婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜 作:大岡 ひじき
とりあえずアタシ的に、光は男っぽい部分はあっても、自身の女性性まで否定するような、バカ女にはしてないつもりです。
むしろ強い男の前では素直に女に戻れるくらい、ちゃんと女でいて欲しいなと。
女に好かれる女なんて、生物学的に負けですから。
店に入ってから降り出した、冬の前の冷たい雨が、窓から見える街なかを、静かに濡らしていく。
「こちら、お下げしてもよろしいですか?」
「ありがとうございます。お願いします。」
ちょっと可愛いデザインの制服を着たウエイトレスが、食べ終わった後のチョコレートパフェのグラスとスプーンをトレイに乗せ、ごゆっくりどうぞ、と笑顔で去っていく。
「満足したか?」
「はい!思った以上にふくよかに甘くて繊細で、すごく感動しました!
ありがとうございます、ごちそうさまでした!」
向かい側には、ダークグレーの綿セーター、黒のスラックスといったごく普通な格好の羅刹が座って、私に向かって笑いかけている。
「ありがとうを言うのはこっちの方だ。
やはり、若い娘が嬉しそうに、甘いモン食ってる姿はいいな。
なんていうか、和む。」
・・・
日中にまた天動宮を訪ねたらセンクウに、
「羅刹とデートの約束したって本当か!?」
といきなり聞かれ、一瞬何のことかと思ったのだが、どうやら例の第三闘の後の『泣かせた埋め合わせ』の話だったらしい。
「よし、来たな。今から行くぞ」
と奥からこの格好の上にサングラスとグレーのロングコート姿で現れた羅刹に、紙袋に入った洋服一式を渡され、一室を貸されて着替えるように言われた。
フリルのついた白地に黒の花柄のブラウスに焦茶色のハイウエストのロングスカート、ライトブラウンのショートブーツに、ハーフコートは白。
「せっかくのデートに、男塾の制服では台無しだからな。」
と言われたのだが、いやデートとは聞いてないんですけど。
まあ、こんな可愛い服着るの初めてだからいいか。
御前の邸で生活していた頃の普段着は和服だったし、『仕事』で洋服を着る時は、大人の女性が普通に身につけるシンプルかつ落ち着いたデザインのものばかりだったから、なんだか新鮮だ。
まあ、デザインがシンプルだったのは、私が洋服のファッションセンスに自信がなく、コーディネイトがある程度簡単なものをチョイスした結果でもあった。
そういう意味では、他人の見立ての方が、自分のセンスよりずっと信頼できる。それにしても。
…私、意外とこういうの似合うかも。
ちっこいのがプラスに働く事もあるとか初めて知った。
鏡で襟を整えながらそんな事を思う。
贅沢を言えば、ブラウスを着るならちゃんとした胸あてを着けたいところだが、そればかりは現時点ではどうしようもなく、サラシ巻いたままだけど。
とりあえずそのまま一式身につけて部屋を出たら羅刹とセンクウだけでなく卍丸にまで出迎えられ、センクウがちょっと首を捻ってから、片側に小さなリボンのついた可愛らしいカチューシャを、一旦髪に着けてくれたのだが、
「…いや、似合ってはいるが、そこまでするとどう見ても小学生だぞ。」
という卍丸の意見でそれは外された。残念。
ちなみにこの服も、センクウが選んでくれたらしい。
新品ではなく、警護対象やその家族を変装させるときに使う古着の一部だそうで、このサイズはそれほど使用頻度は高くないから、もし気にいるようなら返さなくていいぞと言われたので、ありがたく貰っておく事にする。
「でも、よくサイズが判りましたね。
全部ピッタリでした。ありがとうございます。」
と私が言うと、
「驚邏大四凶殺の後、おまえの制服を洗濯したのは俺だからな。
着替えさせるのに脱がせた際、身体全体一通り見たから、大まかなサイズは判ってる。」
ってサラッと言われたのでとりあえずケツを蹴っておいたけど。
男しか居ない中着替えさせられていた事実、気にはなってたけど敢えて考えないようにしていたのにわざわざ言うな。
そんな感じで天動宮から送り出されたのだが、出る直前に羅刹に手を引かれた私の姿を見て、センクウと卍丸が、
「並んだら親子にしか見えん」
とゲタゲタ笑っていたのが腹立たしかった。
やかましいわ。
…まあ、全員元気みたいで良かった。
・・・
「…今日、俺は1日オフだと言ったろう。
……指名!?
あのな、俺はキャバクラのホステスじゃねぇんだぞ。
……わかった…ああ。」
突然鳴った携帯電話
に、最初は無視を決め込もうとした羅刹を促して出させると、一言発するたびに渋面が濃くなっていくのがわかった。
なんというか、顔に出やすいというか、この男もたいがい素直なんだと思う。
「…すまん光。急な仕事が入った。
すぐ行かねばならん。」
と言うからには要人警護の依頼だろう。
「そのようですね。
約束は果たしていただきましたから、私の方は構いません。
お気をつけて。」
「すまないな。
雨が降ってるから、おまえは、ここでコーヒーでも追加して雨宿りするか、帰るならタクシーを拾うかどこかで傘を買え。」
そう言って私に一万円札を握らせ、ブツブツ言いながら店を出て行く羅刹の背中を見送りながら、私はこの後どうしようと考えた。
考えてみればターゲット以外の男性と、それこそこんなデートのような事をするのは初めてだった。
以前赤石と外出した時は、まったくそんな余裕はなかったし。
てゆーか今日出かけると事前に判っていれば、もっと羅刹と並んで違和感のないイメージに、服装もメイクも整えたのに。
センクウが選んだこの服はあくまでセンクウ的にだが、ど素っぴんの私のイメージだろう。
これはこれですごく可愛くて好きだが、羅刹とデートするならば、本人は老け顔だがギリ二十代という事だし、こちらもせめて二十代前半くらいでイメージを作るべきだ。
メイクさえ施せば、顔の印象なんていくらでも変えられる。
服はその上で選べばいい。
今のところ借りた和服以外の私服は手元にないが、私は一応事務員として、僅かながら給料は貰っている。
食費と光熱費は塾持ちでほぼ使う事はないから、必要ならば服くらい買える。
…そうだな。
せっかく久しぶりに女に戻って外出したのだから、思い切って服を買おうか。
塾にいる間は着ることがないかと思っていたが、こんな風に必要になる場合もあるかもしれない。
そろそろ新しい下着も欲しいし。
この後の行動は決まった。
でも、まずは雨が止むのをもう少し待ってみよう。
私は近くを通った店員を呼び止めた。
「キャラメルりんごシブーストを、ポットティーのセットでお願いします。」
パフェが目的だったけど、実はケーキも気になっていた。
最近甘いものを食べ過ぎている気がするが、またいつ来れるかわからないのだから、後悔がないようにしておこう…というのは言い訳か。
・・・
一旦やんだ雨がまた少し降り出していた。
傘は買ったので今はそれを使っているのだが、帰りは荷物も増えるだろうしタクシーを使うことにしよう。
一番近くのデパートまで距離があり、歩いていたら何故か、二人の男子学生に行く手を阻まれた。
避けようとすると、その行く先に回り込んできて、先に進めない。
見上げると、人を舐めくさったニヤニヤ笑いと目が合った。
「…一人?」
「俺たちと遊ばない?」
………ええと。
これはひょっとして、世に言うナンパというやつだろうか。
それとも私をひ弱なチビと見て、断ったらカツアゲになるパターンか。
どっちにしろ初めてだ、こんな事。
まあでも考えてみれば、私は一人で街なかを歩く事自体が多分初めてなんだった。
「…もう帰らないといけないので。」
嘘だけど。
買い物に行くと言ったらその場でカツアゲに発展しかねない。
「じゃあ送ったげるよ。家、どこ?」
…家ではないが、男塾の門の前まで本当に送らせたらどんな顔をするだろうか。
いくらなんでもそんなわけにいかないけど。
「結構です。間に合ってます。」
「いいじゃん、ちょっとくら…痛ててっ!!」
次の瞬間、私に向かって伸ばされた男の腕が、後ろから無造作に捻り上げられていた。
「な、なにしやがる……!?」
もう一人の男が振り返り、そして絶句する。
見上げるとそれは、ナイロン製のパーカー(いわゆるウィンドブレーカーというやつか?私はやはりファッションには疎いのでよくわからないが)のフードを目深に被った、彼らより頭ひとつ大きな男だった。
「
低い声が紡いだ英語を、男たちが聞き取れたかどうか。
腕を捻り上げられた男はすぐに手を離されたが、やはりその大きさに圧倒され、そのまま固まっていた。
「お、おい…行こうぜ。」
そしてもう片方に促され、ハッとしたように動き出して、二人ともそそくさと逃げていく。
その後ろ姿を見送ってから、大きな男は私を振り返り、言った。
「
そう言って立ち去ろうとする背中に、思わず呼びかける。
「助けていただいてありがとうございます、J。」
男は立ち止まり、振り返ると、肩をすくめて被っていたフードを上げる。
「そこで俺の名を呼んでしまったら、気づかなかったふりが台無しだろう、光。」
流暢な日本語で私に呼びかけながら苦笑する、青い瞳に短く刈り上げた金髪の見慣れた顔を見上げながら、一瞬なんで?と思った。
が、すぐに自分が女の格好でいる事を思い出し、自分でも肩をすくめる。
「そこまでお気遣いいただかなくても結構ですよ。
お礼くらい言わせてください。」
「通りがかっておいて無視するのも気が咎めただけだ。
そもそも光ならばあの状況、自分一人でなんとでもできたのだろう?
奴ら程度なら10人束でかかっても、今の光には敵うまい。」
…いや、こんなチビのか弱い女性に何を言うのだこいつは。
・・・
赤石や邪鬼様を見慣れると普段はそう思わないが、一般の日本人男性の中に入ると、やはりJは背が高い。
その高い頭のてっぺんが雨に濡れていく。
フードを被っているとはいえ、それが気になって仕方なくて、差してる傘を差し上げて彼を入れようとして、腕をいっぱいに伸ばしたらいきなり吹き出された。
「俺は大丈夫だ、光。その傘は光が使えばいい。」
「でも、濡れちゃいますよ?」
「…日本人が雨に濡れるのを異常に嫌うというのは本当らしいな。
そういえばあいつもそうだった。
もっともあいつの場合は、もっと切実な体質の事情だったろうが。」
僅かに見開いた青い瞳が私の顔をじっと見つめて、独り言のように呟く。
「へ?」
「…カールの事だ。おまえの兄の。」
少しだけ、何か痛いような表情でJが言う。
あ、もしかすると。
「…ひょっとして、赤石に聞いたんですか?
私は言っていないから、それ知ってるの赤石だけです。」
「ああ。
…いつかまた会えると思っていたから、死んだと聞いた時はかなり動揺した。」
やはり知っていた。
私が『橘 薫』の妹だという事。
そしてその『橘 薫』が、既にこの世にはいない事も。
「…俺がカールと知り合ったのは俺が16、あいつが13の秋で、別れた時はその一年後、俺が17で
だから、実際のところ俺たちは、そう長い付き合いがあったわけじゃない。
けど、彼は…俺にとっては、忘れ得ぬ友だった。」
「ありがとうございます。
…そんな風に思っていただけて、兄も嬉しく思う事でしょう。」
それを言うなら赤石などは半年ほどの交誼しかなかったそうだけど、どうも私の兄は出会った者悉くに、強い印象を与えてこの世を去っていったようだ。
…そして、兄の死のきっかけになったのは私の存在だ。
私が兄の事を忘れてしまっていた間、兄はずっと私に対して生きている引け目を感じていて…私を探した事で、命を落とした。
こんなにも惜しまれて命を落とした人が探して、守ろうとした私は、もはや生きるには汚れすぎた殺人者だったのに。
運命とはなんて残酷なのだろう。
償っても、償いきれない事が多過ぎる。
・・・
「…濡れるのは嫌いじゃなかったのか?」
気がついたら傘は、持ってる意味がないほどに傾いて、私は髪も肩も顔も濡れそぼっていた。
Jの手が、そっと頬に触れる。
その手がやけに温かい。
…否、私が冷え切っているのか。
「まるで、泣いているみたいに見えるぞ。」
「…泣いてません。」
その頬から、意志を総動員してJの手を引き剥がす。
そうしなければ、その温かさに溺れそうだったから。
と、その引き剥がされた手が、私の手から傘を取った。
「たまには、傘で雨を避けるのも悪くない。
一緒に入って帰るか。送っていく。」
見上げると、白い息を纏わせながら、微笑む顔が見下ろしていた。
『それでも、オレは光に生きていて欲しい。
オレは、光が大好きだから、さ。』
舗道を叩く雨音に混じって、兄の声が、聞こえた気がした。
とりあえず後半は「アメリカ人は傘をささない」という事象を書きたかった筈なのに、なんか違う感じになった。とりあえず光さん泣き虫すぎ。