婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜   作:大岡 ひじき

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10・白い雪が全てを隠し遠い足跡消して行くなら

 ヒマラヤ山脈…厳娜亜羅(ガンダーラ)総本山。

 一年中絶える事なく雪に覆われるその地に、天空に浮かぶ城のごとく建立された寺院の建物の中、四人の老いた僧たちが、水盆を中心に座していた。

 どのような術をしてか、水面には黒い服を着た若者たちが映し出されており、僧たちはそれを見て言葉を交わす。

 

「信じられん。

 牛宝、猿宝…そして今、竜宝までが……!!」

 それは、この地より遥か遠くで行われている、天挑五輪大武會予選リーグの模様だった。

 テレビカメラも置かれていないその試合経過を、彼らはこの地に居ながらにして、映像でそれを確認していた。

 

「もはや、残るは若様おひとり…!!」

「あのお方の力は、ここにいる長老誰しもが認めるところ…。」

「しかしこの世に唯一、御仏の心以外には、絶対というものなどあり得ない。」

「三千年の歴史を持つ我ら厳娜亜羅(ガンダーラ)一族の、正当後継者である若様に、万が一の事など決して許されん。

 なんとしても若様をお守りせねば…それが、我等の使命じゃ。」

 老僧らはそう言って、何やら物々しい小箱を取り出すと、蓋を開ける。

 その中には、男性の体を模した人形が横たえられており、それにひとりが、頭部に細い布を巻きつける。

 

「…若様は誇り高く、御気性の激しいお方。

 わしら長老達が手を出したとわかれば、烈火の如くお怒りになられようが、この法なら悟られはせん…!!」

 老僧達の周りに立てられた蝋燭の炎が、風もないのに激しく揺れた。

 

 ☆☆☆

 

「名乗れい、貴様の名を!!」

「男塾一号生筆頭・剣 桃太郎!!」

 俺の前に進み出てきた大僧正・(しゅ) 鴻元(こうげん)と名乗った厳娜亜羅(ガンダーラ)の大将は、両手両足の防具に刃物を付けており、それを息もつかせぬ速さで、俺に撃ち込んでくる。

 奴が踏み込んでくるのに合わせて俺も刀を薙ぐ。

 互いの身体が交差した瞬間、双方同じ箇所に傷を受けた。

 どうやら狙いは同じだったようだ。

 さすがに厳娜亜羅(ガンダーラ)大僧正と名乗るだけの腕はある。

 一旦、互いに間合いを離す。

 

「天は俺の勝利を望んでいるようだ。

 この、降り積もる雪が何よりの証!!」

 言うと(しゅ)鴻元(こうげん)はどこからともなく取り出した、大きな布を広げて投げつけてきた。

 一瞬視界が塞がれ、俺はそれを刀で薙いで斬り払う。

 次に視界が開けたとき、雪に覆われた闘場のどこにも、(しゅ)鴻元(こうげん)の姿は見えなかった。

 

「き、消えたーーっ!」

 自陣で虎丸が叫んでいるところを見ると、布は俺の視界を塞いだだけでなく、一瞬奴自身をも覆い隠していたのだろう。

 と、雪の積もる地面から、先ほど奴の両手足に着けられていたのと同じ形状の刃物が5枚出てきて、俺の周囲を取り囲んだ。

 

 “これぞ厳娜亜羅(ガンダーラ)秘奥義・潜敞五方陣(せんしょうごほうじん)!!”

 奴の声が、辺りに響き渡る。

 雪のせいなのか、音の出所が特定できない。

 

 “フッフッフ…我が厳娜亜羅(ガンダーラ)の里は、一年中消えることのない雪に覆われておる!!

 いわば雪原は、我等にとって庭場のようなもの。

 そこに雪を利用した、数々の秘儀が成立したのは当然のこと……!!”

 5枚の刃はそれぞれが独立した生き物の如く、俺に向かって攻撃してくる。

 なんとか躱しはするが雪に足を取られ、跳躍も移動もままならない。

 このままでは、無駄に体力を消耗するのみ。

 やがて刃の動きが変化し、それは俺を中心に円を描くように回転し始める。

 

 “潜敞転回陣(せんしょうかいてんじん)!!

 貴様にこの攻撃を防ぐことが出来るかな!!”

 その刃が一斉に中心、つまり俺に向かってきて、俺は地面に刀を突き立てると、それを支えに跳躍した。

 切っ先が折られ、バランスを崩して一旦地に足をつける。

 その、地につけた足に、刃が掠る。

 なんとか再び跳躍するも、まったく無傷というわけにもいかず、皮一枚で急所を外すのがやっとだった。

 

 “さすがに、男塾の将というだけのことはあるようだ!!

 並の者ならば、今の一撃で真っ二つになっているものを!

 貴様との勝負、もう少し楽しみたいところだが、それはかなわぬ。

 俺はこの後、貴様の仲間全員を片付けなければならぬのでな。”

 (しゅ)鴻元(こうげん)の声がまた響き、俺を取り囲んでいた刃が雪の中に全て沈む。

 同時に一切の気配が消えた。

 

 殺られる、このままでは……!!

 残された勝機はただひとつ……!!

 

 俺は自身の手首を刀で切ると、その血で自分の周囲に円を描く。

 それからハチマキを下げて、敢えて目を塞ぐ。

 

「心眼剣、一之太刀!!

 どこからでもかかってくるがよい!」

 Jとの戦いの時に開眼したのを、あの後俺なりに鍛錬を重ね、影慶との戦いを経て、完全にモノにした。

 今はもう、赤石先輩に瞼の皮一枚斬ってもらわなくとも、目隠しで充分使いこなせる…いや、影慶の時は、目を瞑るだけの方法を試したのだが、あれには『いつでも目が開けられる』という逃げ道があり、効率としては目隠しの方がいいという、俺なりの結論にその後、至った。

 本来はそこを敢えて、目を開けないという選択をする事で、真髄にまた近づけるのだが。

 剣の道は深い。俺もまだまだ、という事だ。

 視覚を塞ぐと同時に、耳だけでなく全身の感覚を研ぎ澄ませる。

 風の鳴る音を聞いて。

 空気の動きに触れて。

 その中の、異質を嗅ぎ分けて。

 動いてきた空気を、味わって。

 それが即ち、心の目。

 自陣から仲間たちの驚く声を、一旦意識の外に追い出す。

 風が変わる。

 血の結界が微かに立てる音と同時に、空気が動く。

 それは、人よりも小さな生き物の動きと、微かな匂い。

 考える事なく、感じるままに、刀を振るう。

 一太刀で、二つの手応えが地に落ちた。

 更に、前後に同じ気配。

 後ろのそれの動きに合わせ、その直線方向に刀を翳し、自分から貫かれにきたそれを斬り払うと同時に、前から来たのを逆袈裟に斬り上げた。

 これで四つ。刃はあと一枚あった筈だ。

 構えを解かずに、最後の気配を探る。

 撒いた血液がまた音を立て、今度は明らかに人間の体積が、俺に向かって来るのが判った。

 

「たいした奴よ。

 長年手塩にかけ、修練を積ませた雪ネズミを、ことごとく失ってしまった…!!」

 既に気配も姿も消してはいない(しゅ)鴻元(こうげん)の声を聞き、俺は目隠しのハチマキを額まで上げる。

 なるほど、訓練した動物を使って攻撃させる技だったか。

 タネがわかってしまえばどうということもない。

 それよりも。

 

「殺ったのは雪ネズミだけではない!

 もう一匹の大ネズミもだ!!

 …あまりに長く雪中にいたため、痛覚が麻痺しているようだな。」

 確かに奴の攻撃をかわした時、同時に加えた攻撃に手応えはあったのだ。

 (しゅ)鴻元(こうげん)は胸に受けた傷に、ようやく気付いて地に膝をついた。

 

  だが。

 

「まさか俺にこれしきの傷を与えたからといって、勝った気ではおるまいな。」

 そう言って(しゅ)鴻元(こうげん)は、脚につけていたプロテクターを外すと、両端を掴んで横に引く。

 どうやら折りたたまれた状態だったそれは板状になり、朱鴻元はその上に足を乗せた。

 

厳娜亜羅(ガンダーラ)秘奥義・雪波単輳艇(せっぱたんそうてい)!!」

 降り積もった雪の上をスノーボードのように滑りながら、(しゅ)鴻元(こうげん)は最初と同じように腕につけた刃物で俺に攻撃を仕掛ける。

 

「己の不幸を嘆くがいい!!

 雪上にあって、我が厳娜亜羅(ガンダーラ)と闘う羽目になった事をな。」

「無駄だ!!貴様に俺を倒すことは出来ん。」

 確かに機動性ではこちらが負けている。

 だが、闘っていて判った。

 こいつは熱くなりやすい。

 

「ぬかせーーっ!!」

 思った通り、俺の挑発に乗ってきた(しゅ)鴻元(こうげん)に、刀で掘った雪を浴びせかける。

 先ほど、奴が俺にしたのと同じようにして視界を塞ぎ……。

 

「な、なにーーっ!!

 こ、今度は桃の姿がどこにも見えなくなっちまったーーっ!!」

「フッ、味な真似を……!!

 俺の技を逆手にとるとはな。」

 そう、これは奴が俺に対して使った技だ。

 

「うまく身を隠したつもりだろうが、血の色が雪に浮かび上がってきているぜ!!」

 奴は、血の滲んだ雪に向かって、躊躇なく刃物を突き立てた。

 

 だが。

 

「こ、これは雪ネズミの死骸…!!」

「もらったぞ、厳娜亜羅(ガンダーラ)大僧正・(しゅ)鴻元(こうげん)!!」

 狙い通り、雪ネズミの血に踊らされ、無防備に晒した背中から、俺は踊りかかり刀を振り下ろす。

 それは必殺の一撃となる筈だった。

 何が起きたか、俺の身体は硬直し、振り下ろされる筈だった刃が止まる。

 全身に激痛が走った。

 

 ☆☆☆

 

 水盆に浮かべられた人形には全身に呪文が書かれ、更に手足に無数の針が刺されている。

 その水盆を前に四人の老僧は印を結び、禅を組んでいる。

 

厳娜亜羅(ガンダーラ)秘伝・彼岸怨呪殺(ひがんえんじゅさつ)…!

 ひと思いに心の臓を貫き殺してもよいが…それでは我等の術がばれ、若様のお怒りに触れようというもの。

 両手両足を怨呪針で封じられ、もはやこの男は動くこともできず、太刀をつかむのが精一杯!!」

 人形の浮かぶ水に、ハチマキを巻いた端正な顔立ちの男が、刀を握ったまま立ち尽くす様子が映っていた。

 

 ☆☆☆

 

「凍傷とは不運だが、やはり天も俺の勝利を望んでいたようだ。」

 違う、これは凍傷などではない。

 だが相変わらず身体は動かぬ。

 それでも襲いかかる奴の攻撃から、一旦背中から倒れこむことで身を躱す。

 刀が半分からまた断ち割られ、衝撃で一瞬手から離れた。

 

「まだ悪あがきをするつもりか!!」

「俺たち男塾には、諦めるという言葉はない。

 どんな窮地にあろうとも、己の力を信じ、勝利をつかむのみ!!」

 痺れて感覚のない手で、それでも折れた刀を掴む。

 動かない手の代わりに、口で刀の(つか)を咥え、とどめを刺しに向かってくる奴の身体の動きに合わせて、その胸に刃を突き立てた。

 

「やすらかに眠れい…故郷の雪原を思いながら……!!」

 

 だが、もはや勝負は決したというのに、それでもまだ(しゅ)鴻元(こうげん)は俺に向かってきた。

 急所は外してある、動かずに手当をすれば命は助かるというのに。

 それは将として、男としての意地。

 死は覚悟しているというのだろう。

 

「奥義・四肢鐺瓏剣(ししとうろうけん)!!」

 俺の最後に繰り出した技で、(しゅ)鴻元(こうげん)の身体が地に伏した。

 四肢十八点、全ての関節を外した。

 こいつはもう一寸たりとも、身を動かす事は出来ない。

 唯一動かせる口で殺せと喚くのを無視して、一先ず腕のサラシを外して、奴の傷の止血をする。

 その外したサラシの下に、覚えのない痣があった。

 俺と同時にそれに気付いた(しゅ)鴻元(こうげん)が、それを見て驚愕する。

 

「その腕の痣は、厳娜亜羅(ガンダーラ)秘伝・彼岸怨呪殺…!?」

 どうやら、奴等の仲間が放ったなんらかの技であったらしい。

 だが、もう戦いは終わった。

 

「なぜだ…なぜ俺の命を助ける…!?」

「貴様ひとりの命ではない……。

 厳娜亜羅(ガンダーラ)三千人の将として、貴様を思う者たちの為にも、生きて還る義務がある。」

 俺が言うと、(しゅ)鴻元(こうげん)は涙を浮かべる。

 

「男塾…。

 決勝リーグでの、貴様達の健闘を祈っている…!!」

 

 夜が明ける。

 たった1日だけしか経っていないのに、ひどく長い戦いだった。

 だが、真の戦いはこれからだ!!

 

 ☆☆☆

 

「じゅ、塾長ーーっ!!」

 無線機から試合経過を確認していた塾長の部屋に、教官達が飛び込んでくる。

 

「しーーっ!静かにしてください。

 今起こしたらまた面倒くさい事になります。」

 奥の和室には、まだ塾長が眠っているのだ。

 さっきの騒ぎを忘れてもらっては困る。

 

「め、面目無い、光殿…!

 し、しかし、やりましたぞ。

 我が男塾、天挑五輪大武會決勝リーグ進出を決定したとの報告で…!」

「聴いていました。驚く事はありません。

 塾長も私も、ここまでは読めております。

 優勝する為に厳選したメンバーなのですから、こんなところで敗退されてはたまりません。」

 と言ってる私も、結果が出た瞬間思わず飛び上がって叫びそうになったのは内緒だけど。

 

「は、ははっ…!?

 …コホン、つ、つきましては大会本部からの指示で、参加十六名のうち、欠員した人数を補充せよとの事であります。

 我が男塾は三名の欠員…一体、だれを…!?」

「その人員も、既に決定しております。

 まあ、秘密兵器とでも言っておきましょうか。」

 一様に不得要領な顔をする教官達に、私は最後の指示を出す。

 

「私は、手続きの為に一度あちらへ参りますので、その準備をしなければなりません。

 塾長には詳細をしたためた手紙をこちらに置いておきますが、後のことはお任せいたします。

 …では、失礼。フフフ…。」

 最後は、自分でも気持ち悪いくらい、勝手に笑いがこみ上げた。

 

「ひ、光殿……!?」

 背後で呆然と立ち尽くす教官達をそのままにして、私は塾長室を後にした。

 

 さて…赤石を起こしに行こう。

 恐らく大会本部からの迎えは、昼前には来るはずだ。




や、やっと予選リーグ終われる…!
次回からようやく主人公出陣(暗躍)。
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