婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
なんか中途半端な感じになった。くそう。
「光!富樫が重傷なんじゃ!なんとかしてくれ!」
「はい?」
ようやく私の自室兼執務室が完成して数日、その日入ってきた編入生の各種手続きの書類を部屋でチェックしていたら、ノックもせずに松尾が飛び込んできた。
早く早くと手を引っ張られ、救護室に連れていかれる。
というか途中から担がれた。何故だ。
・・・
「…一体何をして下半身なんか火傷したんです?」
「男塾名物のひとつで油風呂といってな。
金だらいに油を…。」
「あ、もういいです。
そのネーミングだけで、何があったかわかった気がします。
先日の直進行軍といい今回といい、ここの名物ってろくなものがありませんよね…。」
「塾長の息子のお前が言う台詞かよ!」
「…御迷惑をおかけしています。本当に。」
初日に剣の怪我を治して以来、私は一号生たちから、養護教諭のような扱いを受けていた。
何せここの授業、鍛錬系にかなりの時間が割り振られていて、塾生たちは生傷が絶えない。
最初のうちはそれなりに治していたが、あまりに件数が多くいい加減体力の限界を感じたので、そこそこの重傷でもないなら自分たちで手当てしてくれと剣に頼んで通達させ、ここ2、3日は平穏無事に過ごせていたのだ。
そういえば昨日は何故か塾長から、
「この時間帯だけは、絶対に部屋から出るな」
と言われ、3時間ほど自室で待機させられた時間があったのだが、その後で一号生の教室の前を通ったら、ほぼ全員がいつもより更にボロボロになっていて、お互いに傷の手当てをし合っていた。
一体何があったと訊ねると皆一様に口を噤み、1人だけ涼しい顔をした剣が、「お前には絶対に言うなと、塾長から厳命されてる」とだけ教えてくれたのだが、本当に何があったのだろう。
昨日の朝のうちに教官たちが、倉庫から大量の鈴を持って行ったのと何か関係があるのだろうか。
ていうか、何故に鈴?
「…はい。治療、終わりました。
けど、今夜一晩は動いたり、患部に触ったりはしない方がいいと思うので、富樫、あなたは今日はこのまま、ここに泊まっていきなさい。」
重度の火傷の場合、真皮にダメージを受けている場合が多いので、それだけ治癒に時間がかかる。
何せ、再生に必要な部分から既に傷ついているので、そこから治さなければいけないからだ。
なので火傷の治療に関しては、完全治癒に必要な睡眠時間が通常の怪我よりも長い。
できれば外界からの刺激を完全にシャットダウンできる環境に、一刻でも早く置いてやりたい。
寮に帰してしまえば、恐らくそれは望めまい。
「こ、ここに?
うへえ…なんか出んじゃねえのか…?」
初めて会った時もそうだったが、相変わらず失礼な事を言う奴だ。
私が出入りするようになってからは、この部屋の清掃と衛生管理は完璧だ。
虫などわく筈もなければネズミの穴だってとうに塞いでもらってある。
…ん?出るってそういう意味じゃないのか?
「私が宿直して面倒をみますから、万一なにか出ても追い払ってあげますよ。
幽霊でもネズミでもなんならゴキブリでも。」
「ネズミなんざぁ怖がるか!」
「じゃあ怖いのは幽霊ですか、それともゴキブリですか。」
「確かにゴキブリはちょっとな…ってそうじゃねえ!
…いや、別にいい。気にすんな。」
どうやら幽霊の方だったらしい。
なかなか可愛いところもあるではないか。
「フフ…後で食事をお持ちしますから、食べられるようならちゃんと食べて、ゆっくり寝てくださいね。」
老け顔のくせに子供みたいに、少し拗ねた顔をする富樫をベッドに残して、私は仕切りのカーテンを引く。
これも私が入ってから新品に変えてもらったもので、以前のものは黄色みがかってなんでついたのかわからない染みもたくさんついていたが、今のものは清潔感あふれる真っ白なカーテンだ。
「はい、それでは富樫の事は私に任せて、あなた方は授業に戻りなさい。」
「押忍!ごっつぁんです!」
富樫を救護室に運んできたらしい塾生たちが、一斉に私に頭を下げる。
揃いも揃って強面で、しかも全国各地の高校から持て余されて来た子たちの筈なのだが、懐いてくれると実に素直で可愛いものだ。
・・・
食事を与えた後何故か急に、汗を拭けだの背中を掻けだのと、妙に甘えてきた富樫に付き添いつつ、若干煩わしくなってそろそろ強制的に眠らせてやろうかと思った矢先(私の背景を考えるといささか剣呑な台詞だが、あくまで言葉通りの意味である)、入口からノックの音が聞こえた。
「押忍。…光、今、大丈夫か?」
扉の外からかけられたのは剣の声だ。
もっとも『ノックして、確認してから入室』程度の初歩的なマナーを、弁えて実行してくれる奴が、現時点でここにはこの男しかいないわけだが。
というか、一応ここの教育方針として、国を背負って立つ若者を育成するというコンセプトを掲げるなら、最低限のマナーくらい守れないとまずいのではなかろうか。
「剣。お疲れ様です、どうぞ。」
「失礼します。」
いつも通りの余裕綽々な微笑みを浮かべ、剣が入室してくる。
が、その傍の小さな人影に、私は目を疑った。
「……ご、極小路?この姿は、一体!?」
極小路秀麻呂。
今日付で男塾に編入してきた、暴力団組長の跡取り息子で、入塾手続きの際に塾長室で顔を合わせている。
恐らく向こうは覚えていないだろうけれど。
その極小路がボロボロの姿で、剣に伴われて来ていたのだ。
「て、てめえ!何しに来やがっ…」
しまった、思わず声を上げてしまったせいで、富樫が気付いて起き上がってしまった。
極小路が何をしたかは、富樫から聞いて知っている。
顔を見ただけで怒りを呼び起こすのは当然の流れだろう。
「富樫、動かないでください!
…剣、富樫を興奮させたくないので場所を移しましょうか。
極小路、手当てしますから、こっちへ。」
私より小さいその手を引いて、富樫の目に入らない場所に誘導しようとすると、
「そ、その前に…と、富樫。」
極小路はおずおずと、富樫に向かって呼びかけた。
だからやめろと言うのに。
「あ〜ん?」
富樫が睨みを効かせながら反応する。
だが、それに続く極小路の言葉は、私にも富樫にも意外すぎるものだった。
「す……すみませんでしたあ〜〜!!」
極小路は身体を90度に折り曲げて、富樫に向かって謝罪したのだ。
「えっ!!?な、何ぃ───っ!!??」
富樫が驚きの声をあげる。
私も、声こそ出さなかったが、あまりの展開にその場に固まった。
「……って、ワケだ富樫。
色々言いたい事はあるだろうが、これからは同じ一号生の仲間として、仲良くしてやってくれ。俺からも頼む。」
そんな空気を打ち破るように剣が、極小路の肩に手を置きながら、富樫に向かって宥めるように語りかける。
「うっ………わ、わかったぜ。
桃がそう言うんなら。
こ、これから、よろしくな…。」
「よ、よろしく…。」
…2人が、ぎこちなく握手を交わす。
そのあっけない和解劇に、一応は胸を撫で下ろしつつも、私は剣に問いかけた。
「…剣、あなたですか?
一体どんな手妻を使ったんです?」
正直、入塾手続きをしに来た際の塾長との自己紹介合戦を目にした身としては、彼がここに馴染むまで、もっと時間がかかると踏んでいた。
もっとも彼自身気がついていなかったろうが、彼の父親は彼を、男としての成長を期待してここに入れた筈であり、決して威張らせる為ではない。
彼が脅しに使っていたポケットベルでの応援の要請など、そんな事に組員を使う事、決してさせはしなかっただろう。
それが理解できた頃に、ようやく彼は変わっていき、そこから徐々にこの和解が為っていく。そう思っていた。
というかもし変わらないようなら、入学金も既に入った事だし、命令いただければいつでも、人知れず綺麗に始末しますよと塾長に言ったら、いい加減その発想から離れろと呆れたように言われた。
何故だ。
せめて何か役に立てるならと思っただけなのに。
「手妻?止せよ、俺は何にもしてないぜ?
まあ収まるところに収まった…ってとこかな。」
どうだか。
私はそんな飄々とした剣の言葉に、まったく納得できずにいる。
思わず首を捻ったら富樫と目が合った。
富樫は軽く肩を竦めて、口元を笑みの形に歪める。
「秀麻呂、彼は江田島光。
塾長秘書兼事務員だが、ここで快適に過ごしたいと思うなら、彼にも挨拶しといた方がいいぞ。」
と、剣が脅すように、私を示しながら極小路に言う。
もう名前呼びなのか。ていうかちょっと待て。
「ひっ!?よ、よろしくお願いします!」
「ちょっと剣!
その紹介の仕方はおかしいでしょう!」
絶対この子何か勘違いしたし!
私が食ってかかると、
「ん、まあ、間違っちゃいねえな。」
と何故か富樫までもが、納得したように頷いた。
なんかもういいや。
☆☆☆
「富樫、どうした?メシ食わんのか?」
「…世の中、知らねえ方がいい事もあるよな。」
「ん?」
「俺、昨日救護室に泊まっただろ?
光が、飯を作って持ってきてくれたんだがな…。
それが、メチャクチャ美味かったんだ…。」
「へえ、光の料理か。
あいつ、そんな事まで出来るんだな。」
「ああ。味噌汁はちゃんと出汁が効いてるし、肉じゃがにはちゃんと肉が入ってる。
それだけでも今の俺にとっちゃご馳走だってのに、なんつーかホッとするような味でな。
ひじきの煮物なんて何年振りかで食ったが、そもそも美味いと思って食った事なかったのに、あいつの作ったやつは素直に美味かったぜ。」
「え、ええのう…。」
「米だって洗って水入れて火にかけるだけだろうに、なんでそんなもんまでこんなに違うんだってくらい、美味くてな…。」
「なあ富樫。
ここにいて美味いものを食える機会なんてそうそうないだろう。
一体、何を落ち込んでるんだ?」
「言ったろ?知らねえ方がいい事もあるって。
あいつのメシが美味すぎたおかげで、寮のメシが前より更に不味くて仕方ねえんだよ。」
「あ…なるほど。そういう事か。」
「それは確かに、辛いかもしれんのう…。」
「あいつ、自分の食う分は自分で作ってるらしいから、毎日あんなの食ってんだよな…。
あいつが女なら、あいつと結婚したいくらいだ。」
「…それは本人の前で言わない方がいいぞ、富樫。」
断煩鈴は曉での授業内容ですが、深い意味もなく魁の塾生にやらせてみたwww