婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜   作:大岡 ひじき

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5・Rainbow in The Rain

 …結局買い物はできずに塾に戻ってしまった。

 まあ、買い物して荷物を持っていたら、Jに更に世話をかける事になる。

 何せアメリカ人男性は、女性の荷物を持ちたがる習性がある。

 うっかり下着なんか買ってて、男性にそれを持たせるとか私の、主に羞恥心とか羞恥心とか、あと羞恥心とかが焼き切れるし、だからといってこれはダメだと言えば何故かを説明しなければならなくて、やはり羞恥心の限界に挑戦しなければならない。

 うん、却って良かったと思う事にしよう。

 あのままの格好で正面から入る事は出来ないので、裏口でJと別れて三号生側の東の通用口から門をくぐる。

 どちらにしろ制服を天動宮で預かって貰ってるので一度はこちらに戻らねばならない。

 天動宮へ向かう途中、電気系統の業者だろうと思われる人とすれ違い、軽く会釈して通り過ぎようとしたら、何故か振り返って声をかけられた。

 

「光君、こんにちは。

 今日は随分と可愛らしい格好をしていますね。」

「えっ?」

「フフ、わかりませんか?わたしですよ。」

 業者は突然自分の胸元を掴むと、作業着と思っていた布の塊をバサリと私の目の前の空間に広げた。

 一瞬視界が塞がれ、それが晴れた時、目の前に立っていたのは、シルクハットを被り革のベストを着たヒゲの男。

 

「だ、男爵ディーノ!?え?えっ!?今の…!」

「一応こう見えてわたしは、隠密行動のプロですのでね。

 普段奇抜なファッションでいるのも、普段の格好で強い印象を与える事によって、変装時に自身のイメージが重ならないようにする、まあ一種の心理的トリックですよ。」

 …つまり、私が虎丸の懲罰房に通ってた時のちょうど逆って事か。

 あんまり意味なかったけど。

 

「…根っからの変態じゃなかったんだ。」

「はい?」

「いえ何でも。

 …あれ?ひょっとして怪我してます?」

 微かだが血の匂いを感じる。

 大威震八連制覇で伊達に負わされた負傷は、塾に戻った後に治療した。

 今怪我をしているなら、その後に負った傷という事だ。

 

「目敏いですね。大したことではありませんよ。

 御心配なく。」

「気付いたからにはほっとけませんよ。

 見せてください。」

 …仕方なく、といった表情で、ディーノはベストを脱いで背中を向けた。

 これは…刀傷だろうか。

 見たところ範囲は広いが深い傷ではない。

 五指に氣の針を溜めて、指を触れる。

 この程度なら、ほんの数秒もあれば完全に塞げる。

 

「何があったか、聞いても構いませんか?」

 ディーノは数瞬私の顔を見つめた後、小さく微笑んで言った。

 

「…そうですね。

 いずれは塾長から、あなたの耳に入る事です。

 今わたしがお話ししても変わらないでしょう。

 実はね、塾長からの依頼で、かつて●▲町で、鍼灸院を営んでいた一家についての調査をしていまして。」

「それって、まさか…」

「家長の名は(たちばな) 照彦(あきひこ)。妻の名は香子(きょうこ)

 二人の間には男女の双子の子供がおりまして、兄が薫、妹の名が光…つまり、そういう事です。」

 その調査の依頼を受けるにあたり、彼は塾長から、大体の事情を説明されているのだろう。

 

「…わざわざ調べるような内容でもなかったでしょう?」

 その一家は、橘の末裔。

 橘流氣操術という、生と死を同時に司る技を伝える家系。

 けどそういった内容は、たとえ調べたところでまず表に出てこない。

 橘流の古文書の現物は、氣操術も裏橘も既に現存しない。

 それは、医学が日々進歩しているように、継承者が研究を重ねる事で新たな技が増えるからであり、それが更に次の継承者に引き継がれる。

 そうして古文書に次々と書き加えられていった結果、次代のためにそれらを自分で書に纏める事が、継承者となった者の使命となった。

 伝えられた継承者はそれを焼き捨てて、それに自身の研究を加えた新たな書を自分で書き纏める。

 それを繰り返して、私の代まで伝えてきた。

 …けど、それはもう、私の代で終わる。

 父が纏めた書は、約束通り私が焼き捨てた。

 そして私はもう、新たな書を作るつもりはない。

 

「そうでもないですね。

 兄の方が11歳の時に、心臓病の手術の為に海外に行き、その直後に夫婦は亡くなっていますが…どうもその、死因となった事故には、不審な点がある。」

「……!?」

 両親が事故で亡くなったという事実を、私は赤石から聞いていたが、それが事故ではない可能性があるという事なのだろうか。

 

「そしてその直前、夫婦に接触した大物がいる。

 その男の名が…。」

「藤堂、兵衛…。」

 自分で言って、少し声が震えた。

 

「…ええ。

 政財界の黒幕、その権力は時の首相の首をもすげかえ、彼を知る一部の人間からは『昭和の妖怪』『日本の黒幕』『最後の首領(ドン)』といった、様々な呼び名をつけられている男。

 …キナ臭いと、思われませんか?

 少なくとも、わたしは思いましたね。」

 言いながら、脱いでいたベストを身につけるディーノに、私は震える声で訊ねる。

 

「……ひょっとして、これを調べている時に、この怪我を?

 だとしたら、あなたも危険です。

 これ以上は…!」

「おや、わたしの心配をしてくださるのですか?

 嬉しいですね。ですが御心配なく。

 これは、あなたの御実家を調べて訪ねた際に、わたしを怪しんだあなたの彼氏に、付けられた傷ですから。」

「………彼氏?」

 それってまさか。

 

「ホッホッホ、愛されていますねえ。

 治療、ありがとうございます。」

 三号生から、私の彼氏だなどと認識されてるやつなんて、一人しかいない。

 というか、まだ時々あの家を、自分でも監視してくれていたのか、あの人は。

 

 ・・・

 

 なんでそんな事を思ったんだろう。

 天動宮で元の制服姿に戻り、まっすぐ校舎に帰るつもりが、気がつけば二号棟の筆頭室のドアをノックしており、考える間もなく口にしていた。

 

「赤石。いきなりで申し訳ありませんが、頭を撫でてください。」

「あ?」

 うん、実に予想通りの反応だ。

 誰だってそうする。私もそうする。

 

「…ダメですか?」

「構わねえが…ホントに唐突だな。」

 赤石は私の頭に手を伸ばすと、鷲掴んだまま前後に揺らした。

 

「…いや違うこれ違う!

 てゆーか以前何度かコレやられたけど撫でてるつもりだったんですね今初めて知りました!

 もういいですありがとうございます!」

 これ以上やられると脳に損傷を受けかねない。

 

「…いきなり何だってんだ。

 一体、どういう風の吹きまわしだ?

 つか、てめえ甘えんの下手すぎだろうが。

 頼むんならもっと可愛く頼め。」

 そんないっぺんに言われても困る。

 

「可愛く…って、どうすればいいんですか?」

 とりあえず一番最後のやつにだけ言葉を返してみると、赤石がなんだか困ったような顔をして、私をじっと見つめた。何だ?

 

「………」

「……………?」

 暫しお互いの顔を見つめ合っていたら、赤石が大きく溜息をついてから、驚くべき台詞を口にした。

 

「…すまん。俺が悪かった。」

 いや待てや。

 

「…なんか、謝られてるのが逆にものすごい罵倒を受けた気さえするのは気のせいでしょうか。」

「想像したら逆に気持ち悪いと思っただけだ。

 気にすんな。」

「気にするわ!」

 …そうだな。赤石には言えやしない。

 私ゆえに命を落としたのが、兄だけではなく両親もかもしれないなんて。

 ただでさえ赤石は私の、様々なものを自分から背負いすぎてる。

 これ以上は負わせられない。

 

 ・・・

 

 どうして私の実家の調査を依頼したのかと塾長に訊ねてみたら、

 

「わしが男塾塾長、江田島平八である。」

 という返事が返ってきた。

 よくは判らないがそういう事だと思う事にした。

 

 ☆☆☆

 

 全員の体調が整った頃、桃たち一号生闘士が、一ヶ月ぶりに登校してきた。

 同じ日に、天挑五輪大武會の開催本部から使者がやってきて、諸々の口上を述べた後で、出場者十六名の名簿を受け取って帰って行った。

 

 この内容だが、桃を大将、邪鬼様を副将とした、大威震八連制覇の一号と三号両方の出場者だ。

 今回も二号生は入っていない。

 これを作成した際、独眼鉄と蝙翔鬼、または富樫と虎丸を補欠枠に残しておいて、私と赤石を入れる事は出来ないかと塾長に訊ねたが、それはないと突っぱねられた。

 塾長的に赤石は隠し玉のようだったし、私はいくらメイクで印象を変えて偽名などを用いても、向こうには気付かれる恐れがあると言われれば引き下がるしかなかった。

 ただ、赤石は確実に途中から参加させる事になり、それは本人も了解済みだと言ってニヤリと笑った。

 その方法については、正直納得がいかなかったが、そこもきっと深い考えがあるのだろうと無理矢理自分を納得させるしかなかった。

 とりあえず謝っとく。ごめんなさい影慶。

 

 今日登校してきた五名、桃、伊達、J、富樫、虎丸以外の全員を集めて、例のフィルムを見せて状況を説明し、(ワン)先生も一緒に呼んで、別室に待機させた。

 それが終わってから桃たち五名にも放送で呼び出しをかけて同じフィルムを見せた後、待機させていた全員と引き合わせたら、なんでか桃が、私を振り返って苦笑の表情を見せた。

 その「またお前か」みたいな顔やめてください。

 

 ☆☆☆

 

「失礼いたします、光。」

 残りの全塾生に例のフィルムを見せて、全員の士気を高めさせた午後、最近若干滞っていた事務作業を一気に片付けていたら、ノックの音がして、涼やかな風が入室してきた。

 …本当に、そんなふうに感じた。

 

「飛燕?お疲れ様です。どうしました?」

「自主鍛錬中に、伊達が稽古をつけていた富樫と虎丸が負傷しまして。」

「えっ!?」

 思わず椅子から立ち上がる。

 

「あ、傷自体は大した事はありませんので、ご心配なく。

 ただ、彼らがあなたを呼べと言うので。」

 いや、どっちかといえば彼らが負傷した事そのものよりも、伊達が稽古をつけてくれていたというその事の方に驚いた…という事は言わない方がいいだろう。

 やはり面倒見がいいのだな、あの男。

 

「わかりました。

 わざわざ来ていただいてごめんなさい。」

「いいえ…もしご迷惑でなければ、あなたの治療を見学させていただいて構わないでしょうか?」

 ふんわりと優しげな微笑みは、見る人を穏やかな気持ちにさせる…戦っている時の顔を知らなければ。

 

「…それは全然構いませんが、わざわざ見学というからには、何か思うところがあるのですよね?」

「…ええ。

 雷電からは、あなたの使う技は、氣と経絡を使う治療術であると聞いています。

 わたしの鶴嘴千本にも、武器としてだけではなく、治療術の側面がありますから、参考にできる部分がないかと思いまして。」

 確かに、色々共通点があるとは私も思う。

 

「なるほど。

 でも治療に使うには、鶴嘴の針はやや太いのではないでしょうか。

 あの太さは投擲する際の飛距離と威力をもたせる為の、必要最低限度であるかと、認識しましたが。」

「さすがです。その通りですよ。

 普段使用する千本は攻撃用です。

 治療用として使うのは、こちらですね。

 質量が小さすぎて、投げて撃つには向きません。

 近距離ならば可能でしょうがね。」

 そう言って懐から取り出したそれは、髪の毛よりも細い、数本の針。

 

「…細っそ!確かに、これなら…。

 てゆーか、これがあれば後は氣の極小操作さえできれば、飛燕あなた、橘流氣操術使えるんじゃないですか?

 勿論、お教えすることはできませんが。」

 そう言うと飛燕は、それは残念と少し笑って言った。

 ちなみに私今、『極小操作』で若干噛んだ。

 ってやかましいわ。

 飛燕に促されて、富樫と虎丸の元に急いでいたら、なんかやけにすれ違う塾生が振り返る光景を目にした。

 くっそ、この美人さんが。

 …悪口になってないのがツライ。

 

「…そういえば、独眼鉄に謝られましたよ。

 八つ当たりをして、済まなかったと。

 話してみれば、気のいい男ですね。」

 歩きながら、そんな事を言う飛燕は、少し嬉しそうだった。

 全員の絆が深まっていくのは、私も嬉しい。

 雨上がりの空に虹を見た時のような、どこかホッとした気持ち。

 けど、戦いは目の前に迫っている。

 私も覚悟を決めなければならない。

 

 天挑五輪大武會、開会まであと一週間。




天挑五輪大武會の開会は、原作では卯月(四月)一日なんですが……はい、この物語においてはその辺、ガッツリ無視します。
ここでの開会日は師走(十二月)一日。
なのでこの章での時間は霜月(十一月)です。念の為。

多分この章はあと一回で終われる…と思う(爆
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