婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
き、きっと桃さんがかっこ良すぎるせいだ。うん、きっとそう。
毒手に関する記述のある本ならば、私も御前のところにいた時に読んだ事がある。
(もっとも後で確認してみたところ、私が読んだその本も御前が『眉唾もの』と言った例の出版社から発行されていたので、若干真偽に不安はあるが)
本来、毒手拳とは長い年月をかけて獲得するもので、各種毒草、毒薬、毒虫を配合して作成した毒剤を満たした瓶に拳を浸し、その毒に慣れながら徐々にその濃度を増強していく事で完成させるものだという。
だから、影慶が今使っているそれは、その簡易版というべきもの。
毒に慣らしていない身体に、浸透性の高い毒液を皮膚に直接振りかけるのだから、時間の経過とともに死に至るのは間違いない。
だが『死を覚悟した者が、そこから生み出す闘いの気迫』という王先生の言葉通り、この拳で真に恐ろしいのは毒そのものではなく、死を背負った人間の覚悟という事なのだろう。
ただ…すごくしょうもない事言わせてもらえば、一歩間違えれば自分自身を傷つけるような武器と、先に確実な死が待っている技。
この、常に己自身を追い詰めるようなセレクトを考えると出てくる答えは。
恐らくこの男、無自覚なドMだ。
「ヘッ、何が毒手だ!」
「おうよ!
素手で桃の剣をどう躱すというんじゃ!!」
それはさておき、毒が浸透するどころか皮膚を焼いてるんじゃないかってくらいの感じで急激に色が変わっていく右手を構えながら、轟く雷鳴の中、影慶が桃に挑みかかる。
真っ直ぐに鋭く突進してくる影慶に、桃が刀を振るう。
だが、その瞬間を狙っていたのだろう、影慶は自身に向かってくる桃の刀に、纏っているマントを絡ませる。
それを引き寄せ自身の脚を支点にして、その上から肘を打ち付けると、カランと音を立てて刀が半分から折れた。
そこから休むことなく、毒の手刀は桃の胸板を、首筋を、喉を狙って襲いかかってくる。
桃はそれをなんとか躱すが、影慶はその先に更に追いすがってきた。
「凄まじい…息をもつかせぬ連続攻撃!
まさに迫りくる死を背負った気迫よ!!」
王先生が吐息交じりに言ってる間にも影慶の手刀ラッシュは続いていて、一号生の間からは、もう遠くへ逃げて時間を稼いで、影慶の身体に毒がまわるのを待てばいいという意見が出始める。
いやあのそれは。
「だめだ!そういうことのできる男じゃねえ。
影慶の死を賭した攻撃に、正面から受けてたつ。
桃は、そういう男だ。」
それに伊達が、少し怒ったように反論してくれて、私はなんだか嬉しかった。
確かに桃は、非情に徹しなければいけない場面でそうできない青さがある。
だけどそれは、卑怯な事はしないという彼のいいところでもあるわけで。
だからこそ桃は君たちの筆頭、君たちの桃なんだよ。
そうでしょ?
伊達は、桃とは付き合いが長いわけじゃない。
けど、互いの生命を握り合った同士、深いところでわかりあえている。
伊達は一号生筆頭だった頃、たった一人で戦おうとしていた。
けど、桃は違う。
こうしてわかってくれて、支えてくれる友がいる。
たとえ桃がいつか、私を殺してくれたとしても、引き上げてくれる手がそこにあるのだから、彼はどこへも落ちていかない筈だ。
私は安心して、彼に裁いてもらえるだろう。
…だが闘場の方は、全然安心できない状況になりつつあった。
これまでなんとか紙一重で、影慶の攻撃を躱していた桃が、例の槍の出てくる穴に足を取られたのだ。
尻餅をつきそうになるのを、反射的に右手で支える。
武器を失っている桃にとって、明らかにそれは不利な体勢だった。
「もらった──っ!!」
遂に桃を追いつめた影慶が、毒手を桃に振り下ろす。
なすすべもなく、それに喉を貫かれるかと思った刹那、
「なっ…!!」
一瞬にして、白い布が影慶の手首に巻きつき、桃への攻撃を寸前で止めていた。
それは、いつも桃の額に巻かれているハチマキだった。
「見事だ。その勝負への執念…!!
だが俺も負けるわけにはいかぬ!!」
言いながら影慶を睨みつつ、それで影慶の手首を締めつける。
そこから逃れようと足技を放ってくる影慶が腕を一瞬引いたと同時に、拘束を解いた桃が身を躱し、間合いを取り直した。
状況は、これでプラスマイナスゼロ。
振り出しに戻り、桃が外したハチマキを締め直す。
…やっぱりそれ、無いと落ち着かないんだろうか。
確かに見てる側としても、ちょっと物足りない感じだけど、この状況で締め直すとか結構余裕あるよね。
なんかほぼ無意識にやってる気がするけど。
「時間がない。
拳の毒はそろそろ、俺自身の体にまわり始めている。」
少し焦ってきているらしい影慶が、脂汗を流しながら次の構えに移る。
「見るがいい…
言うや影慶は、腕を回し始めた。先程までの攻撃のように目に見えない速さではなく、むしろ見せてやるように、わざとゆっくり動かしているような。
「見るのだ、この拳の動きを!!
もっとも、いやでもこの毒手から目を離すことはできんだろうがな。」
その動きを観察していた桃が、構えをとったまま立ちすくんだ。
なんだろう、少し様子がおかしい。
毒手を振りかざし向かってくる影慶を、棒立ちしてただ見据えている。気がする。
☆☆☆
なにっ!これは一体……!?
ば、馬鹿な。奴の拳が渦を巻き、しかも無数に見えてくる!!
「フフフ、気付くのが遅かったようだな。
貴様はすでに俺の術中にある。」
……これは幻……!!
そうか。奴は毒手の動きに注視させ、そこから俺を、幻惑催眠にひきこんだのか……!!
見てはいけない!
ますます奴の術中にはまっていくだけ……!!
「そうだ!毒手拳の実体はただひとつ。
しかし貴様に、そのひとつの実体が見切れるか。」
殺られる!このままでは……!!
「いくぞ──っ!!」
奴の声とともに、渦を巻いていた無数の毒手が、俺に向かってくるのが見えた。
「死ねい──っ!!」
その瞬間、頭上でまた雷光が閃いた。
☆☆☆
自分に向けて攻撃してくる相手の動きは、最低限の予想の範囲内だ。
そこを捉えられてしまえば、攻撃する側にとってのそれはある意味、一番危険な瞬間と言える。
多分だけど桃は今、目くらまし的な状態に置かれていたんじゃないかと思うけど、敵が自分を殺そうとして攻撃してくるのならば尚のこと、その攻撃がどこに来るかは、急所の部分部分にのみ注意を払っていればある程度察知できる。
以前Jと例のスパーリングをした後、桜の花びらのように変幻自在の動きで襲いかかって来る敵にどう対処するかと聞かれ、攻撃された瞬間を捕まえて攻撃すると私は答えた。
その状況が、展開されていた。
桃は、自分の胸板を真っ直ぐ狙ってきた影慶の毒手の、その手首を捕まえたと同時に、もう片方の手の甲で、影慶の肘を打つ。
そうして伸びていた肘関節を内側に曲げてやると、桃の胸板を貫かんとした最大限の鋭さを保ったままの毒手が、影慶自身の胸に突き刺さっていた。
「な、何故だ……!!
どうして、あれだけ無数の幻の拳の中から、実体だけを見切った……!?」
「幻は、いくつ見えようがしょせん幻。
雷が落ちた時、実体だけはその影を地面に映していた……!!」
相手の拳が自分の身体のどこに来るか、ある程度の目測があれば、視界に余裕ができる。
桃はその一瞬の余裕を、影に注目していたというわけか。
「フッ…な、なんという奴よ……!
俺の負けだ。一号生筆頭、剣桃太郎……!!」
薄く微笑み、深く息を吐くように言いながら、影慶がゆっくりと仰向けに倒れる。
稲妻が、また闘場を照らす。
……桃の勝ちだ。これで最終闘は一対一。
肉体的なダメージはほぼ与えていないとはいえ、影慶は桃から武器を奪う事に成功している。
一応は、邪鬼様へと繋ぐ布石を置いたと言えなくもないが、さて。
・・・
「み、見ろあれを!!」
と、何やら一号生たちが騒めき出し、指差す方向にふと目をやる。
「ありゃあ松尾と田沢じゃ──っ!!」
「あ、あいつら生きていたんか──っ!!」
…ああ、目を覚ましたんだ。良かった。
なぜかVサインしながらこちらに元気に駆け寄ってくる二人の後ろには、塾長と教官達、更に二号生たちの姿まで見える。
その二号生の先頭には、遠近法無視も甚だしい大男と、それより若干小さめだがそれでも充分デカイ銀髪の脳筋…あ、やべ、こっち見てる。
他のスタッフの間に隠れとこう。
人垣の隙間から観察すれば、一号生たちに松尾と田沢が囲まれて、涙ながらに抱きつかれたりしている。
「ヒーローは永遠に不滅じゃ──っ!!」
「わしらがいなくてなんの男塾よ──っ!!」
まあ、確かに。
・・・
一方。
「どうやら間に合ったな。
いよいよこの大威震八連制覇も大詰めじゃ。」
松尾と田沢の登場のインパクトが強烈すぎて、いつもの自己紹介をスルーされていた塾長が、腕組みをして闘場を見下ろしていた。
「塾長はこの最終戦、どう読まれます?」
教官を差し置いて、その塾長の隣に陣取った二号生筆頭が、厳しい表情で訊ねる。
「フッ……邪鬼の強さは、ケタが外れておる。
しかし、強さだけでは勝負には勝てん……!!」
・・・
「苦しいか、影慶…。」
そして闘場では、今にも息絶えそうな影慶を、哀しげに見下ろして桃が声をかける。
「フッ、余計な気をつかうな。
もうすぐ毒が全身にまわり、俺は死ぬ。
いい勝負だった……。」
荒く息をしながらも、影慶は桃に微笑んでみせる。
それは死天王の将としての、せめてもの意地なのか。
とにかく影慶の身柄をそこから運び出そうと、王先生以下スタッフが動くのに合わせ、私もそこに混じる。
「王大人…既に勝負はついた。
影慶の手当てを頼む。」
そう言われて、待ってましたとばかりに私が踏み出そうとしたら、影慶が何故か首を上げて、自陣の方に顔を向けた。
荒い息の下、懇願するように、主と仰ぐ男に向けて手を伸ばす。
「邪鬼様……!」
「わかった、影慶……!!」
表情は一切変えないまま、悲痛な目をして、邪鬼様が頷く。
……って、え?
い、いやいやちょっと待って!まさか!?
「見るがいい。
邪鬼という男の一端を垣間見ようぞ。」
そんなもん見なくていいから止めて!
私の勘が正しければ、この後メッチャ面倒な事になる!
主に私の仕事的な意味で!
「大豪院流・
邪鬼様がその場に立ったまま両腕を広げる。
「は、離れるんだ、剣……。
はやく、この俺から……!!」
この状況を作った男が、自身を敗った男に避難を促す。
その間にも、邪鬼様の手の中で、練りに練られた氣が凝縮する。
無造作に投げるように放たれたそれは風を巻き込み、その風が虚空に渦を巻く。
その渦の中に真空が生じて…刃と化した真空は、倒れている影慶の腹部に、大きな穴を穿った。
…とはいえ、恐らくこの場にいる中で、それら一連の流れを理解し得たのは、私と影慶、そして技を放った本人である邪鬼様だけだったろう。
否、塾長あたりならひょっとしたら見えていたかもしれないが、他の人間には、邪鬼様が腕を振るった途端、影慶の腹部に風穴が開いたという事実しか見て取れなかったに違いない。
私とてそれが理解できたのは存分に手加減されたそれを一度この身に受けており(初めて天動宮を訪ねた際に制服のボタン全部吹っ飛ばされた時のアレがそうだ。ちなみに渾身でぶっ放すよりもああして力を調整して弱く放つ方が、技術的には相当難しいんだそうだ)、更にそれについての説明もされたからというだけであり、そうでなければまず不可能だったと思う。
「
一言言い放ち、邪鬼様は身に纏ったマントを脱ぎ捨てた。
張り詰めた筋肉に覆われた、完璧な肉体が露わになる。
非情にして、有情。
豪放にして、繊細。
揺るぎなく、儚い。
私はその男から感じるギャップを、いつも美しいと思う。
其は、帝王。大豪院 邪鬼。
腹に風穴を開けられて、動かなくなった影慶を前に、桃が呆然と立ち尽くす。
「真空殲風衝…。
あの大技も、奴の力の一部にすぎん!!」
…塾長にはやはり見えていたかもしれない。
「…それにしても、その名のとおり鬼みてえな野郎だぜ。
自分の部下にとどめを刺して、顔色ひとつ変えんとは…!!」
「……そうじゃねえ。
よく見てみろ、奴の足元を……!!」
田沢が怒りに震えながら言うのに対し、伊達がその方向を指し示す。
邪鬼様の強く握りしめた拳。
それは爪が掌に食い込み、傷つけて、そこから滴り落ちた血が、邪鬼様の足跡を濡らす。
更に、自身すら気づかぬうちに食いしばった歯が唇を噛みしめて、その口の端からも血が滲む。
紛れもなくその男の、それは涙だった。
「な、泣いているんだ。
心の中で…あ、あの邪鬼が……。」
そういえば雷電が倒された時、伊達も同じような事をしていたなと、どうでもいいことが頭を掠める。
「どんな苦しみ、悲しみも、顔に出す男ではない。
いくら請われたとはいえ、己を慕い、生死を共に戦ってきた部下に、とどめを刺すのはどんなに辛いことだったか。
あれが男塾三号生筆頭、大豪院邪鬼という男よ!
ただ強いだけでは、男塾の帝王として、君臨することはできん!!」
確かに、邪鬼様は身内と定めた相手には優しい。
それが故に、三号生は誰もが邪鬼様に心酔する。
私のことも、何かと気にかけてくれていた。
とはいえ……くっそ。
今のさえ無ければ、影慶の治療は解毒と造血だけで済んだものを、あの無自覚非常識男。
という悪態を心でつくくらい、私の立場なら許されるだろう。
とにかく今、ちょっとすれ違った時にさりげなく王先生が蘇生は済ませてくれたから、あとは私が全力で治療するしかない。
まずあの腹の傷の治療が最優先だ。
それから解毒、最後に造血か。
やる事がひとつ増えたから、氣の残量がかなり心配だけど、やれるだけのことをやるしかない。
…結果としては、成功とは言い難い。
むしろ橘流の真髄に照らし合わせれば、失敗にカテゴライズしてもいいくらいだ。
だが、他にやりようがなかった。
影慶は、命は助けた。命だけは、なんとか。
☆☆☆
頭がぐらぐらする。けどまだ終わりじゃない。
他のスタッフに任せても大丈夫なところまで治療を終えて、ふらつきつつも闘場が見える場所まで戻る。
…不意に、大きな気配を背後に感じた。
殺気ではなかったので油断して、反応が遅れた。
次の瞬間、振り向くより前に覆面を剥ぎ取られており、驚いて見上げた先に、癖の強い銀髪が…言わずと知れた二号生筆頭・赤石剛次が、睨むようにこちらを見下ろしていた。
が、次にその目が驚きに見開かれる。
「てめえ…なんで泣いてやがんだ。」
え?
言われて初めて、目から溢れてるものに気付いた。
慌てて拭おうとした自身の拳より先に、赤石の掌が、頬にこぼれたそれを拭う。
「赤石…私は」
その時、私は何を言おうとしたのか。
次の瞬間、急激な発汗と、激しい目眩に襲われて、言葉は私の口から発せられる事なく、そのまま忘れられて、消えた。
「………光っ!?」
赤石が私を呼ぶ声が、どこか遠くに聞こえた。
えー…とりあえず男塾特有の、なかなか変換で出てこない単語とか、結構wikiとかから拾ってきて、コピーとペースト、メッチャ使ってます。
決して延々と打ち続けてるわけじゃありません…。