婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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11・風は吹く花は散る時は流れる

「ぬうっ!

 き、貴様、どこにまだこれ程の力が………っ!!」

 明らかに自身の方が有利であった筈の状況をゼロに戻され、羅刹が驚愕した。

 一方、急にどこからか力が湧き出てきたように見える、伊達の膨れ上がった腕の筋肉に、一号生が歓喜しながらも疑問を口にする。

 

練活気挿法(れんかつきそうほう)の一種じゃ。」

 突然の伊達のパワーアップの理由を、王先生が解説してくれた。

 練活気挿法…簡単に言えば、肉体の持つ潜在能力を、一時的に100%引き出す自己催眠法である。

(人間の肉体は通常時、その能力を最大でも50〜60%程度しか使用しない。それ以上を使うと自身の肉体をも破壊してしまう恐れがある為)

 いわゆる火事場の馬鹿力を任意に引き出すもので、自己催眠に至る方法はそれぞれだが、密九教の呪文を唱えるケースが多いという。

 気張禱(きちょうとう)とはまさしく、覇極流における練活気挿法なのだろう。

 一応、私の橘流氣操術でも、その手の一時的なパワーアップは可能だ。

 というか、以前懲罰房で重石の鎖が切れた際に虎丸に使ったのがそれだ。

 そして私がやる場合、どれくらいの割合で力を引き出すかの調整もある程度は可能だったりする。

 勿論その割合が高ければ高いほど持続時間は短くなるし、更に後からくる肉体の反動も大きいけど。

 あの時の虎丸に施したせいぜい7、8%弱程度の上乗せでも、後で筋肉の修復の為に更に術を使わねばならなかった。

 もっとも虎丸の場合支える重量が半端なかった上、今思えば無駄に潜在能力が高かった故に、その7、8%のパワーアップの値が思ったより大きかったという事もあるのだが。

 だが、この場合は本当に瞬間的な覚醒なのだろう。

 その瞬間を無駄にせず、伊達は自身が止めた羅刹の両手を支点にして地面を蹴り飛び上がると、気合い声とともにバック転で羅刹の背後に飛び降りた。

 

「フッ、やりおるわ。

 よもや貴様が練活気挿法まで体得しておるとはな。

 しかし、気挿法を使った後の体力の消耗は言語を絶すると聞く。」

 やはりそうか。

 どんな方法でも、肉体の限界に到達するパワーアップで返ってくるダメージは大きいようだ。

 

「しかもその出血……既に勝負は見えた。

 一気に決着(ケリ)をつけようぞ!」

 言いながら羅刹が構え直す。

 己の勝利を確信して、今度こそその胸板を貫いてこようとする羅刹の指拳を構えも避けもせず、伊達はその場に立ったまま、それを真っ直ぐに受け止める。

 

「もう動く事もできぬか。」

 だが次の瞬間、意外な事が起こった。

 

「ぐ、ぐああ────っ!!」

 苦痛の悲鳴を上げたのは羅刹の方。

 なんの動作もなくただ受け止めただけの伊達の胸板に、それを貫く筈だった羅刹の指拳は弾かれ、その指の関節が、ありえない方向に曲がっている。

 その状況が信じられず己の右手を見つめる羅刹の目前で、右手の親指以外の指が、折れた関節から血を噴き出す。

 

「気がつかなかったのか。

 自分の指の筋が、先の拳止鄭で粉々に破壊されていたのを。

 自慢の指拳もあまりに鍛えすぎたため、その痛さまでも感じなくなっていたようだな。

 拳止鄭の神髄は、相手の拳を止めることにではなく、使えなくすることにある。」

「なっ!!

 ば、馬鹿な、俺の兜指愧破でこの世に貫けぬものなど存在せん!」

「まだわからんのか。

 今の貴様の拳では豆腐でも貫けはせん。」

 残る左手を振りかぶる羅刹の、その左手も容易く砕いて、伊達の正拳がその顔面にまともに入った。

 

「どうやら、貴様も俺の敵ではなかったようだな……!!」

 面白くもなさそうな表情で、伊達が言い放った。

 

 ・・・

 

 羅刹は見た目よりも、精神的に脆い気がする。

 実際、初めて会った日に、邪鬼様にそんなような事を指摘されてたし。

 動揺しやすい、よく言えば感情が豊かって事なんだけど、今も怒りと屈辱で、すごくわかりやすくぷるぷるしてる。

 …けど、元々はここに居る筈じゃなかった人を、わざわざ引き込んでまで闘いを挑んだのは、元々はあなた方三号生なんだけどな。

 まあそんな事は今はどうでもいい。

 羅刹は、どうやら口の中で折れたのだろう歯をプッと吐き出すと、燃える目で伊達を睨みつける。

 

「やめておけ。その拳ではもう戦えまい。

 今度は命を失うことになる。」

「フッ、貴様の覇極流拳法がこれほどのものとはな…。

 しかし、これしきのことで俺に勝った気でいるのか。

 俺の兜指愧破は指一本あれば充分。

 まだ、親指が生きておる。」

 羅刹は先ほどまでとは違う構えを取り、親指を突き出した拳で伊達に挑みかかった。

 先ほどよりも大きい動きで伊達がそれを避ける。

 それを見て虎丸がまた叫ぶ。

 

「たかが親指一本にビビるこたぁねえじゃねえか!!」

 …庭の敷石は黙ってろ。

 確かに羅刹はダメージを受けてるし、若干キレてもいる。

 けどこの気迫、さっきまでの比じゃない。

 身を躱した伊達の身体があった空間を通り、その後ろの柱を砕いた羅刹の指拳は、その破壊力を増していた。

 それは、感情の昂りが、肉体を強化しているからに他ならない。

 

千麾(せんき)兜指愧破(とうしきは)!!」

 だが伊達は冷静にその動きを見極めていた。

 先ほどは大きな動きで躱したそれを、最小限の動きで捌いていく。

 …もう完全にわかってしまった。

 さっきのディーノ戦での台詞じゃないが、伊達は本当、強すぎる。

 ここまでくると、役者が違うとしか言いようがない。

 桃、あなたどうやってこの化け物に勝てたんですか?

 それともあなた自身、こいつ以上の化け物なんですか?

 

「無駄だ。

 貴様のどんな拳も、俺を倒すことはできん。」

 言うや、羅刹の親指を無造作に掴み、それを支点にして一回転した伊達が、その途中で羅刹の顔面に蹴りを放つ。

 

「どうやら死なねばわからんようだな……。」

 だが羅刹は唐突に、謎に不敵な笑いを浮かべた。

 

「地変われば福に転ず…あたりを見てみろ。

 どうやら勝負の神はまだ、俺を見放してなかったようだな。」

 …石油の湖の炎が、島全体を覆い始めた。

 

 ・・・

 

「油が満ち始めているのではない。

 島が沈み始めているのだ。」

 王先生が状況を説明する。

 そもそもあの闘場を支える島の台座になっている岩は、温度が上がるにつれ溶けていくらしい。

 残されるのは中央に乱立する石柱。

 ここからはその上で闘う以外ない。

 正直、今の今まであの柱の存在意義をわかってなかったけど、そういうことだったのね。

 

「これぞ燦燋六極星闘(さんしょうろっきょくせいとう)炎濠柱(えんごうちゅう)!!」

 

 

 …ここで闘ったのが赤石じゃなくて本当に良かった。

 恐らくあの脳筋なら、この闘いのどっか途中で「…邪魔くせえ!」とか言い出して、全部の柱を一刀の元にぶった斬ってるに決まってる。

 今まさに行われてるかの如く、その光景が目に浮かぶ。

 そして今のこの場面では、二人揃って途方に暮れてる。

 …ここまで容易に想像できるとか、私はあの男に関わりすぎたかもしれない。

 

 …羅刹が柱のトゲトゲを利用して身軽にスイスイ登っていく。

 図体の割に本当に身軽だ。

 このまま下に留まっていては丸焦げになってしまうので、伊達も仕方なく地面を蹴って、柱の上まで飛び上がる。

 柱の上の、ひとまず炎が登ってこないところまで登った二人が、改めて対峙した。

 

「フッ、教えてやろう。

 さっき俺が言った、勝負の神がまだ俺を見捨ててはいなかったという意味をな。

 鞏家(きょうけ)鼯樵橤拳(ごしょうずいけん)滑空殺(かっくうさつ)!!」

 羅刹が、伊達に向かって、()()()

 

 

「な、何を考えてんだあいつ──っ!!

 あんな距離があるのに飛びだしやがった──っ!!」

 虎丸が驚いた通り、羅刹と伊達の間の距離はかなり離れていた筈だった。

 だがその距離をものともせずに、まさに羅刹は両手を翼のように広げて滑空し、武器である親指が伊達の傍を掠める。

 伊達はそれを寸でで躱したが、彼が立っていた柱が、その身の代わりに砕かれた。

 伊達が落下する身体を、その下の足場を掴んで、辛うじて支える。

 羅刹はそのままの勢いと、更に下から吹き上げる熱風の力も借りて上昇し、別の柱の足場に降り立った。

 

「と、飛びやがった………!!

 ま、まるでムササビのように……!!」

「鼯樵橤拳………!!」

 桃が呆然と、羅刹の発した技の名前を呟く。

 それは中国屈指の大樹海地帯『烏慶漢(ウーケイハン)』にて、そこに暮らす少数民族・烏慶族(ウーケイぞく)が、多民族や外敵から身を守るために編み出した拳法だという。

 その特徴は字を見てのとおり(むささび)の動きを模した形象拳で、木立など高所での闘いを得意とするのだそうだ。

 …ひょっとすると羅刹はそこの出身なんだろうか。

 それはないか。と、

 

「鼯樵橤拳・縄縛環(じょうばくかん)!!」

 羅刹は手錠のついたワイヤーのような武器を投げた。

 それが数本の柱に巻き付いた後、手錠の部分が4本、伊達に向かって飛んできたかと思うと、狙い違わず伊達の両手首と両足首を捉える。

 だ・か・ら!それどっから出した!!

 いい加減つっこんだら負け案件多過ぎだろ!!

 

「どうやら勝負あったようだな……!!」

 ワイヤーの端が柱に繋がれ、磔のように拘束された伊達の姿に、羅刹がニヤリと嗤う。

 だが、

 

「フフ…俺はやっと本気になれそうだぜ。」

 伊達はそう言って羅刹を睨みつけながら、やはり挑戦的な笑みを浮かべた。

 …まさかとは思うがお前ら二人とも、頼むからおかしな趣味に目覚めるのだけはヤメロ。

 

 

 四肢の自由を奪われた伊達に、一号生たちが心配げにその名を呼ぶ。

 伊達は恐らく状況を冷静に判断しようとしているのだろう、それ以上無駄に暴れる事も、ましてや叫ぶ事もしない。

 ちなみに羅刹によればワイヤーは1tの重さにも耐え、手錠の鋼環はダイヤモンドより堅い白金鋼でできているという。

 …まあ、男塾(ウチ)塾生()たちの中には、状況さえ許せばその程度簡単にぶち壊せるパワーや技の持ち主、数人おりますがね。

 赤石の斬岩剣ならそのワイヤー程度、寸断しちゃうだろうし、Jのナックル付きでのパンチなら、その手錠くらい粉々に撃ち砕ける。

 問題は、実際にそこに囚われてる状況の伊達に、その方法が存在するかどうかって事だが。

 

「フッ…此の期に及んでも動ぜずか。

 貴様程の男、そう簡単には殺さん…。

 その余裕、どこまで本当のものか試してやろう。」

 言いつつ羅刹が親指を構える。

 何故かその状況を見て、突然虎丸が笑い出した。

 

「ウワッハハ、ざまあねえぜ伊達の野郎──っ!!

 ひとりばっかでいいかっこしおるからそういうことになるんじゃ──っ!!

 あとのことは心配しねえで、心おきなくやられろや──っ!!」

 その言葉に一号生たちが怒りの表情を浮かべる。

 

「と、虎丸!あの野郎なんてことを──っ!!」

「虎丸!

 てめえ言ってる事がわかっておるのか──っ!!」

「じゃかあしい!

 てめえらに俺の気持ちがわかってたまるか──っ!!」

 …子供だな。けど、虎丸は馬鹿じゃない。

 本当は自分でも気がついてる筈だ。

 自分のその言葉が、本心じゃないって事くらい。

 ちょっと拗ねてるだけで、本当は優しい子だから。

 さっきからなんだかんだで伊達を心配してるの、ちゃんと見てるんだからね。

 そんな事にはまったく頓着せず、羅刹が再び跳躍する。

 拘束されて抵抗どころか防御もできない伊達の肩に、羅刹の両親指が突き刺さった。

 

「鼯樵橤拳・激震経破(げきしんけいは)!!」

 そこから再び全身のバネで羅刹が別の柱に飛び移る。

 見てわかるほどに伊達の腕の筋肉が収縮し、その傷から血が噴き出した。

 

「ぐくっ!!」

 らしくもなく、伊達が声をあげた。

 その表情が苦痛に歪んでいる。

 

「な、何をしたんだ、羅刹の野郎は伊達に!」

「出血もひどいが、あの苦しみ方は異常だぞ!!」

 一号生がまだ騒めき出す。

 いや異常でもなんでもねえわ、ど素人は黙ってろ。

 あの部分は腕の中枢神経の集合節で、あの出血を見る限り間違いなくそこまで届いて砕かれてる。

 神経に直接ダメージを受けてるわけだから、痛み自体相当なものの筈だ。

 いやまあ、神経通らない痛みなんてないけどさ。

 

「並の体力と気力の者なら、その痛みだけでショック死してるだろう。

 貴様はその痛みに、のたうちまわりながら死んでいくのだ。」

「やめておけ……俺を怒らせると、楽には死なせんぞ。」

「まだ大口をたたきおるか!!

 次は腹部中枢神経集合節!」

 呼吸を乱しながらもまだ言い返す伊達の、胴のプロテクターをあっさり貫通して、今度は腹部に、羅刹の指拳が突き刺さった。

 

「ぐぬっ!!」

 再び、伊達が苦痛に呻く。

 

「痛かろう、苦しかろう。

 どうだ、素直に負けを認めれば、ひと思いにあの世に送ってやるぜ。」

 だが、羅刹のその言葉に、伊達は荒い息の中、強い瞳で羅刹を睨め付けて、言った。

 

 

「誰にものを言っている…。

 俺の名は、伊達臣人。

 貴様に、この俺は倒せはせん…!!」

 

 

 それは己に対する誇り。

 それなくしては『伊達臣人』そのものの存在が揺らぐほどに、伊達を伊達たらしめている、矜恃。

 このような状況にあってすら、伊達はその闘志を衰えさせてはいなかった。

 

「フッ、まだ強がりを…あきれた奴。

 まさに貴様こそ、阿修羅の如き男よ。

 貴様は、どのような苦痛にも屈せぬらしいな…。」

 地獄の鬼すら喰らうという闘神の名を持つ男が、伊達の尽きぬ闘志を賞賛する。

 

「なんという男だ……!!

 かつてこの王大人、あのようなすさまじい男を見たことがない。」

 更に王先生までもが、その伊達の気迫に息を呑んでいる。

 王先生だけじゃない。

 その場にいる誰もが圧倒されていた。

 私も、桃も、月光も、他の一号生たちも。

 一番近くでそれを見ている虎丸さえも。

 

「ならば一気に地獄へ送るのみ!!」

 だが、伊達が動けない状況に全く変化はない。

 親指の指拳を真っ直ぐに伸ばして、羅刹がまたも飛び立たんとする。

 今度こそ確実にとどめをさすべく、伊達の心臓めがけて。

 だがその動きが、高らかに響いた声に止められる。

 

「待てーっ!!」

 全員が声の方向を注視すると…

 

「な、なんだ虎丸の奴、いきなり──っ!!」

「何をする気だ!!

 越中一丁になって仁王立ちしとるぞ──っ!!」

 …私には説明しにくい状況を解説してくれてありがとう、一号生の皆さん。

 

「ヘッ、伊達…まったくおまえって奴はたいした奴だぜ。

 出番がねえなんてひがんでいた俺が、恥ずかしくなっちまった。」

 照れたように鼻の下を人差し指で擦りながら虎丸が言う。

 が…どちらかというと、今の己の格好こそ恥ずかしいと思って欲しいと思うのは、私が女だからだろうか。

 というかまさか。

 

「しかし俺だって男塾一号生、大威震八連制覇に選ばれた八人の代表のひとりだ。

 このまま相棒が殺されるのを、指くわえて見てるようなタコじゃねえぜ。」

 いやちょっと待って。

 

「今いくぜい、伊達──っ!!」

 気合いとともに、虎丸は飛び込んだ。

 未だ炎燃え立つ、油の湖へ。

 

「アァチャ────ッ!!」

 

 

「フッ、おまえの相棒、気は確かか…。

 この距離を…しかも油面の温度が上がって、テンプラ油のように煮えたぎるこの火の海を、泳いでおまえを助けにくるつもりらしい。」

 羅刹の言葉通り、虎丸は炎の海を泳いでいた。

 だが、虎丸の肉体がどれほどに頑健でも、炎と油が皮膚を焦がすのを止めようがない。

 中ほどの距離まで泳いだあたりで炎に巻かれ、その身体が沈んでいく。

 

「おまえも馬鹿な相棒をもったもんだな。

 もっとも、これで奴を片づける手間が省けたというものだがな。

 …次の一撃が、この戦いの終止符となる。」

 とんだ茶番だとでも言いたげに、羅刹は改めて指拳を構えた。だが、

 

「フフフッ、それはどうかな。

 虎丸の奴は、俺が考えていた以上に、すげえ奴だったぜ。」

「………!?」

 言ってニヤリと笑った伊達に、訝しげな目を向ける羅刹。

 ふと気配が動いた気がして下を見れば、なんと一本の柱の下から黒く焦げた手が出てきて、更に真っ黒な男の身体が、炎の海から上がってくるのが見えた。

 

 まったく、なんて奴だ、おまえは。

 思わず息を呑んで見つめてしまう。

 

「虎丸龍次、参上!!

 いくぜ羅刹!今度は俺が相手だ!」

 

 セリフに反してその姿は、最高にカッコ悪いけど。

 同時に、最高にカッコ良いよ、虎丸。


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