婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜   作:大岡 ひじき

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Jのかっこよさは大人になってから完全に理解した。ナイスガイにもほどがある。
イイオトコ過ぎてうちのヒロインみたいな潜在ビッチに引っかかる展開が全く思いつかなくて困る。


2・サファイアの瞳

「馬鹿な奴よ。どうせ俺に殺られるおまえを、執念で助けおるとは…。」

 さっきまでその『馬鹿な奴』に追いつめられていた筈の蝙翔鬼がせせら笑うのを背中で聞きながら、さっきとはまた違う気迫を身に纏わせて、Jが身を震わせる。

 

「俺の友の悪口は許さねえ…俺が、そのうす汚ねえ口を、永遠に封じてやる……!」

 その気迫に気付いているのかいないのか、蝙翔鬼はまたも天稟掌波を放つ。

 だがJの怒りと哀しみの拳は、それを真正面から受け止め、その衝撃を撃ち砕いた。

 

「雷電、見るがいい。

 これが、おまえへの鎮魂歌(レクイエム)だ!!」

 音速を超える拳(マッハパンチ)の衝撃が、蝙翔鬼の身体を遠くの柱まで吹き飛ばし、その身を撃ちつけた柱の壁をも砕く。

 そうしてから、Jは雷電の倒れた身体を、脱いで置いてあった学ランでそっと覆った。

 その青い瞳に浮かぶのは、新たな決意か、それとも覚悟か、或いは友への勝利の誓いか。

 

 

「不甲斐ない奴よ。

 三面拳のツラ汚しもいいところだ。」

 下では伊達が厳しい表情でそう言い、富樫と虎丸がそれに反応する。

 遂に富樫がその伊達に殴りかかろうとして、直前でその拳を止めた。

 腕を組んだまま掴んだ伊達の上腕から血が滴る。

 それに気付いたからだ。

 紛れもなくこの男の、それが、涙。

 そう、伊達臣人は、仲間に対する情に篤い男だった。

 その死を悲しまぬ筈もなく、まして今目にしているのは、何年も生死を共にし肉親より濃い絆で結ばれた、同士。

 

「ああいう人なんです。

 仲間の死を見るのが何よりも辛い…だからああして、これ以上犠牲を出さぬよう厳しい態度に出る…本当は、優しい人なんです。」

 きれいなおねえさん…もとい、飛燕が穏やかにフォローにまわる。

 この二人は年齢近そうだし、分担的にずっと以前からこういう関係なんだろうなという事を窺わせる。

 なんか本当に伊達のお姉さんみたいだとか思ったのは秘密だ。(多分だけど飛燕の方が少し年上なんじゃないかって気がする)

 豪毅がここにいて似たような事を言ったら、私だっておんなじような事言う気がするし。

 

 は、ともかく。

 こちらでは何とか方針が決まり、雷電の身柄を回収しに、数人が柱を登ることになった。

 何せ、あのままでは生死確認(と治療)のしようがない。

 先頭の一人が予備の遮鉛板と、磁靴を外す器具を腰に下げていく。重そう。

 何せ、雷電は磁靴を履いたまま倒れているので、未だその脚は柱に張り付いたままなのだから。

 

「よせ…!!

 命だけは助けてやったのがわからねえのか。」

 普通なら一撃食らえば終わりだろうJのマッハパンチをもろに喰らいながら、フラフラの(てい)で立ち上がる蝙翔鬼が、Jにまたも背後から襲いかかる。

 だが無論そんな攻撃が、今のJに通用する筈もない。

 あっさりと振り返って、襲いかかる勢いすら利用した、重いパンチを叩き込む。

 さっきほどの衝撃ではないにせよ吹き飛ばされた蝙翔鬼の身体は、やはり柱にぶつかってから、それより低い柱に落下。

 そこは、卍丸が立っている柱。

 つまり、この闘いに於ける蝙翔鬼のスタート地点でもある。

 蝙翔鬼は震えながらも踵から遮鉛板を外すと、それを卍丸に差し出しながら交代を求める。

 それを受け取りながらも、自分の足元に倒れこむ蝙翔鬼を見下ろす卍丸の目が冷たい。

 私は卍丸にはなんだかんだ気を使ってもらっている印象しかないので、このキャラクターのギャップが怖い。

 

「忘れたのか……言ったはずだ、いかなる失態も、それが貴様には死を意味するとな……。」

「お助け下さい、卍丸様!命だけは!

 まだわたしは死にたくないんですぅっ!!」

「見苦しい。」

 言うと卍丸は、蝙翔鬼に軽くぽんと蹴りを入れる。

 それだけで蝙翔鬼の身体が柱の外に蹴り出された。

 跪いていた事が災いした。

 ちゃんと地に足をつけていさえすれば、遮鉛板を外しているのだから強力な磁力がその身体を支えたであろうに。

 柱から離れた蝙翔鬼は、当然のことながらそのまま落下する。

 ところが、だ。落下する事自体は想定の範囲だ。

 だが戦闘中ならばまだしも、まさか味方に蹴り落とされる事態は誰も想定しておらず、救助組の対処が遅れた。

 故に現時点で蝙翔鬼の落下地点には誰も待機していなかった。

 

「嘘ーっ!!」

 結果、蝙翔鬼は頭から地面に激突した。

 いや、これ応急処置程度じゃ間に合わない。

 すぐに私が対処する必要がある。

 目立つ事覚悟で、私はまっすぐ蝙翔鬼に駆け寄った。

 大丈夫、まだ息がある。

 急いで五指に氣の針を精製し、蝙翔鬼の頭と首に撃ち込む。

 ただし、最低限だ。

 

「なんて奴だ。命乞いしてるてめえの仲間を…。」

 まったくだよ!

 虎丸が胸糞悪そうに呟くのに、心の中で同意する。

 今回少し楽できると思ってたのに、いきなり仕事振らないでよ卍丸!

 その卍丸は遮鉛板を踵に挿し入れると、纏っていたマントを脱ぎ捨てた。

 傷跡だらけの肉体と、その上に纏った鋼胴防が現れる。

 あれなら拳銃の弾でもはじき返せるだろうとは伊達の弁。

 …関係ない事だけど、アレひょっとして要人警護の際に、服の下に着込む為の防具なんじゃないだろうか。

 あの人あのヘアスタイルでプロのボディーガードなのか。

 いや本当に関係ないけど。

 その卍丸に対し、戦意を示すようにJは、両手のナックルを撃ち合わせた。

 

 

「死亡確認。」

 塾生達が全員柱の上に注目している間に、蝙翔鬼の身体の致命傷となり得る損傷に対して、最低限死なないだけの治療を施すと、(ワン)先生は打ち合わせ通りの暗号(サイン)を出した。

 心臓に悪い。つか救助組、思ったより使えねえ。

 これなら三号生の方がよっぽどいい仕事してたわ。

 まあ今回のケースで彼らに協力は仰げないけど。

 他の白装束スタッフが、棺桶に蝙翔鬼の身体を横たえて、そのまま治療スペースに運搬していく。

 そっちはもう彼らの仕事だ。

 

「Jと申す者、大分背たけがあるようだが、いくつある?」

 と、突然(ワン)先生が一号生たちに向けて、よくわからない質問をした…てゆーか!

 誰も気付いてないけど普通に喋り出した!

 まだ第一戦も終わってないのに、もう飽きたのか(ワン)先生!!

 

「190㎝はあるだろうが…。」

 虎丸、残念。正解は195㎝。

 ちなみに並べてみたら赤石の方が3㎝くらい高かった。

 あの人絶対純粋な日本人じゃないわ。

 ただ、全部のパーツが大ぶりな赤石と比べて、Jは顔小さめで頭身高いし腰の位置も高いから、並べなきゃJの方がデカく見えるけど。

 そんな事聞いてどうする?という問いに対し(ワン)先生の答えは、

 

「棺桶を用意しておく。」

 …この人、こういう笑えない冗談好きだな。

 などと思っていたら、その(ワン)先生に虎丸が食ってかかり、(ワン)先生は卍丸の実力について語り始め、Jに勝ち目がないと断言した。

 

 其は、魍魎拳百人毒凶を極めし『拳聖』。

 挑戦する者は試合前に遅効性の毒を飲み、十人打ち負かすごとにその毒の解毒剤を十分の一だけ与えられて、100人倒して初めて命が助かるという荒行を、見事成し遂げた男。

 

 …ていうか、私と似たような過去持ってたんだ、あの人。

 打ち負かされた相手は、拳で殺されなくても毒で死んでるだろうし。

 ひょっとして卍丸が私に優しくしてくれたのは、私に自分と似たような匂いを感じたって事なのかもしれない。

 …単に私が女って理由だけかもしれないけど。

 

「質問に答えるが良い、あの者の身長は…?」

 これ、知ってる私が答えるべきだろうか?

 でも教えてしまったら、(ワン)先生が言う事を認めてしまうようでなんか嫌だ。

 

 負けないで、J。

 

 ☆☆☆

 

 卍丸の闘法は、特殊な呼吸法により筋力を増すところから入るようだ。

 恐らくあのマスクはそれを補助するものか。

 もっとも、無くても問題はないんだろうけど。

 単にスタイル?

 とにかく、ひとつ呼吸音が聞こえるたびに、卍丸の筋肉が膨れ上がる。

 

「来いっ!!」

 戦闘態勢が整うと、独特の構えを取る卍丸。

 互いに狭い足場ながらじりじり距離を詰め、Jが右の拳を繰り出す。

 それが命中し、卍丸の身体が砕かれたと見えたのも一瞬。

 卍丸はJの後方で構えを取っており、Jが砕いたのはそこにあった高い柱。

 拳が捉えたと見えたのは、どうやら残像だったようだ。

 

「確かに破壊力はあるようだな。

 しかし蝙翔鬼は倒せても俺には通用せん。」

 言うと卍丸は、そこから更に繰り出したJの左のパンチに合わせ、自分も手刀を繰り出した。

 

「烈舞硬殺指!!」

 …一瞬の静寂。

 次の瞬間、Jの左のナックルが砕け散る。

 そう、J自身が赤石に挑まれた際に、拳で赤石の一文字兼正を砕いた時と、同じ。

 どうやらJは、お株を奪われたようだ。

 ボクシングでいうところの、これは恐らくカウンターだろう。けど。

 マッハパンチを封じられたJに勝ち目は薄い、そう発言した伊達に対して、桃が笑みを浮かべて答える。

 

「Jの強さは俺たちの思っている以上のようだぜ。」

 …Jはインパクトの瞬間、次の手を出していた。

 それこそ目にも止まらずに、左を合わせられたと同時に右で放ったマッハパンチのワン・ツー。

 次の瞬間、卍丸の鋼胴防も、粉々に砕け散る。

 

「それでこそ、俺もやる気が出るというもの……!!」

 …立ち込めていた霧が、なんか徐々に濃くなってきた気がする。

 

 

 …雷電回収隊が、目的を果たさずに戻ってきた。

 まあ仕方ない。

 思いのほか柱の上の戦いが激化してきて、今近寄るのはとんでもなく危険だった。

 これは(ワン)先生の、死者ですら蘇生させられるという噂が真実であることを祈るしかないかもしれない。

 これ以上時間が経つようなら、たとえ今雷電が生きていたとしても、回収した時には既に手遅れになっている可能性が高い。

 

 で。

 その戦いの方だが、卍丸の猛攻が始まったと思えば、その手刀を辛うじてJが避け、かわりに次々と周囲の柱が砕かれていく。

 凄まじいスピードと鋭さを持った指拳は、太い柱を切断し、その先が地上へ、富樫と虎丸のいる場所のちょうど間に落下してきた。

 ちょ!危ないわ!

 下手したら私まで巻き添え食うわ!

 もう私、卍丸を紳士だと思うのやめることにする。

 

「魍魎拳・烈舞硬殺指!

 奴の指こそ、まさに凶器そのものよ。」

 呆然とする富樫と虎丸に、(ワン)先生がコメントする。

 魍魎拳とは、中国拳法史上、最凶の暗黒拳として恐れられた存在であるらしい。

 …なんか聞けば聞くほど、卍丸と私って共通点多くない?

 それはともかく魍魎拳自体は、基本的にスピードに特化した拳法なのだろうが、卍丸は先ほどの呼吸による強化でパワーも補っており、その両方が噛み合って、あの指拳の鋭さを生むのだろう。

 だが、パワーとスピードにかけてはJだって負けちゃいない。

 というかさっきまであれだけ気にしていた足場の悪さを、今度こそ克服したと見え、今はそのフットワークにも迷いがない。

 卍丸の猛攻を躱しつつ、間合を徐々に詰めて、カウンターの一発を狙っているようだ、とは伊達の見解。

 とはいえ、外から見ている伊達や私が見て取れる作戦が、相手取っている卍丸が気づいていないという事はなかろうが。

 そして、その作戦が少しずつ身を結んだか、遂に自身の間合いまで踏み込んできた卍丸の攻撃を躱すと同時に、サイドステップで後をとった。

 

「そこだ!

 マッハパンチワン・ツー攻撃炸裂させろ──っ!!」

 虎丸うるさい!黙って見てろ!

 応援しながらネタバレしてどうするー!!

 好機と見て攻撃に移ったJの右を、卍丸はバック転で躱す。

 更に間髪をいれず繰り出した左に合わせてきた手刀に貫かれた、Jの左拳から血が噴き出した。

 

「Jのマッハパンチワン・ツー攻撃がやぶられた──っ!」

 驚いてるけど虎丸、今のもしかしたらおまえのネタバレのせいだぞ。

 帰ったらJに謝ってジュースの一本くらい奢ってやんなさい。

 ビールの方がいいとか言うかもしれないけどね。

 彼もう成人してるし。

 それにしてもパワーとスピードだけじゃなく、股関節も柔らかいな、卍丸。

 

 それはそれとして、さっきから濃くなり始めた霧がいっそう立ち込めてきて、二人のいる柱の上の方が、下からはほぼ見えなくなってきた。

 夜目とか割ときく方の私の目にさえ、二人の動きは影しか見えない。

 

「あれじゃあお互い姿も見えず、迂闊に手は出せなくなった筈だぞ。」

 富樫が呟くのに、(ワン)先生が答える。

 

「魍魎拳は闇にあってこそ真価を発揮する。

 あの霧は卍丸にとっては魚に水も同然。」

 

 ☆☆☆

 

「おあつらえむきに霧が濃くなってきた。

 貴様に魍魎拳の真髄を見せてやろう。」

 卍丸は含み笑いをしながらそう言うと、霧に溶け込むようにその姿と気配を消した。

 だが奴の方では俺の気配を捉えているに違いない。

 そう思った瞬間、背後に空気の流れを感じた。

 空気の動きを肌で読む…これは、光とのスパーリング後のディスカッションで得た発想だ。

 どんな物体もこの地球上で、空気を動かさずに移動することは不可能だと、相変わらず桜の花びらを掴もうとしては捕まえ損ねて空振りした彼女が忌々しそうに言っていた。

 その表情を脳裏から消しながら俺は反射的に飛び退るも、左の肩に奴の手刀が掠る。

 半分苦し紛れに、その攻撃が来た方向にパンチを撃ったが、奴の姿はかき消えたかのように既に無い。

 濃い霧の中に奴の声だけが響く。

 

「よくぞ今の攻撃を躱した。

 天才ボクサーとしての本能が貴様を救ったようだな。

 しかし、次はそうはいかん。」

 奴の姿を探して周囲に視線を疾らせると、倒れたままの雷電が目に入ってきた。

 その言葉がふと、脳裏をかすめる。

 

『足場の悪さなど気にするな……ここを四角いリングの上だと思うのだ…』

 ……そうか!

 雷電の最後の言葉が、それこそ雷のように俺の心を貫いて、俺は闘場の柱を跳躍した。

 この百柱林の一番端の柱の上に立ち、構える。

 心の奥で、試合再開のゴングが鳴った。

 

「来い。ここが貴様の墓場になる。」

 ここに立てば、後方からの攻撃はない。

 

「ボクシングでいう、ロープザドープというわけだな。

 そううまくいくものかどうか…。」

 奴の呼吸音と含み笑いが聞こえる。

 

 …この後に及んで指摘してやるつもりはないが、正確には“rope a dope(ロープ ア ドープ)”だ。

 モハメド・アリvsジョージ・フォアマン戦で、アリが逆転KO勝ちを収めた時に使った戦法。

 だが、俺は奴が俺への攻撃で消耗するのを待つつもりはない。

 奴が攻撃してくるその一瞬を捉え、その身体にマッハパンチを叩き込むだけだ。

 ふと、霧で見えないその下にいる仲間たちのことを思った。

 特に、俺を負かした男のこと。

 そして、その男が想う少女のこと。

 

『男の面子だのプライドだの、そんなもの私には関係ありません。

 犬死にしたくないなら何があっても生き残る事です。』

 彼女はおまえに、生きて欲しいと言ってるんだ、桃。

 男の死に様もいいが、愛しているなら、思いやってやれ。

 …俺がまたアドバイスしてやれるかなんて、わからねえんだからな?

 

 ここからは霧に隠れて見えないあいつらに、俺は覚えず微笑みかけた。

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