婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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6・Sexy Blaze Storm

「相棒だと……そんな、不甲斐無い相棒をもったおぼえはない。」

 センクウは立ち上がると、纏ったマントを翻し、梯网(ていもう)の上に歩み出た。

 

「外道が……!!」

 敵とはいえ自分が命を助けた筈の者をあっさり殺されて、飛燕が歯噛みをする。

 …まったくだよ!

 ちなみに天動宮で会った時のセンクウは、親切にはしてくれたけど、一方でデリカシーに欠ける面があった。

 まあ男って基本そういうもんだろうし、その点では卍丸が紳士すぎたんだけど。

 なんだかなあ。

 まあだがしかしこの硫硝酸盆には若干の仕掛けが施してあり、戦闘開始から少しずつ、液体の濃度は薄くなっている。

 現時点でなら確かに触れれば結構な火傷はするだろうが、先ほどのウサギの様に一瞬にして骨になる様な事はもうない。

 更に人間が落ちた瞬間に急激に煙を立てて(これは驚邏大四凶殺一の凶・灼脈硫黄関で三号生たちが使ったのと同じ手だ)その間に救出を行なっている筈だから、独眼鉄は今は救命組により迅速な手当てが施されている最中だ。

 

 …私も行った方がいいだろうか。

 王先生は大丈夫だと言っていたけど。

 まあ火傷といっても表層だから、落ち着いてから治療を施しても間に合うとは思う。

 どっちかといえば、心の傷の方が気にかかるが、そっちはそれこそ私にはどうする事もできない。

 

「奴が、独眼鉄をぶら下げていたロープを、あの距離から切った技は……!?

 十(メートル)は離れていただろう。

 しかも刃物を投げたようには見えなかった。」

 檻の中から桃が呟くのを聞いて我に帰る。

 そうだ。私の側からもあの時、センクウの手が微かに動くのが見えただけで、暗器のようなものの存在はおろか、蝙翔鬼の天稟掌波みたいな空気の流れも感じなかった。

 

「もうひとりの相棒とかわるがよい。

 そんな疲れ切った状態で、この俺と戦っても勝負にはならん。

 貴様とは、その後ゆっくり相手をしてやる。」

 センクウは富樫を指差しながら飛燕に向かって言う。

 

「そうだ飛燕!ここは俺にまかせておけ──っ!!

 俺とかわるんじゃ──っ!!」

 それに応ずるように富樫が、やはり飛燕の背中に向かって叫ぶが、その飛燕はどこか呆然としたような表情を浮かべながら、それでもセンクウから目を離さずに言葉を発した。

 

「だ、だめだ富樫……。

 わたしにはわかる。こいつの強さが…。

 拳法を知らぬおまえではとうてい勝ち目はない。」

「な、なんだと飛燕、てめえーっ!!」

 その言葉を聞いて飛燕に食ってかかる富樫。

 その二人の様子に、センクウが含み笑いをしながら呟いた。

 

「フッフフ、わかるか。俺の強さが……。」

  センクウは両手を広げ、不思議な構えを取ったかと思うと、梯子の上から宙へと飛び上がる。

 それから空中で一回転した後、まっすぐ立ったその身体は、何もない空間で静止していた。

 その光景に、闘士たちが驚きの表情を浮かべる。

 

「飛燕とかいったな…。

 確かに貴様の鳥人拳、なかなかのものだ。

 しかし、このセンクウとは、拳法の格が違う。

 戮家奥義(りくけおうぎ)千条鏤紐拳(せんじょうろうちゅうけん)!!」

 見る者の目を眩ますようなゆるゆるとした手の動きから、センクウの掌底が突き出される。

 次の瞬間、飛燕の身体の各所に、一度に鋭い切り傷が走った。

 飛燕の皮膚が、着衣が裂け、血が噴き出す。

 

「ひ、飛燕ーっ!!あ、あれだ!

 独眼鉄のロープを切ったのもあの技だ──っ!!」

 虎丸が驚愕の声を上げる。

 

「戮家奥義・千条鏤紐拳。

 その名の通り貴様は全身を、千条に切り刻まれて死んでいく事になる。」

 相変わらず、氣も風圧も拳圧も、センクウの拳からは感じない。

 だが、もっと物理的な空気の動きは、微かだが感じるようになってきた。

 その正体は未だ掴めてはいないが、暗器か何かである事は間違いなさそうだ。

 飛燕はセンクウを睨みつけながら、懸命に技の正体を探ろうとしているようだ。

 そうしながらほぼ苦し紛れになのか、懐から鶴觜を取り出して、センクウに向けて放つ。だが、

 

「鶴觜千本…。

 こんなものがこの俺に通じると思うか。」

 センクウは胸元に飛んできた鶴觜を無造作に手で捕まえ、あまつさえ親指でそれを曲げてみせる。

 

「さあこい。

 素手ではこの俺に近寄ることもできんのか。」

「武器などなくとも、手刀一本あれば充分だ。」

 言うや飛燕は構えと同時に、センクウに向かって猛攻する。

 飛燕の手刀を、大きな動きで後方に飛び退って避けたセンクウを、更に追おうとした飛燕の動きが突如止まった。

 

「うぐっ!!」

 その喉元にうっすらと、一筋の赤い線が走り、そこにじわりと血がにじむ。

 飛燕は何故か空間に指を滑らせた。

 元々色白な顔が蒼白になる。

 

「こ、これは……!!」

「フッフフ、よく踏みとどまったな。

 あと一歩踏み込んでおれば、貴様の首は胴と離れ離れになっていたものを。」

 ここからではよく見えないが、どうやらピアノ線のような細い鋼線が、いつの間にか張られていたものらしい。

 

「そうか、奴はあのピアノ線みてえな上に乗っていたから、空中に浮いているように見えたんだ。

 さっき飛ぶ前に両手を広げたのは、ピアノ線の端と端を、この房の壁に撃って張るためのものだったのか。」

「戮家奥義・千条鏤紐拳………。

 いまだかつてその技を見切ったものはおらん。」

 王先生の説明によれば、中国拳法暗黒史において、(卍丸の)魍魎拳と勢力を二分した秘伝の殺人拳だという。

 …偶然なのか、それとも邪鬼様が探してきたのか知らないが、両方の暗黒拳の使い手揃えたって凄いな。

 それはさておきそれは、目に見えぬほど細く鋭い鋼線を、指先でムチのように自在に操る技。

 …なるほど、それならば空気の動きがほとんど感じられなかったのも道理だ。

 

「見えるか、貴様にこの鋼線が…。

 しかし、止まっている時はなんとか見えても、攻撃をしかけた時は見えはせぬ!

 次の一撃がとどめとなる。」

 恐ろしい技だ。

 先ほどの飛燕は寸前で踏みとどまったが、下手すれば気付いた時には既に首が落ちている。

 

「死ねい──っ!!」

 見えない糸が放たれたその瞬間、飛燕は自分の髪を一房切り、それを空中に投げ広げた。

 

「フッフフ、考えたな…。

 目に見えぬ鋼線に髪の毛を絡ませ、動きを読むか……。」

 センクウの言葉通り、飛燕の亜麻色の髪が糸に絡んで、その軌跡を明らかにする。

 張り巡らされた糸の場所さえ判れば、飛燕の体術ならば避けて通るのは容易い。だが、

 

「富樫……万が一の時は後を頼む。」

「な…!!」

 やや不穏な言葉に、言われた富樫が息を呑む。

 それに構わず飛燕は、鋼線の間をかいくぐり、センクウに向かって突進した。

 

「鳥人拳飛燕、最後の技を見せてやる!!」

 

 

「飛燕の奴、今、最後の技を見せるとか言ったぞ!!

 最後の技とは一体どういうことだ!!」

「………まさかあやつ、己の命を賭してあの最終拳を……!!」

「最終拳……!?」

 

「フッ、最終拳か……しかし、どうやらそれは見られそうもない。

 鏤紐拳・縛張殺!!」

 センクウは何やら釘のようなものを梯子の枠に指で刺すと、上空に飛び上がり、見えないが恐らくは鋼線を飛燕に向けて投げた。

 それはどうやら飛燕の首に巻きついたらしく、飛燕はそれを、手に持った二本の鶴觜で、首に食い込むのを防ぐ。

 

「間一髪、首が飛ぶのを千本で防いだか…しかし両手を使えぬそのザマではどうしようもあるまい。」

「うぬぬうっ……。」

「このまま貴様が力尽きるのを待ってもいいが、それは俺の流儀ではない。」

 センクウは鋼線を引くその手を緩めぬまま、そこから飛び上がると飛燕に向けて蹴りを放つ。

 

「な、なんだ、奴の踵から鋭いトゲが飛び出しおったぞーっ!!

 あのケリ、まともに食らったら頭蓋骨が粉々だ──っ!!」

 はい、解説ありがとう虎丸。

 虎丸の言葉通り、センクウの靴の踵から鋭い突起が現れて、それが飛燕の頭部を狙う。

 飛燕は咄嗟にその脚に向けて蹴りを出し、センクウの動きを止めた。

 体勢を崩したセンクウが、一旦梯子の上に降り立つ。

 その瞬間に飛燕は、首に巻きついた鋼線を払いのけ、センクウから一旦距離を取った。

 

「フッフフ、やりおる。

 俺の蹴りを足で合わせ、バランスを崩した一瞬の隙を逃さず、たわみを利用して縛張殺から脱出するとは。

 しかし貴様もここまでが体力の限界だろう。

 その状態では勝ち目がないことは、貴様自身もよくわかっているはず。」

 そのセンクウの言葉通り、飛燕は呼吸を乱しており、連戦のダメージと疲労が、側から見ても明らかだ。

 

「確かに貴様は強い…。

 しかしこの飛燕、このままでは終わらん!!」

「出る……!!飛燕の最終拳が……!!」

 伊達が硬い声で呟いた。

 

 

「な、なに──っ!!

 飛燕の奴、自分の腕に千本を突き立ておった──っ!!」

 虎丸が叫ぶそばから、飛燕は両腕の肘裏と、更に両膝の上に鶴觜を突き立て、深く貫く。

 その箇所から激しく出血して、纏った拳法着を赤く染める。

 

「鳥人拳極意、終焉節!!

 この飛燕、この世で最後の拳を見せてやる……!!」

 

 

「一体どういうことだ!説明しろ伊達ーっ!!

 血がどんどん吹き出している!

 あれじゃまるで、出血多量で自殺するようなもんじゃねえか!!」

「わからんか…。

 奴は自分の神経節を寸断したのだ。」

 伊達が言うには、先ほど独眼鉄に対して使った断神節という技と、基本的には同じものらしい。

 主眼は神経節を貫き、相手にダメージを与えたり、思い通りに動かしたりする事にあるわけだが、断つ神経節の場所によっては、一時的に肉体の能力を極限まで高める事が可能だという。

 しかしその神経節は全て大動脈の下にあり、それを突く事は出血多量で死に至る事を意味する。

 ちなみに同じ事が橘流氣操術でも可能であり、その場合出血はしなくて済むが、神経節を寸断する事で一時的なパワーアップは果たせても、鶴觜で突き刺すよりも遥かにボロボロに破壊された神経節は恐らく治療は不可能で、その後確実に廃人と化すと思う。

 勿論やった事があるわけがないので、確かとは言えないが。

 生きているだけマシと捉えるか、逆に(むご)いと見るかは個人の自由だが、どちらにしろ私は御免だ。

 

「己の持つ全ての力を、次の一撃に賭けたのだ…。

 己の命とひきかえにな……!!」

 そう言う伊達は、表情こそ変えはしなかったが、その目には深い哀しみの彩が映っていた。

 

「見事だ……その闘いへの執念…!来るがよい。

 このセンクウ、真っ向から貴様の最終拳、受けて立とうぞ!!」

 …たとえ相討ちになろうとも、私はどちらも助けるつもりではいるが、少なくともセンクウがこの状態の飛燕を見て、彼が力尽きるのを待つ事を選択する人種じゃなかった事にホッとする。

 そう、センクウは、デリカシーはないが卑怯者でもない。

 

「や、やめろ飛燕!死んじゃだめだ──っ!!」

「無駄だ…誰にも止められはしない。

 俺たちに今できるのは、奴の勇姿を俺たちの胸に、刻み付けておくことだけだ………!!」

 檻の中から飛燕に向かって呼びかけた虎丸が、桃に諭されて泣きそうな顔になる。

 近くにいたら反射的にアタマ撫でてしまいそうだ。

 そんな事を思ってる間に、飛燕は空中高く舞い上がると、両方の掌を合わせて、空中で溜めの構えを取った。

 

「終焉節・双掌極煌(そうしょうきょくこう)!!」

 そのままセンクウの懐に向けて落下する。

 軌道の判っている攻撃に対して、センクウがそれに合わせる形で手刀を振り上げた。

 双掌と手刀、拳の刃が、交錯する。

 それはまさしく、一瞬の出来事。

 互いに背中合わせに梯子の上に降り立った二人、先に胸から血しぶきを上げて、倒れたのはセンクウの方だった。

 

「ひ、飛燕……。」

 ホッとしたような表情で富樫が相棒の名を呼ぶ。

 

「飛燕の勝ちじゃ──っ!!

 今ならまだ間に合う、急いで止血して手当てするんじゃ──っ!!」

 更に檻の中で虎丸が、先ほどまでの泣きそうな顔を歓喜に変えて呼びかけた。

 だがその飛燕は、そのどちらにも振り返る事なく、何故か俯いたまま呟く。

 

「富樫………あとは、頼む。

 おまえなら必ず勝てる……必ずな……。」

 その言葉に、富樫が眉を顰める。

 

「あとは頼むだと?そりゃあどういう意味だ…!?」

 その瞬間、時間がスローモーションで流れた。

 

 …ゆっくりと仰向けに倒れ込む飛燕の胸板から多量の血液が噴き出し、その身を真紅に染め上げる。

 その優しげな美貌の下に隠した内なる紅蓮の炎が、嵐となってその身体から溢れ出し、遂にはその身を焦がすかのように。

 けれど、そんな凄惨な姿であっても、或いはそうであるからこそ、その男は信じられないほど美しかった。

 

「飛燕──っ!!」

 …時間の流れが戻ってくる。富樫が叫ぶ。

 その場の誰もが息を呑む。

 

「富樫…おまえの勝利を信じている……。

 わたしが死んでもおまえが勝てば、それはわたし達ふたりの勝利だ…。」

 たのんだぜ…と、富樫の口調を真似たような、あまり似合わない言葉を最後に、飛燕の瞳が閉じられる。

 

「敵ながらたいした奴よ……。

 鳥人拳終焉節・双掌極煌…。

 あと一寸深ければ、俺の命もなかったろう。」

 と、その後ろで、先に倒れたセンクウが、胸の傷から血を流しながらも、ゆっくりと立ち上がった。

 

「俺にこれだけの深手を負わせ、次に戦う貴様の為に捨て石となって、道を開き死んでいきおった。

 貴様もこの男に恥じぬ闘いをするがよい…。」

 胸の傷が痛むであろうに、センクウは飛燕の身体を抱き上げ、富樫の側まで歩み寄る。

 

「本来ならば硫硝酸盆に投げ入れて、勝負の決着とするところだが…。

 これほどの男。手厚く葬ってやれ。」

 言いながら飛燕の身体を富樫に渡し、自陣へと歩いて戻る。

 富樫は黙って受け取ると、一旦階段の下まで降りて、そこに飛燕の身を横たえた。

 涙こそ見えないが、泣いているのだろう。

 自分の膝に置いた手が、力任せに腿を掴んで、その指が肉に食い込みそうになっているのにも気付かずに。

 

 ここから先の彼の闘いは、復讐でも憎しみでもなく、ただ、友に捧げる勝利の為に。


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