婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜   作:大岡 ひじき

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3・ピストル真似た左手で星を撃ち落とせたら

「サラシを泥炭を混ぜた水で洗って染め、それを巻いて覆面としましょう。

 念の為、露出している目の周りにも炭を塗って…」

「待て。それではあまりにあからさまではないか?」

「だからこそ、ですよ。

 彼らはよもや影慶様が、こんなにあからさまな変装をするとは思わないでしょうし、影慶様自身、そう大きく戦闘スタイルを変えるおつもりではないのでしょう?」

「そ、そういうものか。」

「そういうものです。

 仮呼びのお名前も考えなくてはいけませんねえ。」

「…あの、2人とも。

 そろそろ第二戦が始まりますよ。」

 なんか知らないが変装の話で盛り上がってるらしい三号生ふたりに声をかける。

 実は今までどっかの誰かさんがぶった切った縄ばしごを係員が直しに来ていて、その為に次戦の開始が中断されていたのだ。

 ちなみにその間にも互いの陣からの挑発対決みたいのが繰り広げられており、梁山泊側から次の出場闘士らしき弓使いが矢を富樫の学帽の徽章に向けて、しかも4本繋げるようにして放ち、その返礼として月光が、まるでゴルフのスイングのようなフォームから撃ち放った鉄球で、その弓使いが身につけていた大きな耳飾りの玉を砕いたついでに、その後ろに控えていた騎馬の馬を一頭、巻き添えで倒していた。

 そんなこんなでようやく使えるようになった縄ばしごを渡って、月光が闘場へ向かう。

 同じようにして相手側から渡ってきたのは、やはり先ほど矢を放った弓使いだった。

 闘場で向かい合うと、平均身長の高い塾生の中でも、とりわけ大きい方である月光と、変わらないほどの長身だ。

 更に、大きな弓を手にしたその腕の、肩から肘にかけての太さが並外れている。

 顔には額から頬にかけて、Y字を逆さにしたような大きな傷跡が走っており、青みがかったグレーの蓬髪は長く伸ばされて、それが獅子の鬣のように風に揺れた。

 

「我が名は梁山泊十六傑のひとり、蒼傑……!!」

「男塾三面拳、月光……!!」

 闘士たちがそれぞれ名乗りをあげる。

 

「貴様の纏劾狙振弾(てんがいそしんだん)、確かにこの目で見届けた。

 聞きしに勝る凄まじき技よ……!!」

 纏劾狙振弾(てんがいそしんだん)とは、先ほどの挑発対決で月光が繰り出した技の名前らしい。

 …とりあえず、生まれついての盲目っていうのは嘘じゃないかと思ってる。

 実は都合のいい時に見えたり見えなかったりしてるんじゃないかとすら思う。

 …まあそんな事は今はどうでもいい。

 で、そのまま戦いが開始されるかと思った時、蒼傑の方から勝負方法の提案があった。

 

「貴様程の男とこのまま、ただ戦うのも興がない。

 貴様なら知っておろう。双条檄射(そうじょうげきしゃ)の名を……!!

 見事、受けてみせるか。」

 月光の返事を聞かぬうちに、蒼傑は何やら細い布のテープのようなものをどこからか取り出し、両方の手からそれを投げた。

 それは月光の足元まで転がり、2人の間に繋がる道のような形の2本の線を描く。

 

「どうする……!?

 本来ならば、これは弓術にあっての決闘法……。

 恐れをなし、それを理由に拒むのも、今なら貴様の自由だ。」

 今思いついたみたいな流れで言ったけど、そのテープの用意を見る限り、最初からやろうと思ってたよね!

 てゆーか、本来なら弓術のって言っちゃったよ!

 堂々と自分のステージで戦おうとしてるよこの人!

 

「この月光、いかなることあっても敵に背を見せたことはない。

 受けてたとう、双条檄射(そうじょうげきしゃ)……!!」

 そして月光!あっさり乗るな!!お前チョロいな!!

 

「お、教えてくれ雷電!!

 おまえなら知っているだろう、あの双条檄射(そうじょうげきしゃ)というのを──っ!!」

 集音マイクが自陣から、虎丸の声を拾う。

 雷電はとうとう我が男塾において、その扱いが生きた拳法辞典と化したらしい。

 

「ウム。まさかこの目で実際に見ようとは……!!」

 うわ本当に知ってた。雷電によれば、

 

 双条檄射(そうじょうげきしゃ)

 弓術における究極の決闘法。

 免許皆伝に挑戦する二人が互いに十本ずつの矢を持ち、射あって勝負をつける。

 その際、線外に逃げ出したりすれば勿論命を断たれ、両者の矢が尽き、決着のつかない場合には、二人とも自決せねばならぬという。

 即ちこれに臨む者、生か死か、ふたつにひとつ…!!

 

 との事。

 月光の纏劾狙振弾(てんがいそしんだん)を見た上でこの勝負を仕掛けてきた事で、かなりの自信なのだろうと桃と伊達が話しているが、いや騙されるなお前ら。

 いかに月光の対応範囲の広さが異常だからといって、蒼傑が自分のステージに月光を引っ張り込んでる事実は変わらないからな?

 

 ・・・

 

 改めて2本の線の内側で対峙する二人。

 月光の足元には、10個の鉄球が置かれている。

 

「言うまでもあるまいが、お互いに十本・十球以上の矢・鉄球を使用したり、この線の外に一歩でも足を踏み出せば、負けを認めたことになる。

 それはすなわち死……!!」

「委細承知!!」

「いくぞ!!」

 二人が同時に…否、一瞬早く仕掛けたのは蒼傑の方で、月光はそれに合わせて球を打ち出す。

 ふたつの軌跡はぶつかり合って互いの軌道を止め、それを確認するかしないかくらいのタイミングで、蒼傑は素早く矢筒から矢を引き抜いた。

 

「梁山泊闘弓術・三連貫!!」

 十本しかない矢を惜しげもなく、三本同時に放つ。

 

辵家(チャクけ)棍法(こんぽう)旋曲弾(せんきょくだん)!!」

 対して、それに合わせた月光が放ったのは、一球。

 それが一度大きく曲線を描いて回転し、蒼傑が放った三本を全て撃ち落とす。

 私はゴルフについてはほとんど知らないが、本来のゴルフならばフックボールはミスショットに分類されるものだったと思う。

 それを技として成立させてしまうのだから、改めてこの男の技量には感嘆せざるを得ない。

 

「味なマネを!だがこれはどうかな!」

 蒼傑は矢を二本つがえると、やはり先ほどと同様、一度に放つ。

 だがそれは、どのように見ても月光の両側を通り抜ける軌道で飛んできており、本来ならば躱す必要もないものだった。

 だが月光はそれを大きく真上に跳躍して躱す。

 二本の矢はそのまま闘場をはるか通り抜け、私たちのいるのと対岸の方に茂る木々の中に飛び込んで…二本の矢が通り抜けた間にあった太い木が、突然ばっさり切れて、倒れた。

 

「なるほど。

 二本の矢の間に刃鋼線を張っていたというわけですね。

 ホホッ、怖い怖い。よく見切ったものです。」

「あの男は盲目ゆえに、他の感覚が鋭敏なのだろう。

 月光は大威震八連制覇に於いて、敗れはしたがこの俺に肉薄した男。

 あの程度の小技などにかかってもらっては、こちらの面目も立たん。」

 いつの間にか私の両側を挟んだ男たちが、頭の上で会話している。

 くそ、私よりちょっと…いやかなりデカいからって。

 …いや気にするな、これは罠だ。

 ところでこんな時になんだがディーノのズボン問題、影慶が闘士たちの簡易休憩所に、用意されていた着替えを取ってきてくれて事なきを得た。

 ただ、そこへ遠回りして向かう途中、どうやら目を覚まして仲間達を追ってきた飛燕とうっかり鉢合わせそうになったらしく、先ほどのディーノとの変装談義はその報告を受けての事だ。

 それはさておき。

 

「どうやらおまえは、俺の考えていた以上の使い手のようだ。」

 それなりに自信があったのだろう技を見切られながらも、蒼傑が顔色も変えずに言う。

 

「感心している場合か。貴様の矢は残り四本…。」

「四本あれば充分……!!

 見せてやろう、梁山泊闘弓術の極奥義を…!!」

 言って蒼傑は四本のうちの三本を、上空に向けて放った。

 月光は耳を澄まし、上空から自身に向けて勢いを殺さず落ちてくる矢を、三本とも気配を見切って躱す。

 この程度の事、月光ならば容易い。

 ここまで相対した時間の中だけでも、蒼傑にそれが判らない筈はなかろう。

 だが、蒼傑の矢は残り一本。

 ほぼ勝負あったも同然だ。しかし、

 

「今の上空からの攻撃は、貴様との間合いを詰める為のもの……!!」

 蒼傑は弓に何やら尖った器具を取り付けると、それを地面に埋め込んで立て、更に残った一本の矢を、左右に引いて長く伸ばした。

 そうしてから最後の一本をつがえ、両腕で矢の長さいっぱいまで引きしぼる。

 

「無駄だ。

 いくら間合いを詰め、そうして矢の威力を増そうとも、わたしには通用せん。」

「梁山泊闘弓術の極奥義とは、そのような底の浅いものではない!」

 蒼傑が弓を引きしぼった両手を離し、遂に最後の一本が、弓弦から放たれた。

 

 瞬間。そこにいた誰もが、信じられないものを見ることとなった。

 弓弦から放たれる矢と、()()()()()()()、真っ直ぐ月光に向かって飛ぶ、大きな身体。

 それが空中で一回転して月光を飛び越え、背後にまわる。

 太い腕が月光の首をとらえ、その場に羽交い締めで固定する。

 それら全てが、一瞬にして行われて。

 

「見たか、梁山泊闘弓術極奥義・光陰跳背殺(こういんちょうはいさつ)!!」

 飛んでくる矢の前になすすべもなく晒された胸から、血が激しく飛沫を上げた。

 

「げっ、月光──っ!!」

 

 

 地上に立てた弓の反動を利用し、己自身の(たい)も同時に飛ばして、矢よりも早く敵の背後にまわりこむ。

 それぞ梁山泊闘弓術・光陰跳背殺。

 

「この極奥義の前に敵はおらん。相手が悪かったな。

 天に、我が身の不運を嘆くがいい。」

 胸に深々と矢が突き刺さった月光の身体を離し、そこから歩み去ろうとする蒼傑は、もはや勝者としての己を疑っていなかった。

 だがその背中に、月光の声がかかる。

 

「ま、まだだ…まだ勝負はついておらん。

 おのれの不運を嘆くのは貴様だ、蒼傑……!!」

 そう言って立ち上がり、胸の矢を力任せに引き抜く月光。

 

「貴様は十本の矢、全てを撃ち尽くしたが、まだわたしには八発の弾が残っている…。」

 どうやらこの双条檄射(そうじょうげきしゃ)の勝負を、最後まで続けるつもりのようだ。

 …というか、月光の見えない目には、己の勝利が未だ映っている。そんな気がする。

 

「どうやらほんの僅かに、急所を逸らしたようですね…。」

「ああ、そうでなくば矢を引き抜いた瞬間に失血死している。」

「三面拳は全員、己の肉体を不随意筋から血流に至るまで、自在に操る事が可能らしいですからね。

 月光君が心臓自体の位置をヒョイとずらしていたとしても、わたしは驚きませんよ。」

 …いや、それは驚こうか男爵ディーノ。

 残りの球を改めて足元に落とし、月光がスイングの構えを取る。

 だが急所を外したとはいえ、その傷は決して浅くはなく、恐らくは立っているのもやっとの状態であるはず。

 

『目を背けてはならぬ。

 ここに足を踏み入れた以上、貴様には見届ける義務がある。』

 そう言って肩を抱いた、月光の声と大きな手の温もりが、不意に思い出された。

 あれは大威震八連制覇の時、自分で傷ついていく虎丸を見ていられず思わず目を覆いかけた私に、月光がかけてくれた言葉だった。

 言葉の内容は厳しいが、あれは励ましだった。

 そして、私を仲間と認めてくれる言葉だった。

 …認めて、くれたのに。仲間なのに。

 今すぐ駆け寄って行ければ、そんな傷すぐに塞いであげられるのに。

 本当に、いない事になっている自分がもどかしい。

 

 と、不意に影慶に右手を取られ、指を絡めるように繋がれた。

 …なんかこの状況に覚えがある。

 それにディーノも気がついて、おや、という表情を浮かべ、それに言い訳をするように、影慶が口を開いた。

 

「…今のような、思いつめた表情でいる時の光は、たまに気をつけて見ておかぬと、自分の爪で掌を傷つけるほど、握りしめている時があるのだ。

 それをさせない為に、こうしている。」

「…おやまあ。では、反対側の手はわたしが。」

 そう言って空いている左手を、同じようにディーノに繋がれる。

 なんなんだこの状況。

 NASAに捕らえられた宇宙人か私は。

 …けど、これも励ましのひとつなんだろう。

 今の私は、仲間に恵まれすぎている。

 

 私がちょっと混乱している間に、月光は最初の一打を放つ。

 だがそれは蒼傑の弓の胴に弾かれた。

 

「この程度の弾では、俺の体に掠ることも出来はせん。」

 続けて二打…同時に三打。

 

「弾の直後に弾を隠しての二段撃ちか。

 本来の貴様の技量であれば完全なものであろうが、こうも弾に威力がなくては、楽に見切られ、なんの意味もない。」

 それもまた蒼傑は弓の胴を使って弾いてしまう。

 更に四打、五打目は、空中でぐるりと大きく弧を描く。

 

「今度は左右二方向からの旋曲弾か。

 だがこれも、先に俺の三連貫を一撃で落とした時の様なキレがまるでない。残りは、あと三発!」

 六打、七打目は真っ直ぐに蒼傑に向かって飛ぶ。

 それは待ち構えた弓の胴の手前で突然落ちると、地面に当たって跳ね返り、下から蒼傑を襲った。

 

「味なマネを。だが、これも俺には通用せん!!」

 それもまた弾き落とされ、残り一発を残した状態で、先の攻撃で使ったそれは全て、蒼傑の足元に転がっている。

 ………あれ?

 

「そうか、読めたぞ。月光の真の狙いが…!

 遂に見せるか……辵家(チャクけ)棍法術、その秘奥義を……!!」

 自陣の方から、雷電の呟く声が聞こえた。

 …やはりそうか。

 

「さあ、どうした。最後の一発を、早く撃て。

 結果は、やらずとも見えているがな。」

「準備はできた…己の足元を見るがよい。

 あれだけの勢いではじき返した弾が、全て貴様の足元を囲んで、落ちているのはおかしいと思わんか……!?

 そ、それはわたしが、弾の回転を殺し、そうなる様に撃ったからだ……!!

 …いくぞ!辵家(チャクけ)秘奥義・散寇流星弾(さんこうりゅうせいだん)!!」

 最後の一打は、先ほどまでとはまったく別の、力強いフォームから放たれる。それは滑るように地面スレスレに飛び、蒼傑の足元の鉄球をふたつ弾く。

 その弾かれた鉄球は更に別の鉄球を弾き、互いに反発を繰り返す事で威力を増して、最後にそれらが一斉に、蒼傑に向かって襲いかかった。

 

「残念だったな。」

 だがそれも、蒼傑の身体に当たったのは右腕に当たった一球のみで、それは防具に弾かれている。

 月光渾身の最後の秘奥義も、やはり傷が響いているのか、失敗に終わった…と、見ている誰もがそう思った。

 

「恐ろしい技よ。

 本来ならば全身の骨を打ち砕かれ、クラゲのようになっていただろうが、今の貴様では弾の威力がなく、狙いも狂い、俺は全くの無傷だ。

 …全ては、これで終わった。」

 約束通りとどめを刺すと言って、蒼傑は再び弓を地面に立てて、引きしぼる。

 

「二度も我が極奥義・光陰跳背殺にかかり、死んでいくことを名誉と思え!!」

 先ほどと同じように、矢が放たれると同時に飛んできた蒼傑が、背後から月光の首を極める。

 そして。

 

「うおっ!!」

 突然、月光の首をとらえている蒼傑の右腕が、防具が砕けると同時に、ありえない角度にひしゃげて曲がる。

 拘束が解かれた月光はその瞬間を逃さず、そこから跳躍して飛んでくる矢を躱した。

 矢の向かう先は、放った蒼傑自身の胸。

 

「気がつかなかったのか……。

 わたしの首を締め上げていたその右腕が、先程の一撃で打ち砕かれていたことに!!

 …そこが心臓の位置だ、蒼傑。」

 綺麗に着地して振り返りながら、月光は嬉しくもなさそうに告げた。

 

「その矢を引き抜く事はやめておいた方がいい。

 引き抜けば、伸縮機能をもたぬ心臓の横紋筋より多量の血を一挙に吹き出し、瞬時に絶命することになる。」

 立ち上がろうとしつつ、胸の矢に手をかける蒼傑に月光はそう促す。

 それはつまり、命は助けるから手当てを待てという事に他ならない。

 だが、どうやら蒼傑本人は、まだ諦めてはいないらしい。

 

「この蒼傑、このままでは終わらん……!!

 お、終わるわけにはいかんのだ……!!」

 そう言って、砕かれていない左手を前に突き出し、掌を広げて、拳を繰り出すような構えをとる。

 

「み、見事受けて見せるか、月光…!

 これが、お、俺の最後の秘技となろう……!!」

 それを聞いて、月光も無言で構えをとった。

 命懸けの挑戦に応じてしまうのは、闘う男の悪癖だと思う。

 要するに、情にほだされやすいって事だから。

 けど、それを好ましいと思ってしまう程度には、私もこいつらに毒されている気がする。

 

「これぞ梁山泊闘弓術、最終奥義!!」

 蒼傑の砕かれているはずの右手の指が、なにかを弾くような微かな動きを見せる。

 同時に月光が、目にも留まらぬ速さで根を回転させた。

 

辵家(チャクけ)棍法術奥義・扇蔽幕(せんぺいばく)!!」

 蒼傑の目が驚いたように見開かれ、次にはそこに、諦めの色が浮かんだ。

 

「い、今のは一体どうしたっていうんじゃ!?」

「教えてくれ雷電!!おまえならわかるだろう!」

「そ、そうか。今のが世に聞く指撥透弾(しはつとうだん)…!!」

 富樫と虎丸の問いに雷電が答える。

 本当になに聞いても答えてくれるんだな雷電!

 

 指撥透弾(しはつとうだん)

 5本の指を弓に見立て、目に見えぬほど細い、羊の腸で作られた糸を弦とし、これもまた目に見えぬ、鯨のヒゲから削り出した矢4本を同時に放つ。

 この技は暗殺術として最適の為、時の皇帝・貴人の前で、相手に向かって手を開く事は固く禁じられていた。

民明書房刊『中国宮廷儀礼典範』より

 

 …そういえば御前の書庫で豪毅と見つけた、童謡と中国拳法の関わりについて書かれた本に、マザーグースの『誰がこまどりを殺したか』は、古代中国の権力者が見えない矢で暗殺された事を歌ったものだという記述があった。

 あの本の内容は大体眉唾ものだと御前は言っていたが、本当にあったんだ、見えない矢。

 

「み、見事だ、月光……。

 しょせんこれも、貴様を相手には悪あがきに過ぎなかったようだな。」

「いや、ただわたしの運がよかっただけのこと…!!

 本来ならば、今の技は完全に無音のはず……。

 だが、貴様の手についた血の為、矢が放たれた時、微かに弦の音がした。」

 やはり月光の聴覚は並外れているらしい。

 

「気休めはよせ。

 その小さな隙までもを見逃さなかった、貴様が俺よりも一枚上手だったということよ。

 …俺の負けだ、月光……!!」

 蒼傑は自らの負けを認めると、胸に刺さった矢に手をかける。

 決着の始末を、己が命でつけようというのか。

 だが月光はそれを許さず、咄嗟に足元に転がっていた鉄球を撃つ。

 それは蒼傑の腕の間を通り抜け、彼が掴んだ矢をぽっきり折った。

 そうしてから月光は蒼傑に歩み寄り、その顔前に棍を構える。

 とどめを刺されるものと覚悟を決めて目を閉じた蒼傑に、動くなと一声かけて、月光は棍で彼の胸を突いた。

 

辵家(チャクけ)奥義・纒欬針点(てんがいしんてん)!!」

 その正確無比な一撃が蒼傑の身体を貫き…背中から、突き刺さっていた矢が、抜け落ちた。

 

「横紋筋が開くよりも早く、矢を打ち抜いた。

 これで、これ以上出血する事はない。」

 月光はどこからかサラシを取り出すと、男塾仕様の包帯止血法を蒼傑に施す。

 

「き、貴様…なんのマネだ、これは……!?」

「いい勝負だった。

 つまらん意地で、助かる命を落とす事はない。

 …しばらくそのまま動かん事だ。」

 そう言った月光は、微笑んでいた。

 

「…貴様のような男に会ったのは初めてだ……!!

 俺は腕だけでなく、すべてにおいて負けていた……!!」

 そこには、闘いを通じて生まれた友情が、確かにあった。

 

 ☆☆☆

 

 月光が自陣へと戻り、仲間たちの手当てを受けている間に、蒼傑も仲間たちに闘場から引き上げられていった。

 

「武術で、命が救えるんですね…。」

 ふと、思った事が口をついて出ただけだが、私の言葉に、男2人が目を瞠った。ん?なに?

 

「ここにいる中の誰よりも、多くの命を救ってきた奴が何を言う。」

 影慶がそう言って薄く笑ったのを、ディーノがまた、珍しいものを見たような目で見つめていた。

 …けど恐らくはここにいる誰より、多くの命を奪ってきたのも、私だと思うのだけど。

 人を殺せる技で、人の命を救った月光と、人の命を救う為の技で、人を殺してきた私。

 似ているようで、やはり違う。

 こんな私を、それでも仲間と思ってくれる彼らに、これ以上何をすれば、報いる事ができるんだろう。

 与えられたものが、この小さな身にはあまりにも大きすぎる。

 

 ・・・

 

 次の闘いを始めるべく、梁山泊の陣から縄ばしごを渡り、2人が闘場へと降りていくのが見えた。

 背が高めの男と、小男。

 どうやら次の闘いは、タッグ戦となるようだ。

 ていうか別にそんな決まりはなく、1人対大勢だろうと2人に対して1人だろうと、それはそれで構わないわけだが、なんとなく塾生(うちのこ)たちの中では、そういうルールになっていそうだ。

 

「ぬうっ……あ、あ奴等は……!!」

 と、そんな中で突然卍丸が、その男たちを見て呻くように呟く声が聞こえた。

 

「卍丸先輩。

 知っているのですか、奴等を…!?」

 桃の問いかけに、卍丸は何か言いかけるも、それは言葉にならずマスクの下に消える。

 その間に、タッグマッチなら自分たちの出番と富樫と虎丸が盛り上がり、虎丸が喜び勇んで、縄ばしごを半ばほどまで駆け降りたところで、相棒がついてきていないことに気づいたのだろう、訝しげに後ろを振り返った。

 …一部始終を見ていたにもかかわらず、正直、自分の見たものが、私には信じられなかった。

 飛び出すのが遅れた富樫が、一瞬にして卍丸の手によって捕獲され、声を出す間も無く縛り上げられたのだから。

 

「卍丸様は、オモテの仕事の方では優秀なボディガードであると同時に、犯人確保の実績がトップクラスなのですよ。

 あれは、あの方が考案された捕縛術の一端です。」

 まじか!……でも、なんで!?

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