婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
塾生たちの影響を受けて、ヒロインが少しずつツッコミ属性になっていきます。
1・春の嵐
「こやつが光だ。皆、よろしく頼む。」
「よ、よろしくお願いいたします…。」
「押忍!よろしくお願いいたします!」
江田島が私を、塾長室に集めた異様な風体の男性たちに紹介し、私は無難に挨拶をした。
男たちが、馬鹿丁寧に挨拶を返してくる。
塾長の紹介だからって、こんなチビの若造に対してかしこまりすぎではなかろうか。
「こやつらは当塾の教官どもだ。
貴様にはわしやこやつらの補佐として、主に事務仕事を担当してもらう事になる。
何せ揃いも揃って、この手の仕事に不得手でな。」
「面目次第もございません!」
「ひとまず肩書きは『塾長秘書』としておこう。
貴様の部屋は、応接室だった部屋の内装を今変えている最中でな。
本来なら出来てからここに呼ぶ予定だったが、そんなわけで、しばらくはここか、救護室にでも常駐しておれ。」
…という感じで、私は今、江田島…いや、これからは私も塾長とお呼びする事にしよう。
とにかく彼が運営する「男塾」に、事務員として勤務する運びとなった。
彼が事あるごとに主張してきた肩書きの意味がようやく理解できた。
なんでも創立300年以上の歴史を持つ全寮制の私塾(といっても一応正式な教育機関であり、卒業時に高卒の認定はされる。あと、『男塾』の名称は江田島塾長の代になってからの呼称で、それ以前は別の名前だったようだ)で、全国の高校から持て余された不良少年らを受け入れてそれらを鍛え上げ、最終的には次世代のリーダーを育てていく事を教育目標としている、らしい。よくはわからないが。
名称の通り男子校であり、塾長が私に「男になれ」と言ったのは、つまりはそういう事である。
私を塾生としてではなく自身の秘書として置く事にしたのは、塾生として入れると寮に入らねばならず、それは色々と危険だろう、という事だった。
…多分だが塾生の方が。
というか、塾長はそれこそ感謝しても仕切れないほど私に対して親身になってくれるが、私はそもそも首相暗殺未遂事件の実行犯なわけで、自身の目の届かない場所に置くわけにはいかないという理由もあったろう。
基本的に私は今後、ここの敷地内に常駐する事になり、現時点では外出は許されていない。
現在内装工事中であるという私に充てがわれた部屋は、だから基本そこで生活できる仕様になる。
つまり私は、塾長と私にしかわからないレベルで、実は軟禁状態にあるわけだ。
それでいて、敷地内ならば好きに動き回って構わないというのだから、なんと緩い軟禁である事か。
とりあえず今は特に仕事もないという事なので、私は先に示された救護室というところで待機している。
というか、暇だったので部屋の掃除をしていたら、いつから掃除をしていなかったのかというくらい思いのほか大仕事になり、更に何気なく棚の中の薬品類を、何があるかチェックしたところ、ほとんど全ての使用期限が切れているという恐ろしい事態が発覚した。
これは一度全て廃棄して発注しないといけないと思い、今、その廃棄作業の真っ最中だ。
先ほど換気の為に開け放った窓から、桜の香りが舞い込んでくる。
そういえばここの庭には数本、何故か一年中花をつけている桜の木があり、それがこの男塾の象徴となっているそうだ。
ここでの生活に慣れて少し余裕ができたら、近くまで行ってその木を見てみようと思う。
窓からの風が、短く切りそろえたばかりの髪を揺らして、首まわりにまだ慣れない涼しげな感覚をもたらす。
塾長から「男になれ」と言われた際に、これまでの自分との決別と覚悟の為に切ったものなのだが、その後ようやく床上げをしてきた幸さんに、その姿を見せた途端に号泣された。
「似合ってたのに!綺麗な髪だったのに!女の子なのに!」
と、何故か塾長を責めていたのだが、今時女性でもこのくらいの長さにしている人は珍しくないと思うし、私は全然気にしていない。
ただそれで男の服を着たら、背が低いのも手伝って小学生でも通る容貌になってしまったのが、若干腹の立つところだけれど。
そしてその服装なのだが…裾の長いダブルボタンの詰襟学生服で、腰の部分をベルトで締めるというデザインの、ここの塾生の制服である。
いや、私は職員なわけだから制服はおかしいでしょうと思いはしたが、これしか用意していないと言われればそれ以上つっこむわけにもいかず、仕方なくこの服装で過ごしている。
サイズは合わせてあるので問題ないが、デザイン的に裾の長いのが気に入らない。
背の低い私が着るとますますチビに見える。
ある程度の体格のある男性が着れば、さぞかし立派に見えるのだろうが。
そんな事を考えながら作業を続けていたら、扉の外が突然騒がしくなり、次の瞬間には、数名の塾生が、どかどかと踏み込んできた。
「あ……?」
恐らくは誰もいないと思っていたのだろう、先頭の塾生がぽかんとした顔で私を見つめる。
「………怪我人、ですか?」
微かな血の匂いを嗅ぎ取って私が話しかけると、彼はハッとしたような表情で頷いた。
頭に乗せたくたびれた学帽を、何故か深くかぶり直す。
制服は見たところ真新しいのに、帽子だけがくたびれているのは何故なのだろう。
「あ、ああ。おまえ何してんだ、ここで?」
「薬棚の整理を。
見たところ、薬品類のほとんどが期限切れのようなので、総入れ替えになるかと。」
「期限切れぇ?」
「ええ。ほらこの正◯丸なんて10年以上前に。」
容器のひとつを手にとって示してやると、その学帽の塾生が私の手元を覗き込んで、驚きの声を上げた。
「マジかよ!俺、こないだ飲んじまった…。
い、いやそんな事より、桃が怪我してんの知ってんだろが!
今使える薬無ぇのか!?」
見れば彼の後ろで3人の塾生が立っていたが、真ん中にいる1人が血まみれなのがわかった。
…どうでもいい事だが、ここは高等課程に相当する学校ではなかっただろうか。
だとすれば目の前にいるこの男たちは十代の若者なのだと思うのだが、このヒゲ率の高さは一体なんなんだろう。
少なくともここにいる4人の中で、きちんと剃っているのは真ん中のハチマキを締めた、怪我をしていると思われる男1人だけ。
「傷薬は全滅ですが、消毒薬は使えます。
…ちょっと失礼しますね。」
傷の程度にもよるが、普通に歩いて来られる程度ならば、私が治してやったほうが早いだろう。
怪我をしているというハチマキの前まで歩み寄り、その手を軽く引く。
…どうでもいいが背が高い。
近寄るんじゃなかった。
「ここに座って。
一旦全部の傷を見ますので、上着、脱いでいただけますか?
サラシも外して下さい。」
少々悔しい気持ちを隠しつつ私が話しかけると、ハチマキは初めて口を開いた。
「いや、別に…。
こいつらが大袈裟なだけで、そこまで酷くは。」
…思いのほか耳に心地よく響く、深く落ち着いた声音に驚く。
だがその良い声で、血まみれの姿をして何を言っているのだこの男は。
「いいから、言う通りにしなさい。」
呆れながら、少しキツ目に言ってやると、ハチマキは観念したように上着を脱いだ。
右腕を上げる時に、少しだけ痛そうな表情を浮かべて。
「…おい、ありゃ誰だ?
あんなヤツ、
「知らん。確かに見ない顔じゃな。」
「それになんか、この部屋綺麗になっとらんか?」
「わしも思うた。この壁、白かったんじゃな。」
その後ろの方で何か、彼を連れてきた塾生が話をしているのが聞こえたが、今は構っている時ではない。
その1人の髪型に若干の疑問を感じたにしても。
それにしてもこのハチマキの男、よく見ると実に端正な顔立ちをしている。
それに、周りの塾生たちのアクが強すぎるのもあるだろうが、彼だけはどこか毛色が違うように思える。
…私がこれまで命を奪ってきた、多くの男たちと同じような匂いを感じる。
恐らくは上流階級の出身、少なくとも相当に育ちはいい筈だ。
そうでなければ、隠そうとしても滲み出るこの人品の良さの説明がつかない。
「…刺し傷、ですね。
何をしてこんな怪我をしたんですか?」
包帯やサラシを外して傷の状態を見る。
顔の周りの、細い血管の多いところについた切り傷は、見た目の出血の割には大した大きさではない。
腹部や胸部の急所付近にも特に傷は見当たらず、一番深いのは右上腕部の、刃物で突いたような刺し傷だった。
しかもそれほど鋭利ではない、ろくに手入れもされていないナマクラだろう。
それだけに自然治癒だと治りが遅い上、傷あとも残ってしまいそうだ。
それにしても、さっき外した包帯の巻き方は、素人の施した応急処置とは思えない、完璧な巻き方だった。
そういえば塾長も私の手当てをしてくれた際、同じような巻き方をしていた気がする。
「何って、さっきの直進行軍に決まってんだろが。
ったく、飛行帽の野郎、ムチャクチャやらせやがって。」
「直進…なんです?あ、いやいいです。
後で塾長にでもうかがいます。」
それにしても何故この学帽は先ほどから、私が事情を知っている体で話を進めようとするのだろうか。
そろそろ鼻についてきたので、軽く流して傷に集中しよう。
あ、でもすごい。包帯の巻き方もよかったけれど、血止めの処置も完璧なようだ。
…ひょっとするとこの塾では、こういう事も授業で学ぶのではないだろうか?
私は氣を使い果たしさえしなければ大抵の傷は即時に治癒させられるが、もし氣の量が足りない時には、こういうまともな手当ての方法に頼らねばならない。
塾長に後でお聞きして、もし本当にそうだったなら、一度教官にお願いして、私も授業に混ぜてもらおう。
「少しチクっとするかもしれませんけど、すぐ終わりますから我慢してくださいね。」
さて、一通り傷の確認も終わったし、そろそろ治療を行う事にしよう。
私はいつも通り、氣を五指に集中させた。
・・・
「……はい、終わり。」
なんの問題もなく綺麗に傷が塞がったのを確認して、私はハチマキの身体から手を離した。
「なっ…なにーっ!も、桃の傷が消えとるぞ──っ!?」
「そ、そんなバカな!さっきまであんなに…!」
私がする事をおとなしく横で見ていた残りの塾生たちが、驚きの声を上げる。
「…今、何を?」
治療を受けたハチマキが、先ほどまで傷のあった場所に指を触れ、軽く腕を上げて、状態を確認しながら問う。
「…ちょっとしたおまじない、ですかね。」
説明するのが面倒だったので適当な事を言ってみるが、一応大切な事だけは、ニコッと笑って誤魔化しながら注意しておく。
「この後少なくとも朝までは、激しい運動はしないでくださいね。
表面上は塞がりましたけど、傷の内側はまだ治りきってません。
こればかりは、本当に何もしない時間が必要なんで…早い話、睡眠が。」
ハチマキは明らかに不得要領な表情を浮かべていたが、私からそれ以上の情報を引き出せない事を悟ったものか、小さくため息をひとつついてから、頷いて私に微笑みかえした。
それから、深く頭を下げる。
「…押忍。ごっつぁんです、先輩。」
「先輩ぃ!?」
学帽が、ハチマキの言葉に反応した。
ハチマキが頷いて、私を示しながら言う。
「この人は直進行軍に参加していない。
少なくとも、一号生じゃないって事だ。」
「こ、このチビが、先輩!?」
ムカッ。この野郎。少し気にしている事を。
ゴゴゴ……
…私は気がつけば大人げなく、怒りオーラを放っていたようだ。
学帽は明らかに怯んだ様子を見せ、ハチマキは上着に袖を通しながら、学帽を嗜めるように言った。
「フッ、失礼な事を言うな、富樫。
すいません、勘弁してやってくれませんか。
俺たち一号生はここに来てまだ、先輩がたにお会いするのが初めてなんですよ。
…申し遅れました。一号生筆頭、剣桃太郎。
一号生を代表してご挨拶させていただきます。」
丁寧な挨拶、痛み入る。
だが、彼は根本的な勘違いをしている。
それは訂正せねば。
「剣、ですね。私は先輩ではありません。
ただの事務員です。
一応肩書きは塾長秘書となっていますが、そう畏まらなくて結構です。」
私の言葉に、剣と名乗ったハチマキが軽く目を見開く。
それに続いて他の塾生もざわつき出した。
「へっ?事務員?塾長秘書?」
「で、でも、その制服は…。」
言われると思った。
「やっぱり紛らわしいですよね?
塾生とそう年齢も変わらないのだからと塾長から、当塾敷地内ではこれを着るようにと渡されたのですが。
ちなみに、私は今年で18になります。」
一号生と言うことは、一年生ということだろう。
どうりで制服が真新しかったわけだ。
そういえば私が着ているものも新品だし、同輩と思われても仕方なかったか。
今更大人げない自分を反省する。すまん学帽。
だからそこで、「先輩じゃなくとも、俺たちより年上じゃねえか!」とか大袈裟に驚くのはやめてくださいお願いします。
「そうでしたか。
良ければ、名前を教えてくれませんか。
秘書どの。 」
「敬語も要りませんよ、剣。私は」
「そやつの名は江田島光。
このわしの息子である!」
自己紹介をしようとした瞬間、野太い声が間に入ってきた。
…え?息子?江田島光?
「塾長!」
「え、ええ──っ!!?」
「塾長の息子ぉ!?」
「ウム。かつて別れた女が生んでおり、長く母親の元で育てられていたが、その女がこの春に死んで、父であるわしが引き取った、紛れもなくわしの子なのである!」
いや、その設定、今初めて聞いたんですけど。
結構一生懸命考えた後、絶対説明し忘れていただろう。
しかしこれで朝の教官たちの、無駄に畏まった態度の理由がよくわかった。
次に会った時に、普通に接してくれるよう頼んでおく事にしよう。
「塾長。そんな事よりこの救護室の薬の在庫管理が酷すぎます。
期限切れの薬品類を捨てたら棚が空っぽになる為すぐ発注したいので、こちらで契約されている業者のリストをいただけないでしょうか。
先ほど通りかかった教官にも言ったのですが、まともに答えを返して下さらなかったので。」
「そうか。あいわかった。
後ほど揃えて、貴様の部屋に届けさせよう。
フフフ、わしが男塾塾長江田島平八である!」
…そろそろこの人の自己紹介はデフォルトなのだと悟った方がいいだろうか。
「今、塾長の紹介に『そんな事より』って言ったぞあいつ…。」
「フフ…見た目通りのヤサじゃない事は確かなようだな。」
そして何故か剣と学帽が、呆れたようになにか喋ってるのが聞こえる。
と、
「しっかし驚いた…全然塾長に似ておらんのう。」
「おふくろさんが美人だったんじゃな。
下手すりゃその辺の、女の子よりべっぴんだしのう。」
丸メガネをかけた塾生と、奇抜な髪型の塾生が、気がつけば私を挟んで、まじまじと見つめてきていた。
居心地が悪い。
「は、はあ、それはどうも。」
適当に挨拶をしてさりげなくその場を離れようとする。
ふと顔を上げると、いつの間にか真正面に立っていた学帽と目が合った。
「あ、その…悪かったな、チビとか言って。」
…うん、謝ってくれるのはいいのだけれど。
「せっかく忘れていたのに蒸し返すのはやめてください。
一応、気にしてるんです。」
「そ、そうか。すまん!
…俺は富樫源次だ。よ、よろしく頼むぜ。」
学帽をまた深くかぶり直しながら、彼が自己紹介をしてくれる。
ひょっとして、気持ちを落ち着かせようとする時の癖なのだろうか。
「富樫、こちらこそよろしくお願いします。」
「わ、わしは田沢じゃ!
こっちの変な髪型のやつが松尾!」
「誰の髪型がサザエさんヘアーじゃ!」
いや誰もそんなこと言ってないから。
ていうか取り囲むのはやめて。
私が若干怯んでいると、剣がさりげなく動いて、私と3人の間に立った。
「…ところで、あんたの事はなんて呼べばいい?
『江田島』は、俺たち塾生には若干呼びにくいんだが。」
まだ私を囲もうとする3人を制しながら、剣が先ほどよりも砕けた口調で問いかけてくる。
「そうですね。私もそう呼ばれても、自身の事とはまだ思えません。
光、と呼び捨てていただいて結構です。
あなたが一号生のリーダーなのですね?
ならばあなたには特に、これからお世話になる事と思います。
よろしくお願いしますね、剣。」
「フッフフ、こちらこそよろしく頼むぜ、光。」
握手を求めて差し出された手は、塾長と同じくらい大きかった。
ヤヴァイwww
一番書きたいモノを書けているシアワセが半端ないwww