婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜 作:大岡 ひじき
「お、俺はな…拳法なんて気の利いたものは知らねえが、斬ったはったのケンカに、一度だって塩なめたことはねえんだ。」
センクウの靴の裏から甲までをドスで貫きながら啖呵を切り、そのまま力任せにその身体を投げ飛ばす。
「い、いいぞ富樫!
その体勢からセンクウの奴は逃げられやしねえ!
そのまま硫硝酸の盆へたたき込むんじゃ──っ!!」
相変わらず虎丸の野郎が檻の中で騒いでるが、言われなくてもわかってる。
「飛燕、てめえのオトシマエとったぞ──っ!!」
この瞬間、俺は自分の勝ちを疑ってなかった。
なのに。
「はいやーっ!!」
そのまま硫硝酸の中に落ちるかと思われたセンクウは、空中で身体を捻って体勢を整えると、浮いた灰雲岩のひとつに掌底一本で着地した。
そのまま逆立ちの体勢で、纏っていたマントを脱ぎ捨てる。
「富樫とかいったな。
どうやらおまえを甘く見ていたようだ。
このセンクウから片足を奪うとはな……!!
しかし、
言いながら、もう片方の手を乗ってる灰雲岩の上に置く。
その動きである程度の体重移動があったはずなのに、奴の乗るその岩はピクリとも動かねえ。
なんてぇバランス感覚だ。
「へっ、何を強がり言ってやがるんだあの野郎。
片足やられては、いくら拳法の達人とはいえ、今までみてえな動きはできねえぜ。」
「恐ろしい男よ、センクウ。
ついにその奥義の数々を見せるか……。」
その逆立ちの姿勢のまま、センクウは両脚をぴたりと揃える。
その動きと同時に、奴のズボンの裾が裂けたかと思えば、その下から金属の鈍い輝きが姿を現した。
「な、なんじゃあ、センクウの足から刃がでおった──っ!!」
虎丸の叫んだ言葉通り、それは牙のような形の刃。
ひとつひとつは小ぶりなそれが三振り、奴の膝から足首にかけての脚の外側のラインの、一直線上に並んでいた。
「戮家奥義・
センクウの手が、倒立していた岩を弾くように離れる。
と、次の瞬間には俺の真ん前の岩に着地し、更に岩につけた腕を軸にして足を扇風機の羽さながら回転させ、俺に向けて蹴りを放ってきた。
辛うじて避けたものの、俺の顔面ギリギリを、足に付けた刃が通り過ぎる。
驚邏大四凶殺で雷電がJに対して、これと似たような攻撃をしていたのを思い出す。
Jだってあれには苦戦してた。
「逃しはせん!」
なんて凄まじい攻撃だ。
流れるような円の動きから、一瞬の隙も置かず、刃を繰り出してくる。
…上からの攻撃しか、奴の蹴りに対抗する手段はねえ!
俺はそう判断してその場から高く飛び上がると、落下速度に合わせてドスを構え、振り下ろした。
だが、
「やはりおまえもそうきたか…。
しかし、戮家奥義に死角はない…!!
皆同じ事を考え死んでいった。」
「なっ…ぐがっ!!」
この攻撃は完全に読まれていた。
落下中の俺の胸を、センクウは足の裏の面で蹴り飛ばす。
「戮家奥義・
慌てて空中で何とか体勢を整え、何とかうまいこと下の灰雲岩のひとつに着地しようとしていた俺の背後が、後から飛び上がってきた影にとられる。
次には俺の四肢は奴のそれに拘束され、俺は受け身を取ることもできずに、灰雲岩に顔面から叩きつけられていた。
「な、なんだあの技は──っ!!」
「運の強い奴よ。
落下したのが灰雲岩の上とはな…。
しかし、勝負はもはやあったようだな。」
顔面を下にして倒立した状態から、下半身が倒れかかる。
「と、富樫、目を覚ますんじゃ──っ!!」
虎丸がまた叫んでやがるけど、俺は寝てねえ。
何とか別の岩に足を置き、その岩の上に立ち上がる。
「しぶとい奴よ。
確かに貴様の言うとおり、ケンカ根性だけは大したものだ。」
『だけは』は余計だ。
俺は握ったままのドスを構え直すと、刃の根元の
普段は却って扱いにくいが、今はこれが必要だ。
☆☆☆
…富樫がドスを構え直した次の瞬間、短刀だったその刃が脇差くらいの長さに伸びていた。
「伸長自在の仕込みドスとはな…。
だが、ドスを長くしたくらいで、このセンクウに勝てぬ事がまだわからんのか。」
いや、つっこむトコ絶対そこじゃないよね!?
柄の長さの4倍以上の刃、どこに収納してたんだって疑問はスルー?
ああそうかこれもつっこんだら負け案件か。
富樫、おまえもかこの野郎。
おまえだけは信じてたのに。
なんだかんだで常識人だって。
だが富樫のドスがそんな構造だったとわかった以上、やはりズボンの中に差すのは絶対にやめさせよう。
この前みたく、転んだ時危ないんだからね!
それはさておき、富樫はセンクウに背を向けたかと思うと、闘場の盆の縁の方にある岩まで移動して、盆を吊り下げているロープに手をかけた。
そのままロープを登りはじめる。
結構な高さまで登ったところで、富樫は挑発するようにセンクウに向けて言い放った。
「もう一度烈繞降死とやら、見せてもらおうじゃねえか。」
「フッ、余程気に入ったらしいな。
どういう腹か知らんが、貴様の挑戦、受けてやろう。」
どうやら富樫にはなにか考えがあるようだが、その行動に檻の中の面々が騒つきはじめる。
「どういうつもりだ、富樫の奴。
また頭上から攻撃するつもりだ……。」
「どんな攻撃もあのセンクウには通じん。
また烈繞降死をくらって、今度こそ硫硝酸の盆に叩っこまれるぞ!!」
「まさか、富樫の奴……!!」
桃が、何かに気付いたように呟き、顔色を変えた。
☆☆☆
「行くぜい──っ!!」
「おろかな……。」
さっきと同じように俺がロープから飛び降り、それに対してやはりさっきと同じようにセンクウが俺を拘束する。
「とったぞ、烈繞降死!!」
「や、やめろ!やめるんだ富樫──っ!!」
桃が叫ぶ声が聞こえた。
「かかったなセンクウ…。
俺のケンカに負けはねえ。
てめえにも地獄に付き合ってもらうぜ!!」
さらばだ、みんな!
「見さらせ──っ!
これがケンカ殺法真骨頂じゃ──っ!!」
俺はドスを己の胸に突き立てる。
この体勢なら絶対に逃げられねえ。
長く伸ばした刃は俺の身体を突き通し、俺を捉えているセンクウの胸まで貫通した。
「み、見事だ富樫…。
男塾三号生として、貴様のような根性のかたまりの後輩を持った事を、誇りに思う…。」
俺と一緒に串刺し状態で落下しながら、センクウが言う。
「俺一人じゃ、あんたを倒せなかった…。
飛燕の力があったからこそだ。
飛燕の分も褒めてやって下さいよ…先輩。」
互いの命を握り合った同士、そして共に死んでいく同士、妙な親近感がこの瞬間、俺とセンクウの間に芽生えていた。
いい気分だ。まったく後悔はねえ。
「礼を言うぜみんな…。
短い付き合いだったが、俺の人生は貴様等のおかげで素晴らしいものだった…。
男塾万歳──っ!!」
だが、次の瞬間思いがけないことが起こった。
センクウが、俺の両手首を取ったかと思うと、二人を貫いていた刃を、力任せに抜き去ったのだ。
「うっ!?」
「フッフフ、俺を先輩と呼んだ後輩を、このまま死なすわけにはいかん。
少しは先輩らしい事もしてやらんとな。」
驚いて振り返ろうとしたが、それは叶わなかった。
センクウが空中で俺との位置を入れ替えたからだ。
「命あったらたまには思い出せ。
このセンクウの名をな……。」
そう言って微笑んだ顔が、一瞬見えたのみで、そのまま俺は奴に、空中に向けて投げ飛ばされた。
その瞬間、俺の意識が闇に沈んだ。
☆☆☆
硫硝酸の池に落下する寸前で投げ飛ばされた富樫の身体は、上の梯网に引っかかっていた。
それを行なったセンクウは落下して盆の中に沈む。
「み、見ろ、あれを…!!
と、富樫は、富樫は生きておるぞ──っ!!」
そして、全員の目が富樫の方に向いている隙に、救助組が立てた煙に紛れて、センクウの身柄を回収した。
あ、ちなみに盆の吊り下げに使用しているロープだが、闘士達には時間切れの場合には酸で焼け切れると説明してあるけど、実際にはそんな事はない。
そもそもそこに至る頃には液体の濃度が薄くなっていて、とてもそこまでの力はない。
「しょ、勝負はついたんじゃ──っ!!
早くこの檻から出しやがれ、このラーメンのドンブリ頭じじい──っ!!」
檻の中から虎丸がとても失礼なことを言う。
つかおまえ、今は知らないだろうから仕方ないけど、この人すごい医者なんだからな?
「ラーメンのドンブリ頭………。」
てゆーか王先生、なんかちょっと傷ついたみたくしみじみ呟いてるんだけど、ひょっとして自覚なかったのか。
一方、梯网から回収した富樫には、最低限の止血処置を行なった。
傷を治していないから見た目には変化なく見えるだろうが、一応これで大丈夫だ。
てゆーか、なんでか桃が私の手元をじっと見てるもんだからこれ以上の事ができない。
おまえあっち行けこの野郎。
「この後の手当ては引き受けよう。
命の保証はせんが最善は尽くす。」
私がやりにくそうにしてるのを見かねたのか、王先生が口を挟んで助けてくれた。
「どうやら、ここはそれしかないようだな。」
少し考え込んでしまった桃に、伊達が促すように声をかける。
「た、頼んだぜ、富樫をーっ!!
もしものことがあったら、てめえらただじゃ済まねえぞ──っ!!」
その後の手当てをする為に富樫を運んでいく救命組に向けて、やっぱり虎丸が失礼な事を言う。
あのね、この人たちも一応、プロの救命士だからね?
「それにしてもセンクウという男…。
落下する時、富樫を梯网まで放り投げる程の余力がまだあった…。
富樫を助けなければ、自分だけなら助かったはず…。」
そんな中伊達がしみじみ呟くのに頷いて、桃が感極まったように言う。
「自分の命を犠牲にして、富樫の命を救った。
三号の中にも、あのような男がいたのか…。」
そのセンクウがどうやら回収できたようなので、私はそっちの方に行こうと思う。
硫硝酸の濃度は薄まってるとはいえ、あの状況だと全身火傷は免れないだろうし、センクウは最終的には独眼鉄と同じところに運ばれると思うので、やはり彼の様子も見ておきたい。
「大威震八連制覇・
生存者、一号生側一名!!
よって一号生勝利──っ!!」
王先生が高らかに叫ぶ声が背中から聞こえた。
☆☆☆
センクウの火傷の治療を済ませ、同じ処置を独眼鉄にも施したいと言ったら、一号生をここに連れてきたのと同じ霊柩車型のバスに案内された。
ただしこちらは内部が席が全て取り外され、代わりに救護用のベッドが並べてある。
そこには独眼鉄だけではなく、卍丸と蝙翔鬼も横たえられていた。
一通りの手当てが済んだら、センクウもここに運ばれて寝かされるのだろう。
「うっ…。」
全身に火傷の処置を施し、飛燕の断神節の効果も解除したあたりで、独眼鉄が呻いて目を開けた。
「あ…ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」
ひとつだけの目を見開いて、独眼鉄が私を見つめた。
ややあってようやく状況が掴めてきたのか、半身を起こして自分の身体を見下ろす。
「その声、光…か?お、俺は、生きて…!?
お、おい!源吉の弟は…富樫源次はどうした!?
まさか…!」
「御心配なく。
センクウと刺し違えようとしたところを、そのセンクウに助けられました。」
「センクウ様が…?」
非情な顔で自分を硫硝酸盆に落とした相棒の名を出されて、不得要領な表情をする。
わかりやすい。
「戦いの中でセンクウは富樫を、その根性を、男として認めたんです。
ちなみに、彼も無事です。
じきにここに運び込まれて来るでしょう。」
「そうか…良かった。」
それは富樫のことか、それともセンクウのことなのか。
ともあれ、彼が話せる状態ならば、言っておきたいことがある。
「いい加減気が済んだでしょう?独眼鉄。
あなたの舞台は終了です。
次に富樫に会った時には、役を離れた本当のあなたで、彼とちゃんと向き合ってください。」
私が言うと独眼鉄は首を激しく横に振った。
まあ、この反応は予想の範囲内だ。
「馬鹿な。まだ終わっちゃいねえ。
俺は、あいつと戦って殺されなきゃいけなかった。
それなのに、あのヤサ男が間に入ってきて…」
「それはあなたの勝手な事情ですから、飛燕に当たるのは筋違いです。」
きっぱりと言い切ってやると、少ししゅんとする。
ちょっとかわいそうだが、まだ伝えたいことの半分も告げていない。
「それに、あなたは富樫に殺されるつもりでいたと私は認識しておりますが、それが彼に対する侮辱だと、まだ気付いていないのですか?」
「な…!」
「言ったでしょう。センクウは富樫を認めたと。
それはお互い、男と男が命と誇りをぶつけ合った、本気の戦いだったからです。
あなたは違う。
己を嘘で塗り固めて、富樫に本気で向き合う事を放棄したあなたには、それは決してできなかった事です。」
独眼鉄は、思いもよらない事を言われたといった表情で、私を見つめている。
「私は一応、あなたの意地を尊重しました。
だからあなたをあのまま、この闘場へと送り出した。
ですが、これ以上富樫を侮辱する気ならば、富樫の為、そしてあなた自身の為にも、今度こそは絶対に許しません。」
敢えて強めの言葉を選んで、この弱り切っている男にぶつける。
私はひどいやつだ。だが、今更だ。
「侮辱など…俺は、考えもしていない。俺は…」
今にも泣きそうな目をして、独眼鉄がまた首を横に振った。
うん、もうこれ以上苛めるわけにはいかないだろう。
「…わかっていますよ、独眼鉄。
ただね、私なりに、今わかっている情報だけを頼りに、富樫源吉の心の動きをシミュレーションしてみた結果、どうしてもこれだけはわかるって事があるんです。
少なくとも、今回のあなたの決断を、彼は決して喜びはしない、という事が。」
「っ……!」
「故人が望んでもおらず、更に故人の大切な唯一人の身内を、侮辱するに等しい行為を、これ以上続けることに何の意味が?」
「………源、吉…っ…!」
「あなたが本当にしなければいけないのは、先程から再三言っている通り、富樫と真正面から向き合って、彼に真実を告げる事です。
それは、ひょっとしてあなたにとっては、彼に殺される事を受け入れる事よりも、ずっと苦しい事なのでしょう。
…けど、あなたはそれができる人のはずです。
そうでしょう、独眼鉄?」
俯く彼の肩に、そっと手を置く。
「うっ……くっ……ううっ………!!」
…どうやら、決壊したらしい。
けど、それでいい。今は、泣いた方がいい。
富樫源吉の為に、彼自身の為に。
何より二人の、
「…私も協力しますから、ね?
大丈夫。大丈夫ですから…。」
私は子供のように号泣し始めた独眼鉄の頭を抱きしめて、その頭をしばらく撫でていた。
落ち着いたのを見計らって、私は独眼鉄にもう少し眠るように言い、救護車から出た。
そのタイミングで、まだ意識を失ったままのセンクウが、私と入れ替わるように運び込まれる。
…今思えばセンクウは、戦闘中の独眼鉄のキャラが、いつもと違う事には気付いていただろう。
あの時、飛燕がせめてもの情けで落下から助けた独眼鉄を、敢えてそのロープを切って硫硝酸盆に落としたのは、やはり彼なりの情けだったのかもしれない。
「…デリカシーがないなんて言って、ごめんなさい。」
聞こえるはずもない謝罪を口にしてから、私はそこに背を向けて来た道を戻る。
すっかり時間を食ってしまった。
次の闘場へと向かわねば。