婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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フラグ立てというよりは小ネタかもしれん。


3・幾つもの偶然が君を想い出に変えるその前に

 富樫に差し入れを持っていきつつ傷の状態を見て、心配なしとの判断を下した後、虎丸のいる部屋を訪ねた。

 虎丸の入寮は『驚邏大四凶殺』の戦いの後になった為、今は空いている部屋を一人で使っているらしい。

 近々部屋割の再編成があるので、その時に改めてルームメイトが決まる事になるだろうが。

 彼は脚を骨折しているのだが、腹部の傷の方が大きかった為、今はそちらを優先して治療している。

 彼の場合何回かに分けて治療を行う必要があるので、しばらくはまた毎日、彼のもとに足を運ばねばならないだろう。

 まだまだ、虎丸との縁は切れそうにない。

 

「…やっぱり、おまえだよな。」

「え?」

 今日の治療が一通り済んで、帰ろうとした時に、それまで黙っていた虎丸が口を開いた。

 

「まず礼は言っとくぜ。

 半年間、メシ運んでくれて、ありがとな。」

 うは。やはりバレてた。

 多分だが、『驚邏大四凶殺』に挑む前、私をじっと見ていたあの時には、もう気付いていたのだろう。

 

「…どの時点で、なにから気付いたんです?」

 私のメイク術は完璧な筈だ。

 顔の印象だけで気付かれた可能性は低い。

 桃が、私の癖を見抜いて『彼女』を私だと判断した時のように、私が何かヘマをしたのだ。

 自分では気付かないうちに。

 

「匂い。」

 だが、虎丸の答えは、私にとっては一番意外なところをついていた。

 

「えっ…。」

 思わず自分の腕を鼻に近づけて確認してしまう。

 その行動を見て、虎丸は小さく笑った。

 

「今はしねえよ。

 出発前に、あの人からだって言ってメシ並べてくれてた時、おまえからあの人の匂いがした。

 そんでもあの時点じゃあ、まだ半信半疑だったけどな。」

 …そうだ。あの日は桃に頼まれて、急いで虎丸の食事を持って行った。

 その際化粧は落としたけど、シャワーを浴びる時間がなくて。

 そしていつも、虎丸のところに行っていた時に使っていた白粉は、微かに香りがついていた。

 …迂闊だった。

 

「それに、その技。

 効果は違うかもしれねえが、受けた時のピリッとした感覚は一緒だった。

 印象は全然違うけど、そう思って見りゃよく似てるし、身長もそういやそのくらいで…もう、別人だって思う方が不自然だろ?」

 やはり虎丸は頭がいい。

 なんにも考えてないようで、意外と考えてる。

 考えてるようで考えてない時もあるが。

 

「…そう、ですね。」

 完全に敗北を認めた私の肯定に、虎丸は大袈裟にはぁっと息を吐いた。

 

「でもなぁ…おまえ、なんでわざわざ、女の格好なんてしてたんだよ?」

「は?」

「それに、俺に隙を作る為とはいえ、男同士でほっぺにちゅーとか、やりすぎだろうが。」

「へ?」

「てゆーか、おれ本気で、あの人に憧れてたんだぞ。

 おれの純情返せよ、オイ。」

「ほ?」

「ちっきしょ──!!

 よりによって男に…騙された───っ!!」

「!?ごっ、ごめんなさい───っ!!」

 …奇跡的に、はてしない誤解によって、私が女であるという事実を虎丸に知られずに済んだ。

 済んだのだが…うん、なんか、私の中ではかなり複雑だ。

 

 ☆☆☆

 

「ガッハハハ!

 なんだよ、それじゃ光、わざわざ女装までして、懲罰房に通ってたのか!?」

 騒ぎを聞きつけて何事かと駆け寄ってきた富樫や他の一号生が、事情を聞いて大笑いする。

 

「…塾長命令だったんですよ。

 女の格好で行けば、虎丸は絶対に暴れないからって。」

「…まあ、確かにその通りだったけどよ。」

 私の説明に虎丸は、左手の人差し指で頬を掻いた。

 そして、何故か右手は私の腰を抱いていて、さっきから何度離れようとしても、その度に引き寄せられていた。何だ?

 

「ていうか、わしらも見てみたいのう。

 光の女装。」

 松尾が私を見て、ニヤニヤ笑いながら言う。

 

「…やめてください。

 単なるお目汚しで、見せるほどのものではありません。」

 多分この件は、私がここにいる間は、黒歴史としてついてまわる話となるだろう。

 それが判っている事に、これ以上の上塗りをするつもりはない。

 

「そんな事ねえよ!すっげえ美人だったぞ!」

 虎丸がそう言いながら、何故か嬉しそうに私に背中から抱きついてきた。いや、ちょっと。

 

「何故でしょう。

 そんな事を褒められてもまったく嬉しくないのは。」

 というか離せ。

 

「…虎丸。いい加減光から手を離してやれ。」

 そんな私の心の声が聞こえたわけではないだろうが、Jが虎丸に声をかける。が、

 

「んー?いいだろ、別に。

 男同士なんだし、こいつスッゲー抱き心地いいし。」

「…問題発言やめてください、虎丸。」

 つか、ほっぺにちゅーはアウトなのに男同士で抱きつくのはいいのか?

 おまえの基準、どうなってるんだ。

 

「やめろ!

 光さんに抱き付きたいのは虎丸だけじゃないぞ!」

「椿山、それ助け舟になってません…!」

「…抱き付きたいとは思った事はないけど、ほっぺとかスゲー柔らかそうとは、いつも思ってんな。

 この際だから俺も触っていいか?」

「え?…極小路?」

「あーわかるわかる。髪もサラサラじゃしな。

 ちーっと触ってみたいと思う事は、わしもたまにあるのう。

 どれどれ…うん、やっぱりすべすべのサラッサラじゃあ!」

「…ま、松尾?」

「光は、その辺の女の子よりよっぽどべっぴんじゃからな。

 肌なんか男とは思えないくらい綺麗じゃしのう。

 光が塾長の息子じゃなく俺らと同じ塾生で、一緒に風呂とか入っとったら、確かに我慢できずに抱きついたりしてるかもしれんな。」

「ええっ、た、田沢っ?

 ……ギャ───!と、富樫、助けてください!!」

 唐突に妙な展開に突入し、私は富樫に助けを求めた。

 が、その富樫は何故か学帽を深くかぶり直しながら、更に衝撃的な発言をする。

 

「…すまん、光。この際だから謝っとく。

 俺、いっぺんだけおまえで抜いた…!」

「その告白、今する意味あります!!?」

 思わずつっこんだが、何故かその富樫の発言に、他の一号生が次々と挙手した。

 

「富樫、大丈夫だ!

 それだったらここにいる全員、一度は光をネタに使ってる!」

「えええっ!?」

「いやあ、わしらの身近にいるだけあって、反応とか声とかもリアルに想像ができるから、ついな。

 ハハハ…。」

「なんて事だ…知らない間にこんなに大勢の男の脳内で、光さんが汚されている…!」

「椿山なんて、1回や2回じゃないだろ?」

「当たり前だ!

 俺は妄想の中だって光さん一筋だ!

 今なら断煩鈴をやらされても、鈴を鳴らさない自信がある!」

「光の写真使われたらアウトだろうが!」

「ああーっ!!」

 …うん、ここはいわば閉鎖空間で、そこに独特の空気感が生まれてくるのは理解できる。

 多分私が彼らの中でも『女』であったなら、実際に同じ事をしていたとしても、彼らは私本人に対して、それを告げる事はしないだろう。

 私を『男』だと思っているからこそ、こんなにあけすけにそれを口にするのだ。

 そして、女と違い定期的に生理で排出されない、使わずにいれば劣化するだけの生殖細胞を、自力で排出しなければならない肉体の構造も理解できる。

 

 けど…けどね?聞きたくなかったよ?

 そんな、若者のリアルな下半身事情とか。

 そして『男』の私も、この閉鎖空間では充分に、性欲の対象になり得るという、恐ろしい事実とか。

 もう、半泣きになってたら、私を抱いたままの虎丸が、

 

「何だよ。モテモテだな、光。

 さすがはおれが見込んだ男だぜ!」

 …何か変な事言い出したこの子。

 

「だが、おれには女装姿の光っちゅー、お前らにはないネタがある!

 懲罰房ん中じゃ、ンな余裕はなかったが、今夜早速使うことにするぜ!」

「うおお──!虎丸の脳内覗きてえー!!」

「というより、このまんま今から、光を女装させてみんか!?」

「そりゃいい考えじゃ!

 愕怨祭の準備の時に、倉庫に厭劇(えんげき)用の衣装があったの見たぞ!」

「虎丸、独り占めはなしだぞ!」

「チッ、仕方ねえな。」

 って、なんか変な方向に話進んでる──ッ!!!!?

 

「う……うわ───ん!

 J、助けて!ここにケダモノの群がいますー!!」

 もう本気泣きで、ちょっと離れたところで困った顔してるJに向かって叫んだら、

 

「…あ、助けに入って問題ないのか?

 ひょっとしたらこれは日本の文化なのかと、少し悩んだのだが…。」

 となんかボケた答えを返され、本人意図してないだろうが、トドメ刺された感じになった。

 

「そんなわけあるか───っ!!」

 …結局、私はJの手で虎丸の腕から救出された。

 

 Jは私が女だって事を知っている筈なんだけど、なんか時々忘れるっぽい。

 というかどうも、私と兄を同一視してしまう時がまだあるようだ。

 プンスコしてたら送られて帰ってきた執務室で謝られ、あのデカい手でアタマ撫でられた。

 許す。

 

 …桃はこの時、部屋でまだ眠っていたそうだ。

 後で事情を聞いた時に、

 

「…光が助けを求めたのがJで良かったな。

 これが赤石先輩だったら、三年前の事件の再現になってたぞ。」

 って言って皆を恐怖で凍りつかせ、改めて『光に対する下ネタ禁止』を言い渡してくれたらしい。

 てゆーかソレ私も怖いわ。

 まあ、場所が男根寮内だし、偶然赤石が通りかかる事とか絶対ない場面ではあったにせよ。

 

 ☆☆☆

 

『驚邏大四凶殺』の参加闘士4人には、1ヶ月の休養期間を与える事となった。

 その間に私はまた天動宮に呼び出され、伊達と三面拳が入塾を承諾した事、それに伴い関東豪学連が解体した事などを告げられて、労いの言葉を貰った。

 

「我らの提案を受け入れ、『驚邏大四凶殺』を執り行っていただいた事、塾長には大変感謝していると伝えてくれ。」

 と言われたんだが、正直めんどくさいと思った。

 塾長と三号生、とりわけ邪鬼様との関係は未だによくわからない。

 だがとりあえず、面子だのなんだのが色々絡んで、実にどうでもいいところで複雑化してるのはなんとなくわかる。

 男って本当にめんどくさい。

 あと、その際に死天王より階級は下になるがやはり三号生の主戦力ではあるという3人を紹介された。

 そのうち一人は、確か初めてここを訪ねた際に会った片目の男だった。

 名を独眼鉄というらしい。

 …そのまんまじゃねえか。

 あと、病んだ雰囲気と鍛えられた身体が全く合っていない長髪の男が蝙翔鬼、シルクハットを被り鞭を持った、多分道で会ったら即座に通報しそうなチョビヒゲ男が男爵ディーノ。

 この3人は普段、天動宮の門番のような事をしているらしく、私が最初に独眼鉄と会った時も、その業務の一環だったそうだ。

 あのまま進んで、蝙翔鬼と男爵ディーノが出す課題をクリアしてから開く奥へと進むのが本来のルートだったそうだが、私の場合まず羅刹に取次ぎを頼んでいたから、残りの過程をスルーできたわけだ。

 ……後で赤石に改めてお礼言っとこう。

 彼が羅刹に仲介を頼めと教えてくれてなかったら、邪鬼様と会う前にとんでもなくめんどくさい試練課せられていたっぽい。

 

 ・・・

 

「もっと氣の総量を増やす必要があろうな。

 6人目の治療の後に一度倒れたと聞いたぞ。

 俺が着いた時は二度目だったという事か。」

「うち1人はほぼ無傷に近い状態でしたので、実質5人です。」

 …そう、伊達の治療を終えた直後、倒れた私を受け止めて、抱き上げたのは邪鬼様だったそうだ。

 最初に会った時といい、この人は私を随分子供扱いしていると思う。

 

「それでも以前よりは、だいぶ増えた方だと思っていたのですが。

 まだまだ修行が足りません。」

 つい自分の掌を見つめながら、ため息まじりに反省する。と、

 

「…フッ。」

 思わず、といった風情で笑った声に見上げると、謎に微笑む邪鬼様と目が合った。

 …いつもこの人を見るたびに感じる、豪快な見た目とは裏腹な、『儚い』という印象は、一体何なのだろう。

 

「…何か?」

「いや…貴様を見て、いずれ我が子も同じ悩みを抱えるようになるのかと、つい思ってしまっただけだ。」

「邪鬼様には、お子さんがいらっしゃるのですか!?」

 初耳だ。だが邪鬼様は30前くらいの筈だから、年齢的には全くおかしくない。

 

「息子が一人。数えで三才になる。

 春に元服の儀を終えたから、大豪院家の習わしでは既に成人だ。

 俺のような特異体質の持ち主ではない故、修行で総量を増やしてもいずれは壁にぶち当たろうがな。」

 いや3才で成人って…てゆーか数えって言った!?

 て事は事実上は2才、生まれ月によってはそれにも満たないって事なんですがそれは。

 そもそも今の時代に元服の儀とか、しかも大豪院家の習わしとか、いやな予感しかしない。

 どういうふうに想像しても、児童虐待の絵面しか浮かんで来ない。

 いや待て。その状況、母親はどう見てるんだ?

 子供がいるって事は、その母親がいるって事だよね?

 つまり邪鬼様の奥さんが。

 

「ええと…その儀式の事とか、奥様は、どのようにおっしゃってるんですか?」

「奥様…?」

「ええ、邪鬼様の。」

「息子の母親という意味ならば、もうこの世には居らん。

 子を産んですぐに死んだ。」

「えっ…も、申し訳ありません。」

「いや…だが、そうか。

 俺の息子の母親だから、俺の妻と呼んでも、おかしくはないというわけか。」

「邪鬼様?」

「…遠縁の女だった。

 俺の精通の儀の相手になった後、一度嫁して戻ってきて、本家の長である俺の父から、俺の子を産むよう命じられたもので、少なくとも向こうには、俺に対する感情はなかった筈だ。

 だが、嫁した先で産んだ娘を引き取る事を条件に、俺の子を産む事を承諾した。

 …そうでなければ、もっと長く生きられたであろうものを、な。」

 …聞かれてもいない事をしみじみと語り出した邪鬼様の言葉は、半分くらいは私には理解できない話だった。

 多分だがこの人、すごく特殊な環境で育っていながら、自分ではその自覚がない。

 だが、それでも一つだけ、理解できた事がある。

 その人は多分だが、邪鬼様にとっては『初恋』の人であったのだろうという事。

 そして邪鬼様は、己が抱いてるその人への感情を自覚しないまま、その人を失ってしまったに違いない。

 それでも、子供のことを話した邪鬼様の顔には、何処か誇らしげな彩が見えた。

 それは親としての感情なのか、それとも愛する人と形を残せた男としての自信なのか。

 この人から見ればまだ子供の私にはわからない世界だけれど。

 

 …ん?私を見て息子を思い出した?

 この人本気で私の事、子供だと思ってるんじゃない?


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