婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
「光どの。塾長なら出かけられましたぞ。
今日はお戻りになられぬ筈です。」
塾長室のドアの前に立ち、ノックをしようとしたら鬼ヒゲ教官に声をかけられた。
「え?そうなんですか?ありがとうございます。」
今日は久しぶりに塾長と一緒にお昼ご飯を食べようと思ったのに。
お弁当を片手にちょっと途方にくれる。
執務室に戻って一人で食べてもいいけど、今日はお天気もいいし、校庭に出て外で食べようか。
虎丸の治療と編入生4人を入れる部屋の清掃…のついでにこれから部屋割を変える為今後使う事になるだろう空き部屋の清掃(本当はこれは寮長の仕事だと思うんだけど)で、毎日男根寮に通ってるから顔だけは合わせてるけど、今は桃もJも休養期間中で登校してきてないから、あの桜の下には誰も居ないだろう。
あそこで食べることにしよう。
…と思ったら先客がいた。
かなり癖のある眩しいほどの銀髪。
太く長い手脚、大きな腰骨。
2メートル近い長身と逞しい体躯。
大きな右手が、背に負った刀に手をかける。
左手が反対側から、鞘を引く。
すらり。巨大と言えるほどの刀身が姿を現す。
その巨大な刃が閃いたかと思えば、次の瞬間、空間が桜色に染まった。
はらはらとこぼれていた季節はずれの桜の花弁が、一瞬にして細断されたのだ。
「チ……一枚逃したか。」
なんて舌打ちしてるけど、ソレ自体人間業じゃありませんから。
そもそも私の目には、最初の一閃しか見えていなかったけれど、花弁は一直線上の空間にあったわけじゃない。
ひとつの動きだけで、無数の花弁を細断するのは不可能だ。
つまり私の目が捉えられない速さで、もっと複雑な動きがあったということだ。
私が呆然と立ち尽くしていると、その男は巨大な刀を鞘に収めながら私を振り返った。
「…ちんまい気配がすると思えば、やっぱりてめえか、光。」
「お疲れ様です、赤石。
出発前の約束、果たされちゃいましたね。
つか、ちんまいとか言うな。」
二号生筆頭・赤石剛次は、私の言葉にニヤリと笑った。
会ったばかりの頃ならば怖い笑みだと思ったろうが、今の私には、それはひどく優しいものに見える。
慣れというのは恐ろしいものだ。
「何してやがんだ、こんなところで。」
「塾長がいらっしゃらなかったので、ならばたまには外でお昼をいただこうと思って。
まあでも、あなたが邪魔だと言うのであれば執務室へ戻ります。」
「邪魔だなんて言っちゃいねえだろうが。
好きにしろ。」
許可が出たので、樹の根元に腰を下ろす。
ああは言ったが、駄目だと言われる事は最初から想定していない。
そろそろ甘やかされてる事は自覚してる。
「はい。赤石も好きにしていてください。」
私が言うと何故か赤石は、私の隣に腰を下ろした。
水筒に淹れてきた冷たいお茶を、カップに入れて差し出すと、受け取って一気に煽る。
運動した後ですもんね。水分補給は必要です。
でも同行者の想定をしていなかったのでカップはひとつしかなく、返された同じカップに自分の分を入れて飲んだら、ちょっと目を
わかってますよ間接キスって言うんでしょこういうの。
いいんですよ別にどうせ赤石だし。
これが桃相手なら少しは意識するかもだけど赤石だし。
「…ちっこい弁当箱だな。
そんなんで足りんのか。」
ちょっと呆れたように赤石が言う。
「実際にはこれだと多いくらいです。
いつもは塾長と一緒に食べるんですけど、私の作るものが口に合うらしくて、結構な量を横取りされるものですから、いつも少し多めに用意してます。」
最近は天動宮に呼び出されたり男根寮に行ってたりしてお昼時にゆっくりご飯を食べる事自体ができなくて、だから今日は久しぶりに塾長と一緒にお昼ができると、ちょっと楽しみにしていたのだけれど。
ちなみに今日は鮭の西京焼きと、ひじきと豆の炒め煮、カブのぬか漬け、ご飯はきのこの炊き込みご飯。
あと甘い玉子焼きは鉄板だ。
「…ふうん。」
なんか企んでる顔だと、気付いた時は遅かった。
「あっ…!」
赤石は私の箸から玉子焼きを奪い取り、自分の口に放り込んだ。
塾長だけじゃなくお前もかこの野郎。
しかも弁当箱からじゃなく、今口に運ぼうとしたものを箸から盗るとか鬼か。
…てゆーか赤石って、風貌は鬼っぽいよね。
しかも首領格。
だから『桃太郎』に退治されたのか。
そんなしょうもないことを考えていると、
「………甘い。」
すごく当たり前のことを言われた。
「…でしょうね。」
私の玉子焼きはとてもシンプルだ。
砂糖に、それを引き立てる塩が少し。
隠し味のだし汁も、入れすぎると焼く際の卵の形成を邪魔するから、ほんの少ししか入らない。
対して、味のメインになる砂糖は結構たくさん使う。
「だが悪かねえ。
黄色いのに甘かったから少し驚いたがな。
うちの祖母さんは甘いのも出し巻きも両方作ったが、甘いやつは若干黒っぽかったんで、未だにそのイメージが抜けねえらしい。」
…ひとつ判ったのは、赤石に家庭の味を提供してきたのは、お母さんではなくお祖母さんだという事。
「…黒?黒砂糖か、お醤油でしょうかね。」
問いかけながら、弁当箱のフタに2片取って渡す。
これが一番塾長に取られる率が高いので、多めに用意してるのだ。
少しくらいなら分けてやってもいい。
だが箸から盗るのだけは勘弁して欲しい。
地味にダメージがくる。
「祖母さんはもう死んじまったから確かめようがねえが、多分両方だな。
今思えば、黒糖の変な雑味は確かにあった。
…俺は、てめえの味の方が好きだ。」
「それは…どうも。」
…なんなんだこのむず痒い感覚。
『麻耶の料理は、確かに美味いんだが、それ以上にホッとする味だな。
これ、嫌いな男は居ないんじゃないか。』
…なんでこんな時に、あの人の言葉なんか思い出すんだ。
確かに若干引っかかる部分はあったにせよ、私が手にかけた数多の男の中の一人に過ぎないのに。
しかもその言葉は私ではなく、あくまで私が演じていた水内麻耶という女性に対しての言葉なのに。
…何か、思い出してはいけないことを思い出してしまいそうだ。
………。
「……何考えてる。」
ふと気づくと赤石が、何か痛いような顔して私の顔を覗き込んでいた。
「?別に、何も。」
そういえば、何か思い出しかけていた気がするけど、何だっただろうか。
「嘘つけ。今にも泣きそうな目ェしやがって。」
泣きそう?私が?何を言っているんだこの男は。
「見間違いでしょう?私にはなんの事やら。」
嘘なんかついていない。
赤石はそんな私を、恐い目でじっと見つめていたが、やがて小さくため息を吐いた。
「…そうだな。自分じゃ気がついてねえんだろう。
だがてめえは時々、そんな目をする。
そんな時は決まって、今そこにあるものじゃなく、何か遠くを見てるような表情をした後だ。
…何を見て、何を考えてる?」
「赤石…?」
「何を抱え込んでんのか知らねえが、言ったろう。
1人じゃ重てえ荷物なら誰かに頼れと。
ここに、てめえの目の前に誰がいる?
ちゃんと見ろ。」
言うと赤石は、両手で私の頬を掴み、私の顔を強引に自分の方に向けた。
心なしか、顔が近い。
赤石は鼻梁が高いから、あとほんの少し近ければ確実に鼻がぶつかるだろう。
「…こんなに近いと却って見えませんが。」
「………黙ってろ。」
なんでだよ。
☆☆☆
面白くねえ。そう思ってた。
むしゃくしゃして刀を振るってたら、やはりどうも調子が出ねえ。
そんな中、後ろに小さい気配を感じて、振り返ったら光がいた。
例の『驚邏大四凶殺』の前日に会って話してる筈なのに、随分久しぶりに会ったような気がする。
…それくらいほぼ毎日顔合わしてたって事か。
状況が変わったのは、あいつが三号生と接触した後からだ。
恐らく三号生筆頭に気に入られたんだろう。
天動宮に3日留まって、帰ってきたと思えば、その直後に関東豪学連を率いて男塾に殴り込んで来やがった伊達の野郎に塾長が『驚邏大四凶殺』での決着を提案したら、それから執務室を訪ねても居ねえ事の方が多くなりやがった。
あまりに顔を見せねえんで、俺にしちゃらしくもなく心配になって、意を決して塾長室を訪ねたら例の自己紹介で誤魔化されたが、最初からあの人にまともな答えを期待しちゃいねえ。
少なくとも塾長の用事を片付けてるとか、そんな事ではないらしいと、判っただけでも収穫だ。
だとしたら、残るは三号生関連って事だ。
そう判断した時に、ようやくあっちから訪ねてきたのが、『驚邏大四凶殺』が行われる前日。
『ここ数日お会いしてなかったので、騒ぎなど起こしていないかと思って。』なんてどの口が言いやがる。
一番危なっかしいのはてめえだろうが。
つか、このタイミングで訪ねてきた事そのものに、なんとなく察したあたりで、ひとつの質問で確信した。
『伊達臣人というのは、どのような男だったのですか?』
間違いねえ。
こいつはなんらかの形で『驚邏大四凶殺』に関わるつもりだ、と。
今更ながら、剣に事の始末を押し付けた際に言外に参加を断った事を後悔した。
だが、闘士として参加してたらどっちにしろこいつを守る事などできやしねぇ。
…俺は、俺を頼ってきた橘をむざむざ死なせちまった。
だから、その妹だけは、必ず守ってやらなきゃならねえんだ。これは誓いだ。
それなのに、俺の手を離れてちょこまか勝手に動き出しやがって。
だがそろそろこいつの性格もわかってきている。
止めたところで無駄だ。
だから、約束を交わすにとどめた。
どこに居ても、必ず俺のところに帰ってくるように。
…なのに、『驚邏大四凶殺』が男塾側の勝利で終わり、全員帰ってきたってのに、未だにこっちに顔出さねえ、こっちから行ってもやっぱり居ねえってなどういう事だ。
まったく、面白くねえ。
振り回されてんのは、俺自身よくわかってる。
わかってるからこそ、面白くねえ。
そんな気分でいたからか、こっちの気も知らずに呑気に飯なんか食い始めた光に、何か意地悪をしてやりたくなった。
その前に茶なんぞ差し出して来たのは素直に受け取ってやったが、俺が口をつけた同じカップで平気で自分の分を飲み始めたのを見て、余計に。
無防備過ぎんだろ、この馬鹿が。
この平然と取り澄ました顔を、驚きの表情に変えてやりたい。
大人気ないと思いつつも、箸の先から黄色い玉子焼きを奪い取って、口に入れる。
だが、その行為で結果として、何故か俺自身が驚かされる事になった。
俺のイメージとは違う、黄色い玉子焼きが甘かったのもそうだが、意外にもそれが美味かったからだ。
そしてそれを褒めたら、光の表情が変わった。
…俺が期待した驚きの表情じゃなく、どこか遠くを見ているような…更にその目が泣きそうに潤んだ時、見ていられなくて声をかけた。
以前から、話してると時々そうした事があった。
今日のそれほどに顕著ではなかったにせよ。
「てめえの目の前に誰がいる?ちゃんと見ろ。」
だから、その遠くを見る目をやめさせたくて、俺の方を無理矢理向かせた。
それだけだったが、意図せず口づけの体勢になってる事に、今度も俺自身が驚いた。なのに、
「…こんなに近いと却って見えませんが。」
って、此の期に及んでまだ取り澄ました顔して、ボケた事言いやがってこのバカ女。
俺をまったく男として意識してねえ。
てめえ、女を武器にしてきたから、男の考えなんて手に取るようにわかるとか言ってなかったか?
全然わかってねえだろ。無防備にも程がある。
…確かに兄貴の、橘のかわりになると言ったのは俺だ。
その時の思いに嘘はねえ。
だが…剣の野郎がからかうように言った言葉が、今更腑に落ちてくるのを感じる。
『兄貴になるなんて言っちゃって、いいんですか?
俺としては、その方がいいですけど。』
「…黙ってろ。」
…このままこの唇を奪っちまえば、少しは俺を意識すんのか。
その取り澄ました顔が驚きに取って代わるのか。
そんなに俺を信用するな、この馬鹿。
☆☆☆
なんか知らないが赤石と至近距離での睨めっこになったと思ったら、
「なるほど。睦まじい事よ。
だが、場所は選んだ方が良いぞ。」
と、聞き覚えのある声が聞こえた。
「…っ!!?」
何故か赤石が、焦ったように私から手を離す。
頭が自由になったので声のする方を見ると、以前塾長室で会った事のある男が立っていた。
「
…あ、塾長でしたら今日は戻られないそうですよ。
私でよろしければ、伝言があればおうかがいしますが。」
いやいや、確かに一度しか会ってないけど、こんな見た目に特徴のある人、忘れませんって。
「いや、光。今日は貴様に用があって来た。」
それでも
「私に?」
「うむ。だがどうやら取り込み中のようだな。
明日にでも出直して来よう。」
そう、済まなそうに言った
その視線を受けた赤石が、バツが悪そうに明後日の方を向く。
その顔が心なしか赤い。なんだ?
「?いえ、すぐでも構いませんよ。
…あ、でも確かに食べながらお話を聞くのも失礼ですね。
少しお待ちいただいてもいいでしょうか?
10分もかからないと思います。」
「…フフフ、食事ならば急がずとも良い。
腹が減っては戦はできぬというからな。
では飯を食い終わったら、すまぬが塾長室に来てもらえぬか?」
最高権力者の執務室を、待ち合わせに使うのもどうかとは思うが。
「塾長室ですね。
承知いたしました。では後ほど。」
私と頷きあって、
去り際何故か赤石に向かって、
「……貴様も、苦労するな。」
などと、謎の言葉を投げかけながら。
・・・
「あの男、
この塾の関係者だったのか。」
「以前塾長室でお会いした時には、塾長のお知り合いという紹介しかされなかったかと思うのですが。
ああでも、この塾の名物のひとつである、なんらかの行事を執り仕切る立場だと言っていた気もします。
赤石は、あの方を御存知だったのですか?」
「御存知も何も、裏の世界じゃ有名な医者だぞ。
西洋医学じゃあねえから、日本の法律では無免許医になっちまうんだろうが、噂じゃ死んだ者だってある一定の時間のうちなら、蘇生させられるって話だ。」
「ちょっと待って。
あなたの言う『裏の世界』が気になりすぎて、そこから先のお話がアタマに入ってきません。」
☆☆☆
「お待たせして申し訳ありません、
「うむ。だが、赤石を置いてきて良かったのか?」
私を塾長室で出迎えた
「?お昼を外で食べるのにあの場に行ったら、たまたま彼が居ただけですから。
食事は終わりましたので、私があの場に留まる理由はありません。」
私が答えると、
「…フフフ、斬岩剣にても女心は斬れぬか。
誠に厄介よの。まあいい。
先ごろの『驚邏大四凶殺』での貴様の働き、見事だったと聞く。」
「あれは主に三号生の皆さんの働きです。
あの方々が、時には命懸けで闘士達を救助してくれなければ、私の出番などどこにもありません。
それに、氣の量が足りずに私は、結局最後まであの場に立っている事ができませんでした。」
ただでさえ強行軍だったというのに、倒れた私を背負って山を登ってくれたあの人には、本当に申し訳ない事をした。
二度目に倒れた時は邪鬼様が抱き上げて運んでくれたそうだが、そちらはある程度のところまで降りたあたりでトラックが待機しており、それでこちらまで帰ってきたのだという。
「確かに、貴様の氣の量は少なすぎる。
特に女の身でこんな極限状態を何度も繰り返しては、身体に影響が来よう。
というより、もう既にその傾向が出ているようだな。」
「えっ…?」
思いもよらない事を言われて、思わず
「貴様、見た目もそうだが、身体も『女』の機能は出来ていまい?
…不躾な言い方をすれば、初潮も未だであろうが。」
本当に不躾だな!失礼な事を言うな!
「生理はあります!
半年に一度しか来ませんけど!」
てゆーか、うら若き乙女である私が、なんでこんな事を主治医でもないオッサンに主張しなければならんのだ!
「なるほど。
18歳の女としては、それがある程度異常な事態だというのは理解しておるか?」
「で、でも、最初が遅かったし、こんなもんかなと。」
「何歳の時だ?」
「じゅ、15…」
くそ、顔が熱い。
「それから3年もその周期のままでは、さすがにおかしかろうて。」
仕方ないだろ!その件に関して、私の周りに比較対象が居なかったんだよ!
ついでに言えば15っても終わりの頃だったから、正確には2年とちょっとくらいだよ!
初潮を迎えた時に、身の回りの世話をしてくれてる女中さんに意を決して打ち明けたら、最初のうちは、今更何言ってんのみたいな顔されたよ!
初めてだって言ったら驚かれたよ!
豪毅は10才になる前に精通してるのにって、そんなん知らねえわ!
「今の貴様の身体は、おそらく軽めに見積もっても十一、二歳の成熟度でしかない。
そのくらいの年齢の頃から、極限まで氣を使い尽くしては回復させる事を繰り返してきたのであろう?」
断片的にしか覚えていないが、兄の発作が起こるたびに、技を使っていたのは覚えている。
そして、今思えば身体の大きさもさる事ながらやはり氣の精製の仕方が未熟だったのだろう。
一度技を使うたびに、確かに大汗をかいて倒れそうになっていたのも覚えている。
それから孤戮闘の中。
私は見た目には一番弱そうだったからか、戦いが始まれば一番最初に襲いかかられる事が多く、最初の段階ではより多くの人数を相手にしなければならなかった。
なのでせっかく敵を倒して食料を手に入れても、食べる前に力尽きて奪われる事もあって、氣の扱いをある程度、子供なりに考え直したのがこの時期。
そこからは、技を使うたびに氣が尽きるような事はなくなったし、ある程度人数が減ってからは、私に真正面から挑みかかる子がそもそも居なくなった。
その代わり、僅かな睡眠を取っている間に奇襲をかけられる事が増えて、熟睡する事が出来なくなったけど。
私の背が伸びなかったのはそのせいじゃないかと、漠然と思っていたのだが。
「本来ならば肉体の成長に使われなければならない生気を、氣の回復に費やされるから、その分肉体の成長が遅れたのだ。
このまま繰り返していたら、成長が止まった状態のまま老化して、子供の産めぬ身体になるぞ。」
そうなのか。まあ…それは別にいいんだけど。
少なくとも今のところ、子供を産む予定はない。
というか、私は私の代で、『橘流氣操術』の伝承を止めるつもりでいる。
私に子さえ生まれなければ、自然とそうなっていく筈だ。
「…と、まあ、ここまでは医者としてのわしの意見だ。
ここからが本題、大威震八連制覇司祭としての話をする。」
「いやここからかよ!」
「何?」
「いえ何でも。
その『大威震八連制覇』というのは…?
確か、三号生が今回『驚邏大四凶殺』を画策したのも、それを執り行う為だったと認識しておりますが、実際それがどういった行事であるのかまでは聞かされておりません。
前回の開催時に死者が出ている事を考えると、今回の『驚邏大四凶殺』に匹敵する死闘であるものかと、予想はできますが。」
「うむ。その通りだ。
そして参加人数はそれぞれ八名。」
うん、そうだと思った。
だから豪学連のあの4人が欲しいって言ってたんだから。
そしてあの天動宮で、私が三号生の主力とみたメンバーも、確か合計8人。
筆頭である邪鬼様をはじめ、影慶、羅刹、卍丸、センクウ、そして独眼鉄、蝙翔鬼、男爵ディーノ。
うん、間違いない。
対して男塾側(塾長サイドという意味で)は、桃、J、虎丸、富樫、あと豪学連から伊達臣人、雷電、飛燕、月光。
…今からでも富樫外して、赤石に代わりに入ってもらえないかな。
どうもあの子は危なっかしい。
実力という点で見てもそうだが、この間気になって調べたところ、この闘いに関しては特に、大きな不安要素がひとつある。
動揺した時とか、何か本心を隠したい時とかに、あのくたびれた学帽を被り直す富樫の癖を思い出して、胸の奥が微かに疼いた。
「…ところで貴様は三号生と、平八との間の確執は、理解しておるか?」
平八、ね。塾長でも江田島でもなく、平八。
その呼び方で、二人がごく親しい間柄なのだと理解する。
というか、話してるうちになんとなく感じた事だけど、この人塾長より年上なんじゃないかな。
二人とも何げに年齢不詳だけど。
「少なくとも、一般的な生徒と学長との関係でないことだけは、なんとなく。
まあ、塾生の自治に任せ切って、塾内で発生した勢力が大きくなりすぎ、派閥化したってところかなと思いますが。」
「派閥化というよりは、傘下からの独立だな。
塾内だけの話ではなく、三号生は外に対して大きなパイプを持っている。
社会的にある程度有用な位置に既に立っている以上、平八としても頭から押さえつけるわけにもいかぬわけだ。
施設使用料を納められている分、余計にな。
その上奴らは、三年に一度開催される『大威震八連制覇』を利用して、その力を誇示する事で、塾内での権力を保たんとしている。」
「その『大威震八連制覇』ですが、万事執り仕切るのは貴方なのですよね?
貴方の権限で、中止や延期を申し渡す事は出来ないのですか?」
「この件に関して、わしの立場はあくまで中立。
どちらかに肩入れした行動を取るわけにはゆかぬ。」
「そうですか…。」
「そうしてこの状態にてほぼ10年余。
無駄に均衡が保たれた状態を、ようやく崩せる絶好の機会が、遂にやってきた。
今回の闘士たちの実力もさる事ながら、貴様の存在でな。」
「へっ?」
私?この男は何を言っているんだ?まさか…、
「貴様に、今回『驚邏大四凶殺』でしたのと同じ仕事を頼みたい。
闘士たちには知られずに、16人全員、生かして闘いを終わらせたいのだ。」
いや、さっき自分で、氣を使い過ぎるなと言ったよね?
16人とか絶対無理だから────ッ!!!!!
緑川光の耳責めヴォイス聴きまくってたら、赤石先輩が少し積極的に出てきてしまいましたw
迫られた本人その事に気付いてないけど。