婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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4・Another One Bites the Dust

「驚邏大四凶殺」第三の凶、氷盆炎悶関(ひょうぼんえんもんかん)、勝負あり!!」

 見届け人の男の一人が片手を上げて、虎丸の勝利を告げる。

 

「三面拳最強と言われたあの月光が……。」

「ヘッヘへ、実力だっていってんだろ。」

 

 ・・・

 

「ちょ、早く月光を回収しないと!」

「暫し待て。上の奴らの注意を逸らさねば、我らの動きが知られてしまう。」

「そんな事言ってる間に、あの人が死んじゃったらどうするんですか!

 私は治療はできても死者を蘇生させる事は出来ません!

 そうなったら取り返しが…!」

「待て、様子がおかしい。」

「え?」

「あの男…意識があるぞ!」

 

 ・・・

 

「これは………!?」

「いかん、あまりに洞の中が暖まりすぎた為、氷壁が崩れ始めてきおった。」

 …どうも、この洞内の急激な気温上昇が三号生の仕掛けであったらしい。

 それにより避難を急がせて彼らを外に出し、それから負傷者を回収する計画の。

 …ていうか、それ救助に当たる人員にも相当な危険があるんじゃないの?

 

「急いで入ってきたトンネルより避難なされい!

 この洞全体が崩れ落ちるのは時間の問題でござる!!」

「さあ、これにて渡りなされい!」

 見届け人たちが、虎丸のいるリングに板を渡し、焦ったように桃が叫ぶ。

 

「虎丸、急げ!!」

「ったく冗談じゃねえぜ。

 これじゃあ命がいくつあっても………」

 だが、ここで予想外の事態が起きていた。

 救助する対象である月光が意識を取り戻し、氷のリングを支える氷柱を登り始めたではないか。

 

「むう、なんという執念。

 自軍に一敗を与えぬ為に、せめて相討ちを狙うか。」

「てな事言ってる場合かハゲ!」

「ん?」

「いえ何でも。」

 …最近心の声が口からだだ漏れる癖がついてきたようだ。気をつけなければ。

 そんな中、上では這い上がってきた月光に、虎丸が驚愕している。そりゃそうだ。

 

「おのれなどにそうたやすくたおされるこの月光か。」

 そう言うと月光は、虎丸に鋼の手足で乱打を加えた。

 もはや戦術も何もない、本当にただの殴る蹴るだ。

 そうか…あの怒粧墨(どしょうぼく)が消えていない事、生存の証として安心していたけれど、あれは体温の上昇よりも感情の昂りによって現れるものだった。

 あれが消えないという事実は、確かに生存も意味しているけど、同時に、感情の昂りが持続している…意識があるという事実の証明に他ならなかったのだ。

 だが、闘場の崩落が始まった今、まだ粘られると救助に支障が出る。

 闘士たちだけでなく救助する三号生に、甚大な被害が出る恐れがある。あと私も。

 そこまで考えたところで、私の足が地面から突然宙に浮いた。

 次の瞬間、私は隣の三号生の腕で、小脇に抱えられていた。

 

「え?え?なに!?」

「これ以上ここに居ると危険だ!

 勝負はまだついてはいないが、貴様を先にここから避難させる!!」

「えっ?ちょっ…」

「光を頼むぞ!

 我々は、奴らの勝負を見届け、負傷者の回収をしてから合流する!」

「承知!!」

 私を抱き上げている男が、言うや私たちが確保していた出入り口に向けて走り出す。

 

「待ってください!

 それでは残るあの人たちも、闘場の崩落に巻き込まれる危険が…!」

「我々は邪鬼様から、貴様の身の安全を第一にと厳命されている!行くぞ!!」

「待って…お願い、必ず全員、生きて戻って…!!」

 男の腕の中から振り返り、私は後方にまだ待機する三号生に向けて叫んだ。

 いつの間にか溢れた涙が氷の欠片に混じり、消えていった。

 頼むから死に急ぐな、男ども。

 

 ☆☆☆

 

 生きて戻って…!!

 

 這い上がってきたバケモノハゲにタコ殴りされ、首を極められた瞬間に、なんだかわからねえが、あの人の声が聞こえた気がした。

 懲罰房に居たおれに半年間、食事を持ってきてくれてた女の人だ。

 見た感じの年齢は、優花姉ちゃんと同じくらいだったか。

 名前は、最後まで教えてくれなかった。

 清楚で、綺麗な人だと思った。

 吊り天井のトラブルの時に、結構気の強い本性隠してたのがわかっちまったけど、それだって幻滅するほどのギャップじゃない。

 最後にもう一度会いたかったな。

 最後のメシも美味かったけど、できれば顔見てごちそうさまって言いたかった。

 

「総長、お先に脱出なされい!

 この月光、こやつの息の根を止めてから行き申す。」

 一瞬甘い記憶に浸りかけたおれを、月光の不粋な声が現実に引き戻す。

 そうだ。ここの闘場は今危険なんだった。

 

「ウム、まかせたぞ。」

 奴らの大将が、こいつを信頼しきった様子で背を向ける。

 一方で、俺たちの大将は、おれを心配して動けずにいる。

 

「虎丸───っ!!」

 これじゃまずい。

 おれは首を極められながらも、精一杯声を張り上げた。

 

「桃、何をぐずぐずしてる!

 ここは俺にまかせておけ!」

 だが桃は動かない。くそ、何やってやがる。

 

「早くいくんだ、このままおまえまで死んじまったらどうするんじゃ───っ!!」

「馬鹿言うんじゃねえ。

 このままおまえを見捨てていけるか。

 おまえの勝負、最後まで見届けるぜ。」

「馬鹿野郎───っ!!」

 全滅した時点で俺たちの、男塾の敗北が決まる。

 そしたら、先に逝ったJや富樫が、何の為に戦ったのかわからねえだろうが。

 焦るおれに、月光がせせら嗤いながら言う。

 

「何をたわけた事を。

 仮にあやつが生きて脱出し、われらの総長と戦っても、万にひとつの勝ち目もあると思うかっ!!

 あのお方こそ『驚邏大四凶殺』の覇者となるにふさわしいお方よ!!」

 そう言うと月光は、そばに落ちていた尖った氷杭を手にした。

 

「こいつでとどめじゃ───っ!!」

 おれの腹が、その氷杭に貫かれる。

 その冷たい感触に、おれの身体が崩れ落ちる。

 駄目だ。脚が身体を支えきれない。

 

「虎丸───っ!!」

 桃の声が遠くに聞こえる。

 

「おまえもこれで心置きなく脱出できるだろう。

 わたしもそろそろ行かせてもらう。」

 おれを貫く氷杭から手を離した月光が、先ほどおれに渡された板を、拾うのが見えた。

 目の前を、その足が通り過ぎようとする。

 おれは夢中で手を伸ばすと、その足首を捕まえた。

 

「き、貴様!」

 驚愕に慄く月光に構わず、おれは桃に訴えかける。

 

「行くんだ桃…Jや富樫、そして俺の死を無駄にするんじゃねえ。」

「は、離さんか───っ!!」

「ヘッヘへ。虫のいい事言ってんじゃねえ。

 てめえも地獄へ道づれだぜ。」

 と、天井からの氷の量が急に増えて、見上げると円柱形の氷の塊が、おれたちの頭上に落下してくるのがわかった。

 

「天井の中心の支点柱が抜けた──っ!!

 あれが完全に抜けたら、この洞はひとたまりもなく崩壊するぞ──ーっ!!」

 月光が叫び、おれも桃に向けて叫ぶ。

 

「桃、早くトンネルの中へ入れーっ!!」

 それでもまだ桃は、呆然とこちらを見つめたままだ。

 …このタイミングで何故か唐突に、またあの人のことを思い出した。

 

『あなたが死ぬなら、私も一緒に死にます。

 私を死なせたくないなら、根性で耐え切ってください。』

 逃げろと言ったおれの言葉に首を振り、強い目をおれに向けた彼女。

 自分の命をおれに預け、おれを奮い立たせる為。

 その根底に、おれならば可能であるという信頼が、確かにあった。

 今の状況は違う。

 桃、おまえが命を張ったところで、おれはもう助からねえ。

 俺の為に死んじまったら、それは単なる無駄死にだ。

 

「ば、馬鹿野郎───っ!!」

 俺は桃に向かって叫ぶと、月光の身体を抱え上げ、落ちてくる支点柱をそれで受け止めた。

 これでおれの手が塞がっても、こいつはもうおれを攻撃できねえ。

 間違いなく地獄へ道づれだ。

 

「さあ行くんだ桃。

 これでもまだわからねえなら、てめえに男塾一号生筆頭としての資格はねえぜ。」

 おれの言葉に、桃が氷の壁を、力任せに殴りつけるのが見える。

 

「忘れねえでくれ。おれの名は虎丸龍次。

 今度生まれ変わってくる時も、桜花咲く男塾の校庭で会おうぜ。」

「………………ああ忘れねえ。

 虎丸龍次って大馬鹿野郎の名をな……。」

「それでいい。さあ行け。

 もう決して後ろを振り向くんじゃねえ!

 必ず勝てよ、この『驚邏大四凶殺』ーっ!!」

 桃の白殲ランの白い背中を見送ると、おれの意識は暗闇に沈んだ。

 

 生きて戻って…

 

 悪いな。そのお願い、聞いてやれそうにない。

 

 ・・・

 

「またせたな。」

「フッフフ、いい顔になっておる。

 友を三人なくす前とは別人のような、闘う男の顔だ。」

 

 ☆☆☆

 

 …結果から言うと、三号生は全員、無傷とは言えないが戻ってきてくれた。

 これまでの戦いで一番重傷の虎丸と月光を連れて。

 

 私をあの場から連れ出した後、あの洞は完全に崩落したのだが、どうやら彼らの仕掛けによる気温上昇が功を奏し、落ちてきた氷は中央の支点柱以外ほぼ全体が溶けて脆くなっており、三号生たちを下敷きにするほどの塊ではなくなっていたそうだ。

 ただ、その支点柱の下敷きになった闘士2人は、そもそもが重傷だった事もあり、救出された時には失血と低体温で瀕死と言ってよかった。

 どっちも大して変わらないが、敢えて比べるとより重傷なのは月光の方だ。

 というか、正直生きてるのが不思議なくらいのレベル。

 あの伊達臣人という男に対する忠義ゆえか、それとも三面拳最強の男の誇りゆえなのか。

 恐らく両方が、本来なら死んでいてもおかしくない身体を突き動かしていた。

 それにしても、遠くから闘う姿を見ていた時は、とても恐ろしい男に見えていたのに、こうして横たわって目を閉じている顔は、なんて穏やかなのだろう。

 全身の傷をほぼ完璧に塞いでから、造血の処置をする。

 こればかりはひとつでも傷を残したら、せっかく血液を増やしても流れ出てしまうから仕方ない。

 月光の治療を終え、次は虎丸の番だ。

 足の骨折は、綺麗に折れてるから通常の手当だけで済まして、潰れた右の拳は治してやらなければ。

 でも何よりも腹部の刺し傷。

 刃物ではない、氷杭で穿たれたそれは、ひどく大きく口を開けており、正直見るに耐えなかった。

 腹部全体に氣の針を打ち込む。

 もこもこと皮膚が盛り上がってきて、傷はすぐに塞がったものの、傷自体あまりにも大きかったせいか、内部が完全に治癒するまで長時間の睡眠を経た後、同じ治療をあと2回ほど続けなくてはならないだろう。

 それから拳を治療して、先ほどの月光と同じように、造血の処置を施す。

 と、目の前がぐらりと揺れたと思ったら、全身の汗腺から汗が一気に吹き出てきた。

 まずい…氣を使い果たした。

 まだ、桃と伊達が…四の凶が、私を、待ってるのに……。

 

 私は己の身体を支えきれず、治療を終えたばかりの虎丸の胸の上に倒れこむと、そのまま意識を失った。


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