婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜 作:大岡 ひじき
桃さん、それだとメッチャ留年しとりますがな。
ほんとに何ヶ月戦ったつもりでいるんですか。
そんなわけでこの台詞はカット。
この話の中では1ヶ月です。
毒手
①殺そうとする行為。 「 -にたおれる」
②憎むべき悪巧み。悪辣な手段。魔手。
これらの事を踏まえて光と影慶とのやりとりを読んでいただければ、また違う感覚が味わえるかと思います。ある意味光も『毒手持ち』。
「押ッ忍!お疲れ様でした!!」
「いやあしかし、赤石先輩が助っ人に来られるとは、こんな心強い事はありませんぜ!!」
ずっとうるさく声を張り上げていた後輩二人が、俺に向かって頭を下げる。
…こっちの富樫って奴は、俺が男塾に戻った日に
正直実力で言えば江戸川とどっこいってトコだろうに、よくこの場所まで生き残ってたモンだ。
『とにかく根性のある子ですから、それが生きる場面で使ってやれれば、爆発力はあるかと思います』
と、八連制覇の後に光が言ってたし、ひょっとしたら土壇場に強いタイプかもしれねえが。
つまらない事で負傷してさえなければ、俺もまだまだ戦い足りねえが、この後は譲ってやるとしよう。
こんな戦い、もしあいつに見られていたら、相当ボロクソ言われそうな気がする。
『油断し過ぎですよ、赤石。
あんな格下の相手に、不覚をとりましたね』
とかなんとか、物理的には下から見上げながらの上から目線で。
言ってろ、チビが。
「…こちらに向かった助っ人は、確か三名と聞きましたが、あとのふたりは、誰が来るんですか?」
思考を遮り、俺に新しいサラシを差し出しながら問うてくるのは、剣。
一号生ながら、大将なんて責任負わされてやがるくせに、そんなプレッシャーなんぞどこ吹く風とばかりに、相変わらず涼しい顔してやがる。
「…わからん。俺は、塾長の命令で来ただけだ。」
受け取ったサラシを、止血に使うべく裂きながら、俺は一言そう告げる。
ここまで光と一緒だった事を、何故かこいつには言いたくなかった。
男塾を発つ時、こいつらが互いを見交わした瞳と瞳。
何かあったなとピンと来たが、それを問う事は出来なかった。
俺はそこまで野暮じゃねえ…そう自分に言い聞かせて、腹の奥で何かが騒めく、その感覚に蓋をした。
☆☆☆
「…次はどうやら、先程おまえが言った、ムードメーカーの出番のようだぞ。」
「そうですね。だとすれば恐らく今度こそ、私たちの出番でもあります。」
影慶の言葉通り、次に闘場に降りてきたのは富樫と虎丸の二人だった。
それまで仲間達の戦いに驚くのが仕事だったのに、ようやく出番が来たのがよほど嬉しかったのか、ただでさえ不安定な縄ばしごの上を走って渡り、虎丸が足を踏み外して、あわや落下する寸前という始末。
何をやってるんだあの子たちは。
少し落ち着きなさいまったく。
一応実力は頭打ちと思ってるけど、君たちが努力してきてるのは、私もよくわかっているから。
「我が名は
「同じく黒蓮珠副頭・
白い拳法着を身につけた二人が、闘場に下りてきてそれぞれ名乗りをあげる。
先ほど出てきた黒衣の男たちとはまるで違う凄みは、さすが副頭を名乗るだけの事はあろうか。
二人の拳は二身一体拳、古代中国拳法にあって、幻の必殺拳と恐れられたものだという。
どうせなら赤石はこっちを相手すればよかったものを。
脳筋が血気に逸るとこれだから…たく。
「知っての通り私は救命は出来ても救助はできません。
そちらはお任せいたします、影慶。」
「承知した。
先ずは可愛い後輩どもを、死なせぬ為の準備をしておくとしよう。」
そう。
今の私達の仕事は、仲間を死なせない事だ。
☆☆☆
「男塾一号生、富樫源次!!」
「同じく、虎丸龍次!!」
学ランを脱ぎ捨てながら、二人も名乗る。
その様子に、相手方はがっかりしたようにため息をつき(まあ、赤石の闘いをじっくり見た後だと確かに見劣りするけど、その態度はあんまりにも露骨過ぎるだろ)、それから、二人同時に構える。
「見せてくれよう、黒蓮珠・
…その構えからすると、奴らの武器は指拳らしい。
「な、なに〜〜っ!!
二人がピッタリ同じ構えで重なり、ひとつになった〜〜〜!」
「馬鹿野郎、驚くのはもういいんじゃ!
これは俺達の闘いなんだぞ──っ!!」
…緊張感ないな、オイ。
まあ変に構えない方が、この子達らしくていいかもしれないけどね。
・・・
そして、虎丸もどこからともなく取り出した武器を構える。
…なんか、ヌンチャクの棍に鎌の刃と…反対側にトゲ付きの鉄球が鎖でぶら下がってる。
あれ?これに似たようなものをこの間、教室で田沢が一生懸命作っていたけど、ひょっとしたら虎丸からの発注だったんだろうか。
ただ、あの時見たやつはもっと物騒な形状で、これより鎖がやたらと長い上に、鎌の部分にも同じ長さの鎖がついており、こんなもの振り回したら自分の首切り落としちゃうんじゃないの?という内容の事を力学的な根拠と共に、わかりやすいように図面でも説明したらいきなり気絶したけどなアイツ。
そういえば今隣にいる男は
「ふむ…使いこなせれば強力な武器だが…。」
「納得すんのかよ!」
「ん?」
「いえ、何でも。」
…この、心の声がうっかりだだ漏れる癖、御前のもとにいた時にはなかったんだけどな。
そもそも目の前で起こっている事象にツッコミを入れられるほどものを考えてはおらず、大体の事は普通に納得して生きてきた。
今考えると、人間として不自然だ。
言うと赤石は怒るだろうが、やはり私は飼い犬だったのだろうと思う。
…それはさておき、気を取り直して見守っていると、虎丸は気合声と共にそれを、普通にヌンチャクを扱うように振り回す。
…この子、結構器用だな。と思っていたら、一通りのパフォーマンスを終えて動きを止めた瞬間、鎖の先の鉄球が後頭部に当たった。
…やっぱりな。色々詰め込み過ぎなんだよ。
けど、もしかすると影慶なら使いこなせるかもしれない。
それを持って襲いかかる虎丸に、
「阿!!」「呍!!」
奇妙な掛け声と共に、阿們と呍們、二人の手が同時に動き、次の瞬間、二人の指拳に挟まれた鉄球が粉々に砕かれていた。
「まあ、うちにも卍丸と羅刹がおりますから、砕かれた事そのものに驚きはしませんが…。」
「恐るべきは二身一体の絶妙なる阿呍の呼吸。
それは単独で行なう時の二倍、三倍もの威力となる。」
私の隣で、影慶も息を呑んでいる。
虎丸の更なる無策な攻撃は息の合った防御に阻まれ、彼は二本の指拳に両肩を貫かれた。
「貴様の全身に、蜂の巣の様に風穴を開けてやろう。」
それを見て富樫がドスを抜き放ち突進するも、あっさりと跳躍で躱され、ドスの剣先が虎丸を、あわや突き殺すところだった。
なんとかその刃先を躱した虎丸が、その富樫の背後から肩を貫こうとした指拳から、その身体を抱えて直撃を避ける。
しかしそれで体勢を崩したところに、またも二つの指拳の追撃が来た。
その素早さに対抗するため、考えうるベストポジションを取るも、阿們と呍們は背中合わせに倒立して、回転しながら虎丸に襲いかかる。
どうやらまず、虎丸を先に片付けようとする算段らしい。
その動きがあまりに速すぎて、富樫は虎丸を助けに行けない。
そうこうしているうちに虎丸は、闘場の端まで追い詰められた。
「虎丸──っ!!」
ドスを構えて間に入り、なんとかその人間大車輪を止めようとする富樫。
だがその肩をまた指拳に貫かれたばかりか、回転による衝撃は、あろうことか富樫の体を、虎丸の方に弾き飛ばした。
富樫は、崖っぷちの虎丸の体にぶち当たり、そのまま二人揃って落下する…と思いきや、富樫は崖っぷちになんとかしがみついており、虎丸はその、富樫の脚を掴んでいる。
「…どうやら、落下に備える必要がありますね。」
「心配無用。既に用意してある。」
見ればいつの間に揃えたものか、無数の大きな布が周囲に張られており、影慶はロープを手にしている。
どうやらあらかじめこの場所に仕掛けておいたもののようで、このロープを引くことで、闘場の周囲一帯に、一瞬で救命幕を張る仕掛けになっていたようだ。
「この武舞台の形状を考えれば、落下は充分考えられる事態だからな。
このくらいの準備はしてきた。」
…相変わらず無表情だが、それでもちょっとドヤ顔に見えるのは私の気のせいだろうか。
だがどうやら影慶は、私が思っていたよりずっと器用なタイプのようだ。
考えてみれば影慶は邪鬼様の秘書的な存在で…あの人、常識が通用しないから、色々不測の事態もありそうだし。
塾長の人選はひょっとして、いざという時のフォロー能力を見込んでの抜擢だったのだろうか。
この人案外、桃と同じくらいの完璧超人なのかもしれない。
「赤石とかいう男の勝負を見たあとでは、どうしても貴様等が同じ男塾の者とは信じられん。」
…実はどっちが阿們でどっちが呍們なのか把握してないのだが、とりあえず髪の長い方がそんな事を言って、両腕が塞がれて抵抗できない富樫の、額に向けて指拳を突き出す。
富樫!負けてもいいから!
絶対受け止めてあげるから!
二人とももう落ちてきなさい!!
全力の祈りも虚しく、富樫は指拳に額を貫かれ…なかった。
「まずい指だぜ、便所行って手ェ洗ってんのか?」
…実際の発音はもっと不明瞭だったが、こんなとこで間違いないと思う。
どうやら富樫は阿們だか呍們だか髪長い方の指拳に対し、噛み付いてそれを止めたらしい。
次いで、虎丸に声をかけて身体を振ると、虎丸は富樫の脚を掴んだまま、遠心力で飛び上がる。
落下を免れ、二人は投げ出されるようにして闘場へと戻った。
富樫が地面に何かを吐き出す。
それは、どうやら長髪の、食い千切った人差し指のようだ。
…そういえば、と隣の男の右手を見る。
全体が包帯に包まれているが、小指の長さは左と特に変わりはないようだ。
「
2、3日もあれば元通り動かせるそうだ。」
私の視線に気がついた影慶が、右手を持ち上げる。
無言でその手を取り、手首に氣の針を撃ち込んでやった。
肝心の傷は包帯の下だから目視はできないが、今ので完全に治癒してる筈だ。
「…感謝する。」
「いえ。あなたに万全の状態でいてもらわねば、私が困りますので。」
…さて、闘場では何やら杭と、ゴムロープのようなものを取り出した富樫と虎丸が何やら準備している。
余裕なのか呆れているのか、阿們と呍們は、その様子を特に妨害するでもなく見ているようだ。
「そっちの準備はいいか、富樫!!」
「おう、完了じゃ!!」
…見れば、ゴムロープは富樫の両足と虎丸の腰に巻かれ、寝転がった状態で両脚を宙にまっすぐ伸ばした状態の富樫が、地面に打ち付けた杭を掴んで身体を支えている。
その足首のゴムロープを身体で後方に引いているのが虎丸。
…なんかわかってきたぞ。
「奥義その一、名付けて
二人がやろうとしているのは、どうやらゴムロープの反動を利用して猛スピードで飛んで襲いかかる、人間投石器というべき技であるらしい。
ゴムロープの張力をいっぱいに使って飛び、虎丸が阿們呍們に鎌で斬りかかる。
二人がそれを躱して反撃に出る前に、ゴムロープは虎丸の身体を富樫のもとまで戻して、同じ手順で更に追撃。
今度は指拳で待ち構える長髪の、横っ面を蹴り飛ばす。
これはこれでなかなかに楽しそうだが、何度も通用する攻撃ではない。
互いに声をかけ合った後、短髪の方が懐から何かを取り出して弟に投げ、弟がそれを受け取った。
どうやら二人はピアノ線のような細い金属糸を間に張っているようで、その真ん中に何か…刃のついた円盤の中心にその糸を通してある。
「黒蓮珠奥義・
二人が腕を回して糸と円盤を操り、回転させる。
そこに第三撃を仕掛けに飛び込んできた虎丸の、体とゴムロープが切り裂かれた。
「ぐあ〜〜っ!!」
「と、虎丸──っ!!」
一瞬にして全身血まみれになり、地面に落下する虎丸に、富樫が駆け寄る。
「覚えておくがよい!!
この円盤はもちろんのこと、この渦を巻いている刃鋼線に触れたが最後、その男のようになることを!!」
どんどんスピードを増してくるその回転する刃から虎丸を庇い、自らも傷を負ってゆく富樫。
このままでは二人とも殺られる。
そこへ、富樫の背中から飛び出した虎丸が、無謀にも真正面から円盤に向かった。
円盤が虎丸を真っ二つに切り裂くかと思った刹那、富樫が先ほどの豭門跳體砲で使った杭を投げ、刃がそれに突き刺さって止まる。
「今だ虎丸、その円盤を押さえ込め──っ!!」
その富樫の声に従い、虎丸が杭ごと円盤を掴んだ。
同時に富樫がドスを抜き放ち、長髪の肩を刺し貫く。
その勢いでそのまま二人は地面を転がり、その身体が闘場の縁から投げ出された。
「うわああ──っ!!」
「と、富樫──っ!!」
☆☆☆
「……落ちて来ぬようだな。」
「………あれを!」
てっきり落下してくると思った富樫の身体は、先ほどの鋼線が巻きついた状態で、敵と二人、崖からぶら下がっていた。
虎丸が円盤の刺さった杭を掴んで、二人の身体を引き上げようとしている。
…獄悔房で半年間、200キロの吊り天井を支えていた虎丸だが、上からの力を支えるのと、下からの重みを引っ張り上げるとではやはり違うのだろうか。
糸の細さと体勢の不安定さも加わって、思うように力が入らないらしい。
「て、てめえも手伝ったらどうだ──っ!!
俺一人で上げられるもんじゃねえ!!」
双方の相棒が同じ状態で吊り下がっている以上、当然相手も助けに入る筈…と虎丸は思ったようだが。
「手伝うだと…どういう意味だ、それは!?」
短髪は手にしていた鋼線の持ち手を投げ捨てると、両手が塞がった状態の虎丸の、無防備な背中に指拳を撃ち込んだ。
「ど、どういうつもりだ…てめえの弟の命もかかっているんだぞ!」
「その未熟者はもはや必要ない。
傷を負ったその身では、精妙なる阿呍拳をこなすことはできぬ。」
…そうだろうな。
兄弟とはいえ、この者たちは暗殺者だ。
「むう…非道な。血を分けた兄弟を…。」
…だが、この場でそれが当然であると感じているのは、どうやら短髪本人以外は私だけであるらしい。
隣の影慶はいかにも軽蔑するような目をしてるし、弟は兄に、普通に助けを求めて叫んでいるし、虎丸は反撃もできぬまま、短髪の指拳を受け続けるのみ。
「もういい、虎丸、離せ──っ!!
このままじゃおまえまで殺られちまうぞ──っ!!」
自分の存在が人質同然である事に耐えきれなくなったのだろう、富樫が虎丸に向かって叫ぶ。
「ふざけたことぬかすんじゃねえ、富樫!
おまえひとりを死なせてたまるか!」
それでも杭を両手で握り続ける虎丸の姿に、富樫がなにかを思い極めた顔をする。
それから、ドスを握ったままの腕を上げ…、
「さらばだ、虎丸……おまえだって、こうするはずだぜ。」
そう言って、自身に絡んだ刃鋼線を、ドスで切り払った。
それにより二人の身体が、重力に従って落ちていく。
「頼んだぞ虎丸──っ!!
必ずだ、必ずそいつを倒せ──っ!!」
いつかのような、神風は吹かない。
代わりに上昇する谷風が、くたびれた学帽を闘場まで吹き上げた。
・・・
「馬鹿な奴よ、貴様を助けたつもりだろうが…悲しむことはない。
すぐに冥途で会わせてやろう。」
「ゆ、許さねえ。
この俺の、煮えたぎる怒りを鎮められるのは、貴様の血だけだ!!」
☆☆☆
「フッ。相変わらずだな、富樫…。」
「どうもこの子は、高いところから落下する癖があるようですね。
驚邏大四凶殺の時といい、大威震八連制覇の時といい。」
影慶が、用意していた救命幕の上に落ちそこから跳ね上げられた富樫の身体をキャッチして、私の前に連れてきた。
その傷の具合をすぐに確認する。
「…切り傷は多数あるも、致命傷になるものはなし。
この程度の傷なら、すぐに綺麗に治せます。」
だが私の言葉に、影慶が首を横に振る。
「いや。
致命傷や余程の重傷であるならともかく、そうでなければ止血と応急処置のみに留めておけ。
あった筈の傷まで綺麗に治っていたら、奴らはおまえの存在に気づいてしまう。」
言われてみれば、確かにその通りだ。
私がいると判れば、あいつら今以上に無茶をしかねない。
頷いて、簡単な傷の手当てだけをする。
と、少し離れた場所に、白い拳法着を纏った、長い髪の男が倒れており、その胸が微かに上下するのが見えた。
…よく見たら胸に書かれてるの『呍』って文字だ。
ということは、コイツが呍們で、上に残ってるのが阿們って事か。
まあどっちでもいいんだが。
「…コレ、まだ生きていますね。
念の為、始末しておきましょう。」
生かしておくと面倒な事になりかねないと判断して、呍們の首筋に手をかざす。だが、
「おい待て。
無抵抗の者を手にかけずとも良かろう。
ついでに手当てしてやろう。」
なんだかえらく甘い事を言う声に止められた。
「…優しいのですね、影慶は。
無駄になる気がするので、私はしたくありませんけれど。」
私が言うと、少し睨むような目を私に向けた影慶が、ひとつため息をついてから、自分で呍們の傷の止血をし始めた。
一通り済んで、富樫が戻る為の縄ばしごを掛けてくると言って、影慶が立ち上がろうとした…その時。
気を失っていた筈の呍們が、影慶の喉に向けて指拳を放った。
「っ……!?」
…だが、それは影慶の身体に触れる事なく地面に崩れ落ちる。
どうやら後ろにいた私がまったく目に入っていなかったらしい。
私の指先で、背中から撃ち込まれた氣の針は、脊髄を通り、脳に達してそこで弾け…瞬間、呍們の身体の全ての生命活動が、停止した。
…何故だろう。気持ち悪い。
「…だから言ったでしょう。無駄になると。」
「…そのようだな。俺が甘かったようだ。」
やや息を乱して、影慶が自身の喉に手を当てながら、倒れた男をじっと見た。
心配しなくとも、もう起き上がっては来ない。
「この者たちは、暗殺者です。
任務に失敗すれば、どの道生きられはしません。
この者が仲間の元へ帰ろうとするなら、この場の私たちを殺し、未だ気を失ったままの富樫も始末して、最低限の条件といったところです。
情けをかけるだけ無駄なんですよ。
私も同じだったから、わかります。
蛇の道は蛇、です。」
私の言葉に、影慶が顔を上げて私を見た。
それから一瞬だけ、何故か驚いたように目をみはる。
それが何を意味するか気にはなったが、正直そんな事に構っている余裕はなかった。
…今まさに死んでいく人間の感触というのは、こんなに気持ち悪いものだっただろうか。
何度も触れている筈なのに、今までそのように感じたことはなかった。
「さあ、一旦この場を離れましょう。
富樫が目を覚ましてしまいます。」
その己の中の感覚を何とか誤魔化しながら、私は影慶に声をかける。
「あ、ああ。
…上では、虎丸がまだ戦っているようだな。」
何かに戸惑った表情のまま、影慶がまた闘場を見上げた。
☆☆☆
「来い…!!
これ以上、くたばりぞこないの貴様に、かまっている暇はない。」
残った阿們の言葉を背に聞きながら、虎丸が富樫の学帽を握りしめる。
「見ていろ富樫!
おまえとの約束、必ず果たすぜ!!」
拳を振り上げ突進してくる虎丸に、合わせて構える阿們だったが、突き出した指拳の腕に一瞬手を置いた虎丸が、それを支点にして蹴りを放つ。
驚きつつも、目にも止まらぬ速さで反撃の指拳を繰り出してくる相手の、その攻撃すら見切って、更に蹴り。
富樫を失った怒りと悲しみが、元々高い虎丸の潜在能力を覚醒させたようで、その動きは先ほどまでとは別人のようだ。
と、阿們は服の下から何か、傘のような形状のものを取り出すと、指拳と共にそれを構える。
「なんだか知らねえが今の俺に、そんなものが通用するか──っ!!」
少し優勢に傾きかけた勢いのまま、虎丸が拳を固めて阿們に向かう。瞬間、
「黒蓮珠阿呍拳奥義・
阿們は向かってくる虎丸の前に、それを広げて一瞬視界を塞ぎ、その影から指拳を放ってきた。
「確かに貴様は、俺の拳筋を見切っているようだ。
だが一瞬この傘を広げ、体を隠した時、どこからくりだされるかわからん指拳は防ぎようがあるまい。」
…どうやら本当に傘だったらしい。
その傘に一瞬隠れた次の瞬間に、それを突き破って襲いかかる指拳の、その連続攻撃に、虎丸の身体が一瞬で穴だらけになる。
しかも的確に関節を狙っているようで、文字通り『手も足も出ない』状態にされた。
それでも唯一の武器である例の鎌を、口に咥えて、阿們を睨みつける。
闘志の未だ衰えない、その目はまさに虎の目だ。
「大した奴よ。
かつて貴様ほどの闘志を持った男は知らん。
その根性に敬意を表し、次の一撃で額を貫き、楽にしてやろう。」
「お、おう。よーく狙え……。
俺を殺すには脳天ぶち抜くしかねえぜ。」
言いながらなんとか立ち上がり、恐らくは最後の力を振り絞って、虎丸は突進する。
「と、富樫──っ!!俺に力を貸してくれ──っ!!」
「死ねい──っ!!」
阿們の指拳が傘を破り、その向こうで確かに血が
が。
「な、なに〜〜っ!!」
その血は、指先を潰された阿們の血。
それが当たっているのは、虎丸が被った富樫の学帽に付いている、男塾の徽章。
「もらった──っ!!」
驚愕して動きの止まった阿們の、今度は首から血が飛沫く。
それは虎丸が口に咥えた鎌に、首をかき切られた事による事態。
「ば、馬鹿な…この俺が、や、殺られるとは……!!」
その事態が信じられぬまま、仰向けに倒れる阿們。
「や、やったぜ富樫…!!
お、俺達ふたりの勝利だ……!!」
☆☆☆
虎丸が勝利を収めた後、意識を取り戻した富樫が、影慶の用意した縄ばしごを登って闘場まで戻って行った。
当然上では大騒ぎになるも、それを喜ばぬ者はおらず、最後には全員の笑い声が、マイクを通さずともここまで届いてきた。
「……光。」
と、なんだか思いつめたような声が、私を呼び止める。
「はい?」
「おまえの手を汚させてしまって、済まなかった。」
…いきなり何だ。
「は?そんな事、お気になさらず。
私の手など元々汚れております。今更ですよ。」
仕事用の顔で微笑みながら言葉を返す。
だが影慶は、なにか痛いような表情で、私の目をじっと見つめて、言った。
「…おまえは、それが平気なわけではない。
そばで見ていて、それがよくわかった。
正直今の今まで、俺はおまえを誤解していた。
許せ。」
…誤解があるのは、むしろ今の方だろう。
「………私は、暗殺者です。
人の死になど、慣れて…います。」
それなのに。なぜか声が震えた。
言いたくない事を言う時のように。
「…だが、あの呍們とかいうやつを手にかけた時のおまえは、今にも泣くのを堪えている子供のような目をしていたぞ。」
「……!?」
そう言った影慶が、左の手で私の右手を取った。
この男は、私に近寄る事すら避けていた筈なのに。
その手の温かさに、何故か驚く。
「恐らく、今までもずっとそうだったのだろうな。
人をひとり殺めるごとに、悲鳴を上げる心を、無表情の仮面の下に押し込めて。
だが、それはおまえが、おまえ自身をも、少しずつ殺し続ける事だ。
続けていたら、おまえの心は、本当に壊れてしまう。」
「私、は……!」
壊れると言うなら、もう壊れていると思う。
好きだった人を手にかけたあの時には、もう。
そうでなければ生きていけなかった。
私の心臓は凍っている。
人を殺める事に、今更痛痒など感じる筈がない。
それなのに、どうして。
何故、こんなに心が……痛い?
「必要があるなら俺がやる。
だからもう、おまえの手をこれ以上汚すな。
この手は、これから先、癒す為だけに使え。
いいな?」
…どうしてこの、握られた手が、こんなに温かいんだろう。
凍った心臓すら、溶かしてしまいそうなほど。
「影、慶……!」
その握られた手が離され、頭を撫でられる。
気持ちいい、と思った瞬間、今度は後頭部を掴まれ、頭を胸板に引き寄せられた。
「…もう泣くな。」
「…泣いてません。」
というか、仮に今泣きそうになったとするならば、それは明らかにこの男のせいだと思う。
勘違いされてる方もいらっしゃるかと思いますが、「魁!!男塾」はギャグ→バトル漫画ですが、「婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜」は恋愛小説ですから!
…いや待て誰だそこで吹いてるやつ。
そんなわけで、影慶、遂にデレるの巻でした。
つか、読んでる方はお気付きでしょうが、影慶が光を嫌っているというのは光の勘違いです。
色んな理由から深入りしないよう接していたのと、どう扱っていいかいまいちわかってなかったってのが本音。
ここのシーン自体は学園生活編書いてた頃には既に頭にあったんで、徐々に影慶の気持ちが変化していく過程をもっと書けたらよかったなあと思ってはいる。
そしてこの回だけ気づいたら思いのほか長くなってたけど(すごくユルい縛りだけど、一応1話につき5000字前後のつもりで書いてる)、このシーンを入れてしまったら、どっかで分断するわけにいかなくなった。
全部一連の流れだもんで、どこで切ってもバランス悪くなるのよ…!