婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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雌伏仇讐編
1・運命の轍 宿命の扉


「てんちょうごりん…だいぶかい?」

「父上が四年ごとに開催している武道大会だ。

 去年開催した時、姉さんはまだ居なかったから、知らないのも無理はないな。」

 この9才の義弟は、会った時から妙に大人びた口調で話す。

 そして私が知らない事を自分が知っている際、それを説明する時が一番得意げで嬉しそうだ。

 正直鼻につかないわけではないが、この子を側に置いておけば、ひとまずは私の身の危険は回避されるようだから、適当に持ち上げておく。

 自主的に私を守ろうとしてくれる奴なんて孤戮闘の中には居なかったから新鮮でもあるし。

 

「父上は、いずれ御自分のチームを出場させたいとお考えなのだ。

 俺は、必ずその一人になるつもりだ。」

「頼もしいですね。

 そうなったら、私も必ず応援に参ります。」

「本当に?約束だぞ、姉さん。」

「ええ勿論。…はい、おしまい。

 あとはいつも通り、指先までクリームを塗ってくださいね。」

 彼の爪を切っていた小刀を鞘に収めながら、私は彼に笑いかけた。

 …てゆーか、そんなに嬉しそうな顔をするんじゃない。

 なんだか泣きたいような気持ちになる。

 

 ・・・

 

「…豪、くん。」

「……え?」

 ハッとして取っていた手から顔を上げると、上から顔を覗き込んでくる桃と目が合った。

 例によって例の如く男根寮を訪ね(ただ、いつかのような事になるのを防ぐ為訪問は昼間)、残りの傷の治療をしてやったら、まだ若干左手が動かしづらいから右手の爪を切ってくれと甘えられ、この状態になっていたわけだが、どうやら私は桃の右手を取ったまま、暫し固まってしまっていたらしい。

 

「…ふうん。俺の知らない間に、そんな風に呼ぶほど関係が進展してたってわけか。

 しかも、俺といる時ですら、心を占めているくらい。」

「…は?」

 一体こいつは、何を言っているんだろう。

 

「ゴウくん、って、赤石先輩の事だろ?」

「なんで、赤……………ぶふぉっ!!」

 何を言われているのか瞬時に理解できなかったが、少し考えて思いっきり吹いた。

 

「そうか!

 言われてみれば赤石も『(ごう)くん』ですよね。

 あまりにもイメージと合わなくて、まったく、思いつきもしませんでした!」

 それに『ゴウキ』と『ゴウジ』とか響きまで似ている。新発見だ。

 今度赤石に会った時にネタに…いや、止そう。

 てゆーか、赤石でイメージ合わないのは勿論だが、子供の頃の呼び名だから私の中でしっくりきているだけで、今の豪毅のイメージにだって、本当は合ってないのだろう。

 久しぶりに会った時、かつての線の細さがなりを潜め、本当に精悍になっていたし。

 

「違うのか?」

「違いますよ。私の『豪くん』は弟です。」

「なんだ、そうか……なら、良かった。」

 良かった?なんでだ?まあ別にいいけど。

 

「……あの子、爪が割れやすくて。

 しかも、彼付きの女中さんは、一応あの家の女中頭さんだったんですが、忙しいせいか細かいケアをあまりして下さらなくて。

 爪を自分で切った後に、たまに血なんか滲んでるのを見ていられなくて、彼の爪は、ある程度状態が安定するまで、私が小刀で切ってあげていたんです。

 薄い上にどうも乾燥に弱かったようで、然るべきケアを教えてあげて続けさせて、あと食事にも気をつけてなるべくなんでも食べさせるようにしたら、次第に普通の爪切りでも切れる爪になりましたけど。

 あなたの手を取った時に何となく、それを思い出していました。

 けど、あなたはいいですね、この爪。

 健康そのもので。」

 …それと『天挑五輪』の事をずっと考えていたのもある。

 邪鬼様の言ってたのが、私の知っている『天挑五輪大武會』と同じであるならば、確かに今年はその開催年に当たっていた筈だ。

 四年前の開催時期、私は若干大物のターゲットを相手にしており、結構長い期間その男の祖国に滞在していたので、実際に観ることは叶わなかったが、確かその時の優勝チームは、中国から出場した『梁山泊』とかいった筈だ。

 既にそれで三回連続優勝を果たした強豪なのだと、御前が言っていた。

 

「…そういえば以前、亡くなった兄さんと義理の弟がいるとか言っていたな。

 光は塾長に引き取られるまで、結構複雑な環境で育ったんだな。」

 言いながら、ひとの顔をまじまじと見つめる桃の視線に若干たじろぐ。

 

「…人を殺せる技持ちの女が、平凡な暖かい家庭で育ってるとお思いですか。

 そもそもあなたがひとのこと言えるんですか?

 13、4の歳の頃にはもう、海外に武者修行に出ていたんでしょう?」

「…なんで知ってるんだ?」

「え…いえ、それは…」

 そうだ。その情報の発信源は久我真一郎だった。

 男塾に提出された彼の経歴書には、『海外留学』としか書かれていない。

 

「…まあ、別に隠していたわけではないが。」

 そうだな。潮時かもしれない。

 こんな風に甘えられて、気持ちが緩みかけていたけれど、私はこの男にとって血縁者の仇だ。

 

「……桃。お話ししたいことが」

「あ、いたいた。光!」

「え?」

 と、唐突に部屋のドアを開けて、極小路が入ってきた。

 

「今、寮に電話があって塾長が、用があるから一旦塾に戻れってさ。」

 塾長が?

 わざわざ呼び戻すなんて余程の急用なんだろうか。

 

「…って、なんだよ。

 二人きりで、手なんか握り合って。

 やっぱおまえら、そういう関係なんじゃないのか?」

「なに言ってるんですか。わかりました。

 …桃、ごめんなさい。

 爪切り、明日でいいですか?」

 ニヤニヤ笑いながら言う極小路を軽く小突きながら桃の手を離す。

 

「あ、ああ…大丈夫だ。

 却って悪かったな。その…お疲れ。」

 桃は何か言いたそうな顔に見えるが、問いただす暇はなさそうだ。

 

「お疲れ様です。では、また明日。」

 そう言って二人に向かって一礼し、私は男根寮を後にした。

 

 

「…ん?どうしたんだ、桃?」

「フッ…何やらわからんが恐らくは、聞きたくない話を聞かされそうになってたところだ。

 礼を言うぞ、秀麻呂。」

「……?」

 

 ☆☆☆

 

「光です。」

「入るがよい。」

「失礼いたします……!?」

 ノックして(いら)えを確認して入室した塾長室は、真っ暗な中に白い幕が下げられ、古い映画の回想シーンのような、画質の良くない映像が流れていた。

 それは戦争映画のようだったが、大仰な効果音や音楽などは全くなく、音声は聞こえるものの淡々として、それだけに妙にリアルに進行していく。

 アメリカ軍の…私は詳しくないがプロペラ型の戦闘機?による機銃掃射が、地上にいるまだ明らかに若そうな日本兵に向かい、彼らは次々と倒れてゆく。

 映像が切り替わり、恐らくは並行して飛びながら別の機から撮影されたのであろう、飛行機の操縦席部分を撮影した、若干揺れる映像。

 その中には欧米人の中に混じり、ひとり日本軍の軍服を着た若い男が、下を指し示している様子だった。

 その男の顔が大写しになる。

 

「ご、ぜん……!?」

 私の知っている顔より間違いなく若いが、特徴的な部分はそのまま、私の飼い主であり義父である男そのものだった。

 

「この映像は、昭和二十年四月五日、米軍爆撃機から撮られた、サマン島日本軍全滅の模様を撮影したフィルムだ。

 この凄惨な光景は全て、ここに映っている男の手引きによるもの。

 奴は我が身の安全と引き換えに米軍に情報を売り、それによってわしが率いる部隊は、わし一人を残して全員が命を落とした。

 この時死んだ奴等はこの男塾の前身である兵学校の生徒であり、まだ花も盛り、16〜18までの、前途ある若者達であった。

 この男、名を伊佐武光という。」

 と、まだ映像が続く中、暗闇の中から、塾長の声が固く響いた。

 

「いさ、たけみつ?」

 そんな名前は知らない。でも、この顔は…。

 

「現在の名は、藤堂兵衛。

 こう言えば判るであろう。

 奴は、我が生涯をかけても討つべき仇。」

 瞬間、心臓を鷲掴みにされた感覚があった。

 思わず塾長を見返す。

 普段なら真っ直ぐ見つめ返せるその眼光が私を射抜き、覚えず身体が震えた。

 何も言わずとも、その目は全てを語っていた。

 

「いつから…気付いていたのですか?

 私の『飼い主』が、藤堂兵衛だと。」

 身体の震えが止まらず、呼吸も乱れて、声を詰まらせながらも、私は塾長に問う。

 

「赤石が戻ってすぐの、殺シアムの試合の4日前に、貴様はここの郵便物に混ぜて手紙を出しているな。

 宛先は『藤堂豪毅』。

 藤堂という名が気になり、不躾ながら中を確認させてもらった。」

 あの頃の私は、男根寮以外の男塾の敷地の外に出る事は許可されておらず、外出するのにいちいち事前に許可をもらわねばならなかった。

 私が命を狙われているという事実を重く見ての判断である事も勿論だが、それ以上にそもそも私は、野放しにするには危険すぎる殺人者だった。

 監視する立場である塾長が、ある程度用心するのは当然の事だ。

 

「そうでしたか…でもあの手紙は」

「確かにごく当たり障りのない内容しか書かれておらなんだな。

 だがあの状況で貴様が書く手紙が、その程度のものとも思えなかった上、所々不自然にあった誤字を試しに抜き出して並べたら、それはまさしく日時と場所を示す言葉であった。

 日付は、貴様に外出許可を出した日であったから、その日貴様が、この男に会いに行くのだと推測できた。

 わかってしまえば子供の考えるような稚拙な暗号だが、あらかじめ貴様と『藤堂豪毅』の間で取り決めていたもののようだな?」

 …稚拙言うな。

 実際に子供の頭で、遊びながら考えたものです。

 けど、それにしてはよくできていた筈だし、あの当時、豪毅が私に甘えすぎると目を光らせていた例の彼付きの女中頭さんにも、その前でこれを応用した会話をしても『言い間違い』を指摘されるだけで、その『言い間違い』にこそ潜ませていた本当の意味に気付かれる事はなかった。

 その点では、御前ですら同様だった筈だ。

 あれを、豪毅以外の人間に、簡単に解読されたというなら、それはちょっとショックだ。

 

「…実際にその日同行した筈の赤石に、それとなく訊ねても空惚けられたがな。

 だが、会っていたのであろう?

 その日『藤堂豪毅』に。」

 赤石は辛口高級純米大吟醸酒3本で買収して口止めした。

 届けたら『…本当に持ってくると思わなかった』とか言ってたから、約束も軽く見られてるかと思っていたけど、ちゃんと守ってくれていたようだ。

 けど、この人の前では、そんな小細工は無意味だった。

 溜息と共に、小さく頷く。

 

「後はその住所と、『藤堂豪毅』という名前を調べれば、貴様の出自は簡単に割れたぞ。

 貴様は飼い犬どころか、藤堂兵衛の養女(むすめ)であった。

 貴様が主に忠誠以上の感情を抱いているように見えたのも、これで理解できる。

 そして藤堂豪毅という男は、貴様にとっては義理の弟というわけか。」

 確かに表向きの扱いはその通りだった。

 しかしながら、やはり私は、藤堂家の息子達とは、一線を画した立場だった。

 女だったからというのもあるのだろうが。

 

「奴は先ごろ藤堂兵衛の後継者として、正式にではないが披露はされたぞ。

 弱冠16歳、まだ若過ぎるとの声もあるようだが、大筋では決定事項だとの事だ。」

 やはりそうなったか。

 御前は強さを至上とする傾向がある。

 その点において、11歳の時点で既に豪毅の素質は抜きん出ていたし、あの日久しぶりに会った彼は、身体の成長は勿論の事ながら、修行の成果が肉体の裡に満ちる氣として現れていた。

 勿論強いだけでは、藤堂財閥の次期総帥は務まらないが、あの子は元々頭もいい子だ。

 優秀なブレーンを補佐として付けさえすれば、たとえ若年でその座に就く事になったとしても、充分にやっていけるだろう。

 …御前は私を、自分の後継者の妻にしようとしていたと、獅狼(しろう)が言っていたが、もしかするとそれは、権力の分散を防ぐ目的であったのかもしれない。

 謙遜抜きで、私の知識や語学力があれば、後継者が誰になろうとある程度のサポートはできる。

 女暗殺者としての完璧な教育は、息子のブレーンを育てる教育でもあったに違いない。

 それとなり得る有力幹部の娘など貰って、その幹部に余計な権力を与えるよりも、自前で調達できるなら、その方がずっと都合がいいわけだから。

 だからこそ、私は御前とは養子縁組をされなかった。

 その上で養女として扱われていたし、ましてや息子の嫁候補である以上、御前の手がつく事もなく。

 そして何事もなければ、後継者の…豪毅の妻となっていた。

 この場合、私にも豪毅にも、拒否権と選択権はない。

 豪毅が18歳になると同時くらいに、当然のように婚姻の手続きが為された事だろう。

 

 どのみち私は、藤堂兵衛の娘というわけだ。

 

「…申し訳、ございません。

 まさか御前が、あなたにとっての仇だったなんて。

 …仇の娘の世話を焼かせ、身を守らせていたなんて。」

 自然と床に跪く体勢になりかけたのを、塾長の大きな手に止められる。

 その手が温かいことに、何故か驚く。

 

「貴様が主を…藤堂兵衛を、心の底でまだ捨て切れておらぬ事はわかっておる。

 だが、わかっておるが故に敢えて、貴様にこの事を伝えた。

 わしは伊佐武光…藤堂兵衛を、許すことはできぬ。

 それゆえ、この復讐を諦める訳にはゆかぬのだ。

 …わしか、藤堂か、選ぶのは貴様よ。

 だが貴様には、どちらにしても辛い選択となろう。

 …貴様は、優しい娘ゆえ、な。」

「塾、長…。」

 私は、ごく自然に、塾長の広い胸に縋り付いていた。

 私に触れられる事が死に直結する可能性を知っている筈の男は、その腕をやはりごく自然に、私の背中にまわすと、掌で優しくぽんぽんと叩いた。

 それからもう片方の手を、私の後頭部に乗せて、くしゃくしゃと髪を撫でる。

 優しいのはこの人だ。

 どうしてこんなに優しいのだ。

 私は人殺しの罪人で、この人の仇の娘なのに。

 何もかも知った上で、この人は私を守ろうとしてくれたのだ。

 涙腺が一気に緩み、堪えていたものが決壊して、ごめんなさいと連呼して、子供みたいに声をあげて泣いた。

 ここは私の求めていた胸では確かになかった。

 けど、求めていた温かさは、確かにこれだった。

 

 ・・・

 

 いいだけ泣いてから、ようやく塾長の胸から顔を上げる。

 すごく恥ずかしい。けど、何か吹っ切れた。

 若干鼻をすすりながら、塾長の目をまっすぐ見つめて、言葉を発する。

 

「私は、何をすればいいですか?」

 その私の言葉に、塾長が目を見開いた。

 私が言葉を続ける。

 

「あなたの復讐の、お手伝いを致します。

 私はあちら側の内部事情を、ある程度知っておりますから、お力になれるかと思います。」

 もう、身体は震えない。

 私は塾長を恐れていたのではなく、塾長に憎まれることを恐れていたのだと、今更ながら悟った。

 全て暴かれて、それでも受け入れてもらった今、私の心はひとつだった。

 

「本気か?

 貴様に主を…父親を、捨てられるのか?」

 厳しくも優しい目で見つめられて、私は頷く。

 

「捨てられなくても、捨てねばなりません。

 私も、いつかは自身の業と向き合わねばならない事、わかっていたのです。

 …それに娘として、父の過ちは正さねばなりませんから。

 今が、その時なのだと思います。

 全て、終わったら…」

「ん?」

「…いえ、やめておきます。」

 あなたを、父上とお呼びしてもいいですか…なんて。

 きっと、果たされない約束だ。

 全部終わったらその時、恐らく私は生きてはいまい。

 生き残ったにしても、私は桃に裁かれなければならない。

 

 むしろ、また残りの時間が伸びてしまった。

 私はついさっき、彼に真実を告げようとしたばかりなのだから。




桃さんのいない男塾を見る気にはどうしてもなれなかったアタシ、実は未だに平八伝読んでません。曉は最近ようやく全巻読み終えました。そして実は曉より先に極を読んでました。
うん白状する。アタシは男塾が好きなんじゃなく、桃さんが好きなんだ。うん多分。

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