婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
光は多分、その典型。
あの馬鹿が、大威震八連制覇に同行してるって事はもうわかっていた。
今思えばあの日、驚邏大四凶殺が終わった後でようやくツラ拝んだ日に、あの
一号生の奴らが出発した後、塾長と教官どもからの号令で、二号生も同行するようにと招集をかけられた際、塾長の隣に光が居なかった事で、それを確信した。
たく、ひとの心配をよそに、どこにでも勝手に首突っ込みやがって。
…なんて言ったところで仕方ねえ。
長城から歩きになったその途中で、なんでか川に落っこちてたっていう一号生ふたりを拾って、最終闘場に着いてみれば、王大人に付き従ってる覆面白装束の中に、ちっこいのが一人紛れてる。
あれだ、間違いねえ。
そんな中、闘場ではちょうど、剣の野郎が邪鬼の相棒との勝負に勝ったところだった。
あの影慶って奴は、俺が無期停学くらう少し前くらいに、よくわからんが数週間入院していたらしい邪鬼が連れてきた新顔だった筈だ。
俺もその更に少し前に大きな怪我をして、その時期は天動宮に囲い込まれており、それが治った後も何だかんだ羅刹に呼ばれて出入りしていたから、顔だけは見知っているが話をする機会はなかった。
邪鬼が気に入って連れてきた奴だし、実力は誰もが認めるところだろうが、剣はこの俺を下した男だ。
こんなところであっさり負けてもらっちゃ困る。
その影慶を、どうやら治療しようとしてちっこいのが近寄った時、邪鬼が自分の技で、影慶にとどめを刺すのが見えた。
…くそ。
よりによって女に、なんてモノ見せやがるんだ。
いや、邪鬼の奴は光がここにいるなんて、思ってもねえかもしれないが。
幸か不幸か、あいつは血なんざ見慣れてる女だ。
トラウマになるようなタマじゃねえだろうが、それでもこの光景が、女の目前で展開されるには、凄惨過ぎる事実に変わりはない。
白装束数人が影慶の死体を運ぶのに、ちっこいのが付き従って行く。
…ん?何してやがんだあいつは。
影慶は死んでるんだから、治療の必要はないはずだ。
だがそういえばさっき王大人が、自分の横を通っていく影慶の死体の上に、一瞬手を置いたのを見た。
あの男は裏の世界では、「死者でも蘇生させられる医者」として有名だった男だ。
あれが噂でなかったとしたら…?
なるほどな。そういう事か。
よく考えたら驚邏大四凶殺で死んだって言われてた、伊達や三面拳が生きて男塾に入ってきたんだ。
光は俺にゃ一言も言わなかったが、あの戦いになんらかの形で関わってたのは俺も知ってる。
…あん時も、そして今も、そういう仕事をしてたってわけだ。
・・・
「来い、剣桃太郎!!
この邪鬼が貴様に、真の闘いを教えてやろう。」
「望むところ……。
最後の死力を尽くして戦うのみ…!!」
闘場では、剣と邪鬼が向かい合っている。
だが、邪鬼は元々拳法の使い手だが、剣は影慶に刀を折られている。
それに影慶との闘いを終えたばかりで、若干の疲労もあるだろうし、この勝負、条件的に五分とは言えねえんじゃねえのか。
「大威震八連制覇、最終闘大将戦!!
一号生筆頭・剣 桃太郎対三号生筆頭・大豪院 邪鬼!!
勝負始めい!!」
無情にも王大人の号令がかかり、二人は互いに構えを取る。だが、
「待てい──っ、その勝負!!」
唐突に、俺の隣で塾長が、そのよく響く声を張り上げる。
「この最終闘は、
王大人が、塾長のその言葉に顔色を変えた。
「な、なんじゃあ、奴等は…!!」
と、一号ボウズの何人かが、反対側の崖を指差して叫ぶ。
俺がそっちを見ると、50人はくだらない人数の、制服姿の男たちが集まっている。
幾人かは見知った顔もいた。そうだ、奴等は。
「奴等こそ男塾三号生!
わしが急遽、宙秤攣殺闘の為、非常招集をかけたのだ。」
腕組みをしたまま塾長が説明する。
「本気か平八。
宙秤攣殺闘、この言葉がどんな意味を持つか、貴様も存じていよう。」
「老いたな、王大人。わしの言葉に二言はない。」
「……致し方あるまい。
一号生は、全員ついてまいれ。」
諦めたように、王大人が一号生たちに背を向け、闘神像に向けて歩きだした。
なんだかわからぬまま、一号生がそれに続く。
「塾長、
俺は塾長に問いかけたが、答えは帰ってこなかった。
奴等の進んだ先の像の下に、巨大な鉄の檻が置かれている。
それは、反対側の三号達の前にも。
その檻は、奇妙なことに下に車輪が付いており、多分移動が可能なようになっている。
「入口から中へ入れい。」
一号どもが戸惑いつつも全員が中に入り、三号たちがこちらは整然と、やはり中に全員収まったのを確認すると、王大人はその入口の扉に鍵をかけた。
「押せい──っ!!」
そうして号令をかけると、覆面白装束が一斉に動いて、檻を塔の外側に押し出した。
驚き狼狽える一号生が、全員檻ごと地上へ真っ逆さまに落下するかと思われた瞬間、檻の上に繋げられた鎖が滑車に巻かれ、檻は水平は保ったものの、そのまま宙にぶら下がる形となった。
それは巨大な天秤だった。
闘神像の指の上に支点が置かれ、反対側にやはり巨大な分銅がぶら下げられたバケモノ天秤。
「下は、塔の外へはみ出してる…。
地上までおよそ500
落ちたら、このまま全員あの世行きだ。」
「三号生側も、同じく天秤にかけられておる。
これにて準備は完了した。
今見ての通り、大天秤は全員の合計体重を計算した、反対側の分銅の重さによって、ぴったり水平を保っている。
しかし…よく見るがいい、分銅の底を!!」
言われて見てみれば、分銅の中から少しずつ、砂がこぼれて落ちている。
このまま放っておいたら、じきにバランスが崩れ、奴等全員お陀仏だ。
「あの分銅の中には、砂鉄が目一杯つまっておる。
砂時計だと思えばよい。
すべてなくなるまで、およそ30分!!
双方50人ずつの、仲間を救う道は唯ひとつ…!!
受け取れい!!」
言って王大人が二本の鍵を、それぞれの闘士に向けて投げ渡す。
奴等はそれを取り落とすことなく受け止めた。
「今渡したその鍵こそは…それぞれ自分の仲間が吊られている闘神像の、下の壁にある二つの扉の鍵だ。
自陣の扉をその鍵で開け、階段を登れば像の頭部に出る。
そこに行けば、仲間を救う手立ては用意してある。
ただし、手にした鍵はそれぞれ、敵陣の扉を開ける鍵であり、自陣の扉を開けることはできない!
では…その鍵を、腹の中に飲むがよい!!」
鍵を、飲むだと…!!
「なるほどな。
相手を倒し、腹の中の鍵を奪わねば、仲間を救う事はできぬということだな。
宙秤攣殺闘……。
まさにこの最終闘にふさわしき勝負よ!!」
躊躇うことなく、邪鬼は鍵を口に入れて飲み込む。
「まったく、ひでえ話だぜ。」
呆れたような声と表情で、剣もそれに続いたのがわかった。
俺は再び塾長に問いかける。
「自分には、塾長のお考えになっている事がわかりません。
邪鬼が勝とうが剣が勝とうが、大惨事になる事は必至……!!」
闘いに敗れた闘士だけなら、光が居れば救えるだろう。
元々その為にあいつは、あの白装束に混じってんだろうから。
だが、天秤で吊られた奴等が落下すれば、それは光ひとりの手に負えやしない。
「それとも、何か深いお考えがあっての事ですかな。」
「フッフフ、わしが男塾塾長、江田島平八である!!」
…まあいい、最初からこのオッサンに、まともな答えを期待しちゃいねえ。
それはそれとして、誰も気づいちゃいねえが少し離れた後ろの方から、ちんまいのがフラフラ歩いてくんのが見えた。
影慶の治療は終わったんだろうか。
どうも、ひどく疲れてるらしい。
壁に手をついて息を荒くしてるところに、とりあえず近づいていき、声もかけずに覆面を剥ぎ取る。
振り返ったその目が俺の姿を認めた瞬間、目尻に大粒の涙が溢れるのを見た。
「てめえ…なんで泣いてやがんだ。」
俺の言葉に、今更気付いて驚いたように目を見開くと、その涙が頬にこぼれる。
つか、驚いてんのはこっちだ馬鹿。
思わず掌を押し付けてその涙を拭う。
…って、なんで俺はこんな事してんだ。
意味がまったくわからねえ。
「赤石…私は」
微かな声が、俺の名を呼ぶ。
だがそれ以上の言葉が、その口から出てくる事はなく、まるで糸が切れたように、ちっこい身体が膝から崩折れた。
「………光っ!?」
それが地面に倒れる前に、抱きとめて支えると、ひどい汗をかいているのがわかった。
熱はないようだが、明らかに様子がおかしい。
と、白装束が数人、こちらに駆け寄ってきて、一人が俺に支えられている光を、俺の手から受け取ろうとした。
「……こいつに触んじゃねえ!」
俺が睨みながら恫喝すると、そいつはビクッとして手を引っ込めた。
他の白装束も俺から離れ、遠巻きに俺を囲む。
そんな奴らに構わず、俺は光を抱き上げると、そのまま歩き出した。
「そやつは、まだ王に貸しておる。
勝手に回収されては奴が困ろうて。」
で、俺が光を連れて塾長の隣に戻った時の、塾長の台詞がこれだ。
「…鬼ですか、あんたら。
この状態の光に、これ以上何をさせる気だ。」
…思わず語尾が荒くなったのは勘弁してもらおう。
何が「貸してる」だ。こいつはモノじゃねえ。
闘場では邪鬼が先に仕掛け、例の真空殲風衝という技を、剣に向けて放っていた。
剣が体術でそれを躱す。
その身体すれすれに通り抜けた拳圧が、岩でできた闘場の壁に大穴を開ける。
「俗称『カマイタチ』と呼ばれる、気流の歪みによって起こる真空現象を応用したものだ。
奴の拳は、その驚異のスピードによって、大気さえ我物としている。」
塾長の説明に、俺は内心舌を巻く。
幾ら俺が目が良くても、空気の流れまでは目では見えない。
「来い。今度は貴様が仕掛ける番だ。」
邪鬼が剣に声をかけるが、剣は構えをとったまま動かずにいる。
「どうした!?
この距離では間合いに入ってくることができぬか!
…ならば、寄ろう。」
そう言って、構えも取らずに剣の方へ歩み寄る邪鬼。
それを見て一号生達が騒ぐ。
「も、桃は何故攻撃に出ねえんだ──っ!!」
「わからねえか。
あの邪鬼の全身から立ちこめる、すさまじい殺気が…。
ヘタに撃ってでればそれが命とりになる。」
そこを冷静に見てとれるのは、さすがは伊達と言う他はない。
「まだこれぬか。臆したか剣!!」
…何故かはわからないが俺の目に、一瞬邪鬼の身体が巨大に見え…腕に抱えてるものが、蠢いた。
☆☆☆
間違えようがない、久々に大仏バージョンまで解放された邪鬼様の氣が肌を刺して、唐突に意識が浮上した。
「邪鬼様っ!?………あれ?」
「…気がついたか。」
目を上げると銀髪の脳筋が私を見下ろしている。
というか、どうやら私は赤石に姫抱きされてるらしく、彼の制服の下の、むき出しの胸板が頬に当たっていた。
そういえば、影慶の治療で落ちかけてたあたりで会って、顔合わした瞬間に落ちたんだった。
なんだろう、この人の顔見たら、それまで張り詰めてた気がいきなり緩んだ。慣れって怖いな。
「……………おはようございます、赤石。
私、どれくらい眠ってました?」
「ほんの数分だ。
つか、この状況で、ちったぁ色気のある事言えねえのか。
可愛くねえ。」
「今更私に何を求めるつもりですか。
それより、一旦下ろして貰っていいですか。
糖分の補給が必要です。」
「ガキが。」
なんとでも言え。
懐から例の袋を取り出し、飴玉を一個口に入れる。
最後の一個だ。
ほんの僅かに回復はしたけど、やはりこれじゃ少し不安だ。
けど…ああ、ここに御誂え向きに、ネギしょったカモがいる。
「…申し訳ありませんが、少し分けてください。
ここで私と氣の相性が、一番いいのは恐らく桃なんですけど、彼に頼むのは現時点では不可能ですし、先程の皮膚接触の感覚をみる限り、多分あなたでも問題なさそうなので。」
「分ける?何を………っ!?」
「失礼します。」
赤石の返事を聞かずに、私は彼の鳩尾に左の掌を当てた。
更に、残った右手で赤石の左手を取り、それに掌を合わせて指を絡める。
外側から、赤石の身体の中心に意識を集中させ、彼の氣を無理矢理操作して、左手の方向に流し込む。
そうすると、赤石と合わせた掌から、思った以上に力強い氣が流れ込んできた。
よし。
若干抵抗される感覚はあるが、これならすぐに抑え込んで、私の氣とも馴染む筈だ。
急激に身体が楽になる。
全快まで吸うと赤石の身体に負担をかけてしまうので、まあ半快程度まで吸い取って掌を離すと、赤石が思い出したように大きく息を吐いた。
少し呼吸が荒い。
あれ、抑えたつもりだったが、やはり吸いすぎたか?
「ごめんなさい。辛いですか?」
「いや、むしろ気持ち良かっ…て、違う!
今のは一体何だ!?
腰のあたりから、なんかごっそり持ってかれた気がするぞ!!」
「持っていきました、ごっそり。
ありがとうございます。とても元気になりました。」
この方法での氣の交換は、相手が誰でも行えるわけではない。
私と氣の相性が合わなければ、私は氣の消化不良みたいな感覚を覚えるだけだが、相手の方は腹の中をかき回されるくらいの苦痛を感じる筈だ。
不用意には行えない。
「…くそ。
ソノ気も無えのに無理矢理引っ掴まれてイかされたみてえな感覚だ。
とんでもねえ屈辱だぜ…!」
…なにやらぶつぶつ言い出した赤石の顔が少し赤い。
「なに言ってるんですか?」
「なんでもねえ!!」
よくわからないが、なんか怒らせたらしい。
「氣の補充ができたようだな。」
と、王先生がこちらに歩いてきて、私に声をかけた。
「はい!もう大丈夫です!赤石のおかげです!」
「そうか。
もうしばらくは貴様の出番も来ぬだろう。
ここでしばらく待機しておれ。」
王先生が薄く笑って、何故か赤石の前にまわり塾長の隣に立った。
ちょ、前に立たれたら闘場が見えない。
その王先生の更に前に移動しようとしたら、赤石に捕まえられ、彼の腕に腰掛けるような形で抱えられた。
なんでだ。まあ見えるようになったからいいか。
・・・
闘場では邪鬼様の猛攻が、桃の身体に地味にダメージを蓄積しつつあった。
何せ、攻撃を躱したと思っても拳圧で吹っ飛ばされ、真空の刃が肌を裂く。
というか邪鬼様、あのガタイで身軽すぎ。
攻撃から次の攻撃に移るまでの溜めがない。けど。
「なんというすさまじい邪鬼の攻撃。
それに反して剣は守備一方…。
やはり奴も所詮、あの邪鬼の敵ではなかったようだな。」
「はたしてそうかな。
わしはそうは思わんぞ、王大人!
気がつかんか?
あれだけの連続攻撃を受けながら、剣の息はまるであがっておらん。
いやそれどころか、息も動作も、一定のリズムを整えだしている。
まるで体内の氣を、一身に凝縮しているような…
氣だ!!」
「氣…!?まさかあの剣と申す者…!!」
やっぱり塾長は気付いてたか。
赤石に抱えられたまま、私は二人の会話に口を挟む。
「ええ、桃は氣を扱える筈ですよ。
威圧感とか攻撃性を感じないくらい、普段から自然に身体の裡を流れているから、ものすごく気付きにくいですけど、肉体の倍以上の総量は軽く有しています。」
ただ、邪鬼様は本気出せばあのガタイの更に十倍以上なんだけど。
それこそ視覚的に大仏並に見えるくらいの。
通常レベルで考えたら、無尽蔵と言ってもいい。
「な、なんと…!」
「ふむ。
だとすればこの勝負、壮絶なものとなる!!」
・・・
「何故一撃もうってこん。
どうやら、何か策があるようだな。」
「……氣は、充分に練れた……!!」
「…氣…!!」
桃は額からハチマキを外すと、胸の前でそれを張って構える。
「その布切れでできたハチマキ一本で、何をしようというのだ。
貴様はそれで影慶の毒手を封じはしたが、俺には通用せぬ!」
行くぞ、と邪鬼様が桃に向かって突進し、拳を繰り出した。
桃はハチマキを構えたまま動かない。
だが、そのハチマキの布が桃の手から、少しずつ立ち上がりはじめる。
「き、氣だ!氣をハチマキに注入している!!
あ、あれはまさしく……!!」
王先生が驚愕してる間にもその変化は続き、それは桃の手の中で、一振りの刀の如くなった。
え?氣って、こんな使い方もできるの!?
「
その、ハチマキだった筈の刃が振り下ろされ、向かってきた邪鬼様の拳を斬り裂く。
「よもや貴様が、氣功闘法を体得しておるとはな……!!
フッ…ひさびさに血がたぎる……!!」
一瞬で布に戻ったそれが桃の手の動きに従って引かれ、流れた血が舞うのを見つめながら、邪鬼様は唇の端に笑みを浮かべた。
赤石の溺愛っぷりが凄すぎる件。