婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜   作:大岡 ひじき

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7・Who are You

 “アヌビス…ひとつ、余のわがままを聞いてはくれぬか?

 P・S(ファラオ・スフィンクス)最高の戦士たるおまえ程の男が、ただ闘うのを見ても面白くない。

 久しぶりに、あれを見たくなった。

 古より伝わる、わがP・S(ファラオ・スフィンクス)最大の決闘法…ルクソールの憂鬱!!”

「…かしこまりましてございます。

 偉大なるファラオよ。」

 どうやらまた過剰演出が始まる予感である。

 さっきまで被っていた犬マスクを取ったアヌビスが、どこかに控えさせていたらしい闘士ではなさげな男たちに命じて、闘場の上に何か用意させている。

 なにやら石を積んで丸く枠を作ったかと思うと、その中に大量の砂を入れているようだ。

 

「さあ、このアヌビスの相手をしてくれる男塾の勇士よ。

 降りてくるが良い。」

 演出の準備が整ったアヌビスの招きに応じて、縄ばしごを渡って桃が闘場へと歩いていく。

 

「よく来たな。

 まずはこの決闘法について説明しておこう。」

 まあ、先ほどまでP・S(ファラオ・スフィンクス)専属スタッフの皆さんが一生懸命用意してくれていたものから大体の予想はついたが、やはり2人が戦うのはこのお砂場の中だそうである。

 確かに結構な深さがあるから、足も取られて戦いにくいだろうが…。

 

「だが、ただこれだけではない。」

 アヌビスはそう言うと更に指示を出す。

 それに従って2人、何やら箱を抱えて走ってきたかと思うと、その箱の中から何かをお砂場に撒き始めた。

 富樫と虎丸はそれがザリガニに見えたらしいが、雷電がそれを否定して言う。

 

「サ…蠍だ!!」

 …てゆーか、さっきセンクウと戦った奴は蟻だったけど、今度は蠍か!P・S(ファラオ・スフィンクス)虫好きだな!!

 などと心でつっこんでいたら、隣の影慶がこちらを向いた気配がした。

 

「……平気か?」

「ああ、先ほど私が虫も苦手だと言ったから、心配してくださったのですね。

 ありがとうございます、影慶。

 でもあれに関しては、毒のある虫という概念で見れば確かに気持ち悪いですが、そこそこの大きさもありますし、毒針を取り除いてサワガニみたいにカリッと揚げたら、ひょっとしたら美味しいのではないかと思っておりました。」

「…可食か否かの発想からは一旦離れろ。」

 なんでだよ。すごく重要なことだろう。

 おまえいっぺん孤戮闘に放り込まれてみろ。

 まあ、それはともかくお砂場に撒かれた蠍たちは、一斉に砂の中に消えてしまった。

 

「学名ブラインド・スコルピオ。

 我が地では砂蠍と呼ばれておる。

 このように白昼においてはその身を、砂の中にうずめる性質を持つ。

 その尾針にある猛毒は、人ならば三度刺せば、たちまちあの世へ送る威力がある。」

 …うん、なんかもうわかったかも。

 とりあえず二回までは刺されても大丈夫との事。

 …なんだその都合のいい毒の威力。

 

「姿が見えない足元に潜む砂蠍の恐怖の中で、その精神力と技を争う極限の勝負!!

 これぞP・S(ファラオ・スフィンクス)最大決闘法・ルクソールの憂鬱、見事うけてみせるか!」

 

 や は り か

 

「ぬうっ!!まさしくあれは中国拳法でいう……」

「そうだ。蛇墨輒闘(じゃぼくちょうとう)……!!」

 

 蛇墨輒闘(じゃぼくちょうとう)

 数ある中国拳法諸流派の内、その苛烈さで知られる赤狼流総帥選出時に行われる決闘法。

 墨液を膝の高さまで満たした水槽に、全身が黒一色で猛毒を持つ黒咬蛇を放ち、その中で戦う。

 黒咬蛇の見ようとも見えぬ恐怖の中で闘うことは、拳の技量以上に、強靭な精神力が要求されるのは言うまでもない。

民明書房刊『世界死闘決闘百選』より

 

 拒否するのは自由だが、その場合勝負は自分の勝ちだとアヌビスが笑う。

 

「フッ。答えるまでもなかろう。

 俺は貴様を倒すためにここへ来たんだ。

 男塾一号生筆頭剣桃太郎、受けて立つぜ!!」

 それに答えて桃は刀を抜き、靴を脱ぎ捨てて斬りかかる。

 桃は怒りを抑えて出番を譲ってくれた伊達との約束があるし、あのように言われれば受けざるを得ないのは塾生(うちのこ)たちの習性なんだとそろそろわかってきたんだが、こうも相手の土俵ばかりで勝負し続けるのは、いささか不公平である気がしてならない。

 てゆーかやりたい放題だなP・S(ファラオ・スフィンクス)!!

 

 ・・・

 

 ルクソールの憂鬱。

 その勝負が始まると、それは桃の非凡さを披露する舞台と化した。

 まず最初に蠍に刺されたのは桃だったが、どうやらそこから砂上の感覚に身体が慣れたようで、この勝負を仕掛けて来た筈のアヌビスの速度をたちまち上回っていった。

 アヌビスの振るう槍から、まるで幻ででもあったかのように身を躱し、背後を取って斬りつける。

 アヌビスはそれを跳躍して躱したものの、着地した際に蠍の針を食らったらしく、それを腹立ち紛れに蹴り飛ばした。

 その間にも桃は動いており、跳躍から斬りかかった桃の刀をアヌビスは槍の柄で受けたものの、次の瞬間桃の長い足に、顔面を蹴り飛ばされていた。

 たまらず体勢を崩し、思わず地についた手を、また蠍に刺される。

 これで減点二。

 まだ一度しか刺されていない桃に対して、アヌビスにはもう後がない。

 

「どうやらおまえの力を見くびっていたようだ。

 その凄まじいばかりの太刀筋。

 砂中での闘いの勘をつかむ速さ。

 蠍を刺激せぬように、最小限の足さばきで動く身のこなし……!

 まさに並々ならぬ腕よ。

 ならばこのアヌビスも、これを使わざるを得まい。」

 言うとアヌビスの手の中の槍が二本に分かれた。

 更に(ぼたん)ひとつで長さと形を変えたそれは…。

 

P・S(ファラオ・スフィンクス)奥義、ネブケドの鉄馬蹂嵐(てつばじゅうらん)!!」

 ……どうやら日本でいうところの竹馬のようだ。

 地面についている部分が刃という、すごく物騒な形状をしてはいるが。

 

「我が地では鉄馬(ベレン)と呼ばれている。

 本来は川を渡る時、水中に潜む肉食魚や吸血ヒルなどから、身を守るために使われたものだった。

 それが時とともに改良され、我等砂漠の民の究極の戦闘武器として完成されたのだ。」

 あの…すまん。

 今の状況でこんな事を言うのはなんだけどソレ…大人が得意げに乗ってる姿は、はたから見る分にはすっごくマヌケなんだが、気づかなかった事にして流した方がいいんだろうか。

 

「成る程な。それならば足元の蠍を防ぐことは出来るかもしれん。

 だが俺の国では、それは子供のおもちゃだ。」

 言っちゃったよ!さすがは桃だ!

 なんか天の声が言えってうるさいけど、別にシビレないし憧れない!!

 

「愚かな……その嘲笑は貴様の血で償わせてやろう。」

 なんかほんとすいません。

 桃の言葉が癇に障ったらしいアヌビスが攻撃を開始する。

 二本ある鉄馬(ベレン)の一本で身体を支え、もう片方の刃が斬りかかる。

 それを繰り返すが、それが速い。

 やはり得意とする武器なのだろう、一見不自由に見える鉄馬(ベレン)をまるで己が手足の如く振るい、その動きに桃が防戦一方だ。

 と、桃の動きが一瞬止まり、その間隙を突いたアヌビスの一撃が、桃の腕に浅からぬ傷をつけた。

 

「蠍の毒はこれで二対二!!」

 アヌビスが早くも勝ち誇ったように笑う。

 そうか。今、桃の動きが一瞬止まったのは、蠍に刺されていたからか。

 

「この鉄馬(ベレン)がある限り、俺の勝利は不動のもの。

 貴様には万が一にも勝ち目はない!!」

「フッ…そうはいかん。所詮竹馬は竹馬。

 子供のおもちゃに過ぎぬ事を今、教えてやろう。」

 桃はそう言うと、持っていた刀を足元の砂に突き刺す。

 それから何を思ったか刀の鍔に足をかけ、指で(つか)を挟んで固定して、完全にその上に、恐らく物凄いバランス感覚を駆使して身体を乗せた。

 

「見せてやろう、秘承鶴錘剣(ひしょうかくすいけん)!!

 地獄への土産話にするがよい!」

 

 神業が展開されていた。

 先ほどよりも更に速度とキレの増したアヌビスの攻撃を、桃は刀の上に乗ったまま移動して躱している。

 その様子に雷電が息を呑んで呟く。

 

「あれは中国拳法でいう鶴脚閃走術(かくきゃくせんそうじゅつ)…。」

 

 鶴脚閃走術(かくきゃくせんそうじゅつ)

 中国拳法史上、幻とされる三大奥義のひとつ。

 その発祥は、中国版巌流島の決闘として名高い、陳宗明と泰報刻の「台南海岸の決闘」の折、足場の悪さを克服する秘策として、陳宗明が咄嗟に編みだしたとされている。

 この技には強靭な腱力はもちろんのこと、 絶妙なる均衡感覚と、卓越した体術が必要なのは言うまでもない。

 後にこれを発展させた数々の応用技が生まれた。

民明書房刊『中国日本武術交流秘史』より

 

「剣どのは一体いつ、どこであのような神業ともいわれた奥義を……!!」

「フフッ、謎の多い男よ。

 まったく俺達は、恐ろしい大将を持ったもんだぜ。」

 

 ま っ た く だ

 

 伊達の言葉に完全同意して思わず呟く。

 

「十代前半の時期に、武者修行で世界を巡っていた事は確かなようですが…十代のうちにそんな秘中の秘レベルの奥義極めてるとか、あの人やっぱり化けもんですよね…。」

「大半は同意するが、おまえにだけは言われたくないと思うぞ…。」

「どういう意味ですか!」

 影慶とそんな短いやり取りを交わしている間にも攻防は続くが、アヌビスは桃の技の前に、間合いを詰める事すら出来ずにいる。

 

「無駄だ。

 この鶴錘剣の前には、おまえの槍は俺に、カスリ傷ひとつつけることは出来ん。」

「確かに、大した逃げ技よ。

 だがそれではいつまで経っても、俺を倒すことは出来んぞ。」

「逃げ技…!?

 貴様にはまだ鶴錘剣の、真の恐ろしさがわかってはいない。

 いくぞ、アヌビス!これが受けられるか!!」

 言うや、桃は刀に乗ったまま、初めて自分から間合いを詰めた。

 身体のバネを使って高く跳躍し、器用に足で刀を回転させる。

 更に自らもすさまじい勢いで回転しながら、アヌビスに向かって落下していく。

 

「秘承鶴錘剣奥義・轔扇刃(りんせんじん)!!」

 だが次の瞬間、桃は刀に乗ったまま地面へと降り立っていた。

 てっきり防御もならぬまま斬りつけられたと思っていたアヌビスが、自らの無事を確認して、逆に動揺している。

 やがて落ち着きを取り戻したアヌビスが嘲笑うように言う。

 

「大した技よ。

 だがその大技も、不発に終わっては何にもならん!!」

「フッ、不発だと……!?」

 桃は余裕の表情で、その唇には笑みすら浮かんでいた。

 

「斬撃が鋭すぎて、振動も衝撃も伝わらなかったのだろうな。

 剣がその気であれば、奴は斬られた事にすら気づかず死んでいよう。」

「生死を賭けた戦いだというのに、相変わらず甘いこと。

 それが彼のいいところでもあるのですが。」

 一拍のちに、アヌビスの持つ鉄馬(ベレン)は足より上の部分が、まるで筑前煮のゴボウのような形に、バラバラに切り落ちた。

 

「おおお──っ!!」

 一瞬体勢を崩したアヌビスは、それでも鉄馬(ベレン)の残りの部分で、しっかりと地面を踏みしめる。

 だが、その体勢を整えるまでの1秒にも満たない時間を、桃は無駄にしてはいなかった。

 気合い声とともに跳躍し、空中で一回転してから、着地したのは、アヌビスの両肩の上。

 その手には、先ほどまで足場にしていた刀が握られており、その切っ先がアヌビスの眼前に突きつけられた。

 

「ふたつにひとつだ、アヌビス。

 潔く負けを認めれば命は助けよう。

 だが、まだ闘うというのなら、おまえの体はこのまま真っ二つになる!!」

 これにて勝負は決した。

 どちらを選ぼうが、ここにおいてもはや、桃の勝利は揺るがない。

 

「わ、わかった。負けだ。俺の負けを認める。

 無念だが貴様には勝てん。相手が悪かった……!!」

 悔しげな表情を浮かべて、アヌビスが言葉を絞り出す。

 その顔を見下ろしながら、桃は刀を退けた。

 

「…その言葉を信じよう。

 だがひとつだけ言っておく。

 命が惜しければ俺が去るまで、この場で身動きひとつしてはならん。

 …男が男の言葉を信じたのだ。

 この約束を破った時は、死をもって償うことになる。」

 桃の言葉を聞き、アヌビスがぎこちなく頷く。

 

「ああ、わ、わかった。なんでも約束するぜ。」

 …それはいいんだが。

 

「いやあれ、絶対約束守る顔してないですよね?

 むしろ積極的に破る事を、正々堂々と宣誓してる顔ですよね!?」

「…どうやら、それも剣の想定内のようだがな。」

「…えっ?」

 アヌビスの肩から飛び降りた桃は、手にした刀を一旦地面に突き立てて、それを支点にしてまた跳躍した。

 そうしてお砂場を囲う縁石の上に、綺麗に着地する。

 その瞬間、見せた背中に向かって、アヌビスはどこからか取り出したナイフを、投擲する体勢で振りかぶった。

 

「桃っ!!」

「心配するな、光。」

 そして。

 

「な、なに──っ!!」

 瞬間、彼に残されていた足場、鉄馬(ベレン)の残りの部分が、バラバラに切れて砂の上に落ちる。

 そして同時に、アヌビス自身の体も。

 

「やはり約束を守れなかったようだな、アヌビス。」

 先の轔扇刃の一撃の時、切り刻まれていたのは鉄馬(ベレン)上部だけではなかった。

 地面に落ちたアヌビスが、絶叫しながら砂から引き上げた手に、絡まっているのは…。

 

「三匹目の蠍だ。

 地獄で己の愚かさを悔いるがよい。」

 …影慶が『想定内』と言ったのはこういうことだったか。

 もうあいつ一人でいいんじゃないかな。

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