻まれた。
「…あの飯、光が作ったんじゃねえのか?」
空気を読んでか、小声で訊ねてくる。
なんでわかったんだろ。
確かに富樫は私の作ったものを食べた事があるけど、そのパターンを覚えるほどの回数ではない。
単なる勘だとは思うが。
「…夢を壊さないであげてください。
彼は、食事を運んでくる係だった女性が作ってくれていたと信じています。」
嘘は言っていない。
「マジかよ。
あの野郎、半年間懲罰房に居たくせに、その間おまえの作った美味い飯食ってやがったのか。
俺たちよりずっと恵まれてたんじゃねえか。」
「…富樫も支えてみます?200キロの吊り天井。」
「…いや、遠慮しとく。」
そんな会話を富樫と交わしていたら、後ろから視線を感じた。
振り返ると、不思議そうな目でこちらを見ている虎丸とまた目が合った。
なんだろう?
やっぱり怪しまれているんだろうか?
…だがもうすぐ出発の時間だ。
私もこんなところでゆっくりはしていられない。
富樫に軽く挨拶して、今度こそ去ろうと思っていたら、歩き出したところで勢いよく歩いてきた鬼ヒゲ教官とぶつかって弾き飛ばされた。
「ぬおっ!な、なんじゃ光どのか!」
「は、鼻うった…いや大丈夫、失礼します。」
もうこれ以上はのんびりできない。
私は鼻を押さえながらその場から走り去った。
「なあ、あれ、誰だ?」
「ん?あいつは塾長の息子の江田島光だ。」
「塾長の…息子?」
「おお、塾長秘書で事務員だが、わしらの保健の先生みたいなもんじゃな!
なんか知らんがすげえ技を持ってて、怪我なんかしてもすぐ治してくれるんじゃ!」
「…ふうん。
可愛い顔してんな。女の子みてえだ。」
☆☆☆
「このままでは、大威震八連制覇開催までに、8人の闘士は揃わぬだろう。
Jという男が入ってきて、ようやく実力者が4人揃った。
あと半数、その4人に匹敵する者を集めるには、互角に戦える敵を倒して、それを引き入れるのが早道だ。」
「関東豪学連の総長伊達臣人と、その側近3名。
こやつらは是非欲しい。」
「だが、それはあくまで死闘を演じ、勝ちをおさめた後でなければならぬ。
そうでなくば、全員納得はすまい。」
「そして全員生き残らねば話にならぬ。
その為に、貴様の存在が重要なのだ。」
☆☆☆
死装束のような真っ白い学ランを身に纏い、4人の闘士たちが戦いに赴く。
…この戦いが、仕組まれたものとも知らず。
大いなる茶番を演じる為に。
そしてその茶番劇の裏方として、今、私はここにいるのだ。
散漫なのは認める。