婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜   作:大岡 ひじき

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2・A Kind of Magic

「フフフ、手品、奇術、魔術とは、人の視覚の盲点をつき、心理の裏をかくこと。

 それを恐怖の殺人技として完成させ、もはや芸術とさえ呼ばれるのがこの、地獄の魔術(ヘルズ・マジック)です。」

 地獄の魔術師(ヘルズ・マジシャン)としての華麗なるイメージチェンジを果たした男爵ディーノが、確かスプリングとかいう技法だろうか、華麗な動きでカードを舞わせる。

 あれ、トランプの記号と絵柄のついた刃物なんだけど、あれを危なげなく操る手腕には、素直に感心してしまう。

 

「まったく鮮やかな手さばきよ。

 だが、まだそのカードを使う気か。

 それが俺に通用しないことは、先刻教えてやったはずだ。」

 それを面白そうに見つつ、酒瓶片手の酔傑は、そう言って嘲笑ってみせた。

 

「いえ、カード・マジックこそは、あらゆるマジックの基本ともいうべきもの。

 それだけにその技の種類も多く、千変万化。

 …例えば、こんなのはいかがですかな。」

 ディーノは取り出した三枚のカードを、ただ投げ放ったように見えた。

 

「それがどうしたというのだ?

 この辣絹布(らっけんぶ)で織った旗で、また打ち払ってくれる。」

 だが言うか言わぬうちに酔傑が旗を再び振った瞬間、それは燃え上がる。

 ディーノの放ったカードが空中で発火し、それが当たった旗に燃え移ったのだ。

 大きく上がる炎に一瞬狼狽えた酔傑の隙をついて、ディーノが更にカードを投げる。

 それは今度は発火などせず、酔傑の乗った馬の首に命中し、馬はその身を地に倒した。

 落馬する寸前で馬の背から跳躍して無事に着地した酔傑に、ディーノが説明する。

 

「このカードには、空気との摩擦でも発火する、揮発性の油が塗ってあったというわけですよ。

 何しろ辣絹布といえば、丈夫さには定評がありますが、燃えやすさはこの上なしというものですからね。」

 だが、馬を倒され地に降ろされながらも、酔傑は余裕の表情を崩さず、あまつさえディーノの技を宴会芸と言い切った。

 

「今度はひとつ、俺が見せてやろう。」

 そう言うと倒れた馬の背から、何やら金属の紐のようなものを取り外す。

 

「これは、我が梁山泊に数多く伝わる武器のひとつで、地穿鞭(ちせんべん)という。

 これの使い方が、一風変わっておってな。」

 両手にそれぞれ一本ずつ手にしたそれを酔傑は振り回したと思うと、その先の刃物のついた突起の部分を、振り回した勢いのまま地中に打ち込む。

 てっきりそれで攻撃されると思っていたディーノが、その疑問をそのまま口にした。が。

 

「わからんか。

 この鞭は手もとの動きひとつで、意のままに操れる自在鞭。

 土中にその身を潜め、敵を撃つ!!」

 手にある部分を引いたり緩めたりと、細かい動きを与えられたそれは、ディーノの足元の地面から、まるで槍のように飛び出してきた。

 次の瞬間には出てきたところから姿を消し、離れたところからまた地面を割って現れて、ディーノの身体に傷を作る。

 

「この地穿鞭は伸縮自在、決して逃げられはせん!!」

 更に、それは今度は蛇のようにうねりながら地面から現れ、ディーノの両足首に巻きつくと、その足を地面に固定してしまった。

 

「いくらあがこうが、その状態から脱出することは不可能だ。悪く思うな。」

 酔傑は言いながら、また倒れた馬の背から、何かを外す。

 

「おもしれえ芸を見せてもらった礼に、こいつでひと思いにあの世へ送ってやろう。」

 掲げたのは、持ち手のついた大きな、手裏剣のような形の刃。

 …てゆーかおまえ、その馬にどんだけの武器積んでたんだ。

 いや、そんな事言ってる場合じゃない。

 

「貴様の手品で、地獄のエンマを喜ばすがいい!!」

 その刃を、そこから身動きの取れないディーノに向けて投げ放つ。

 瞬間、ディーノは何を思ったか、マントの下から煙玉のようなものを出して、それで煙幕をたいた。

 だが勿論、煙は何の盾ともならず、刃はディーノの身体を通り抜ける。

 …彼の上半身と下半身を真っ二つに分けて。

 

「っ!」

 思わず上げた悲鳴が声にならなかった。

 次の瞬間には、伸びてきた影慶の手が私の視界を塞いだが、遅い。

 

 だが。

 

「フフフ、やはり心配ですかな。

 万が一にも、先程の首と同じく、これもロウ細工ではないかと…。」

 何故か倒れたディーノに歩み寄り、その顔を覗き込んでいた酔傑に、ディーノの上半身がいつもと変わりない調子で声をかける。

 

「そう、それを確かめずにはおられないのが、人の心理というもの。

 だが、言ったはずですよ。

 魔術とは、人の心理の裏をかくものだと。

 …かかったな!これぞ眩魔切断術(ミラクル・カッター)!!」

 ディーノは土の下に隠していた全く無傷の両足でその場から跳躍すると、酔傑の首に先ほどのカードを投げ打った。

 

「ば、馬鹿な、何故…!?」

 喉に刺さったそれを抜きつつ、信じられないという表情を浮かべる酔傑に、ディーノが御丁寧にも説明する。

 

「煙幕をたき、視界を一瞬遮った時、切断されたと見せかけ、脱け殻の下半身を地上に残して、わたしは上半身だけを地上に出していたのです。」

 腹には御丁寧にニワトリの血の入った血袋を仕込んでいたとの事、なのだが…。

 影慶の手が再び私の視界を遮るが、やっぱり遅い。

 

「わたしの名は男爵ディーノ。

 人はわたしを地獄の魔術師(ヘルズ・マジシャン)と呼びます。」

 マントの下は上半身素肌、下半身は下帯いっちょという変質者そのものの姿で、ディーノはドヤ顔でもう一度名乗ってみせた。いやズボン履け。

 

 ・・・

 

「末期の酒だ…頼む、そこの酒瓶をとってはくれんか。」

 闘場に倒れた酔傑の懇願に、ディーノはお安い御用と応じながら、そんなに深い傷ではないと告げる。

 酒瓶の酒をディーノに含まされ、感謝の言葉を告げた酔傑は、しかし次の瞬間ディーノに向けて、口に含んだ何かを吹き付けた。

 

「顔に似合わずお人好しな男よのう。

 カードの威力を手加減して、俺を殺さなかっただけでなく、酒瓶の中に仕込んであった含み針までも与えてくれるとはな。」

 それはどうやら目に当たったらしく、ディーノが反射的に顔を覆った手を退けたその下で、閉じた瞼の下から血が流れている。

 

「どうやら、勝負は逆転したようだな。

 恨むなら己自身の甘さを恨むがいい。」

 そう言いながら酔傑が、先ほどの地穿鞭(ちせんべん)を手に取り、その穂先でディーノの胸を貫く。

 ほぼ致命傷となるその一撃に、彼を助けようと後輩たちが動き出そうとする。

 だがディーノは這って縄ばしごに近づくと、手にしたカードでその縄を切断した。

 

「お気持ちだけいただいておきますよ。

 こやつだけは、わたしの手で討ちとります。

 …あなた達には、なにもしてやれませんでしたが、これが男塾三号生としてわたしが唯一残せる、さ、さよならのプレゼントです……!!」

 言ってディーノは、先ほど燃やした酔傑の旗の柄であった槍を引っ掴むと、それで酔傑に突き掛かっていった。

 だが目が見えていない状態であるのと、胸の傷の深さが邪魔をして、そのやみくもな攻撃は、酔傑の身体には掠りもしない。

 酔傑はそのディーノの手から、無造作に槍を奪い返すと、槍を手にしたままの拳をディーノの顔面に入れる。

 

「これ以上貴様にかかわりあってる暇はない!!」

 背中から無様に倒れたディーノに向かって、酔傑が槍を投げる。

 その酔傑にディーノはまたもカードを投げたが、それはあっさりと躱された。

 もはや投げられた槍を躱す余裕もなく、それはディーノの口を貫き、後頭部まで抜けて地面に突き刺さっていた。

 

「ディ、ディーノ〜〜っ!!」

 

 

「なんとも無残な死に様よ。

 この俺でさえも目を覆いたくなる。」

 二度騙されたせいで、やはり確認せずには居られないのか、酔傑はディーノの口から流れる血を、人間の血であると確信し、安堵する。

 

「まったくしぶとい男だったぜ……!!

 こんな奴とは、二度と闘いたくはねえもんだ。」

 戦う男にとっては、敵への最大の賛辞であろう言葉を口にして、酔傑はディーノに背を向ける。

 

「フッフッフ。

 またしても引っかかりましたね。」

 そこに、ありえない声がかけられて…!

 

「こ、これぞ地獄の魔術(ヘルズ・マジック)奥義・奇跡の杖(ミラクル・ケイン)!!」

 槍の柄を咥えたままで発音は不明瞭だが、おおよそそういう事だろうと思う。

 立ち上がったディーノは、背中から酔傑の首を腕で極める。

 口から喉を貫いていたと見えた槍は、一部が切り取られてディーノの口に咥えられ、その状態で地面に突き立った槍の柄の上で、死んだふりをしていただけなのだ。

 

「もう種明かしをする必要はないでしょう。

 あなたの槍を使い攻撃したのはこの為…ただ振り回していたのではなく、槍にカードで切り込みを入れていたのです。

 ついでに言えば、この血は舌を噛み切ったものです……!!」

 まじか。まあでも喋れてるって事は、完全に切り離されてはいないのだろうが…えぐいな。

 

「だが、どうするつもりだ!?

 このまま首を絞め上げる余力は残っていまい。」

「絞め上げる必要などありません。」

 ディーノは酔傑の首を極めたまま、闘場の端へと引きずっていく。

 どうやら酔傑を道連れにこの流れに飛び込むつもりであるようだ。

 

「…影慶!」

「わかっている。」

 影慶は私が呼びかけるより先に動いており、用意していた投網を既に構えている。

 なんて頼りになる相棒だ。

 

「よ、よせ、よすんだ──っ!!

 ディ、ディーノ───っ!」

 闘場に向かって、桃が悲痛に叫ぶのが聞こえる。

 大丈夫、絶対に死なせないから!

 

「こ、今度ばかりはタネはありません。

 ほ、本当に、さよならです。

 …諸君達の健闘を祈ります!必ず優勝を──っ!!」

 …一陣の風が、主を失った帽子(シルクハット)を舞い上げた。

 

 ☆☆☆

 

 …滝壺に落ちる前に影慶が引き上げたディーノは、既に死んでいるみたいに見えた。息してない。

 一瞬手遅れかと思ったが、脈はある。

 水を飲んでいるのかと思ったが、さほどの量は飲んでいないようだった。

 ふと、思い出して口を開けさせる。

 思った通り噛み切った舌が辛うじて一端で繋がっており、それがどうやら気道を塞いでいるらしい。

 血で滑るそれをなんとか元の位置に直して、氣の針を撃ち込んで繋げる。

 血が気にはなったが背に腹は代えられず、一応布で拭ってから、鼻をつまんで口から息を吹き入れた。

 隣で影慶がはっと息を呑む気配がする。

 …そういえば驚邏大四凶殺の決着直後、伊達にこれをやった時の一般三号生の反応もこんなだった気がするんだが、一体なんなんだろう。

 数度繰り返すと呼吸を始めたので、念の為氣の針による心肺機能の活性化も施す。

 胸の傷はほぼ致命傷なのでそれも塞いだが、受けてからそれほど時間が経っていなかったせいか、造血の処置まではしなくて良さそうだった。

 最後に目の状態を確認すると、針が刺されたのは眼窩のまわりと瞼の皮膚のようで、眼球には傷がついていない。

 毒などが塗られていたわけでもないらしい。

 ひと通りの処置を行なって息をついた時、風で飛んできたディーノの帽子(シルクハット)を、影慶が回収してきたところだった。

 さすが影慶、アフターフォローも完璧かっ!

 

「いつまでも悲しんでるヒマはねえ。

 どうやら梁山泊の本隊がお出ましのようだぜ。」

 集音マイクが拾った伊達の声に、対岸に目を向ける。

 そこには先ほど見たのと同じような旗を掲げた騎馬の一団がいた。

 

 ☆☆☆

 

「光。」

「はい?」

「奴等は強敵だ。

 状況が許すのならば、俺も一度、戦列に復帰しようと思っている。

 どうにかして正体を隠しての事になるが。」

  比較的平らなところを選んで毛布を敷き、その上に男爵ディーノを寝せた後、影慶が意を決したように私に告げた。

 

「想定内です。

 あなたは補充要員の頭数に入っておりますから。」

 実際、このようにして仲間を助けてもらっているが、彼自身見守ってだけいるのも限界だろう。

 穏やかで冷静なふうにふるまってはいても、その身の裡に滾る戦いの血が、彼を戦場に戻さずにはいられまい。

 ここいらでガス抜きは必要だ。

 だが自分から切り出したくせに、私が了承すると影慶は、どこか納得のいかない表情を浮かべる。

 

「…しかし、一度戻ってくるにせよ、その間おまえを1人で置いておくのも、不安ではあるのだが…。」

 私は子供か。危うくそうつっこみかけたところに、

 

「御心配なく、影慶様。

 光君にはその間、このわたしがついております。」

「えっ!?」

 予期しないところからかけられた言葉に、私と影慶が驚いてそちらを振り返る。

 そこには、今眠らせて横たえた筈の男爵ディーノが、毛布の上で半身を起こしていた。

 

「治療を行なったばかりなので、もう少し寝ていて欲しかったのですが…。」

 私が若干の文句を言うと、ディーノはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「こんな面白そうな事が近くで行なわれているのに、眠ってなどいられますか。

 命を助けていただいた礼としては安すぎますが、この程度のお返しはさせていただきますよ。」

 面白いとか言い出したよこの野郎。

 どうしてくれようかと思いつつ私がディーノを睨んでいると、ディーノは私の隣で難しい表情を浮かべる影慶に視線を移した。

 

「影慶様。御存知の通りわたしは元々、裏側での工作や情報収集が本職です。

 このままあちらに戻るよりも、おふた方のお手伝いにまわる方が、お役に立てるかと。」

 そう言って、影慶の前に跪く。

 その言葉に、影慶は少し考えてから、ディーノの目をしっかりと見つめて、告げた。

 

「男爵ディーノ。

 男塾死天王の将・影慶が、貴様に命じる。

 俺が居ない間、光を守れ。」

 その言葉にディーノが、我が意を得たりとばかりに再び、ニヤリと笑う。

 

「御意。光君も、よろしいですね?」

 影慶が認めたのならば、私には口を出すことなどないけれど。

 

「で、でも、あの」

 ひとつだけ、どうしても看過できない問題があった。

 それをどう告げるべきか、とっさに言葉が出てこない。

 

「身体のことでしたら問題ありません。

 おかげさまでちゃんと動けますよ、大丈夫。」

「ええまあ、治療したのは私ですから、完治に睡眠が必要とはいえそこは心配しておりませんが…ええと。

 その、このまま行動を共にするのでしたら、目のやり場に困るので、せめてズボンは履いていただけたら、と。」

「え?…あぁぁっ!わ、わたしとしたことがぁっ!!」




なんと 男爵ディーノが おきあがり なかまに なりたそうに こちらを みている!

なかまに してあげますか?

▶︎はい
 いいえ

男爵ディーノが なかまに くわわった!
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