婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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やや短め。この回は基本動きがありません。塾生たちがハチャメチャやってる端でのほほんしてる話。


4・可能性のドアはロックされたまま

「ふう、ごっついのお。これで全部じゃぞ、光。」

「お疲れ様です、江戸川。

 ありがとうございます。」

 一号生の夏合宿がこの先予定されており、各合宿所宛の荷物を今日中に、明日早朝に出発する車に積み込まねばならなかったのだが、それを担当する筈だった鬼ヒゲ教官が昨日、どういう経緯でかは定かではないがトラックと正面衝突して怪我をしたらしい。

 それにしては元気な様子で仕事を突然まるまる押し付けられ、手伝いを頼もうと思った頼りの一号生が何故か1人もおらず、他の教官も塾長も忙しく動き回っていて、もう私1人で途方に暮れていた。

 こうなったら私の責任で虎丸を懲罰房から連れて来ようかと本気で考えた頃、倉庫に出入りしていた二号生たちが声をかけてくれ、江戸川が重い荷物をすべて積み込んでくれたわけだ。

 二号生の教室は棟が離れている為、一号生たちほど頻繁な交流はないのだが、鍛錬中に怪我をしたりするのは彼らも変わらない為、救護室に出入りしていたら、すぐに彼らとも顔見知りになったのだ。

 

「なんの。光にはわしらも世話になっとるからのう。

 たまたま倉庫に用もあった事だし。」

 私が差し出した冷たい麦茶を一気に煽ってから、江戸川がニコニコ、顔の筋肉だけで笑って言う。

 

「見たところあっちの倉庫には、何に使うのかも判らないような大道具しか入っていないようでしたが。何かあるんですか?」

「うむ、近々わしら二号生主催で、一号生との御対面式を行うので、その準備をな。」

「…何故でしょう。内容について全く言及していないにもかかわらず、いやな予感しかしないのは。」

 そもそもここの名物とか、本当ろくなものがないのでね。

 そろそろ悟ってきたけど、塾生のみんなには無事でいて欲しいと願う。少し遠くから。

 

「フフフ、ごっついのう。

 なんにせよ、光の手を煩わせるような事はせんよ。」

 ここら辺は、「塾長の息子」という立場がじわじわ効いていると思う。

 この設定を考えてくれた塾長に感謝だ。

 

「…ところで、江戸川は二号生筆頭『代理』なんですってね。

 私はてっきり、あなたが筆頭なんだと思っていたのですが、あなたに代理をさせて、本物の筆頭は何をしているんですか?」

「……!!?」

 私が何気なく口にした質問に、江戸川が明らかに動揺する。

 心なしか震えてもいるような。一体どうした!?

 

「あの…なにか?」

「わ、わしもそろそろ戻らんとな。

 あ、あのごっつい準備の指揮を、丸山だけに押しつけるわけにもいかんのでな。

 こ、これで失礼する。」

「え?あの、江戸川?」

 

 ☆☆☆

 

「二号生筆頭の名は赤石剛次。

 3年前の2月より無期停学中でな。

 以来代理を江戸川が務めておる。」

 あの江戸川の態度が気になって、今日思い切って塾長に尋ねたところ、もっと気になる答えが返ってきた。

 

「待ってください。

 つまり江戸川を少なくとも3年進級させてないって事ですか?

 ていうか、3年間停学って、多分本人は普通に辞めた気でいると思いますけどそれは。」

 代理という事は、戻ってくるまでという意味だろう。

 だとしたら、もし本人に戻る意志がなかった場合、江戸川は一生進級も卒業もできないのではなかろうか。

 

「フフフ、わしが男塾塾長江田島平八である。」

「いや誤魔化すなやハゲ」

 …若干口が悪くなってきたのはきっと男の中で生活しているせい。うんきっと。

 

 ☆☆☆

 

「男塾、塾史…と、あれだ。」

 私は、もう少しここの事を知らねばなるまい。

 そう思い色々と塾長にお尋ねしたところ、この資料室に手書きの塾史があるから目を通してみろと言われ、事務作業にひと段落ついたところで、ようやく来てみたわけだ。

 

「……んっ、もう少しで、届く、んだけ、どっ…、」

 目には見えるし、背伸びすれば指先は届くが、うまく引き出せない。

 踏み台は収納を探せばあるんだろうが、あまり人の出入りしない資料室は埃が溜まっており、そこまで踏み入ったら、徹底的に掃除をしたくなる衝動に駆られるのは間違いない。

 それをやってしまったら、そもそもここに来た目的を、果たす前に時間が経ってしまうだろう。

 それは、避けたい。

 

「これか?」

 と、私が足がつりそうになりながらやっとの事で指だけ届いていたそれを、後ろから伸びてきた大きな手が、あっさりと本棚から抜き取った。

 振り返ると、白いハチマキが眩しい無駄に整った顔が微笑みながら、抜き出した資料をこちらに差し出してくる。

 

「っ……剣!?」

「押忍。男塾塾史ねぇ…。

 俺も、一度目を通してみるかな。

 読んだら教えてくれ。」

 差し出されたそれを受け取りながら、そこはかとない敗北感に打ちひしがれる。

 

「取ってくれてありがとう。

 ですが残念ながら、資料室の資料は塾生の閲覧を許可していません。

 というか剣、あなた、いつからここに?」

 その敗北感を胸の内に隠しながら、一応は礼を述べる。

 しかし私の記憶違いでなければ、今日は確か江戸川が言っていた、「御対面式」とかいうイベントを、講堂で行なっている最中の筈だ。

 

「なら戻しといてくれたら、勝手に見るさ。

 江戸川先輩が足が痺れて動けないってんで、御対面式がさっさと終わっちまったから、今更授業に戻るのも面倒で、ここに潜り込んで昼寝してたんだが…いい匂いがすると思って、起きたらおまえがいた。」

「…つっこむべきところが多すぎてどこからつっこんでいいのかわかりませんが、とりあえず私は香水の類は着けていません。」

 今の自身の設定が男だというのも勿論だし、暗殺者の本分として無臭である事は基本中の基本だから、香水など使わないのは勿論の事、毎日の入浴と洗髪は欠かさないし、その身体を洗うのに使うものにも細心の注意を払うのが、身についた習慣になってしまっている。

 一応任務の際には化粧をする事が多いから、その化粧品の選択にも相当気を使うのだが、「御前」の家で世話をしてくれた女中さんにも協力してもらい色々と検証をした結果、無香料の製品の中でも、更に原料臭もしないのは日本製ブランドの化粧品だけだという結論に落ち着いた。

 国産万歳、である。

 ちなみにこの間幸さんが持ってきてくれた白粉は、ほんの少し香りが付いているので、虎丸の食事を持って行った後は、すぐに化粧を落とした上シャワーを浴びないと落ち着かない。

 だからその匂いも、今は残ってはいない筈だ。

 

「いや、そういう匂いじゃないな。

 なんていうか、落ち着く匂いだ。

 ガキの頃に母親が洗濯物を干している、その背中を見ていた時のような。」

「…なんだか物凄く気色悪い事を言われた気がするのは気のせいでしょうか。」

 一応同性と認識する相手に対して、こういう事を言うのはどうなのだろう。つか嗅ぐな。

 

「フッ、気を悪くしたなら謝る。

 ところで、欲しい資料はそれだけか?

 重いものなら運んでやるし、今みたいに高い棚に置いてあるやつならまた取ってやるぞ?」

「…余計なお世話です。もう教室に戻りなさい。」

 ただでさえここにいると身長コンプレックスが刺激されるのだ。

 何せ一号生二号生ともに、揃いも揃って180越えのデカブツばかりときてる。

 目の前にいるやつに至っては、身長153センチ(自称)の私より30センチあまりも大きい。

 多分185はあるだろう。 正直、並んで欲しくない。

 …これが江戸川くらいになると、もう完全にどうでもよくなるが。

 

「それなんだがな。ここで会ったのも何かの縁だ。

 今から自分の執務室に戻るんだろう?

 なら、おまえの部屋のソファーで寝かせてくれないか。」

 いや待て。私の立場でそれが許せると本気で思っているのか、この男。

 だとしたら随分舐められているものだ。

 

「手伝いを申し出たのはそういう理由ですか。

 部屋で寝かせてあげる事は出来ませんが、ならばコーヒーをお淹れしましょう。

 それで眠気を覚まして、午後は授業に出てください。」

 私が言うと、剣は軽く肩を竦めた。

 

「…仕方ない、それで妥協するか。」

 妥協とか言うな。こっちにしてみれば最大限の譲歩だ。

 

 ・・・

 

 2月15日、一号生筆頭伊達臣人、教官を殺害し出奔。

 2月26日、二号生筆頭赤石剛次、校庭にて一号生大量傷害。無期停学。

 この事件による死亡者はなし。

 ただし被害に遭った一号生は全員再起不能。

 

 3年前の2月に、連続して起きたふたつの事件。

 これにより当時の一号生と二号生の筆頭が共に不在となる異常事態となる。

 資料には関係者名と結果しか記されていないので経緯はわからないが、ひとつめはともかくふたつめの事件が、先のそれと連鎖した事に疑いの余地はないだろう。

 

 4月3日、新一号生入塾。

 二号生、三号生については進級・卒業を保留。

 

 …この辺に関してはつっこんだら負けな気がする。

 

 10月某日、大威震八連制覇開催。三号生勝利。

 一号生闘士全員死亡。

 

 大威震八連制覇ってなんだろう。

 またろくでもない名物だろうかとも思うが、死亡者が出ているあたり、それで済ますにはあまりにシャレにならない気がする。

 あと死亡したとされている塾生の名前の中に、なんだか割と最近見たのと似た名前がある気がするのだが気のせいだろうか。

 

 …さて、虎丸の食事を用意する時間だ。

 結局コーヒーを淹れてる間にソファーに沈んでしまったこの無駄にデカイ幼児を、そろそろ叩き起こして寮に帰さねば。

 というか筆頭のくせに何をやっているのだ、こいつは。




冒頭のあたりでは、一号生が鬼ヒゲ教官に引率されて、ディスコで外人ボクサーに喧嘩売った挙句に、桃が女子大生に頭から飲み物ぶっかけてる頃です。
この女子大生のその後は番外編で描写してますが…多分同一世界の別分岐軸でしょう(爆

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