婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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前々回に書いた鉄球の上での静止状態といい、月光は色々不可解な行動が多いわけだが(笑)、その中でも一番物議を醸しているとされる今回の恟透翼のシーン、本当に辻褄合わせに苦労した(爆)。けど、この『月光ほんとは見えてんじゃねえの疑惑』に関して真の説明が為されるのは、現時点で構想してるまま進めば、恐らくは七牙冥界闘(バトルオブセブンタスクス)で生還した後の話になると思う。それすらも「いや、ソレなんぼなんでも無理あんだろ」と盛大につっこまれること必至なわけだが、そんなわけでここでは敢えて曖昧に流す事にするのだった。


15・思い出さえも息苦しくて

 空中に投げ出された影慶の身体が、地面から突き出た槍の上に落下する。

 だが、あわや串刺しという瞬間、空中で体勢を整えた影慶は、次の瞬間、片脚で槍の切っ先に爪先立ちしていた。

 その視線の先で、月光も同じようにして槍の上に立っている。

 二人とも、まったく危うげなく。

 

 …全然関係ないけど、御前の家に来たばかりの頃、豪毅と勉強しながら最後には遊んでいて、アルプス一万尺という歌の中の『小槍の上で』という歌詞について、

 

「槍の上に立つってどういう事なんだ」

 という疑問から入り、

 

「しかも、そこから更に踊るって」

「そもそもアルペン踊りとはなんだ」

 とああだこうだ言い合った後、御前の書庫に潜り込みかなり真剣に二人で調べた事を何故か、今、思い出した。

 このアルプスが日本アルプスの事で小槍はそこにある岩、そしてそんな上で『アルペン踊りを踊る』などという芸当はまず不可能という事実を知った後、ある一冊の本に『拳法の修行者が体術を究めんとしている場面を歌ったもの』という記述を見つけて、ようやく納得した私たちが、

 

「私たちも早くこのレベルに到達して、いつか二人で小槍の上で、アルペン踊りを踊りましょう」

 と、わけのわからん誓いを立て合ったのも、今となっては懐かしい思い出だ。

 けど数年後に御前と書庫で、勉強の為の書物を物色していた際に、御前が件の本を示し、

 

「この出版社が出す武術書は大抵が眉唾ものだ」

 と言っていたのを聞いて、あの日私と豪毅の目から落ちた鱗を返せと思った。

 もっとも私は暗殺者としての本分から、格闘向きの筋肉をつける事を御前に禁じられたので、格闘術の修行はあくまで護身術の範囲内でしかつけてもらえなかったわけだが。

 閑話休題。

 

「フッ……。

 貴様もこの俺を、十秒で倒すことはできなかった。

 どうやらお互い相手をあなどっていたようだな。」

 薄笑いを浮かべながら、影慶が言う。

 

「小手調べは終わった。これからが本番……!!

 犇斧(ホンフ)ヌンチャク、真の威力を見せてやろう。」

 そう言って、また振り回したそれは、先程ですら目に見えないスピードだったものが、更にその速さを増している。

 月光は構えを取りつつ、左手を背中に回すと、恐らくは革の腰当ての内側から、何かを引き出した。

 …うん、そう何度も私がつっこんでやると思ったら大間違いだ。

 攻撃に転じてヌンチャクを振りかぶる影慶の前に、それを水平に掲げ、両腕を横に引く。

 次の瞬間、長さを増した一本の棒に、影慶の犇斧(ホンフ)ヌンチャクは弾かれ、防がれていた。

 

「見せてやろう。覇極流棍法術…!!」

 辵家(チャクけ)じゃなく覇極流なのか。

 やはり伊達の時に思った通り、覇極流は武器を選ばない流派であるようだ。

 もっとも棍は攻撃武器としては原点である故、シンプルだが多様性に富む。

 時には剣、時には槍、更に防御に使用すれば盾ともなり得るわけで。

 覇極流の武術としても原点に位置するのかもしれない。

 

「おもしろい。貴様、棍を使いおるか……。

 ヌンチャクに抗するは棍とは、拳法の定石。

 それを、今の今まで使わずとは大した余裕よ。

 しかし、この俺には通用するかな。」

 そういえば驚邏大四凶殺の時に彼の事を教えてくれた三号生が『なんでも使いこなすけど一番得意な武器は棍』って言ってた筈だ。

 えー待って。

 一般の三号生が調べて知ってた事を影慶が知らなかったのはどういう…いやまあ単純に忘れていたのかもしれない。

 月光の事を侮ってたって、自分で言ってたもんな。

 そんなこんなで裂帛の気合いと共に、影慶の腕の動きが激しくなる。だが、

 

「き、貴様…!!」

 棍を手にした月光の動きは、実際にその腕を目の当たりにして、相対している影慶だけではなく、見ている私たちすらも驚愕せしめた。

 

「す、すげえ月光!!

 あの凄まじい攻撃のヌンチャクを、ことごとく打ち返している──っ!!」

「フッ…。

 棍をつかわせて月光の右に出る者はおらん。」

 なんだか自慢げに伊達が言う。

 そういえば伊達の槍術には節棍の要素もあった。

 ひょっとしたら、蛇轍槍を極める際に、月光に師事した事があるのかも。

 一方、双節棍であるヌンチャクは武器の特性上、跳ね返ってきた部分は受け止めねばならず、自身の予期しない方向に跳ね返れば、その受け止める段階で一拍使うことになる。

 月光は影慶の犇斧(ホンフ)ヌンチャクの目にも留まらぬ攻撃をことごとく跳ね返しながらそれを何度も繰り返し、時には突きの攻撃に転じて、その遅れを蓄積してゆく。

 やがてそこから生み出された一瞬のタイミングを狙った月光は、やはり目にも留まらぬ速さで、棍を真っ直ぐに突き出した。

 影慶の手元で、ヌンチャクがふたつに分かれる。

 

「ヌンチャク唯一の弱点は、その結ぶ鎖にある!!」

 連結する鎖を断ち切られたヌンチャクはただの二本の棒…まあ、この場合小さな斧でもあるから、それとしての使い道はあろうが、少なくともこれまでと同じ動きはこれで不可能だ。

 

「や、やった!

 ヌンチャクを結ぶ鎖を断ち切ったぞ──っ!!」

「これでもうヌンチャクは使えやしねえ!!

 よーし、この勝負いただきじゃ──っ!!」

 一号生たちの歓喜するその声援を背に、月光が棍を振りかぶり跳躍する。

 

「もらったぞ、影慶!!」

 だがその影慶は、二本の斧となった己の武器を投げ捨てると、一旦懐に手を差し入れた。

 

「もらっただと…笑止。

 犇斧(ホンフ)ヌンチャクだけが、俺の全てだとでも思っているのか。」

 そうして再び懐から出した手を、明らかに何かを投擲する動きで振り抜く。

 空中から影慶に追撃せんとした月光の、左の太腿から血が飛沫(しぶ)いた。

 突然の事にバランスを崩して、地に降り立った月光が膝をつく。

 

「げっ、月光──っ!!」

「いったいどういう事じゃ、あれは!?

 あんな離れた距離から月光を──っ!!」

「飛び道具か……。」

「ウム。」

 多分私と同じように見えてはいなかったのだろうが、状況のみで察した桃が呟くのに、伊達が頷く。

 

「フッ、今わかる。」

 影慶は上空を見上げ、小さく左手をあげると、人差し指と中指を立てて、何かを挟んで止めたような動きを見せた。

 

愾塵流(きじんりゅう)恟透翼(きょうとうよく)!!」

 …それは、よく目を凝らして見てみれば、ガラスのように透き通った材質でできたブーメラン。

 しかも薄く鋭い刃のようなそれは、飛行中も風を切る音はほとんど聞こえなかった。

 …てゆーか、扱いを間違えたら自分の手の方が怪我しそうな武器好きだな影慶。マゾかお前。

 

「見えまい、この水晶でできた(よく)は。

 止まっている時は見えても、ひとたび指から離れた時、その速さと回転によって、完全に見えなくなる。」

 ガラスじゃなくて水晶でしたか。

 私がそう思ってる間に、影慶はまたもそれを、月光に向けて投げる。

 まあ、月光はそもそも見えてないんだけど、影慶はそれ知らないから仕方ないよな。

 けど、投げた瞬間は振鳴音が聞こえるが、風に乗るにつれそれも小さくなり、上空からの雷鳴音もあり、音による察知もなかなかに困難な状況。

 懸命に音を追おうとするも、次には月光の左上腕部が裂けた。

 

「次の一投がこの勝負、そして貴様の最後だ!」

 言いながら影慶が、戻ってきた(よく)を手元で回転させる。

 というかあなた自身は見えるんですね、それ。

 

「あ、あの月光が一歩も動けねえ──っ!!」

「だ、だめだ!

 見えねえんじゃあの攻撃は防ぎようがねえ!

 このままでは月光は殺される──っ!!」

 一号生たちがまたも騒めく。

 いいから君達少し静かにしなさい。

 

「死ね──っ!!」

 影慶が右手を振りかぶる。

 その瞬間月光は、今受けたばかりの左腕の傷口に口をつけると、そこから吸い取ったらしい自身の血を、周囲の空間に吹き散らした。

 いや、パフォーマンス系プロレスラーかおまえは。

 私が思わず、そう心の中でつっこみを入れたあたりで、

 

「おおっ!

 すげえぞ月光の奴、血を吹き散らし、翼を浮き上がらせた──っ!!」

 …うん確かに一瞬だけ、透明な羽が回転したのは確認できた。

 けどそれだけ。

 透明な羽はすぐに血煙の中に紛れるし、水晶の光透過は複屈折である為、近くに来ると却って見辛くなる。

 けど、月光としてはそれは関係ない。

 誰も気付いていないが恐らく血飛沫は、ソナー的な意味合いで使ったものだろう。

 何はともあれ翼の正確な位置をようやく捉えた月光が、棍の一撃でそれを叩き落とす。

 それと同時に影慶に向けて突進した月光だが、次の瞬間その動きが止まった。

 雷光が閃き、闘場全体を照らして、二人の間の影が濃くなる。

 

「な……!?どうしたんだ月光は……!?」

「そ、そのまま何故とどめを刺さねえんだ?」

 やがて月光は、そのまま地面に膝をついた。

 よくよく見ればその背中に、先程棍で叩き落としたのと同じ、もう一枚の(よく)が刺さっており、恐らくはその切っ先は、心臓にまで達している。

 

「不覚だった…

 二枚の刃を同時に放ち、前後から攻撃してくるとは……!!

 お、俺の負けだ、影慶……!!」

「安らかに眠れい、月光…おまえの名は忘れない。

 ここまで俺を追い詰めたのは、貴様が初めてだ。」

「む、無念………!!」

 棍を支えに、辛うじて蹲っていた月光の手から力が抜け、その身が地面に倒れこむ。

 

「や、殺られた……!!

 三面拳最強の男と言われたあの月光が…。」

 悲痛な表情を浮かべる一号生たち。

 そして倒れた月光に歩み寄り、その背から(よく)を回収した影慶もまた、何故か同じような表情を浮かべている。

 

「戦いは終わった。安らかに眠れい、月光……!!」

 そう呟いて、月光の目を掌でそっと覆う。

 その手が離れた時、開いたままだった月光の瞼が閉じられていた。

 

「月光──っ!!」

 

 ・・・

 

「見ろ、月光の指先を…な、何か書いてあるぞ。」

「な、なんだと……!?」

 雷光に照らされた闘場を、やけに目のいい一人が指差す。

 更に用意のいい一人が双眼鏡を取り出して覗く。

 どうやらそれは血文字。

 死の間際に月光が書き残したらしいそれは、漢字二文字で『如號(にょごう)』とあった。

 

「常に寡黙で、己の感情を表すことのなかった月光が、この世で最後の力を振り絞って、書き残したのだ…。」

 痛みを堪えるような表情を浮かべた伊達が、誰に言うともなく呟く。

 また腕を握りしめて怪我でもしてるんじゃないかと心配になったが、今は私は何もしてやれない。

 他の一号生達は涙を浮かべており、桃は厳しい表情を浮かべながら、月光が書き残したその言葉を、おうむ返しのように呟いた。

 

「死亡確認!死体を場外へ運び出せい!」

 王先生の暗号(サイン)がなされ、どうやらこっそりと蘇生が行われたらしい月光の側に、救助組が落雷に気をつけながら歩み寄る。

 

「大威震八連制覇最終闘・天雷響針闘第一戦、男塾三号生側、影慶勝利!」

 王先生が右腕を掲げて宣言する。

 同時に上空で雷光が輝いた。

 

 ・・・

 

 勝者である影慶に歩み寄り、王先生が声をかける。

 

「この最終闘は両軍とも、相手の二名を完全に倒すまでの、勝ち残り戦である。

 引き続き第二戦に入るが、先程の戦いで、まだ息も整うまい。

 しばしの休息をとるがよい。」

 だが影慶は、例の恟透翼についた月光の血を、乾いた布で拭き取りながら、表情も変えずに言い切った。

 

「休息など心配無用。

 このまま、すぐに始めてもらおう。」

 …確かに、攻撃を防がれたり武器を破壊されたりしてはいたものの、影慶に肉体的なダメージはないし、息すら乱していない。

 その影慶は自陣に未だ控える将を見上げ、微かに頷く。

 その視線を真っ直ぐに返した邪鬼様が、腕組みをしたまま微動だにせず、言った。

 

「好きにするがいい、影慶。

 たとえ貴様の為に、この邪鬼の出番がなくなろうと、文句は言わん。」

 二人の視線が交錯する。

 うん、無理。もう絶対に入って行けない。

 それは、絶対的な信頼。

 

「ではこれより、大威震八連制覇最終闘・第二戦を行う!

 男塾一号生筆頭・剣桃太郎、いでい──っ!!」

 その空気を振り払うかのごとく、王先生が高らかに呼びかけた。

 

 ・・・

 

「策はあるのか、桃!?

 月光をも倒した影慶の恟透翼、あれを封ずる手だては……!?」

 伊達の問いかけを背中に受けて、桃が振り返らずに答える。

 

「心配するな。

 月光が俺に残した最後の言葉、“如號”…。

 それは昔、中国の戦士達が、合戦で敗れ死ぬ時、後に続く者を信じ、その勝利を祈して、血文字で記したものだ。

 

 俺は、奴の期待を裏切らない!!」

 

 …いずれは私を断罪してくれる予定の男は、闘場へと続く階段を、一歩一歩踏みしめて降りていった。

 その瞳に浮かぶのは、深い悲しみと、そして決意。




文中にある『ある一冊の本』は、勿論あの出版社から発行された書籍です。タイトルは「童謡に見る世界の武術奇譚」。この本によれば、マザー・グースの『Who killed Cock Robin(誰がこまどりを殺したか)』は、古代の権力者が、目に見えない矢によって暗殺された様子を歌ったものだそうです。あと光はそこまで読んでいませんが、『かごめかごめ』の項に死穿鳥拳らしい、鳥を使った拳法の記述があります。
これらの内容、豪毅は蒼龍寺に修行に出される少し前に違うと気付いていますが、光は14、5歳まで本当だと信じていたようです。
ちなみにアタシは『かき氷屋三代記-我永遠に氷をアイス』でようやく嘘だと気がつきました。あの時の衝撃は今も忘れられません。

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