婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜 作:大岡 ひじき
私と他二名の白装束が王先生達に追いついた時、一号生達は先の道が崩れ落ちて行き止まりの長城の上で立往生していた。
その一号生達のそばまで行こうとしたら、
「あ、光ちゃん。オレ達はこっち。」
と、一緒にいた一人が私の腕を引く。
てゆーか名前を呼ぶな。
一号生達に聞かれたらどうする。
まあとりあえず言われるままに導かれて進んだ先に、洞窟みたいな入り口があった。
「抜け道。オレ達はここから向こう側へ渡る。」
「え!?なんでこの事、あの子達に教えてあげないんですか?」
「これ、試練だからね。
闘士たちだけじゃなく全員の、絆の力を試す為の。
ちなみに、正解は特になし。
もし彼らの力でここ見つけたなら、それは有効って事で。」
まじか。
「で、でも、もし無茶な選択して、あそこから落ちたりしたら…!」
「あの下、川だから。
余程おかしな落ち方しなければ多分死なない。
その場合オレ達も一応待機するし、大丈夫大丈夫。」
……いいのか?なんか納得いかないんだが。
とりあえずあの子達が、周囲の探索を選択してここを見つけてくれる事を祈るしかない。
その祈りも虚しく。
彼らが選択したのは、全員の身体で橋をかける事。
くっそ、あの脳筋どもが。
こうなったら絶対落ちるなよ。
洞窟と見えた抜け道は、歩きやすいようそれなりに整えてあった。
そこを通って私たちが向こう岸に着いた時、男たちの命の架け橋が、闘士たちを全員渡しきった直後だった。
万人橋と呼ばれるこの人橋、故事では渡しきった後、全員力尽きて谷底に落下して死んだという。
先程の救助スタッフの言葉を信じれば、ここから落ちても彼らが死ぬことはないようだが、闘士達の側からそれは判るまい。
となると、これから闘いに赴く彼らの心に、甚大なるダメージを与える事は必至。
彼らがどのようにそこから脱出するのか、固唾を飲んで見守っていたら、田沢の号令を合図に、最初の崖の方にいた塾生が地面を蹴って、連なったまま一瞬宙を舞った。
そうして反対側の崖壁に、全員が足をつける。
この状態だと一番上を支える松尾に、全員の体重がかかることになる。
足で壁を支えるのは、少しでもその負担を軽くする為らしい。
そしてある程度体制を整えてから、1番下の者から順番にその身体を伝い、上へと登っていった。
だが全員既に体力も限界。
落ちそうになった1人を、危ういところで、もう登り切る寸前だった田沢が繋ぎ止め、そこから滞りなく脱出劇は進んでいった。
最後に、全員の体重を支えきった松尾と、切れそうになった流れを繋ぎ直した田沢の二人を残すのみとなったのだが、這い上がる力が出せず少し休んでからと言っている間に、事態が悪い方向に動いた。
闘士達と、崖壁を登り切った人橋が乗った部分は、ややオーバーハングしていた。
それが、全員の体重を支え切れずに崩れ始めたのだ。
桃が全員を安全な場所まで退避させ、自分は松尾と田沢を助けようと崖を降りる。
二人は「来るな」とそれを止めようとするが、この場合桃がそれを聞く筈もない。
このままでは全員崖の崩落とともに落ちる。
その時。
「さらばだ、みんな──っ!!」
「おまえ達の勝利を信じているぞ──っ!!」
松尾と田沢は自ら、捕まっていた岩から手を離すと、崖下に身を躍らせた。
…呆然と見送る間にも崩落は止まらない。
「崩れ落ちるぞ!退け!貴様ら──っ!!」
伊達が桃の代わりに全員に号令をかけ、安全な場所まで退避させる。さすがは元一号生筆頭の貫目。
「奴らの死を犬死ににしたいのかー!?
あがれ、あがってくるんだ、桃──っ!!」
…桃が年齢なりの青さを見せるのはまさにこういう場面だ。
やはり桃には、今の伊達のような存在が近くに必要だと思う。
…崩れ残った崖の末端から、男達の慟哭がこだまする。
その男達の背中に、先ほど一番最後に抜け道を通って渡ってきた王先生が、感情のこもらない声をかけた。
「いつまで悲しんでおるつもりだ?
第二の闘場では、次の対戦相手が首を長くして待っておる。」
…いつの間に渡ってきたのかと一号生達が怪訝な表情を見せる。
うん、ごめん。
こうなった以上、抜け道があるなんて口が裂けても言えない。
一応崖下に待機してた救助組からの報告で、落下した二人は川に着水してすぐに川岸に引き上げたとの事。
落下のショックで気は失ってるけど、特に怪我はないし水も飲んでないから、そのうち目を覚ますだろうってさ。良かった。
「大威震八連制覇の道は長く険しい…。
ここから先も、これ以上の悲しみや苦しみが、おまえ達を待ち構えているだろう。
どうする…?勝負を捨て敗北を認め、引き返すのも自由だがな…。」
意地悪言わないであげてよ王先生。
それでなくとも全員ショック受けてるんだから。けど。
桃が、崩折れていた膝を立ち上がらせながら、失った二人を偲ぶ言葉を紡ぐ。
どんなに苦しく辛いシゴキにも耐え、あまつさえその明るさで皆を励ましていた事を。
「引き返すだと…そんな仲間を失った俺達に、引き返す道などあると思うのか……!!」
言って立ち上がった桃の号令に、全員が闘場への道を真っ直ぐに歩いていく。
それは決意。勝利の誓い。
誰かが男塾塾歌を歩きながら口ずさみ始め、次々とその声が増えて重なってゆく。
日本男児の生き様は
色無し 恋無し 情け有り
男の道をひたすらに
歩みて明日を魁る
嗚呼男塾 男意気
己の道を魁よ
日本男児の魂は
強く 激しく 温かく
男の夢をひたすらに
求めて明日を魁る
嗚呼男塾 男意気
己の道を魁よ
嗚呼男塾 男意気
己の道を魁よ
嗚呼男塾 男意気
己の道を魁よ
「なんという悲しい唄声よ…。
まるで魂を引き裂かれるような慟哭よ。
しかし、その悲しみの中には、嵐に立ち向かっていくような力強さがある。
この
王先生が、珍しく感極まったように呟いた。
私が今している事は、やはりあの子達を欺き、裏切る行為なんじゃないかと思う。
少なくともこの純粋な悲しみを前にして口をつぐみ、無用な涙を流させたまま放っておいている、この状況だけを見ても。
ごめんね、みんな。
☆☆☆
天界降竜闘神像。
雲上から降り立った竜の化身とされ恐れ崇められた闘いの神を模した巨大な像。
第二の闘場はこの神像の中にあり、既に対戦相手は待っている筈。
三号生側の二の組は、独眼鉄とセンクウ。
そういえば鎮守直廊で富樫は独眼鉄と顔を合わせているそうだが、その時は闘ったというよりも、私にもした例の質問に富樫が身体で答えた、というところだったらしい。
「あの学帽は懐かしかったが、顔も性格もあまり似ていないな。
だが、いい答えを出したぞ、アイツは。
あの根性に応えるべく、俺も精一杯、いいゲス野郎を演じることにするさ。」
独眼鉄が出発前、そう言って哀しげに笑った顔を思い出して胸が痛んだ。
中に入るのは闘士のみ、他の者は外で、闘いが終わるのを待つしかない。
「情けだ、時をやろう。
末期の別れになるやもしれん。
友との別れを惜しむがよい。」
「そんな悠長なこと言ってるヒマがあったら、早く中へ案内してくれや。」
また意地悪な事を言う王先生に、富樫が迷う事なく答え、その彼を取り囲むように一号生が歩み寄った。
「安心しろ。俺たちは負けやしねえ。
命を張って万人橋を架け、俺達をこの闘場に渡してくれた、松尾や田沢の死を無駄にできんからな……!!」
言いながら学帽を深くかぶり直す。
これは本心を隠したい時か気持ちを落ち着かせたい時、つまりはある程度精神的に重圧を感じている場合に出る富樫の癖だ。
そりゃそうだろう。
彼だって怖くないわけじゃない。
けど彼にしてみれば早く自分の闘いを終わらせて、『大豪院邪鬼』のもとへと急ぎたいのだろう。
だが、本当に彼が目指すべき仇はまさに、これから挑む闘いの中に待っている。
そこに誤解と嘘と、深い哀しみが横たわっていたにしても。
像の竜の口から階段が降りてきて、そこから王先生が闘士達を先導する。
私達はその後ろに並び、虎丸が他の一号生に声をかけた。
「じゃあな……いってくるぜ。」
皆の応援を背に、闘士達は階段を登り始めた。
はあ、はあ、ぜぇ、ぜぇ。くっそ、階段長ぇわ!
体力がない方ではないが、こいつらと比べると歩幅の小さい私は、どうしても遅れがちになる。
ってやかましいわ。
とか思ってたら裾を踏んでしまい、転びそうになったところを虎丸が襟首を掴んで支えてくれた。
声を出すわけにもいかないので虎丸に向かって一礼する。
「気をつけろ。
ここで足を踏み外したら下まで一気に転げ落ちるぞ。」
前の方から桃が振り返り、何やら物騒なことを言っている。
もう一度会釈してから、少し急ぎ足で階段を登った。
背中の方から桃が、虎丸に話しかける声が聞こえる。
「どうした、虎丸?」
「…いや、今のやつ見てたら、ちょっと光のこと思い出した。
あいつ、今頃なにしてんのかなぁ。」
ギクッ。
息を切らせながらもようやく追いつくと、何故か王先生は立ち止まってこちらを見ていた。
ありゃ。心配かけちゃっただろうか。
だが、先生の視線の先にいるのは、私ではなく富樫だった。
「なんだおっさん。
さっきから…俺の顔がそんなに珍しいか。」
どうやら王先生は先ほどから、何度も振り返っては富樫の顔を観察していたらしい。
「…運命とは皮肉なものよ。
この大威震八連制覇第二闘場への階段を、兄と同じように三年後の今、その弟が登っていくことになるとはな……!!」
あちゃー。ここで言っちゃうのか王先生。
「なっ…!!し、知っているのか──っ!
お、俺の兄貴のことを──っ!!」
案の定、富樫は王先生に駆け寄り、飛びつかんばかりに詰め寄る。
「貴様の兄は貴様と同じように三年前、大威震八連制覇男塾一号生代表として、この第二闘場で闘い、敗れおった。
そしてその対戦相手も、これから貴様が闘う相手と同一だ。」
「な、何……俺の兄貴の対戦相手は、邪鬼ではなかったのか……!?」
富樫の目が驚愕に見開かれる。
桃達他の闘士も、なにも言えずに黙り込んだ。
王先生はもう一度前を向くと、再び歩き出す。
まもなく大きな鉄の扉が、階段の先に見えた。
「着いたぞ。
この扉の向こうに第二の闘場が待ち受けておる。」
その重そうな扉が、大きな音を立てて開かれる。
「さあ、入るがよい!!
これぞ大威震八連制覇・
☆☆☆
大威震八連制覇第二闘場、竜盆梯网闘…直径三十
この梯子、三名以上が乗ると割れ落ちるように強度が計算されて作られているそうだ。
あと、この闘場に関しては、何故か濃硫硝酸の器が数カ所で、細めのワイヤーロープで天井から吊り下げられていた。
そこに王先生が、生きたウサギを投げ入れてのパフォーマンスを行なう。
…かわいそうとか思う前に『あ、肉、勿体無い』と思ってしまうのは、やはり私が孤戮闘修了者だからだろうか。
ひょっとしたら伊達も今、おんなじような事思ってるかもしれない。
「出場闘士二名以外は後ろへ下がられい。」
王先生の指示により、私達白装束が富樫と飛燕以外をその場から下がらせる。
彼らが目印の線より下がったのを見計らって、打ち合わせ通りスイッチを押すと、上から鉄格子の檻が落ちてきて、下がらせた者たちをその場に閉じ込めた。
「これで貴様達は、この二名がいかなる窮地に陥ろうとも手出しはできん。」
「フッフフ、随分と念のいったことだぜ。」
…関係ない事だがこの檻、無駄に体格のいいこの男たちだから閉じ込める事ができるが、多分私ならこの隙間、少し無理すれば通り抜けられる気がする。やらないけど。
と、
「危ない、富樫──っ!!」
「んー!?」
檻の中から桃が突然叫んだと同時に、飛燕が富樫を押し倒すように地に伏せさせ、そのすぐ頭上を巨大なヨーヨーのような武器が通り抜けた。
その武器は繋がった鎖を巻いて放った者の手元に戻ってゆく。
「独眼鉄!
死天王のひとり、センクウ!
貴様等とこの竜盆梯网闘で闘うのはこの俺達よ。」
独眼鉄が固い声で名乗りをあげた。
…今から彼にとって一世一代の演技が始まる。
せめて精一杯踊れ、道化よ。
この万人橋に関しては詳細はスルーしようかと本気で考えてた。ここをアタシ程度の文章力で中途半端に描写するくらいなら、いっそ書かない方がいいんじゃないかと。それくらい重要なシーンだと個人的には思ってる。
結局書いちゃって正直すまんかった。
そんなわけでルックア・ラ・モードが甘すぎて不味いとか言うやつはおとなしくカレールーでもかじってろ。