婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜 作:大岡 ひじき
「な、なんじゃあ、あれは──っ!!」
「でけえ翼に人が乗り、伊達めがけて襲ってくる──っ!!」
影慶が指差していたのと同じものを見て、男塾陣のアナウンス担当要員が声を上げた。
ハングライダー様の乗り物に乗って、前後を炎に挟まれたロープ上の伊達に向かってくる、鳥のマスクで顔を覆った男は、先ほどアヌビスの隣にいた奴だろう。
それが迫ってきて、そのままでは衝突するだろう距離で、伊達は槍をロープに突き立てると一度跳躍した。
それから今度はその穂先を、ハングライダーの骨に引っ掛ける。
それで炎の中からの脱出は叶ったものの、ハングライダーはそこから急降下を始めた。
あわや地面に叩きつけられる寸前で、伊達は体勢を整えて、下の闘場に無事着地する。
富樫や虎丸はこの所業に憤っているようだが、伊達がこうする事はこの鳥マスクの想定の範囲内だった筈だ。
むしろ助けられたと私は判断しているのだが。
「いかがでしたか、空の旅は!?」
鳥マスクを外しながら男が言葉を発した。
…なんか想像してたのと違う、派手なメイクに彩られた顔が、マスクの下から現れる。
「わたしの名はツイン・スフィンクスの
ホルスとは、その翼で天空を駆けめぐる鳥人神のこと…。」
塗りすぎて地の顔が全くイメージできないんだが、男性としてこれはどうなのだろう。
いや、アイシャドウの発祥はエジプトと言われているから、方向性として間違ってはいないのか?
確か眼病とか虫除けとか魔除けとかいった、目的は主に
それにしたって紅は要らないと思うんだ。
しかも相当頻繁に塗り直してなかったら、こんな遠目からでもわかるほどのツヤッツヤでギンギンな赤は維持できない。
この男ともし知り合いだったとして、いきなりド素っぴんで声かけられたら、絶対誰だか判らない自信がある。
「笑わせるな…ハングライダーに乗って飛んでくる鳥人神がどこにいる?」
そんなホルスの自己紹介に、伊達は冷静につっこ…言葉を返した。
…うん伊達、私は今初めてお前に、尊敬の念を抱いている。
正直、この化粧オバケのヴィジュアルのインパクトが衝撃的過ぎて、話の内容が全く頭に入ってきていなかった。
「…あやつ、ふざけたなりはしているが、先ほどのセティよりもできそうだな。」
そして、隣にいる邪鬼様の嫁までもが無自覚に私を更に抉ってくる。
なんかもう本当ごめんなさい。
「ハングライダー?そんな言葉は知りません。
もう一度、よくご覧になってはいかがです!?」
ホルスがそう言って指し示す方に反射的に目を向ける。
と、先ほどホルスが乗ってきた翼の落ちた場所の、地面に埋もれてひしゃげた骨組から、何かが一斉に空へ飛び立った。
「御覧にいれましょう!
それは、無数のカラスの群れ。
ホルスの乗ってきたハングライダーは、その骨組をカラスの群れが掴んで飛んでいたものであるらしい。
中の一羽がホルスの肩に降りたち、甘えるように嘴を擦りつける。
「人はカラスを忌み嫌います。
死を運ぶ不吉な鳥として……。
だがこのホルスに言わせれば、これ程賢く忠実で優秀な兵はおりますまい。」
確かに、積極的にカラスが好きだという人はそうそういない。
色が不吉な連想をさせるのに加え、そこそこ大きいから可愛くもない。
しかも電線などにとまっているのを目撃した際、その真下に位置する事のないよう注意して通行しなければ、何故か奴らは高い確率で爆撃してくる。
あと巣立ちが近い、既に親と変わらない図体のくせにまだ飛ぶ事ができない雛が、通りすがりの一面識もない私に向かって羽根をばたつかせ口を開けたのを見た時には、『私に言うな親にねだれ!!』と本気でつっこんだ。
だが、きっと今ここにいて伊達の頭上で、ホルスの指示を待つように旋回しているカラス達は、そんな時期に彼の手から餌を与えられていたに違いない。
「いけい!!
天空を支配する黒い恐怖たちよ!」
そして待っていた指示がようやく主人から与えられたカラス達は、どこから持ってきたものか細長い布を口に咥えて、伊達の身体の周囲を回転するように飛びまわる。
伊達は槍を振るいながら、流れるようにその輪から身体を移動させる。
集団対一の戦いは、基本的には自分がその輪の中心にならないように、常に位置を移動し続ける事が重要だ。
私がそうであったように伊達もまた、孤戮闘の中で早い段階から、生存本能に近い部分にそれを刻みつけたのだろう。
そうでなければ、私も彼もあの地獄を生き残れてはいない。
だからその行動自体は間違っていない。
もし間違いがあったとすれば、そうやって移動した先に、つい今しがた戦っていた相手が落下して横たわっていた事に、注意を払っていなかった事だけだ。
伊達にしてみればそれは、既に終わった戦いの、敗者の骸であったのだから。
「ぐっ!!」
流れるように移動し続けていた伊達の足が止まる。
そこにいたのは骸ではなかった。
全身に火傷を負った上、50メートルの高さから落ちて、あちこちありえない角度に曲がったセティが、伊達の右足の甲を、短剣で地面に縫いつけていた。
「ホ、ホルスには誰も勝てぬ。
奴は、俺とは格が違う…。
お、お前も俺と、地獄へ行くんだ……。」
「き、貴様!!」
これにはさすがの伊達も、苦痛にその整った顔を歪める。
「フッ、余計なマネを。
だが安心するがよい、セティ。
お前の敵は、必ずとってやる。」
ホルスがそう言う間に、カラス達は動けずにいる伊達の周りを飛んで、咥えた布を伊達の身体に巻きつけていく。
見る間にぐるぐる巻きの布の塊にされてゆく伊達に、男塾側から悲鳴にも似た声が上がる…けど、なんか変だ。
「いくら足掻こうがその
貴方の、神業ともいうべき槍術も役には立ちますまい。
これぞ黒烏魔操術奥義・シャンポリオンの嘆き!!」
闘場で、地面に転がりのたうつ布の塊を見て、隣の影慶が口を開く。
「…伊達はどこに行ったんだ?」
「…やはり、そうですよね。
私の見間違いかと一瞬思ったのですが。」
こんな時赤石が居てくれれば、もっと正確に状況が掴めているだろうに、肝心な時に隣に居ないんだ、あのバカ兄貴は。
すいません間違えました。
赤石は私のオペラグラスじゃありません。
「いかがですか?生きながらミイラとなった気分は?
もっともその姿では、もはやイモ虫のように這いずり逃げ回るだけで、口をきく事も出来ぬでしょうが。」
ぐるぐる巻きの布の塊は、作成責任者のホルスの言う通り、呻き声を上げながらのたうち回っている。
「もうお判りでしょうがその布には、たっぷりと油が滲み込ませてあります。」
言ってホルスは、どこからか取り出したマッチを擦って火を点けた。
…発想がえぐいな!あと武術関係ない!!
しかも、私や影慶が見た通りで間違いないなら、恐らくその、マッチの火から必死に逃げようとしている生ミイラって……。
「見苦しいマネを……貴方は骨のある潔い人だと思っていたが。」
『それ』が必死に命乞いをする様を、言葉に反し寧ろ面白そうに見据えて、ホルスは火の点いたマッチを、唇と同じ深紅に塗られた爪の先で弾く。
「セティよ。お前の無念は今、晴れた。」
火は瞬時に布を燃え上がらせ、火だるまになった生ミイラが悲鳴を上げる。
「だ、伊達~~っ!!」
男塾側から、富樫と寅丸の悲痛な叫びが響いた。
「騒ぐな馬鹿が。てめえらの目は節穴か。」
「わからんのか…。
奴の名は、元男塾一号生筆頭、関東豪学連総長、伊達臣人。
地獄の閻魔の前でも、命乞いなどする男ではない。」
うちの二号生筆頭と一号生筆頭が、ほぼ同時に言うのが聞こえ、そのすぐ後に火だるまにされ絶叫する男の素顔が、ようやく炎の隙間から見えた。
「お、おまえは……セティ!!」
呑気に手鏡まで出して口紅を塗り直していたホルスが、やっと気付いて驚愕の表情を浮かべる。
…あ、あれ多分シャネルだ。
暗殺の為に接触したターゲットからプレゼントされた事が何度となくあるが、私自身は一本も使ったことがなく、貰うたびに藤堂家の女中さんにあげてしまっていた。
暗殺者視点からすればあんな香料のきつい化粧品なんか使えないし、そもそも男がプレゼントに口紅を選ぶ時って、相手に似合うかどうかを考えず何となく色味だけで選ぶようで、色は明るくて見る分には綺麗だけど、着けたら絶対似合わないってパターンがほとんどだった。
と、そんな事を考えていた次の瞬間、槍の穂先が背後からホルスの手鏡を砕き、彼の化粧直しタイムを強制終了させた。
「何を驚いている。
火を放ったのはおまえだぜ。」
鏡の破片が全て地に落ちる前に、無造作に放った槍を引き寄せて伊達がホルスの背後を取る。
闘場は真っ平らで柱なんかもないのに、どこに隠れていたんだろう、この男。
あと、足に怪我をしたまま裸足でいるのがやはり痛そうで、できることなら傷の治療に行きたいのに、この時ばかりはこの場にいない事になっている自分の状況が恨めしい。
「来い!!
背中を向けている者を倒すのは俺の主義ではない!」
「ホッホッホ。礼を言います。
これでセティを火葬場に運ぶ必要がなくなりました。」
仲間を自分の手で焼き殺した事になんの痛痒も見せず、ホルスは不敵に笑ってみせた。
…それはともかく。
ちょっと気になる事があって、思わず隣の影慶に訊ねる。
「エジプトの埋葬って、火葬でしたっけ?」
「俺が知るか。というかこの場に及んで、疑問に思うのはそこなのか!?」
…すいませんでした。
何故アタシは、伊達さんのターンには話数を使ってしまうのだろう…。