婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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10・Dark Side Meditation

「じゃかあしい!

 てめえら、伊達、伊達って騒ぎやがって!

 あんな奴俺に比べればたいしたこたぁねえ!!

 こらーっ伊達、今度こそはわしの出番じゃ!

 かわらんか──っ!!」

 

 待機してる足場の上で悔しげに叫ぶ虎丸に、伊達が一瞥をくれただけで黙殺する。

 先ほどの月光の言葉通り、交代する気はさらさらないらしい。

 どうやら虎丸がさっきから不機嫌に見えるのは気のせいではなかったようだ。

 自分の出番を奪われる事で、蔑ろにされたと感じているのだろう。

 けど、今の伊達の闘いを目の当たりにした後では、確かにこの子の出番はないかもしれない。

 むしろ私としてはこのまま闘わずに終わってくれればと思う。

 何せ、これから出てくるのは、死天王のひとり羅刹。

 

「こいや。待ちくたびれたろう。」

 その羅刹に向かって、伊達が声をかける。

 ディーノとの闘いが割と速攻で終わったからそう待ってないとは思うけど。

 それはそれとして、ディーノが動けず船を戻せない状況で、どうやって選手交代する気だろう。

 虎丸も同じ疑問を口にしている。

 羅刹はマントの下に手を入れると、何やら掌大の丸い厚紙?のようなものを取り出した。

 次にはそれを水面に投げて浮かべる。

 燃えないところを見ると、紙ではないのかもしれない。

 ちなみに虎丸はそれを見て『メンコみたいな』と表現したが、私は冷たいグラスの下に置くコースターを連想した。

 それは彼のいる足場と武舞台との間に、きれいに一直線に並んでいる。

 それを確認してから、羅刹は足場の岩を蹴って、前方へ飛んだ。

 そして、先ほどのコースターの上につま先で着地したかと思えば、その瞬間にはまた飛び上がって、次のコースターで同じことをする。

 コースターの枚数分同じ事を繰り返して、羅刹はあっという間に武舞台に飛び降りた。

 忍者だ、忍者がいる。

 

妙活渡水(みょうかつとすい)の法じゃ。

 己の体重を殺し、水面に浮かべた紙片に全体重がかかる寸前跳躍する。

 すさまじい修練と、並外れた気の充実がなければできることではない。」

 王先生が今の羅刹の移動方法について解説している。

 うん、羅刹はあの図体をして、意外と空中戦とかも得意そうだな。

 …それはそうと、羅刹は上半身にマント以外の防具は付けていない。

 という事は、あのコースターを収納していたのはマントの方だったようだ。

 裏側にポケットでも付いているのだろうか。

 想像するとちょっとマヌケなんだが。

 と、私がしょうもないところに目が行っている間に、そのマントを脱ぎ捨てながら伊達を見据える羅刹を見て、月光と桃がため息混じりに呟いた。

 

「あの男の全身から発散される異様な闘気、死天王の中でもかなりの腕だ。」

「ウム…それは伊達が一番わかっている筈だ。」

 …はい、ごめんなさい緊張感なくて。

 正直、天動宮に出入りしていた間、私は羅刹にも世話になっているし、どうぞうちの赤石(バカ兄貴)をこれからもよろしくお願いします的な意味を込めて肩や背中を揉んでやったりもして、結構なコミュニケーションを取っていたから、私の中での羅刹の扱いは『親戚のオッチャン』程度には近くなっている。

 それはそうと、羅刹は絶対30越えてると思っていたんだが、聞けば邪鬼様と同い年で、老け顔だけどまだギリ20代だそうだ。

 完全にオッサン扱いしてましたごめんなさい。

 ちなみに卍丸とセンクウは赤石よりひとつ上だった。

 影慶にだけはなんか妙に距離置かれてて、滞在した三日の最後の晩以外必要以上の会話をしなかったので、彼の事はよくわからないのだが、羅刹の話によれば影慶が死天王に加わったのは実は一番最後で、三年前になんとかいう武道大会の予選に来ていたのを邪鬼様が見込んで連れてきたんだそうだ。

 影慶も邪鬼様と同じくらいかと思ってたが、その話からすると彼も思ってたより若そうだ。

 それはさておき。

 

「見ろ!伊達が初めて構えたぞ──っ!!」

 吐息とともに、伊達が戦闘態勢に入る。

 それは羅刹を、全力で闘うべき相手と認めた証拠。

 ひょっとしてこいつの配下の奴ら同様、どっかから槍出してくるのかと思ったが、そんな事はないらしい。安心した…って、違う!

 マジで槍使わないの!?

 最後まで得物無しで闘うつもりなの!?

 

「その構えは覇極流(はきょくりゅう)活殺拳(かっさつけん)…。

 それも相当の遣い手だ……。」

 羅刹が言うのを聞いて、瞬時に納得する。

 ひょっとして覇極流って武器選ばない流派なんじゃなかろうか。

 槍には槍の、刀には刀の、そして拳には拳の、それぞれの戦闘スタイルに合わせた奥義があるとみた。

 

「ならば俺も、鞏家(きょうけ)兜指愧破(とうしきは)の奥義を尽くして戦うまで!!」

 そして、羅刹もまた戦闘の構えをとる。

 独特な指の構えからすると、羅刹は指拳の使い手のようだ。

 卍丸もそうだったよな。

 死天王の少なくとも半数が指拳使いなのか。

 別にいいけど。

 

 ・・・

 

 だが。

 そこからが長かった。

 

「てめえらやる気あんのか──っ!!

 もう一時間も身動きひとつせず、向かい合って何しとるんじゃ──っ!!」

 ひとり蚊帳の外の虎丸が焦れて叫ぶ。

 まあ一時間は大袈裟だが、伊達と羅刹は互いに構えをとった後数十分、そこから一歩たりとも動かずにいる。

 

「動けないのだ。

 互いに一分(いちぶ)の隙もなく、相手の仕掛けるのを待っている。」

 二人の間に立ち込める、触れれば切れそうなほど濃密な闘気を感じ取った桃が、硬い声でそう言う。

 そこに、一陣の風が吹いた。

 何処からか、炎にまかれずに闘場に舞い込んだ枯葉が、一瞬伊達の視界を塞ぐ。

 その瞬間、羅刹が動いた。

 鋭い指拳が、真っ直ぐ伊達の胸板を狙ってくる。

 伊達がそれを躱すと羅刹の指拳は、そのまま伊達の背後の柱を貫いた。

 柱から引き抜いた指を示しながら、羅刹は伊達に向かって言い放つ。

 

「この世に、俺の指で貫けぬものは存在せぬ。」

 ちょっと待って、その台詞どっかで聞いたよ!

 私の知ってる人に、それとおんなじような事言ってるやつが、少なくともほかに一人いるわ!!

 …そういえば羅刹は赤石に『命の借りがある』とか言っていたな。

 詳しい話を聞きそびれてしまったが、この八連制覇の出場闘士として赤石が参加していたら、託生石は間違いなく、ここに赤石を導いただろう。

 赤石と羅刹がもし闘っていたなら…………………うん、止そう。

 戦闘スタイルが違いすぎて、全くイメージが湧かない。

 けど、素手で闘えとは言わないが、赤石にも刀以外の攻撃手段があってもいいんじゃないかな。

 今、武舞台場で羅刹と対峙してる奴ほどの器用さはなくてもいいけど、刀を奪われたり封じられた際に、闘氣を操る攻撃とかができるとかなり有利だと思う。

 赤石は器用なタイプではないが、素質的に不可能ではない筈。

 というか、私から豪毅を引き離す為に彼に向かって放った、確か烈風剣とかいう技、見た目にはその剣圧で豪毅の身体を吹き飛ばした感じだし、多分放った本人もそのイメージで使ったと思うけど、実際のところあれは闘氣だった。

 あれを意識的に、できればもっと鋭く研ぎ澄ませて操ればいいだけだ。

 少なくともあれだけのガタイがあれば、氣の量的には全く問題ないわけだし。

 

兜指愧破(とうしきは)両段殺(りょうだんさつ)!!」

 さて、私の脳内ツッコミが明後日の方向に向かっている間に、羅刹はその指拳を伊達の胸板に照準を合わせ、真正面から向かってきた。

 伊達はその軌道を冷静に見極め、正確に胸に向かっていた筈の羅刹の指拳を、どのようにしたものかその両手首を己が両脇に挟んで止める。

 そうして両手を拘束した状態から、羅刹の顔面に頭突きを食らわすも、次の瞬間には羅刹の膝がやはり伊達の顔面に飛んできて、二人はそこから一旦距離を取った。

 伊達が体勢と呼吸を整える間に、羅刹は次の攻撃の構えに入る。

 両掌を合わせ、親指、人差し指、小指を立てた状態で、やはり狙うのは伊達の胸板。

 正確にはその下で生命の律動(リズム)を刻む心臓だ。

 

兜指愧破(とうしきは)双指殺(そうしさつ)!!」

 それに対する伊達の反応が遅れた…と、その瞬間誰もが思った。

 

「だ、伊達──っ!!」

 虎丸の叫びが虚しく響き、指拳が伊達の胸に風穴を開ける…そう見えた瞬間、

 

「とったぞ……覇極流(はきょくりゅう)拳止鄭(けんしてい)!!」

 伊達の胸元で羅刹の両手の甲が、伊達の両拳に挟まれていた。

 

 

「きまった──っ!

 覇極流奥義・拳止鄭だってよ──っ!!」

「す、すげえ技だぜ、さすが伊達だ──っ!!」

「あの羅刹の凄まじい指拳を、完全に封じたぞ──っ!!」

 一号生たちが盛り上がるのを見て、待機している虎丸がちょっとムキになる。

 

「ヘッ、何を言ってやがる!

 俺だってあれくれえの事は、やろうと思えばできるんだぜ!!

 こらあ伊達ーっ、俺とかわらんかーっ!

 本当にこのままじゃ、俺の出番がなくなっちまうじゃねえかよーっ!!」

 素質的な事だけ言えば、虎丸は伊達レベルに強くなれる可能性はある。

 それくらいの逸材だ。

 だがそれは、少なくとも同じだけの修行をすればの話。

 それに、その素質を効率的に伸ばす為には、良き師の存在も不可欠で。

 いわば伊達が磨き上げられてカッティングも施された、完成された金剛石(ダイヤモンド)だとするならば、虎丸はうっかり庭の敷石に紛れてしまった原石というところだろう。

 …今、伊達が陥っている窮地に気付いていないというのならば尚のこと。

 

 ☆☆☆

 

「…フッ。中国の古い(ことわざ)に、“一見は真ならず”とあるのを知ってるか?」

 俺の拳止鄭により拳を砕かれた筈の羅刹が不敵に笑う。

 

「なに……!?」

 奴の言葉の真意を問う前に、至近距離で目にしている、羅刹の腕の筋肉が膨れ上がる。

 

「ぬは──っ!!」

「!…ぬっ!!」

 そのまま力を込めた奴の指拳は、真っ直ぐに俺の胸を捉えている。

 手の甲は俺に潰されているのに、指先の鋭さはまだ生きているのだ。

 

「フッ、俺の言った意味がわかったか。

 俺の拳を封じたつもりだろうが、どうやら立場は逆だったようだな。」

 …そういうことか。

 

 ☆☆☆

 

「どうした伊達ーっ!!

 いつまでも睨み合ってねえで、一気に勝負にいかんかーっ!!」

「おう、今までのところ、勝負は圧倒的に伊達が優勢だぜい!!」

「違う……!今、窮地にいるのは伊達の方だ。」

「ん──っ!?ど、どういう事だ桃、それは!?」

「羅刹の指拳はあの体勢から、伊達の胸を貫こうとしている。」

「な、なに──っ!!」

 …桃の言う通り。

 そもそも腕の関節というのは、内側に曲がる構造になっている。

 そして羅刹が力を加えているのが、まさにその曲がる方向なわけで。

 羅刹は真っ直ぐ前だけに力を込めればいいのに対して、伊達がこの体勢のままそれを阻もうとするならば、羅刹の拳を止めている自身の拳だけではなく、関節を固定する為にも力を使わねばならない。

 つまり、その時点で既に力が分散されている。

 現時点で二人が、単純な膂力で互角であるのなら、伊達が押し負けるのは明らかだ。

 

 ☆☆☆

 

 羅刹の指先が徐々に、俺の胸に近づいてくる。

 

「いつまでもこらえきれるものではない。

 貴様の横から押さえる力と、俺の前から押す力、どちらか有利かは、言わずとも知れた事……!!」

 確かに、このままの体勢では確実に俺が押し負ける。

 だがこの体勢から離れたり、足技を繰り出しても、奴の指拳はそれより早く、俺の胸板を貫くだろう。

 この体勢を維持したまま、力で押し返すしかない。

 

「もらったぞ、この勝負……!!」

「くっ!!」

 押し返そうとして脚が僅かに後方に滑った。

 反射的にそれを止めようとした瞬間、奴の指先が、遂に俺の胸板に到達する。

 虎丸が俺の名を叫ぶ声が聞こえた。

 うるせえ黙ってろ、気が散る。

 

「ううっ!!」

 まるで味噌に指でも突っ込むみたいに易々と、奴の指拳が俺の胸を貫いてくる。

 

「しぶとい奴よ。まだこらえおるか。

 しかしあと1cm。

 1cmもすれば、俺の双指殺は心臓を貫く。」

 …無駄に体力を消耗するからやりたくはなかったが、ここは切り札を使うしかないようだ。

 

「貴様に俺を殺すことはできん。」

「なにーっ!!」

 至近距離の訝しげな顔を視界から外すように、俺は瞳を閉じた。

 

闘・妖・開・斬・破・寒

滅・兵・剣・駿・闇

 

「何をブツブツと。最後の念仏でも唱えておるのか。」

 …心が闇のベールに包まれ、無意識の壁を越える。

 奴が何か言っている気がするが、俺の耳にはもう届かない。

 深いところへと、潜っていく。

 

煙・界・爆・炎・色・無

超・善・悪

殺・凄・卍・克・哀・煦

 

 静寂の闇の中、伸ばした心の手が何かに触れる。

 躊躇うことなく、俺はそれを掴む。

 その瞬間、掴んだ拳の中から、眩しい光が溢れ出し、同時に激しくなった血流が、その輝きを全身に押し流し、ゆき渡らせた。

 光が、力が、俺に満ちる。

 そのまま、意識が急浮上する。

 

 膨張した筋肉が、装着していた腕のプロテクターをはじき飛ばす。

 左手首の、かつて見知らぬ誰かの所有物であった証、思い出したくもない紋様が露わになるが、今は気にしている時ではない。

 

「おおっ!!

 

 覇極流(はきょくりゅう)気張禱(きちょうとう)!!」

 

 目の前の羅刹の貌に驚愕の色が浮かぶ。

 肉体の奥に眠っていたその力を腕に漲らせ、俺は胸に突き刺さる奴の指拳を、力任せに引き抜いた。




らせん階段・カブト虫・廃墟の街・イチジクのタルト・カブト虫………

すいませんなんでもないです。

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