婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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朝チュン(笑)
はたから見れば充分BL。


2・祭の終わりの刹那の中で

「光?」

「……お疲れ様です、桃。

 傷を見せていただけますか?」

 真夜中の男根寮。

 本来なら一号生は寮の部屋を数人で使う(部屋数は余っているくらいなので、現在せめて2人一部屋くらいにさせるよう、塾長を通じて寮長に申し渡してある。多分近日中には改善される筈だ)のだが、私の治療の手を入れる事を考えて、今日は一部屋を臨時の救護室にして、桃を一人で休ませていた。

 つまりここは本来の彼の部屋ではない。

 さっき伊達と三面拳の様子を見舞ったのと同じように、桃が眠っている間に治療をしてしまおうと思っていたのだが、予想に反して桃は私が訪ねた時、こんな時間になっても、まだ眠っていなかった。

 疲れ切っている筈なのに、戦いの余韻でもあるのかもしれない。

 正直、己の中に引っかかるものがあるせいで、この子と今日はまともに顔を合わせたくはなかったのだが、会ってしまったものは仕方ない。

 一通りの治療を施してから、睡眠導入剤を飲ませる。

 これで、明日には完全回復している筈だ。

 

「これで終了です。

 後は今夜一晩、ぐっすり眠ってください。

 では、失礼。」

 だが、その場を辞すべく立ち上がりかけた私に、桃が少し訝しげに声をかけてきた。

 

「光…なんか、怒ってないか?」

 …鋭いなコイツ。

 いや、とりあえずここは、笑って誤魔化すことにしよう。

 

「いいえ全然。おやすみなさい、桃。」

 仕事用の顔で微笑んで、強引に話を終わらせようとする。

 大抵の男はこれで誤魔化されてくれるんだが。

 

「待てって。

 このまま置いてかれたら、気になって眠れやしないぜ。」

 …やはり桃は『大抵の男』ではないか。

 ていうか、全身の傷の治療を終えたばかりだから仕方ないのだが、下帯いっちょで詰め寄るのはやめて欲しい。

 

「ご心配なく。

 先程の薬が効いてきたら、嫌でも眠れますよ。

 はい、布団に戻りなさい。」

「やっぱり何か怒ってるだろ?

 俺が何かしたんなら謝るから、理由を言ってくれ。」

 私が立ち上がって背を向けると、桃は私の肩に手をかけ、強引に彼の方を向かせた。

 

「…手を離しなさい、『剣』。

 私に、怪我人を攻撃させないでください。」

 軽く睨みながら、脅すように言うと、何故か桃は、悲しそうな目で私を見つめて言った。

 

「……嫌だ。

 おまえにそんな顔をさせたままで、離せない。」

 …そんな顔って、私がどんな顔をしていると言うんだ?

 そんな疑問が湧いたが、何故か私の口からは、別な言葉が漏れ出した。

 

「一号のみんなの手は離そうとしたくせに?」

「え?」

 言ってしまった。

 言わずにおこうと思っていたのに。

 だけど、言ってしまったら、もう止まらなかった。

 

「このたびの『驚邏大四凶殺』、戦っていたのは、あなた方4人だけではありません。

 松尾も、田沢も、極小路も、他のみんなも、全員があなた方と一緒に、命懸けで戦っていた筈です。

 それなのに…勝ち残って、拾った命を、あなたはそのまま捨てようとしましたよね?」

 そりゃあ桃の気持ちだってわからなくはない。

 一応全員の命を助ける為に私たちが裏で暗躍していたとはいえ、彼はその事を知らず、仲間を全員失ったと思っていたのだ。

 だけど彼の『仲間』は、一緒に『驚邏大四凶殺』を戦った三人だけだったか?

 答えは否。

 だから、それだけは、どうしても許せなかった。

 

「光…おまえが、何故その事を…?

 …いや、そうだ。J、富樫、虎丸…あいつらの負った傷、本来あんなもんじゃなかった。

 治せるとしたら、おまえだけだ。

 …ずっと近くで、見ていたのか。

 俺たちの戦いを…!」

「そんな事はどうだっていいんです!

 ねえ、あの子達が、あなたが生きて帰ってきた時に、どれだけ喜んだことか、その場に居なかった私にだって判る事、あなたはもっと判りますよね?

 あなたは彼らの、その手を離そうとしたんですよ?

 それって、裏切りと同じじゃないですか!」

 違う。こんな事が言いたいんじゃない。

 裏切っていたのは私だ。

 そもそも私は桃には、いつか償わなければいけない負い目がある。

 それをせめて謝る事もさせないまま死のうとした事に、理不尽に腹を立てているだけ。

 全部、私の我儘だ。

 それでも、わかっていても私は、桃を責める言葉を、止める事ができなかった。

 私は、ひどい女だ。

 だから言いたくなかったのだ。

 冷静に話せない事が判っていたから。なのに。

 

「すまなかった…光。」

 ひどいのは私なのに。

 どうして謝るんだ。この男は。

 

「私に謝ったって仕方ないでしょう。

 もっともこんな事、あの子達には言えやしない。」

 だから、違う。そうじゃない。

 

「だからだ。

 俺の浅慮のせいで、あいつらの心全部、おまえ一人に背負わせるところだった。

 だから…すまない。」

「…ほんとですよ。私、関係ないじゃないですか。

 あの子たちのことを考えるのは、筆頭であるあなたの仕事でしょう。

 なんで私が、そこまで背負わなきゃいけないんですかっ…!」

 言いたくないのに。傷つけたくないのに。

 なんで私の口からは、こんな言葉しか出てこないんだ。

 なんで涙が出てくるんだ。

 そんなどうしようもない状態の私に、桃は両腕を伸ばすと、背中に掌を触れた。

 気がつけば、私は、桃の腕に抱き寄せられ、その胸に優しく抱きしめられていた。

 

「そうだな。

 本当に…悪かった。そして、ありがとう。」

 深く落ち着いた声が、耳に心地よく響く。

 触れた胸板から、心臓の鼓動を感じる。

 なにより、穏やかで心地良い氣が、身体全体を包んでくる。

 

 ああ、桃は、間違いなく、ここに生きている。

 そのことをもっと実感したくて、私は桃の身体を抱き返した。

 

「桃が…あなたが生きていてくれて、本当に…良かった。

 帰ってきてくれて…良かった。」

 つまらない意地も、悔恨も、怒りも、取っ払ってしまえば、結局最後に残ったのはこの気持ちだけだった。

 

「お帰りなさい…桃。」

「ああ。ただいま、光。」

 

 と。

 突然、桃の体重が、私の方にかかってきた。

 

「…?」

「……なんだ?急に、眠く…」

 ああ、そういうことか。

 

「薬が効いてきたんですよ。

 はい、今度こそもう横になって、ゆっくりおやすみなさい。」

 倒れかかる彼の身体を支え、布団のある方に導く。

 そうしたつもりだった。だが。

 

「…光も。」

「え?」

「光も、一緒に…。」

「いや、何を言って…ちょ、桃!!」

 桃に肩を貸して布団に連れていき、中に押し込んだ筈が、桃は私の身体を離してくれない。

 何をどのようにされたものか、私は桃と同じ布団に引き込まれ、胸に彼の頭を乗せられていた。

 

「頼む。もう少し…このまま、居てくれ。

 俺が、眠るまででいい、から…。」

「桃……。」

 …唐突に、御前のところに来たばかりの頃、豪毅が熱を出した事があったのを思い出した。

 女中さんの世話を何故か拒み、私を呼んだ彼は、やはり眠るまででいいと言って、私の手を握って離さなかった。

 あの日は結局彼と一緒に眠って、後で女中さんに甘やかすなと小言を言われたものだ。

 けど、純粋に私だけを頼って、必死に伸ばしてくるその手を、振り払う事が出来なかった。

 …今も、同じだ。

 

 ・・・

 

「寝た…よね?」

 規則正しい呼吸を確認して、私はそっと身体をずらす。

 桃の頭を持ち上げ、その下に枕を当てがって、這うようにして桃の身体の下から脱出した…つもりだった。

 

「っ!?」

 寝ている筈の男に、唐突に、両手を掴まれ、再び引き寄せられた。

 先ほどまでより堅固にホールドされ、抑え込まれる。

 元々体格差があり過ぎるのだ。

 完全にのしかかって来られたら、私では抵抗しようがない。

 しかも一番肝心の手を押さえられている。

 

「ちょ、桃!起きてるんですか?」

 私の質問に桃は、私の耳元で相変わらず規則正しい寝息で答える。

 どうやら眠っているのは間違いないらしい。

 って、これもう、寝相が悪いとかいうレベルじゃないだろ!

 ていうか、心なしか脚にさっきから……当たっているのだ。

 何がって?聞くな。

 

「こ…困った。どうしよう。」

 あまりの事に、覚えず半泣きになる。と、

 

「…どうした?」

 聞き覚えのある声が、部屋の入り口から低く響いて、私は凄く苦労して顔をそちらに向けた。

 

「塾長!」

 ほんの二日ばかり顔を合わせなかっただけなのに、なんだか随分久しぶりに会ったような気がする。

 塾長は私の置かれている状況を目の当たりにし、何故かニヤリと笑って言った。

 

「これはまた、随分と大胆な真似をしているのう。」

 ヤメロ。ていうか、指導者なら止めろ。

 

「呑気に笑ってないで助けてください!」

 思わず強く言ってしまってから、慌てて声のトーンを落とす。

 

「…あの、できれば剣を起こさないように、そーっと。」

「それは、なかなか難しい注文だな。」

「眠るまで一緒に居てくれって言われて、寝たと思ったら抱きつかれて。

 ここで起こしたら、また最初からやり直しですから。

 強制的に寝かしつけるにしても、まずは腕が自由にならないと。」

 私が状況を説明すると、塾長は顎をさすりつつ、屈んで私の顔を覗き込んだ。

 

「ときに、この後ここを出たら、貴様はどうする?」

 …塾長が訊ねながらニヤニヤ笑う。

 この顔はなんか企んでる顔な気がするが、今は考えても仕方ない。

 

「え?勿論、他の子たちの様子を見に行きます。」

「…それは必要なことか?」

「治療は完璧に施してありますから、心配ないとは思いますが、念の為。」

 私の答えを聞くと、塾長は立ち上がり、

 

「…どうやら、このまま捨て置いた方が良さそうだな。」

 と言ってから、入ってきたドアに身体を向けた。

 

「えっ!?」

「これほどの男に甘えられるなど、女冥利に尽きるであろうが。

 今夜はこのまま、剣の隣で、おとなしく休んでおれ。

 貴様に倒れられたら、明日からの仕事が立ち行かぬわ。

 何せ、三号生どもに貸している間に、日々の事務仕事は溜まる一方だからな。」

 …なんか鬼のような事言われた気がするが、それよりも。

 

「そんな、塾ちょ…」

「ほら、騒ぐと剣が目を覚ますぞ?」

「うっ…!」

 もう一度ニヤリ笑いを私に向けてから、塾長はドアノブに手をかける。

 

「ま、待ってください。

 もし、万が一、剣が私に無体な真似をしてきたら、どう責任をとっていただけるんですか…。」

「その場合、責任を取るのは剣だろうて。

 逃げようとて決して逃がさぬから安心しておれ。」

「違う、そうじゃない…!」

「フフフ、わしが男塾塾長江田島平八である!」

 …もう泣いていいだろうか。

 

 ・・・

 

 あったかくて気持ちいい。

 ぽかぽか陽気の中で、草原に寝転がって、流れる雲を眺めながら眠ったら、こんな感じだろうか。

 

「………る。光。」

「………………ん?」

 誰かに名前を呼ばれ、重たい瞼をなんとか開く。

 まだ夜も明けぬ薄暗闇の中、目の前のものに焦点を合わせると、無駄に端正な顔が間近で微笑んでいた。

 

「おはよう。ずっと居てくれたんだな。」

「………っ!!」

 思わず飛び起きて、自身の状況を確認する。

 結局あのまま、私は眠ってしまったらしい。

 

「心配すんな。何にもしてやしないぜ。」

 桃がからかうように笑いながら言う。

 

「あ、あたりまえです!…怪我の具合は?」

 …見た感じ、顔色は悪くないようだが。

 

「フッ、おまえが治療してくれたんだ。

 悪くなってるわけがないさ。」

 桃がそう言って私に向けたのは、完全に信頼しきった目だった。

 

「良かった…。」

 思わず、ホッと息をつく。

 何せ、昨日の私は冷静ではなかった。

 今更治療の手が感情に影響されるとは思わないが、判断を間違う恐れはある。

 そんな私に、桃は手を伸ばすと、右の掌を私の頬に触れた。

 ほんの少しの間そうしてから、名残惜しそうに手を離す。

 

「…まだ夜明け前だ。

 他の連中がまだ目を覚まさないうちに、光は自分の部屋に帰った方がいい。

 …前に昼寝の件で俺と、おかしな噂が立っちまったからな。

 これ以上は嫌だろう?」

 …あの件はおまえ、自分でも煽っただろ。けど。

 

「…あ。そうですね。お気遣い感謝します。」

「いや…俺が引き止めちまったからな。

 でも、居てくれて嬉しかった。

 ありがとう、光。」

 そう言って、何故か幸せそうに優しく微笑んだ顔が一瞬だけ、かつて私が殺めた人の顔と重なった。

 私が見たその男の、最後の笑顔と。

 そう思ったら見ていられなくて、私は桃に背を向けた。

 

 そんなに優しい目で、私を見ないで。

 壊れてしまいそうだから。


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