婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
塾長の復讐計画。
それは御前…藤堂兵衛が主催者である大武術大会、天挑五輪大武會に出場する十六人の闘士を集めて見事優勝し、優勝者の前に姿を見せる藤堂兵衛を、そのタイミングで討つというもの。
つまり、優勝しなければそのチャンスはないという事であり、だから塾長は長年雌伏の時を耐え、大武會を戦える十六人が揃うのを待ったのだという。
やはり私たちは全員、塾長の掌の上で動いていた。今更それに腹は立たないが。
私は何をしたらいいか。そう問うと塾長は、
「これまで通り、闘士達の心の支えでいてくれればよい。
まずは体調を万全に整える、その手助けをしてやるがいい。」
そう答えて、ニヤリと笑った。
それから、思い出したように付け加える。
「わしが男塾塾長、江田島平八である。」
この自己紹介、あと何回聞けるだろう。
☆☆☆
その日の夜、私は男根寮を訪ねていた。
驚邏大四凶殺後と同様に、重傷者には臨時に一人部屋をあてがっている。
ちなみに彼らの怪我が完全に治った頃には寮は完全に二人一部屋制となる予定だ。
私は目的の人物の部屋の前に立つと、ノックをしてから声をかけた。
「富樫…起きてますか?」
「え、光?……あっ、ちょ、ちょっとだけ待て。
い、今開けるから、まだ入るなよ!」
何だか焦ったような返事の後、少し間があってから、少し開けたドアの隙間から薄く微笑んだ。
「…おう。どうした?こんな時間に。」
「怪我してるのに、わざわざ起きて開けてもらわなくても…あれ?
横になっていなかったんですか?」
見れば上半身は包帯だけだが、下は制服のズボンをはいて、頭にはいつもの学帽が乗っている。
眠る為に横になっていたのなら帽子は明らかにおかしいし、寝間着じゃなく制服ってのも不自然だ。
と思ったのだが、
「なってたさ。
おめえが来たから、慌ててズボンだけでもはいたんじゃねえか。」
ということは、普段から寝る時も帽子は被ってるって事なのか。
ひょっとしてツッコミ待ちなのか。
いやこれは罠だ。
私は絶対につっこんだりしないからな。
あと今の言葉で、富樫は寝る時は寝間着などは着用せず、恐らく下帯いっちょなんだろうと推測できたが、それはアタマから追い出すことにする。
「…気を遣っていただいたようで、ありがとうございます。
今、お話いいですか?」
「まあ、と、とにかく入れよ。」
「失礼いたします。」
言いながら足を踏み入れると、微かに塩素系の匂いがした。
掃除した時に隅の方に黒カビを発見したので、次亜塩素酸系漂白剤で消毒したのは確かだが、その匂いがこんなに残るもんなのか。
さぞや居心地が悪かった事だろう。
申し訳ない事をした。
「怪我の具合はいかがですか?
無茶をするのも程々にしてくださいね。」
だが私の小言なぞ柳に風と、ニカッと笑って富樫が言う。
「無茶しなくなったら俺じゃねえだろうが。」
「…なんで私は、この言葉に納得してるんでしょうか。」
なんかもういいや。
しょうがない、だって富樫だし。
「それで?話ってな何だ?」
「…あなたの、お兄さんの事で、どうしても耳に入れておきたい事が。」
「…兄貴の!?」
「…ええ。富樫源吉と、独眼鉄との間に起きた、悲劇の話です。」
今はまだ、独眼鉄は死んだ事になっているので、彼をこっちに寄越すわけにはいかない。
けど、できれば一刻も早く事実を伝えて、富樫の側の蟠りも解いてしまいたかった。
…結局、それも私の感情でしかないのかもしれないけれど。
「…俺の兄貴は、あいつに殺されたんだ。
その事は聞いた。」
ギリ。富樫が、奥歯を噛みしめる音がする。
「そうですね。それは間違いありません。
私も本人からそう聞きました。
…ただ、そこに至るまでの経緯には、少し複雑な事情があります。
独眼鉄は、それはあなたには話さないで欲しいと言いましたが、あなたには知る権利があると思いますし、それを知らずに独眼鉄をあなたが憎み続ける事を、富樫源吉は喜ばないと思いましたので。」
富樫の目を真っ直ぐに見つめて、私は話を切り出した。
この入り方は自分でも卑怯だと思う。
けど、ちゃんと聞いてもらえなければ、前に進めない。
富樫も、そして独眼鉄も。
「複雑な…事情?」
鸚鵡返しに問い返す富樫に、私は黙って頷いた。
・・・
「…生前の富樫源吉と、独眼鉄との間には、年齢を越えた友情がありました。」
「なんだと?どういう事だ!?
あのゲス野郎と、兄貴が…?」
「そのゲス野郎の仮面こそが、独眼鉄があなたについた最大の嘘だったんですよ。
彼は、富樫源吉を死なせてしまった己を悔いて、あなたに裁かれたかったんです。
もっともあの場面に割って入った飛燕が、結局は彼と戦う事になってしまい、それは果たされませんでしたけれど。」
「……続けてくれ。」
「あの年の大威震八連制覇は、その同じ年の年度末に起きた二つの事件…
当時の一号生筆頭伊達臣人の教官殺害からの出奔。
それに続く残された一号生の大量傷害事件と、その加害者である二号生筆頭赤石剛次の無期停学…。
それにより本来想定していた強者が一斉に不在になった、非常に層の薄い開催年でした。
そんな中で、独眼鉄と富樫源吉は、お互いを認め合い、友情を育んでいた。
けれど、富樫源吉が大威震八連制覇の出場闘士に選ばれてしまった事で、彼らの友情は引き裂かれることとなってしまった。
選ばれて、戦う事になった場合、そこに手を抜く事は許されない。
奇しくも同じ第二闘場で対戦する事となった2人は、互いの全力をもって、戦うしかなかったんです。
そうして、独眼鉄が勝利をおさめ、富樫源吉は亡くなりました。
その事を私に話してくれた時の独眼鉄は、子供のように涙をこぼしていました。
…本来の彼は、そういう人です。」
「…そんな。嘘だ、だって奴は。」
「あなたのお兄さんは、死の間際に、彼の名前を出しましたか?
私が聞いた限りではあなたは、富樫源吉の対戦相手が、大豪院邪鬼であったと、思い込んでいたという話でしたが。」
「そう、だ。だから、俺は…」
「ここからは、私の推測でしかありませんが…お兄さんは、独眼鉄を恨んではいなかった。
むしろ、自分と独眼鉄を戦わせる事となった大威震八連制覇と、その開催を強行した大豪院邪鬼を、恨んだのだと思います。
あなたに彼を恨ませる事は、したくなかったのだと。」
「…………兄貴。」
「ただ、飛燕との戦いの時は、空気を読まずに割って入った飛燕に、独眼鉄が若干苛立っていたのは事実と思います。
あなたにそう思い込ませる為の『ゲス野郎』の仮面に、その感情が引きずられて、演技過剰になっていたのだと。
裏を返せば、それくらい役に入り込まなければ平静を保てなかったのでしょう。
…私の話は、以上です。
この話を聞いて、あなたがどう思うかは、あなたの自由ですよ。
あなたに真実を知って欲しいと思ったのは、私の勝手な独断ですから。」
「……………。」
「夜分遅くに、辛い事を思い出させて、申し訳ありませんでした。
私の話はこれで終わりです。
おやすみなさい、富樫。」
「待てよ、光。」
「……どうしました?」
「…いや。なんでもねえ。その、ありがと、な。」
「いえ…それではまた。」
☆☆☆
…俺の知らなかった事情、兄貴の心を聞かされて、多分俺は混乱してたんだと思う。
でなければ、こんな事思うわけがない。
いつもは丁寧ながらもどこかつっけんどんな光の口調が、今日は優しく響いたのも、その目が泣きそうに潤んでるように見えたのも、もう癖みてえにアタマ撫でてくるその手が温かくて気持ちよくて、ずっと撫でていて欲しいと思ったのも…そして。
無性に、あいつの胸に縋り付いて、ガキみてえに泣きたいと思ったのも、きっと混乱してたせいだ。
けど。
似ても似つかねえのに、あいつの口から出てくる言葉が全部、兄貴が俺に言い聞かせてるように聞こえた。
兄貴が、そこにいるようにすら思えた。
源次。もう俺に捉われるな。
俺の為に、恨みを抱き続けるな。
そう言ってるみたいに聞こえた。
だから、あいつの中の兄貴に、もう一度触れたいと思った。
自分の中の理性を総動員していなかったら、俺は本当に光に縋っていただろう。
去り際の光を思わず引き止めちまった自分を思い出したら、それだけでも羞恥心で死ねる。
俺は兄貴の形見の学帽を、深くかぶり直した。
本当、どうかしてる。
☆☆☆
「…突き詰めれば、俺のせいってわけか。」
富樫の部屋を出て、ひとつ息をついた途端、予期しない方向から声がして、私は反射的に飛び退った。
その方向を振り返ると、思ったより高い位置にある顔に、未だ生々しい六条の傷跡を刻まれた男が、腕を組み廊下の壁に凭れてこちらを見つめている。
「…伊達?」
私がその男の名を呼ぶと、男は一度目を閉じて、言葉を続ける。
「俺が、あの教官をぶっ殺した事で、赤石は俺が守ったつもりでいた一号生をぶった斬り、この男塾から一時期去った。
前年度の一号生全員と二号生筆頭を欠いた中で、新しく迎えた一号生は、中途半端に見所があったばかりに、残った二号生を差し置いて、大威震八連制覇に引き出された。
それで富樫の兄貴が死んで、独眼鉄が自分を責めた。
面白いくらいに連鎖したもんだ。
面白すぎて、笑えやしねえ。」
言い終えてから、再びその目が開かれる。
私は、自分を見据える伊達の目を、軽く睨んだ。
「…盗み聞きなんて、いい趣味とは言えませんよ。」
「この前を通りかかったら、おまえの声が聞こえただけだ。
おまえの方こそ男の部屋を、夜中に一人で訪ねるなんざ、趣味がいいとは言えねえだろ。
無防備にも程がある。」
あれ?これってひょっとして、心配してくれたんだろうか?でも。
「…下衆な勘繰りはやめてください。
富樫は私を男だと思っていますし、そうでなかったとしても、あの子は私に無体を仕掛けるような子じゃありません。」
そりゃあ、私を一度…その、妄想のタネには使った事があるって言ってたけど。
でも若干気が咎めてたのか、後になってからわざわざその事私に言って謝っちゃうような子だよ!
「あの子、な。子供扱いってわけか。」
言われて初めて気がつく。
私、多分日常的に、彼らに対してその言葉使ってると思う。
「…弟と同い年なので、つい。」
悔しいので言い訳してみるが、よく判らないがますます負けた感に支配されて、言ったことを後悔した。
「…赤石からは、兄貴がいたとは聞いてるが、弟も居んのか。」
「血の繋がりはありませんがね。
いろいろ事情が複雑なもので、スルーしていただけると助かります。
…最近は一号生に関しては、一部の者を除けば弟を通り越して、息子とでも接してる気になってますよ。
勿論、私に母親の気持ちはわかりませんから、推測するしかできませんが。」
言いながら、私の脳裏には実の母親ではなく、何故か幸さんの顔が浮かんでいた。
母だって決して私を愛さなかったわけではなく、単に兄を助けたかっただけなんだが、私の記憶に残っている母は、私を詰った時のヒステリックな表情と、私を御前のもとに連れていった時の冷たい目をした女ってだけ。
私と一緒に台所に立って『娘が生きていたらこんな感じだったのかしら』と優しく微笑んでいた幸さんの方が遥かに『母親』のイメージだ。
まあ、薄情な娘って事さ、私は。
どうせならここでの私の設定も『塾長の昔の女が産んだ子』じゃなく、幸さんの子にしてくれた方がよかったのにと思うんだけど、そういうような事を以前、塾長になにかの届け物をしたついでに私のところに顔を出してくれた幸さんに何気なく言ったところ、
「わたしは、旦那様の『女』の中では新参ですもの。
そのわたしが旦那様の子供を、しかも光さんの配役的に『男子』を密かに産んでいたという事になってしまうと、先輩である他のお妾さんたちの立場がなくなってしまうわ。
光さんの母上様を敢えて、既に亡い設定の架空の人物にしたのは、旦那様の配慮かと思いましてよ?」
という答えが返ってきて、なんだか自分には理解できない世界があると感じるとともに、その時はちょっと塾長の事が嫌いになった。
なんなんだ『他の』『お妾さん』『たち』って。
…まあそんな事は今はどうでもいい。
「…ここの奴らがおまえに懐くのは、恐らくはそういうトコなんだろうな。
子供扱いはするが、だからって馬鹿にするわけじゃねえ。
むしろ成長のひとつひとつを、誇らしげに見守るくらいの。
おまえが女だと知らなくても、奴らはそれを無意識に感じ取ってるんだ。
男にとって、母親って存在は特別だからな。
…俺には母親の記憶はねえから、こっちも推測しか出来ねえが。」
やっぱり、あの地獄に放り込まれた時点で、温かい記憶は忘れたのだろう。
弱ければ死ぬ。
戦わなければ死ぬ。
殺さなければ死ぬ。
自身が人から生まれた事すら、忘れ去らねばそれは不可能だった。
親の記憶などあるはずがない。
「…ひとつ忠告しといてやる。
おまえは高圧的に来る相手には強いだろうが、甘えてくる奴には案外、コロッと絆されるタイプだ。
気をつけろ。」
「え?」
少し意識が逸れている間に、なんか変な事言われた。
思わず間抜けな声で聞き返してしまい、その私に向かって、伊達が上から人差し指を向けた。
その人差し指を私の額に当てて、ぐりぐりと動かす。
「甘えて、縋って、場合によっては涙なんかも見せればおまえは簡単に心を、状況次第じゃ身体も開く女だって言ってんだ。」
「なっ……!!」
唐突にとんでもない事を言われ、覚えず顔に血が上る。
それは怒りだったか、それとも羞恥だったのか。
だが、伊達はふざけているわけではなかった。
「…もし、さっき富樫がおまえに『寂しくて苦しいからひと晩一緒に過ごしてくれ』って懇願してきたら、おまえ、奴を拒めたか?」
「…っ…!!」
無理だ。その状況は拒否できない。
相手は富樫ではなく桃だが、その点で私には前科がある。
それを伊達が知っている筈はないが…でも、そういえばこの男にも似たような懇願をされた時、思わず絆されてアタマ撫でたんだった。
うわあ。
「となると、おまえが『子供』と思って安心してる奴の方が、むしろ危ねえって事だ。
…理解できたなら、少しは警戒するんだな。
オボコはさっさと帰んな。」
って、赤石みたいな事言うな!
言い返せないうちに、伊達が凭れていた壁から背中を離して、その背を私に向けて歩き出した。
…ムカつく。
なんか知らないが、泣かしてやりたい。この男。
「…ひとつ、質問してもいいですか?」
…気づいたら自分でも何がしたいのか判らぬまま、私は伊達を呼び止めていた。
「…なんだ?」
振り返った大人の顔の、はるか奥にいるであろう少年に向かって問う。
「伊達は……寂しいですか?」
「……!?」
「孤独になるのは、耐えられませんよね?」
あの日、この男は確かに言った。
俺を一人にするなと。
「…やめろ。」
耐えられなくなったように、伊達が私から目を逸らす。
その横顔に、微笑みながら言った。
「今から、私に付き合ってもらえませんか?
お見せしたいものがあります。」
☆☆☆
男塾から、徒歩で30分の距離を、伊達は文句ひとつ言わず、私と並んで歩いていた。
私も特になんの説明もせずに、ただひたすら歩く。
目的の、一軒の邸の門の前に立ち、呼び鈴を3回押して、開かれた引戸の内側に挨拶をした。
「こんばんわ。具合はいかがですか?」
「光殿!?
こんな夜遅くに、
無用心が過ぎますぞ!」
「御心配なく。今日は同行者がおりますので。」
私を迎え入れようと開かれた戸の内側から出てきた男を見て、伊達がその場に硬直した。
「雷…電!?」
「伊達殿!!」
驚かれた方も、目を丸くする。
「どういう事だ、光。」
伊達が私の肩を掴んで問いただす。
が、私がそれに答える前に、更に別の声がそれを遮った。
「我々は、光に助けられました、伊達殿。」
「月光!」
「ほら、女性をそんなに、乱暴に扱わない。
あなたらしくありませんよ、伊達。」
柔らかな声音と綺麗な長い指が、伊達の手から私を引き離す。
「飛燕も…おまえたち…!
そうか、今回もまた、おまえに助けられたってわけか…。」
伊達の瞳が、ほんの少しだけ潤んだのを、確かに見た。
…よし、勝った。作戦成功。
「私が助けたのではありませんけれど。
私は、王大人先生に依頼されて、医療チームの一員として働いただけですので。
ちなみに、この家は塾長の別宅のひとつです。
三号生も含め我々は…更には王先生までもどうやら、塾長の掌の上で踊らされていたようで。」
「ですが王大人は、あなたの存在がこの計画の決め手になったと言っていました。」
と言ってるって事は、日中ここに王先生が来たって事か。
「いい加減説明しろ、光。
なぜこいつらが生きて…」
「まあ、混乱しますよね。
まずは落ち着いてお茶でも飲みましょうか。
緑茶しかありませんがお淹れしますので、中で座ってお待ちください。」
そろそろ状況がカオス化してきたし、30分歩いたから私も喉が渇いてる。
・・・
「それにしても、光殿はなぜ、ここに伊達殿を連れてきてくれたのですかな?」
どこから調達してきたものやら、お茶菓子を振舞ってくれながら、雷電が問う。
月餅に似てるけど違うな。
『月寒あんぱん』ってなんだ?
美味しいからいいけど。
「そうだな。
本来は我々の生存は、念の為に当分隠しておくのだと、王大人は言っていた。
伊達殿をお連れしたのは、光の独断だろう。
…何故?」
…うーん、ごめん。
正直、あんまり考えてなかった。
ただ、伊達を泣かしてやりたいという衝動に突き動かされただけで。
「…伊達があんまりにも寂しい寂しいって言うので思い余って。」
「勝手に話を作るな!
俺はそんな事ひと言も言ってねえ!!」
とりあえず冗談でこの場を切り抜けようとしたら、物凄い勢いで反発された。
その伊達から私をやんわり庇いながら、飛燕が実に美しい微笑みを浮かべて言う。
「フフ…伊達が意外と寂しがり屋なのは、我々もよく知っていますよ。
光は、彼の無言の訴えに気付いたのですね?」
「飛燕、てめえ……いや、もういい。
てめえに口で勝てねえのは昔からよく判ってる。」
こんな美人さんにやり込められたらそりゃ勝てないよなー。
などとしょうもない事を考えつつ、道中考えてきた言い訳を並べる。
「…冗談はさておき、伊達にあなた方の存在が必要かと思ったからです。
然るべき時が来るまで、あなた方の生存を伏せておく方針に基本、変更はありませんが、伊達一人ならば構わないでしょう。
あなた方が大っぴらに動き回らない事と、伊達が黙っていてくれれば済む話です。」
その辺は大丈夫だろうと、自分の中で納得した。
伊達も三面拳も馬鹿な真似はしない。
「…まあその件は後日ゆっくりお話ししましょう。
では、私はこれで。」
夜中に堂々とお菓子を食べて少しいい気分になったところで、その場から伊達を置いて立ち上がる。
「待て。どこに行く気だ。」
「勿論、男塾に戻ります。
あなたは彼らと、積もる話もありましょうし、朝までに寮に戻っていただければ、問題はないかと思いますよ。」
玄関に向かいながら、背中を向けて手を振る。
だが、
「馬鹿が。こんな夜中に女一人で帰せるか。
俺も戻る。」
なんかすごく真剣な表情で引きとめられて、面食らう。
「え?でも…」
「こいつらが生きていると判っただけで充分だ。
いいから送らせろ。」
「それが良い。先ほども申し上げたであろう。
女子一人で夜道は危ない。
我々は後日いくらでも話が出来ようし、それを可能とさせてくれた光殿を、危ない目にあわせるわけにはいき申さん。」
「その通りだ。貴様は我々の恩人ゆえな。」
「伊達、くれぐれも送り狼にはならないように。」
「なるか!」
…私は一応制服姿で、傍目には女の一人歩きにはならないんじゃないかと思うが、なんなんだこの紳士ども。
以前この人らを休ませてる家に夜中に行って帰った時は、誰もそんな事言わなかったのに。
まあ、あの家は男塾から近かったし…よく考えたらあの家の鍵を貸してくれたのはセンクウだった。
あの男にそんなデリカシーがあるわけがないか。
…ひょっとしたら私をひとりで行かせた事で、後でまた卍丸に怒られてるかもしれない。
だとしたら申し訳ない事をした。
☆☆☆
行きと同じように並んで歩きながら、伊達の顔をこっそり見上げる。
表情に変化はなかったが、それでいて行きとは明らかに違う。
「やはり会わせることにして良かったです。」
返事など期待せずに呟くと、無駄に色気のある声が高い位置から問いかけてきた。
「何故だ?さっきのでは説明になってねえ。」
ひょっとして、死んだはずの三人と会わせた理由だろうか。
いや、会えたならいいじゃん。
深く追求すんなよしつこいなこの野郎。
すいません言い過ぎました。
けど。
「…心がまた、叫んでいるのが、聞こえたから。」
「…何?」
「恐らくは、孤戮闘に入れられた当時くらいのあなたが、一人にしないでくれと、訴えていたから。」
思わず口をついて、言葉が出た。嘘じゃない。
むしろ、これが本音だったと、自分で言って初めて気づいた。
「……!?何故、おまえがそれを知って…」
「あなたの左手首を見ました。
…驚邏大四凶殺の後に。」
「だとしても!
普通の人間は、孤戮闘の存在すら知らねえ筈だ!
…てめえ、一体何者だ。」
探るような目が、私を射抜く。
これは、口で説明するより、見せた方が早いだろう。
私は、伊達を真っ直ぐに見上げながら、制服のボタンを外した。
「なっ!!馬鹿、いきなり何を………っ!?」
構わず肩から制服をずり落とし、背中に手を回してサラシの位置もずらす。
そうして左肩甲骨下部の刺青を、伊達の目に晒した。
「……見えました?」
「ああ。………もう、いいから着ろ。
なるほどな。年齢の、3倍以上か。」
「…なんの話ですか?」
前ボタンを留めながら、不可解な呟きの意味を問う。
だが、伊達はそれに答えなかった。
「いや、気にすんな。
俺は赤石に斬られたくねえ。」
…なんだそれ。
「…それよりこれ、俺の他には、誰かに見せたか?」
「塾長と桃には見られてます。
桃は、その意味するところまでは知らないでしょうが。」
「赤石には?」
「…彼は何も知りません。」
質問の意図がわからない。
「そうか。
赤石が知れば、今だって充分過ぎる過保護が、明後日の方向に暴走すんのは目に見えてんな。」
「彼は、私の兄の死に対して責任を感じています。
だから、その役割を肩代わりすると。
ただ正直なところ私には、孤戮闘以前の記憶は断片的にしかないので、私の中での兄の存在ってそれほど大きくはなくて。
赤石は明らかに、それ以上のものを背負ってしまっています。自分から。
だからこれ以上私の事で、あの人に痛みを与えたくはありません。
まさかとは思いますが、もし彼に言ったら、私はあなたを殺します。」
言って、伊達を睨みつける。これも本心だ。
なのに。
「……フッ。」
「…何が可笑しいんですか。」
「…まさか二人から、おんなじような脅され方をするとはな。
おまえら既に、本当の兄妹以上に兄妹なんじゃないか?」
「は?」
なんかすごく失礼な事言われた気がする。
「まあいい。
下手に同情されんのは俺も嫌いだ。
俺のコレの事も黙っててくれんなら、俺が殊更に何か言う必要も意味もねえから、安心しろ。
…そんな、猫みたいに毛ェ逆立てて威嚇しなくともな。」
「誰が猫ですか誰が!」
さっきからの失礼発言続きに私が言い返すと、伊達は喉の奥でくくっと笑った。
「なるほど。
赤石が構いたくなる気持ちがよくわかった。
俺は、こんな事は滅多に言わねえし、一度しか言うつもりもねえが。」
「…なんです?」
「…可愛いな、おまえ。」
「………………はぁ?」
私が思わず間抜けな声を上げたと同時に、伊達の大きな手は私の頭を掴み、髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。
しかも両手で。
くそ、なんなんだ、一体。
アタマ撫でられるのは基本好きな筈だが、これは馬鹿にされてるとしか思えない。
私は猫じゃないって言ってるだろうが。
てゆーか例の傷のせいで自分の方が猫みたいな顔してるくせに。
くっそ滅べ。
関係ないけど、この話の中での各キャラの位置付け
剣桃太郎:完璧超人
赤石剛次:脳筋
大豪院邪鬼:非常識人
伊達臣人:フェロモン系ドS
J:大人ナイスガイ
富樫源次:下ネタ担当
虎丸龍次:大器の無駄遣い
月光:矛盾の塊
雷電:癒し系
飛燕:腹黒
影慶:ドM
羅刹:豆腐メンタル
センクウ:デリカシー欠如
卍丸:紳士
男爵ディーノ:不憫
蝙翔鬼:ダブルキャスト
独眼鉄:泣き虫
藤堂豪毅:執着
椿山清美:当て馬