婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
「いや、そこでいきなり
というわけでこの台詞カットでお願いします。
で、この回はちょっと短めかも。
負傷した右の拳をサラシで止血し、残る左手から邪鬼様が、先程までと変わらない威力で拳を繰り出す。
桃はやはりそれを体術で躱すと、常に氣を孕んで巨大にすら見える拳の上に一瞬手を置いて、それを軸にして、ジャンプして間合いを取る。
追撃にかかる邪鬼様の拳とカウンターになる形で、ハチマキを握った右手を繰り出すと、再びハチマキが硬質化して邪鬼様の胸元まで伸びた。
邪鬼様は瞬時に身を躱したものの、胸板が浅く斬り裂かれ血が
今度は邪鬼様が間合いを離し、そこから掌に凝縮した氣を放った。
「
氣が再び大気を巻き込んで渦を巻く。
真空の刃が真っ直ぐに桃に向かってくる。
だがその桃はといえば悠長にハチマキを締め直し、その間に殲風衝はその胸板を直撃した。
直撃、した筈だった。
しかし、先程の影慶のように風穴が空くはずの、桃の胸には傷ひとつない。
「
もはや貴様の殲風衝は通用せん!!」
うん。これは私もよく知る氣の使い方だ。
体内の氣を一瞬、一点に集中させることにより鋼と化し、その部分のダメージを防ぐ。
これほどまでに氣を使いこなすには相当の修業を積まねばならないだろうが、実のところ空手の有段者なども、無意識にこれに近いことをやって拳へのダメージを軽減している。
だって考えてもみてよ。
いくら割れやすいようにしてあるにしても瓦割りとか、アレ普通にやったら拳の方が普通に潰れるよ?
とはいえその無意識だって修業の賜物で、一応、私も氣の扱いに長けている方だとは思うが、元々の総量が少ないから、一瞬でも身に纏わせて防御力を上げるとか、布に注入して硬質化するとかは、現時点ではどう頑張ってもできそうにない。
もっとも邪鬼様に言わせれば私の氣の使い方の方が特殊なんだそうで、『一点への凝縮という部分に関してだけなら、貴様の方が余程技術的には優れている』らしい。よくわからないが。
邪鬼様が地面を蹴り、高くジャンプした上空から、手刀を構えて桃に躍りかかる。
桃はその場でやはり手刀を構えると、恐らくは指先に氣を集中させたのだろう、邪鬼様の手刀に合わせて、ボクシングでクロスカウンターを撃つような体勢で拳が交わる。
邪鬼様が着地して体勢を整える。
それと同時に、左腕のプロテクターが砕けた。
「いいぞ桃──っ!
この勝負、もうもらったようなもんだぜ!!」
この光景に檻の中の一号生たちが、桃の勝利を確信して湧き立つ。
が…ある程度邪鬼様が、桃のこと舐めてかかってたこのあたりで、うまいこと勝負をつけられなかったとなると、そろそろ桃の勝機は危ういかもしれない。
「防具に救われたな……来い!
一気に勝負をつけよう。」
「フッ、何故そう勝負を急ぐ!?
まだ大天秤は落ちん。
それとも他に、何か理由があるのか?」
やはりそうだ。邪鬼様は気がついてる。
私と同じ事を思っていたのか、上からの歓声に、塾長が呆れたように呟く。
「馬鹿どもが…奴等は何もわかっておらん。」
「桃の、氣の残量の事ですよね?
早々に勝負をつけるか、別な手に切り替えるかしないと、長期戦になれば桃の体力的に相当不利かと。」
「そうだ。
剣の消耗度にひきかえ、邪鬼の氣はどんどん練れてきておる。」
「デスヨネー。」
そんな私と塾長の会話に、間に挟まれた赤石が眉を顰める。
「邪鬼の氣……!?」
「気がつきません?
氣の総量に関しては、邪鬼様は規格外の化けもんですよ。
本人は、特異体質だと仰ってましたけど、正確にはその体質を生かす為に、氣の操り方を修行したって事でしょう。
生半可な使い手じゃ到底敵いません。」
それだけの素質を持ってる事と、実際に操れる技術を持っている事はまた別だ。
素質だけなら、今私を抱えてるこの脳筋にだって充分ある。
というより、いずれはなんらかの形でその方向に導いてやろうと企んでる。
多分だがこの男、己の最大の弱点には気付いてそうにないし。
まあいずれは、だが。
今は赤石のことより、桃の方が心配だ。
「待て。
てめえ、それ知ってやがったのか?何故…」
「邪鬼様が氣功闘法を極めている事を、事前に桃に教えなかったか、ですか?
私、この大威震八連制覇では、一応
「……。」
顔が怖いです、兄さん。
至近距離で睨むのやめてください。
でもとりあえず、そもそもなんでおまえは邪鬼の事は様呼びなんだとか言われてるのはスルーします。
つか、当然でしょ?
桃の手刀の連続攻撃を、邪鬼様がスレスレで躱す。
その避ける動きが徐々に邪鬼様を、闘場の壁を背に立つ位置まで追い込んでいく。
「追いつめた、その後はない!
次の一撃で勝負をつける。」
その桃の言葉に邪鬼様が、ニヤリと嘲けるような笑みを浮かべた。
「追いつめた…!?
勝負をつけるだと……誰にものを言っておる。
来い!この男塾三号生筆頭・大豪院邪鬼が、うぬのその拳で倒せるものならな。」
…表情には出さないものの、桃はやはり焦ってる。
そしてそれは邪鬼様に見抜かれてる。
わかっていても天秤の上で、自身に命を握られている仲間たちを思えば、その表情にいささかの不安も見せることができないのだろう。
「何を負け惜しみを!!一気にやっちまえ桃──っ!!」
その声援を受けて気合声と共に、桃が真っ直ぐ邪鬼様の胸に向けて手刀を放つ。
邪鬼様は瞬間、何を思ったか自身の髪に手をやると、無造作に何かを投げ放つような手の動きを見せた。
次の瞬間、邪鬼様の胸板から血が
雷光が二人の影を濃くしたその刹那。
一号生たちからは、桃の手刀が邪鬼様の胸板をまともに貫いたと見えたのだろう。だが。
足元におびただしい量の血を流し、苦痛の表情を浮かべているのは、桃の方だった。
その拳は邪鬼様の胸に止まり、尋常じゃないほど流血している。
渾身の一撃は完全に桃自身に返ってきており、その本来なら人一人の肉も骨も貫くほどの破壊力が、自身の拳を潰していた。
「こ、これは……氣功闘法・堅砦体功!!」
「そうだ!
先ほど貴様が、俺の殲風衝を防いだ技だ。
それだけではない。
よく見てみろ、己の体を…!!」
やや間があって、桃が崩れ落ちるように膝をついたけど…ん?
ここからじゃ、何がどうなってるのかよくわからないな。
「…髪の毛だ。
剣の肩と胸に、邪鬼の髪の毛が4本、針みてえに真っ直ぐに突き立ってやがる。」
まじか。
解説ありがとう赤石。ほんと、目いいよね。
「フッ、動けまい。
いくらあがこうが、その不動金縛りを解くすべはない。
その四本の髪の毛は、俺の氣により一瞬針金と化し、貴様の四肢の運動神経節を麻痺させた。」
あー、という事はアレか。
基本的には、独眼鉄戦で飛燕が使ったのとおんなじやつ。
しかも、髪の毛を媒体に使うっていう違いはあるけど、氣の針による攻撃って、ひょっとしてこの発想、私の技から得たものだったりしない!?
…い、いやまさかな。
「邪鬼……貴様も氣功闘法を……!!」
「気づくのが遅かったな。
氣を使いこなすのは貴様だけではない!」
それは桃とてわかってはいる。
何せ一号生の身近には私がいるのだし。
てゆーか、さっきの赤石じゃないけど、やはり邪鬼様の氣功闘法について事前に教えといた方が良かったのだろうか。
邪鬼様が私の技に近いのを使っているのを見たせいで、ちょっと公平感が揺らぎ始めている。
「死ねい──っ!!」
邪鬼様の拳が桃の頭上から、身体全てを砕かんとするように振り下ろされた。
☆☆☆
実際以上に大きく見える、邪鬼の拳が俺に迫る。
負けられない…俺ひとりの命じゃない!
俺に命を預けた、五十人の仲間の命がかかっている。
俺の勝利を信じている仲間の命が……!!
…驚邏大四凶殺が終わった後、傷の治療をしてくれた時の、光の泣きそうな顔が不意に頭に浮かんだ。
『一号のみんなの手は離そうとしたくせに?
戦っていたのは、あなた方だけではありません。
全員があなた方と一緒に、命懸けで戦っていた筈です。
あなたは彼らの、その手を離そうとしたんですよ?』
…たく。高飛車で、独りよがりで、我儘な女だ。
その上、理屈っぽくて、素直じゃない。
本当は、大きくて深い愛情を持て余してるくせに。
俺には一人で勝手に死ぬなと怒っておいて、それでいて自分は、守られて自分一人生き残るくらいなら一緒に戦って死ぬとか言い出す。
どんなダブルスタンダードだ。
けど、言い方が素直じゃないだけで、冷静に考えれば、言いたい事はひとつなんだとわかる。
一人じゃ死なせないと、そう言ってる。
だから。
俺は死ねない…負けられない!
もう二度と、俺は間違えない。
あいつらも、おまえも、絶対に死なせない…!!
邪鬼にかけられた金縛りを解くべく、残り少ない氣を、奴の氣を込めた髪の毛が撃ち込まれた箇所のみに集中させた。
俺の氣が邪鬼の氣を跳ね除け、針状の髪の毛が俺の身体からはじき出された瞬間に、ようやく動けるようになった身体が、考えるより先にその場を飛び退く。
俺の体を砕く寸前だった邪鬼の拳が、足元の地面を砕いていた。
…ここまでの間は、時間にして2秒も無かった筈なのに、なんだかとてつもなく長かった気がする。
それくらい全てが凝縮された攻防劇だった。
そして…俺の身体は、全身から大量に発汗している。
それは明らかに、氣が尽きた事を示す肉体反応だ。
武器はなく、氣も尽き果て、残るはこの肉体ひとつ。
それをもって、如何にして戦うか。
如何にして勝つか。
俺は邪鬼から間合いを取ると、呼吸を整えながら構えをとった。
負けるわけには、いかない……!!
てゆーか、「大豪院邪鬼」は、ナチュラルに「邪鬼様」か「邪鬼先輩」呼びだよねえ…。