婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜 作:大岡 ひじき
唐突に天体ショーが始まった。
皆既日食。
日食とは地球と太陽の間に月が入り、その月の影が落ちた地域で、太陽が見えなくなる現象で、特にその時点での月の視直径が太陽を上回って、太陽が完全に隠れた状態を指して皆既日食と呼ぶ。
神話において天照大神が天の岩戸に隠れ、世界が闇に閉ざされたのは、この天体現象を指したものだという説が一般的である。
昼間だというのに真っ暗になってしまった不思議な世界の中、
それは先ほどからアヌビスが跪いて話しかけていた棺であり、どうやら大将はこの中に入っているらしい。
「フフッ…み、見えるぞ。
貴様がそのハチマキを真紅の血に染め、もがき苦しんで死んでいくのがな……。
あ、あのお方こそ、天界より舞い降りた闘いの神の化身…!!
あのお方に勝てる者など、この地上に居りはせぬ…!」
アヌビスが、そう言葉を残して力尽きる。
そのアヌビスの身体と砂蠍のお砂場を撤去して兵士さん達がその場を去ると、桃は残された棺に向かって声をかけた。
「いつまでもその棺桶の中では息苦しかろう。
早く出てきたらどうだ。」
“我が
あとの兵隊どもが束になってかかろうと、貴様には勝てんだろうからな。
だが、貴様等男塾に勝利はない。
余自らこの手で全員、血祭りにあげてくれようぞ!!”
…そういやこのチーム、まだ16人出てないよね?
チーム登録してるメンバーが、あの兵士さんの中に居たのか、それともうちと当たる前のチームとの闘いで人数が減っていたのか…両方かもしれない。
そんな事を私が考えていると、仰々しいその棺の蓋が遂に中から押し上げられ、棺以上にまばゆい光を纏った男が中から飛び出してきた。
「地獄で語るがいい!!
だが。
「隙だらけだぞ、ファラオとやら!
そんなハッタリは俺には通用せん!!」
桃はようやく現れたその男を、出てきた瞬間に頭からまっぷたつに両断する。
…まったくなんの躊躇いもなしか。
さっきアヌビスに見せた情けはなんだったんだ。
などと思っていたのもつかの間。
「こ、これは…!?」
「これぞ
確かにまっぷたつに切り裂いた男が2人になって、桃の前に立ちはだかる。
「フフフ、輪廻核惺とは死して滅びず、前世に倍する生を授かること。」
それで2人か。笑えない冗談だこと。
てゆーか、なんのトリックなのか知らないが、これ最初に桃が一刀両断かまさなかったらどうしていたんだろうというのは、つっこんじゃいけない案件だろうか。
「…センクウが戦った相手は、腕ぶった斬ったら蟻の塊でしたよね。
これもそんなようなもんじゃないんでしょうか。
この世界びっくり人間大集合ショーもそろそろ飽きてきました。」
「おまえは食べ物が絡まないと興味が持続せんのか。」
決してそういうわけではないが、言われてみれば確かにお腹が空いたかもしれない。
…そんなことより!
桃が明らかに戸惑いながらも攻撃を続け、斬られるまま微動だにしないファラオは3人に増える。
「わかったか、ひとりがふたり、ふたりが三人、三人が四人…斬れば斬るほど数は増え、貴様は不利になっていく!!」
言うや、三人のファラオは攻撃に出た。
攻撃自体はナイフ一本手にしてまっすぐ斬りかかってくる単調なものだが、それが三方向からだから、さすがに躱すにも苦労するのだろう。
それにしても、ファラオが攻撃するたびに何か、微かに風を切るような音が聞こえるんだが、それがナイフを振り回す音にしては…なんというか、鋭すぎる気がする。
そんな違和感に私がモヤモヤしているうちに、桃は身体のバネだけで高く跳躍すると、襲いかかろうとしていたファラオのひとりの背後に着地して、太い腕をその頸部に絡めて拘束した。
「捕まえたぜ。
これで貴様の化けの皮ははがれる……!!」
だが確実に捕らえていた筈の身体は、一瞬光の粒が分散するかのように桃の腕から消えると、すぐに一歩離れた場所にまたその姿を現わす。
あまりの事に一瞬動きの止まった桃に、次の瞬間そいつのナイフの刃が届いた。
「も、桃〜〜っ!!」
ギリギリで躱した桃の胸元が浅く切り裂かれ、赤い血が飛沫いた。
…やはりそうだ。
今の攻撃の際にも同じような音が聞こえていたが、近距離からの攻撃というよりは、むしろ飛び道具を投げ放った時のような音である気がする。
「…回転はしていない、むしろ目標物にまっすぐ飛ぶ…投げナイフみたいな感じ?」
「どうやら本体は別にいて、この闇に潜んでいるようだな。
だが奴らが無駄に発光して存在を主張しているだけに、この暗闇では見極めるのが困難だ。
剣は俺の
だが日食はもうすぐ終わる。その時が勝負よな。」
天の岩戸の扉は、ゆっくり開かれようとしている。
女神もこの勝負の行方が気になるのだろう。
☆☆☆
陽の光が微かに戻り始めると同時に、奴らの動きが速くなってきた。
感情は読み取れないが、勝負を焦ってきているのか。
恐らくはこの暗闇の中だからこそ、この技は有効なのだろう。
やはり奴の秘密は、あの体から発する光にある…!!
「貴様の考えていることはよくわかる!!
日食が終わり陽が戻るまで、なんとか耐えしのごうと思っているのであろう!」
考えを読まれた。まあ当然か。
それが奴の秘密であるなら、その弱点も当然考慮に入れているのだろうから。
奴のナイフが再び体を掠め、別のひとりが間髪入れずに襲いかかるのに、ほぼ反射的に斬りつけた。
そしてまたひとり。
俺の目の前に、四人のファラオが立ちはだかる。
「感謝するぞ、これで四人になった!!
貴様はますますその命を縮めたというわけよ!!」
…素早い動きに惑わされて気づかなかったが、静止した状態で見るとはっきりとわかる。
奴等は分裂して増えた後、その光が少しずつ弱まっている。
そして先ほど触れた、熱をもたない光。
「イチかバチか…やってみるしかなさそうだぜ!!」
俺の勘が正しければ、奴等は日食が終わるまでがタイムリミット。
こうすれば必ず、一気に勝負をつけてこようとする筈だ。
☆☆☆
桃は何を思ったか、ひとつ息をついてから、四人のファラオに真っ直ぐ斬りかかっていった。
斬られたファラオは少し驚きはしたようだが、勿論防御体制も取らず、その体はどんどん分裂していく。
「いいのか、こんなマネをして。」
「大きなお世話だぜ。」
言ってる間にもファラオはこま切れにされ、もう何人いるのか数える気にすらならないくらいの人数になった。
桃が自棄を起こしたのかと心配する富樫や虎丸に、伊達が落ち着いた声音で答える。
「どんな苦境に立たされようと、己を忘れる男ではない。
何か考えがあってのはず。
…気のせいか、俺の目には奴等の体の光が、弱くなってきたように見える。」
その伊達の言葉に、赤石の声が続いて聞こえた。
「弱くなった、ていうなら、最初に分裂した時からずっとだ。
分裂するたびに光はどんどん弱まってる。
それがなんの意味を持つかは判らんがな。」
…まじか。二人ともよく気がついたな。
言われてみれば、最初に棺から出てきた時は眩しいくらいだったファラオの身体は、今はうすぼんやりと発光しているのみだ。
ほんの少し明るくなりかけてきているせいかと思ったけど、赤石が最初からだったと言うなら間違いないのだろう。彼の目の良さは並じゃない。
「来るがいい。
今こそ貴様等の化けの皮をはいでやろう。」
自身を取り囲むファラオ達をそう言って挑発する桃に、一気に勝負をつけるべく全員がいちどきに向かってくる。
その中心で、桃は刀を地面に突き立てた。
「これが貴様等の正体だ──っ!!」
桃はその刀の上で倒立すると、そのまま凄まじい勢いで回転した。
「
その回転から巻き起こされる突風が、何故かファラオ達の体を崩して、それは闇の中に無数の光となってフワフワと舞った。
「そうか、よめたぞ!!
あ、あれはまさしく
煇光蛍…
学名エジプティアン・ネオム・ファイアーフライ
ナイル川流域に生息し、極めて明るい光を放ち、その集団性と知能の高さで知られる。
古代エジプトではガラス瓶に入れ、家庭での照明として、各家庭で使用されていた。
またその特質を利用し、どんな隊形でもとれるよう調教した。
しかしあまりの乱獲がたたり、7世紀初頭には絶滅が確認された。
今度は蛍か!
おまえら本当虫大好きだな!!
てゆーかさっき影慶に言ったのは半分冗談みたいなもんだったのに、本質的には正解だったよ!
全然嬉しくないけどな!!
まあ、飛んでる姿は綺麗だと思う。素直に。
「フッ、考えたものよ。
まさか蛍で形づくられた分身と戦わされていたとはな。
そして隙を見ては蛍のナイフに重ねて、背後から本物のナイフを投げていたのだ。
……本物の貴様はそこだーっ!!」
言って桃は、背後の豪奢な棺に向かって刀を投げる。
先に出てきたまばゆい光を放つ分身に誤魔化されて気づかなかったのだろうが、どうやらずっとその棺の中で半身を起こしていたのだろう影が、指で桃の刀を受け止めるのが見えた。
それがゆっくりと立ち上がる。
「フフッ、よくぞ見破った。
だが、これはほんの座興にすぎん。
どうやらおまえには、このファラオの相手となる資格がありそうだ。」
半分まで姿を現した太陽の光のもとに、ようやく晒された本物の『ファラオ』は、意外にも蛍が作った分身達よりもずっと小柄だった。
桃との対比で考えると、多分私と同じくらいの身長しかない。
一見少年のように見える体躯だが、よく見ればしっかりと鍛えられた肉体は、その形が成人として完成されている。
頭髪は完全に剃り上げられて色すら確認できず、額には大きな宝石が貼り付けられており、また異常に大きな耳にも、太いピアスが下げられている。
桃が宇宙人かと思ったなどと軽口を叩くが、確かにそうだと言われたら信じてしまいそうな異相だった。
「返しておこう。これがなくては闘えまい。」
そのファラオが、先ほど投げられた刀を桃に投げ渡す。
「いいのか?後悔する事になるぜ。」
それを受け止めながら桃が言うのに構わず、ファラオは後ろに控える兵士達に何やら指示を出した。
兵士達は大きさの割にやけに重そうな金属の玉と、やはり金属の板を持ち込んで闘場に設置する。
「気にすることはない。
これは、しばらく後のお楽しみだ。」
いや気になるわ!置いてけぼりか!
ほんとにやりたい放題だなお前ら!!
「それよりももっと面白いものを見せてやろう。」
言って、どこからか取り出した紐のようなものを示す。
「これは、ペナムというナイル川流域特産の、ゴム科の樹の樹液から作られている。
見かけはこの通り細いが、その強度と伸縮力の点で、比類するものはないだろう。」
その紐の先には三日月状の刃が付いており、その反対側の端を、ファラオは自身の耳飾りに結びつける。
「これを用いて我が
見るがよい!
そうして結びつけた紐をその状態から回転させる。
「人は皆、己の体で一箇所だけ、自由にならぬ筋肉がある。それは耳の括脹筋だ。
全身の動枢神経が集中するこの括脹筋は、修練を積めば手足同様…いや、それ以上の働きをする。
俺は、それを可能とした!!」
ファラオは首をほんの僅か動かしただけだった。
どちらかといえば、目立つくらい大きな耳の方が、ピクピク動いたのに気がついたくらいだ。
人間は耳介筋が退化してしまっているが、千人に1人くらいの割合で動かせる人間がいるという。
そんなようなものだと思っていたが…。
次の瞬間、回転で勢いをつけていた耳につけた紐が桃に向かって飛んできて、その先端の刃が桃の肩に傷をつけた。
信じられないことにファラオはそれを、耳の筋肉だけで操作しているらしい。
凄まじい勢いで襲いかかってくるそれを辛うじて躱し、桃が一旦間合いの外に出る。
「フッ、器用な耳だ。おまえはダ○ボか。」
「ダン○……!?
確かそれは、マンガの空を飛ぶ象の事だったな。」
エジプトの秘境で密かに闘技を開発している彼らも、ディズ○ー作品は知っているらしい。
…あ、一応念の為に説明すると、2人ともちゃんと正確に発音はしてる。
大人の事情で一部伏せさせてもらってるだけで。
ってどうでもいいわ!!
考えた末、ファラオは最初から小柄体型という事にしときました。
総合的に考えると、逆にちっさい方が彼はカッコいい気がする。